#261 『いつか私を』
「──ン……ポ……ン!……ポン!!」
耳元で聞こえた声に、ポンは意識を取り戻した。
ぼんやりとした視界。心配そうに覗き込む村人Aがブレて見えて、頬を叩いて意識をはっきりさせる。
ゆっくりと深呼吸していると、視界の端に役割を終えた『身代わりの護符』が燃え尽きるのが見えた。
最後の攻撃で自分も巻き込まれ、デスポーンしていた事をようやく自覚する。
「間に合って良かった、MVPが気絶したままエピローグなんて最悪だしな」
あぶねー、と村人Aが安心したように息を漏らす。
その言葉を聞いてポンは今の状況を思い出したのか、慌てた様子で詰め寄った。
「あっ、あの!? 【双壁】はどうなりましたか!?」
ポンが飛び跳ねるように起き上がり、村人Aに問う。
それに対し、村人Aはくいっと親指をある方角へと向けた。
「倒したよ。……ポンがしっかりトドメを刺してくれたお陰でな」
ポンが村人Aが親指を差した方角へと視線を向けると、そこには残骸──【双壁】であった物があった。
島程もあった巨大な外殻は完全に崩壊し、光の粒子となって天へと昇っていた。
胡坐をかいて地面に座り込んでいたボッサンが、豪快に笑いながら。
「しっかしまあ、あの状況からよく削り切って見せたもんだ。何なら最後に俺達が全力で攻撃を叩き込んだ時より、ポンの一撃の方が火力出てなかったか?」
「えっと、それは……多分、『やまびこ』のおかげだと思います」
「……? 『やまびこ』? 初代巫女が出来たっていうアレか?」
「はい。最後の一撃を放った時、
「つまり、あの最後の一撃は超火力スキル二発分ぶっ放してたって事か? もしそれが本当ならとんでもねぇ効果だな……残り三割全部吹っ飛ばせる訳だ」
ポンの推測を聞いて、ボッサンが感嘆の吐息を漏らす。
事実、彼女が最後に放った【百花繚乱・大花火】は一度の発動で二発分のスキルが発動されていた。
だからこそ、【双壁】のHPを削り切るに至ったのだが──彼女はまだ知らない。
ボッサン達の会話を横で聞いていた厨二が、ライジンへと近付くと。
「ライジン君、ちょっとカメラ止めて貰って良いかナ? 少しの間だけで良いんだ」
「ん? ──分かった。ごめんねリスナー諸君、ちょこっと休憩タイムだ。大丈夫、エピローグはしっかり映すつもりだから各自トイレ休憩なりしてきてくれ」
厨二の意図を察したライジンが生放送の画面を止めたのを見てから、厨二がポンに声を掛ける。
「ちょっと良いかな?」
急に声を掛けられたポンが首を傾げる。
厨二はおほん、と一つ咳払いをしてから佇まいを直すと。
「本当に、最後の一撃は見事だった。文句のつけようが無い程、君は完璧に自分の役割を完遂してみせた。……だからこそ、この場を借りて謝罪させて欲しい」
厨二は真剣な声音でそう言うと、ポンに対して深々と頭を下げた。
あの、自意識過剰でプライドの塊である厨二が、だ。
「君は本当に強い人だ。君は自分の覚悟を、言葉だけじゃなく、行動でも示して見せた。1st TRV WARの時、『ポンなんか』と侮辱した事を心から謝罪する」
普段飄々としている厨二らしからぬ言動と行動を見て、ポンが目を見開くと、慌てて胸の前で手を振る。
「い、いえっそんな!? 私が皆さんより劣っているっていうのは事実ですから!?」
「おーい、MVPがそんな卑屈になられると俺達はどうなるんだ? これでも結構頑張ったんだぞー?」
「あっいえ、そんなつもりは無くてですね!?」
「ポンを弄るのはそこまでにしろ、素直なんだから真に受けちゃうだろ。そして厨二、『僕は煽った相手に惨敗した糞noobです』が抜けてるからやり直しな」
「それ本当に必要かなぁ!?」
わいわいと盛り上がり出す一同。
とてもつい先ほどまで激戦を繰り広げていたとは思えない程の弛緩した空気が、彼らに再度認識させる。
今だSBOというゲームにおいて誰も攻略した事の無いコンテンツ──【二つ名レイド】を、攻略したのだと。
「でも、これでようやく……終わったんですね」
「ああ。正直二徹してゲームしてる時より疲れた気がする……ログアウトしたら確実に夜まで寝るなこりゃ」
「ふふ、私もです」
今この瞬間にも、天へと昇り続ける粒子を眺めながらそう呟く。
いつまで経ってもコンテンツが終了する気配が無く、疑問に思った串焼き先輩が。
「このまま【双壁】が消えていくのを眺めてたら勝手に【二つ名レイド】から追い出されるのか? 何というか、メインコンテンツって言う割には拍子抜けだな?」
「──いや、まだ」
そう言うと、村人Aが後ろへと振り返る。
「メインイベントが残ってるぜ」
村人Aの視線の先に居たのは──初代巫女、ティーゼ・セレンティシアだった。
◇
「よぉ、ティーゼ。お前からの依頼は、しっかりやり遂げたぞ」
『……ええ。見届けていました。やはり、貴方に頼んで正解でした。トラベラー』
