ゲームサイド・エピローグ 『それから』


 ──それから。


 ラミンさんを連れてハーリッドへと帰った俺達は、村人総出で歓迎された。

 これまで住民達を悩ませていた守護神の問題も解決し、住民達や村長から何度も何度も感謝された。

 ……最後の最後まで悪役となったネル・ヘル兄弟の事を思うと少し複雑な気もするが、それを望んだのは他の誰でも無い彼ら自身なのだから、仕方あるまい。


 だが、彼らが守護神として君臨し続けたのも事実。

 だからこそ、彼らの代わりとなるリヴェリアを紹介したわけなのだが……。


『私は偉大なる大海の覇者! 【冥王龍】リヴェリア・セレンティシアである!』


 ……それが原因でちょっとした騒ぎに発展しかけた。五天龍の座を継承したリヴェリアを一般人の前に出すのは流石にマズかったかもしれない。

 だが、リヴェリアの友好的な態度を見て、騒ぎはすぐに収まった。目に見えてギクシャクしているようではあったが。

 気を許せるような関係になるには時間が掛かるとは思うが、それは時間が解決していく事だろう。


 村に戻ってしばらくして、シオンと会った。

 少しだけ目元が赤い事に気付いて、それを指摘したら無言で腹パンしてきた。普段感情の機微に乏しい彼女だが、それなりに心配していたらしい。

 でも、すぐに薄く笑顔を浮かべて「……お疲れ様」と労ってくれた。

 ……ライジンが物凄い表情で俺を見ていたのは気付かなかった事にしておこう。


 その後、漁獲祭で獲ってきた海産物を住民達が振舞い、一般プレイヤー達を巻き込んで大規模な祭りが執り行われる事となった。

 どうやら、ナーラさんから依頼を引き受ける当初に俺が言っていた『漁獲祭で取れた美味い海産物でもご馳走してください』という言葉を有言実行してくれたらしい。

 だが、【二つ名レイド】で疲れ切っていた俺は、祭りの楽しそうな雰囲気に耐えられそうになく、一度休憩する事にした。





 そうして足を運んだのは歴代巫女の墓場……場所。

 【双壁】が消えゆく間際に歴代巫女達を解放した際、リヴェリアは歴代巫女達の姿が消失し、『元の時代に戻ったのではないか』と言っていた。

 その憶測は正しかったようで、少しばかり地上の様子に変化が起きていた。

 起きたのは歴史の矛盾の修正。今回の件に深く関わっていた者達以外は記憶を失っているようで、ラミンさん以外の巫女達は誘拐されていない事になっていた。

 そして、変化が起きたのは記憶のみならず──ここの墓場にある墓石は、初代巫女であるティーゼの物だけとなっていた。


「……あいつらなりの、ケジメって事か?」


 全部を全部修正する訳には行かなかったか、それともトラベラーの事を気遣ってラミンさんだけを元の時代に帰さなかったのか……その真相は謎のままだ。

 とはいえ、彼らの行いは俺達の記憶に残り続けるし、許されるべきではないとは思うが。


「それにしても……」


 視線をティーゼの墓へと向ける。

 ティーゼ・セレンティシアの正体……【戦機】ヴァルキュリア。

 俺がゲームを開始してすぐに遭遇した彼女だったが、まさか今回の件に絡んでくるとは思いもしなかった。

 今まで彼女が現れても防戦一方だった俺達だったが、彼女と同格の存在である【双壁】を倒した事で少し自信が付いていた。

 