ゆっくりと、こちらへと近付いてくる気配を感じ取り、振り向く。
そこに立っていたのは初代巫女、ティーゼ・セレンティシアだった。
歴代巫女の墓場で見た時と同様、彼女の身体に実体は無く、身体の端からその姿が消えかかっていた。
ティーゼは微笑むと、こちらへと向かって頭を下げた。
『まず初めに、心からの感謝を。本当に……本当にありがとうございました。……これでネルとヘルは、永劫の呪いから解き放たれ、ようやく眠りにつく事が出来ました。これ以上、彼らを私の為に苦しめ続けたくはありませんでしたから』
ティーゼがゆっくりと頭を上げる。
『お礼と言っては何ですが、どうかこれを受け取ってください』
ティーゼが両手で器を作ると、そこに浮かび上がったのは淡い輝きを放つクリスタル。
そのクリスタルの周囲を公転するように、無数の文字のような物が漂っていた。
『これは、星の記憶──その断片です。例え誰の記憶からも無くなったとしても、星はずっとあなた達を見守っています。このクリスタルに触れた時、貴方達は【双壁】の……ネルとヘルの記憶を追想する事が出来るでしょう』
「記憶を……追想?」
『ええ。彼らがどのような人生を歩み、あのような姿へと成り果てたのか。その記憶の全てがここに眠っています。……失われた貴方の記憶も、一部ではありますが補完出来るかもしれません』
その言葉を聞いて、心臓が高鳴る。
ティーゼの言葉が本当ならば、それはこのゲーム……SBOにおいての一番の謎、トラベラーの記憶喪失についての情報が得られる可能性が非常に高い。
【二つ名】と呼ばれる存在を倒せば、プレイヤーの目標に近付いていく。運営がかつて言っていたという言葉は、こういう事だったのか。
思わず手を伸ばそうとしたのを見て、ティーゼが苦笑すると。
『今すぐにでも、触れたいのでしょうけど……恐らく、貴方達が記憶を追想している間に、私は消えてしまいます。だからその前に……私のお願いを聞いて頂いても宜しいでしょうか?』
「お願い……歴代巫女の墓場で言いかけていた言葉の事か?」
『その通りです。……本当はこれ以上、頼み事をするのは気が引けるのですが……それでも、粛清の代行者を討滅してみせた貴方にしか出来ないお願いですので』
「勿論です。……思いは受け継ぐと、彼らに約束しましたから」
ポンがそう言うと、ティーゼの表情が嬉しそうに綻んだ。
そして、胸に手を当てると、静かに語り始める。
『……三千年前。貴方は望みを叶えるまで後一歩の所で敗北し、その代償として力と記憶を失った。……それから三千年を経て、貴方は再びこの世界に帰ってきた。そして、何もかもを失った状態であるにも関わらず、【粛清者】の僕たる【粛清の代行者】を討滅してみせた』
ティーゼの視線が、光の粒子となって天へと昇っていく【双壁】の残骸へと向けられる。
その瞳はどこか──縋るような感情が込められていた。
『その強さがあれば、きっと
彼女の言葉を聞く度に、【双壁】戦中に推測していた彼女の正体が裏付けされていく。
足りない部分を補填するように、パズルのピースが嵌められていく。
『だから──どうかお願いします。トラベラー』
ティーゼはそう呟くと、いつか見たあの悲しそうな表情を浮かべ、涙を流しながら笑った。
『──いつか、私を殺しに来てね』
──その言葉で、ティーゼ・セレンティシアの正体が確定した。
ユースティア帝国によって作り出された最強の生物兵器。
『力』を追い求め続け──どこまでも純粋な強き者に焦がれる粛清の代行者。
そして、粛清の代行者の中で『
「ああ、分かった。ティーゼ・セレンティシア。──いや」
だからこそ、告げるべきだと思った。
彼女の本当の名を。
『今』に囚われ続ける、罪の清算の為に動き続ける、彼女の名を。
「──【
その名を告げると、ゆっくりとティーゼに向かって指を突きつける。
「お前は俺がこの手で葬ってやる。──だから、待っていろ」
俺の言葉に、ティーゼは眉一つ動かす事は無かった。
だが、次の瞬間、その言葉を聞けて良かったとばかりに満足そうに微笑むと。
「……
美しい蒼穹を思わせる瞳から一つ涙を零すと、その姿が粒子となり、解けて消えて行った。
≪条件を達成した為、クロニクルクエスト【Project Valkyria】及び、二つ名クエスト【約束】が開始されます!≫
ティーゼが消えた事で、その場に静寂が訪れる。
ゆっくりとティーゼに向けていた腕を下ろしてから。
「──さて」
ティーゼが消えた場所に漂う、クリスタルへと手を伸ばす。
「未だ謎だらけの、トラベラーの過去とやらに触れようじゃないか」
クリスタルに手が触れると、光が周囲一帯を包み込む。
そして俺達は──【双壁】の記憶を追想する。
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