「……ようやく、あいつに手が届きそうだな」


 【双壁】戦を経て得たアイテムや装備品の数々。

 多分今見たら情報量で頭がパンクしそうだから敢えて確認せずに居るが、エンドコンテンツの報酬として設定されているからには恐らくとんでもない性能を秘めているのだろう。

 これらを駆使して彼女に挑めば、少しは勝率が上がるだろうか。


「いや、まずは情報から集めないといけないから……正面から激突するのは当分先か」


 彼女の背景については理解出来た物の、まだ分からない事が多すぎる。

 そもそも、彼女と戦うには【二つ名クエスト】を発生させて【二つ名レイド】に挑まねばならない。

 その条件が判明しない以上は彼女との全力勝負は出来そうに無いからな。


 その時。


「──お、でもようやく夜明けみたいだな」


 遠く、太陽の光が見えた。

 この見渡す限りの水平線を、世界の夜明けを告げる橙で染め上げていく。

 その様子を崖際に座ってぼんやりと眺めていると、背後から足音がした。


「どこにも居ないと思ったら。ここに居たんですね、村人君」


「ん?」


 声の聞こえてきた方へと振り返ると、そこにはポンが立っていた。


「村人君の事、皆さん探してましたよ。主役が消えたーって村長さんが嘆いてました」


「いやー、悪いけど徹夜明けにお祭りテンションで来られるとキツイかな……」


「ふふ、確かにそうですね。村人君、MVPを取る程、凄い頑張ってましたから」


「それを言うならポンだってMVP取ってただろ。ま、取っても当然な程活躍してたしな」


 くすくすと笑ったポンが、隣に立つと。


「隣、座っても?」


「ん」


 首を動かして隣を座るように促すと、ポンが「ありがとうございます」と言って座った。

 水平線から顔を覗かせた朝日に反射して輝く水面を見て、ポンが歓喜の声を上げる。


「本当に、綺麗。……ここが現実だと錯覚してしまうぐらいに」


「……そうだな」


 目を輝かせながら喜んでいる彼女の横顔を見て、少しだけ心臓がドキリとする。

 純粋な彼女に邪な感情を向ける訳にはいかないので、視線を正面へと戻す。


 そのまましばらく朝日を眺め続けていると、ポンが突然「あ」と呟いた。


「報酬、ナーラさんから追加で貰わなくて良いんですか?」


「ぶっ!?」


 ポンが悪戯っぽい笑みを浮かべながら突然そんな事を言い出したので思わず吹き出してしまう。

 げほげほとむせてから、引き攣った笑みをポンを向ける。


「なんでそれを……?」


「なんかナーラさんと会話している時、村人君がそんな顔してたなーって今思い出して」


 くすくすと口に手を当てて上品に笑うポン。

 確かにナーラさんと会話してた時はそんな事思ってたっけ……というかよく気付いたな……。


 とはいえ、バレていたからには答えなきゃいけないか。


「あー、これから言う言葉は深夜テンションの戯言だと思ってくれ」


 少し照れくさく感じ、頬を掻いてから。


「……あの親子は散々奪い続けられてたんだ。これ以上あいつらから何かを奪うのは違うよなって思っただけだよ」


「……」


「報酬は二つ名レイドでたんまり貰ったんだ。それに、ナーラさんからの報酬は……あの顔見れただけで充分だろ」


 視線を向けた先、そこには海岸線を歩く一組の家族が居た。

 両親と手をつなぎ、満面の笑みで笑う一人の少年。

 大人を信用する事が出来なくなったと言っていた少年の、心からの笑顔だった。


「──そうですね!」


 その光景を見て、ポンもはにかんだ。

 ああくそ、今更になって恥ずかしくなってきた。やっぱ徹夜でゲームするとテンションが変な方向に行くから駄目だな。厨二じゃあるまいし……。


「あー、我ながら臭い台詞だ、取り消し要求して良いか?」


「ダメです、録画しておきましたので」


「遂にポンまで俺を陥れようとしている!? あなたをそんな子に育てた覚えはありません!!」


「ふふ、冗談ですよ。録画なんてしてません」


「ポンは素直なままの良い子のままで居てくれ……」


 明らかにあいつらの悪い影響を受けている気がする。……いや、少なからず俺の影響も受けてはいるんだろうけどさ。

 ポンはひとしきり笑った後、首を傾げた。


「村人君は、これからどうするんですか?」


「ポンもあの場に居たから聞いてただろ。俺の当面の目標は【戦機】ヴァルキュリアを倒す事だ。それまで、このゲームを辞めるつもりは無いよ。なんだかんだ言って、俺もこのゲームにハマってるしな」


「……そうですか。それは良かった」


 ほっとしたような笑みを浮かべるポン。


「あ、でもそろそろAimsの世界大会もある事だし、少しはあっちの世界にも戻らないとな。勘が鈍っちまう」


「それもそうですね」


 9月中旬に開催されるAimsWCS。その観戦チケットをシオンから貰った事を忘れてた。

 あのプレミアチケットにはも付いてくる事だし、SBOにばかり時間を割き続ける訳にもいくまい。


 やらなければならない事を再確認した後、立ち上がって腕をぐいっと伸ばす。


「よし、そろそろ落ちるかな。ポンはどうする?」


「私も落ちる事にします。そろそろ、寝落ちしちゃいそうなので」


「そうだな。じゃ、またログインする時に連絡するわ」


 そう言って、ウインドウを操作し始めた時。

 

「あ、あのっ!」


 ポンが大きな声を出したので思わず指を止める。


「村人君のあの言葉のお陰で、最後まで全力を出し切る事が出来ました! だから、この場で、感謝を……と」


 顔を赤くしながらそう言ったポンに、くすりと笑った。


「俺の言葉はただのキッカケに過ぎないよ。ポン自身が持つ強さを、自覚出来たからこその勝利だった。俺達の誰もが出来なかった事を、ポンは成し遂げたんだ。誇ると良いさ」


「それでも……感謝を伝えたかったんです。村人君には色々と貰いっぱなし、ですから」


「そっか。……そう言う事なら、まあ」


 ウインドウをいったん閉じて、ポンへと向けて拳を突き出す。


「これからもよろしくな。……相棒」


「ッ!」


 にっと笑いながらそう言うと、彼女は目尻に涙を浮かべながら、晴れやかな笑みを浮かべた。


「はいっ! これからも、よろしくお願いします!」


 ポンと拳を突き合わせ、笑い合った。







 場所は変わり、某所。




「ぐ、あ……あああああああああああああああああああああああッ!!」


 無数の管に繋がれた、一人の純白の鎧を身に纏った騎士が苦痛に呻く。

 胸元に輝くコアの内に蠢く数万もの魂が暴れ狂い、暴走しかけていた。


≪システムコード666:情報統括管制塔Avalonより通達。■■対■■害■数『カルマ』が一定の値に到達した存在を検出。即刻排除を命ずる≫


 そんな彼女の様子を余所に、無慈悲に命令が下される。

 だが、苦痛に襲われ続ける彼女は命令が聞こえない程に苦しみ、胸元を抑えながら吐血する。


≪システムコード666:情報統括管制塔Avalonより通達。■■対■■害■数『カルマ』が一定の値に到達した存在を検出。即刻排除を命ずる≫


 いつまで経っても動き出さない彼女に、再三にわたり通知が鳴り響く。

 明滅し、揺れる視界。この状態では、彼女に与えられた使命を果たす事など出来やしないことは誰の眼から見ても明らかだった。

 

『……』


 そんな彼女を見かねたある存在は、純白の騎士──【戦機】ヴァルキュリアを襲う苦痛を取り除いた。

 彼女の中に宿るマナ因子の活性が落ち着き、正常な呼吸を取り戻していく。


「…………慈悲に、感謝致します……」


『我が配下が、敗れたようだ』


 ヴァルキュリアの感謝の言葉を気にもせず、姿を見せない存在──【粛清者】は言葉を続ける。


『故に、我が肉体の修復を早めなければならない。……奴が、我が下へ辿り着く前に』


 粛清の代行者が討滅された事に危機感を覚えた【粛清者】は、肉体の修復を急いでいた。

 先刻、村人A達が【二つ名レイド】を攻略した事によって起動したタイマー……【ワールド・エンド・カウントダウン】。

 それは、【粛清者】が完全に復活するまでの期限であり、そのカウントダウンが0になった時……かつてこの世界を襲った3000年前の悲劇、『大粛清』が行われるのだ。


『貴様も、望みを叶えたいのであればいつまでも床に這いつくばっているのではなく、仕事を続けろ。……休む暇など無いのだ』


「──了解」


 落ち着きを取り戻したヴァルキュリアは、ゆっくりと立ち上がった。


(──先に逝って、待っている)


 その時、ヴァルキュリアの脳内に響くように、懐かしい声が聞こえてきた。

 ヴァルキュリアに統合された意識の中で、一瞬だけティーゼの魂が顔を覗かせる。


(ネル、ヘル……私も、いつかはそちらへ……)


 彼女は一度足を止めたが、すぐに頭を振ると、いつものような冷酷な表情へと戻った。



「粛清、開始」



 彼女は今日も、己が望みの為にレイピアを振るい続ける。

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