#259 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その五十九 『星の海を駆ける流星』



 第六ラストサイクルの勝利条件は極めて単純だ。

 アルバートの猛攻を掻い潜り、『魂の送り唄』の演奏を完遂し、星の輝きによって破壊順が示されたクリスタルを破壊するだけ。

 時間にして僅か一分間の攻防、されど一分間の死線。

 世界で一番長い、一分間の決戦が幕を開ける。

 




 数多の挑戦を経て、初動の動きは最適化されていた。

 アルバートが出現した瞬間、クリスタルが出現した六方向に散開。そして、各々が担当するクリスタルのHPを五割に調整。

 火力の高いDPSジョブであるライジンや串焼き団子達が五割まで削ったタイミングで、アルバートがポンの居る方角に向かって手を伸ばした。


『星……魔の…………』


 アルバートが動き出すのを確認すると、串焼き団子が吠える。


や、ライジンッ!」


「言われずともッ!!」


 これは、最後の挑戦だ。

 現状持てる限りのリソース……全てを賭して、アルバートを越える。

 その決戦の幕開けに選んだのは、同じ武器であれど、異なる願いを込めて打った短刀。


 一振は、自分が最も信頼する兄の力になって欲しいと。

 一振は、自分の憧れが振るうに値する力になって欲しいと。


 この武器を打った鍛冶師──普段無口な彼女がその思いを彼らには当然伝えていない。だが、この短刀こそが開幕の一撃に相応しいと、ライジンと串焼き団子は同時に紫色の短刀を抜刀する。

 その瞬間、鞘から抜き放たれた短刀が紫色の稲光を放ち、周囲に溢れんばかりの電撃を振りまいた。

 両者共に短刀を正面に構えると、力強く大地を蹴り砕き、スキルを発動させる。



「「──【紫電一閃】ッ!!」」



 X字を刻むように、紫電の双閃が純白の大地を駆け抜けた。

 ライジンの【灼天・弐式】、そして串焼き団子の【殲滅戦果キル・ストリーク】によって付与されたAGIバフが、【紫電一閃】の威力を絶大な物へと引き上げる。

 瞬き程の時間を経て、雷を帯びて煌めく二つの刃が、アルバートの持つ真紅の大剣へと激突した。



「「──ぶッッッ飛びやがれ!」」



 短刀を振るったライジンと串焼き団子が裂帛の気合を込めて叫ぶ。

 瞬間、短刀から発せられているとは思えない程の紫電が激しくスパークし、大剣で受け止めたアルバートの身体を電撃が貫いた。

 最初から出し惜しみ無しの全力の一撃は、さしもの大英雄でさえも────


「ぐ…………ッ!!」


 ──確かに、届いた。


 アルバートへの挑戦が開始してから、初めて聞く苦悶の唸り声。

 極大の電撃を浴び、筋肉が硬直した瞬間、ライジンと串焼き団子は全身の力を短刀に込める。数瞬の拮抗を経て、ガギャアァン!と甲高い音を鳴らしながら、真紅の大剣を弾き飛ばした。


「──ッ!」


 それでもアルバートは元英雄としての意地で、大剣を手放す事は無かったが──。


「【黄昏の怪盗トワイライト・ファントムシーフ】!!」


 その隙を、怪盗が見逃す筈が無かった。

 幾度となく挑戦し続けた結果、アルバートから剣を奪う手段は限られてしまったが、ここまで致命的な隙を晒せば確実に奪い取る事が出来た。

 アルバートの手から大剣が消失し、厨二の下へと移動した瞬間、すかさずアルバートは未だ痺れる身体で両の拳を打ち合わせた。


「──【龍掌ドラグハート】!!」


 しかし、アルバートもまた、相手の立ち回りは何度も見続けている。

 先程の一撃の威力は想定外だったが、すぐに状況を判断して別の攻撃手段を取ったのだ。


≪墜ちた英雄がその身に宿すは猛き焔帝≫


 システムメッセージが出現すると、赤黒い光がアルバートの胸元から溢れ出る。

 そして、拳を固く握りしめると、地面へと叩き付けた。


「【焔王龍イフリータ】!!」


「【灼天】ッッ!!」

 

 アルバートの周囲から炎が溢れ出すと同時に、ライジンが【灼天】を発動させた。

 全てを焼き焦がす炎が、アルバートへと距離を詰めたライジンへと殺到する。


「【灼天・焔纏ほむらまとい】!!」


 自分から発せられる炎の数倍の密度の炎を前に、ライジンが使用したのは挑戦の最中に【灼天・焔】を参照進化させたスキルだった。

 次の瞬間、ライジンを猛る炎が呑み込んだ……かのように見えた。


「これまで何度も挑み続けてきたからお前の事は良く分かってる! その能力が遠隔限定な事と……お前はリヴァイアの力を使わないって事を! 使えるのに使わねえってんなら……お望み通り、お前自身の力で焼き焦がしてやるよ!!」


 ライジンがそう言うと、自身を纏う炎と掻き混ぜるようにして、アルバートが放った炎の

 通常の【灼天】では纏う事の出来ない膨大な量の火炎を身に纏い、歯を剥き出しにして笑った。


「【龍掌ドラグハート】!!」


 その姿を見て警戒心を抱いたアルバートが、ライジンに奪い取られた炎を再び奪い返そうと、【裂嵐龍】の力を行使して暴風領域を展開しようとするが。


「遅ぇ! 一秒の判断ロスはRTAじゃ致命的大ガバだぜ!! 【灼天・鬼神】!!」


 だが、その行動を先んじて予測していたライジンは、奪い取った炎をそのまま自身に還元する。

 炎がライジンの全身を包み込み、漆黒の炎を噴出させ、その身体を異形の物へと変貌させていく。


≪墜ちた英雄がその身に宿すは疾き嵐帝≫


「【裂嵐龍エアリアル】!!」


「VoaaaaaaaaaaaaaaaaaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


 風の力を纏う五天龍の力を発動させたアルバートの声を、上から塗りつぶす程の大咆哮が響き渡る。通常の【灼天・鬼神】であっても凄まじい火力を放っているが、そこにアルバートの【龍掌ドラグハート焔王龍イフリータ】の炎を奪い取った事によって更に火力がブーストされたライジンの姿は、まるで魔王のように禍々しい姿へと変貌していた。

 火力が跳ね上がっている分、スリップダメージもその分跳ね上がり、一秒毎にライジンのHPを急激に減らしていくが……。


「Goaaaaaaaaaaaaaaaa!!」


 問題ない、とばかりに口が裂けんばかりに嗤うと、漆黒の鎧のように固められた拳を、暴風の中心に立つアルバートへと叩き込み続ける。

 初回挑戦時は見切られ、その腕を軽々とへし折られてしまったが、限界以上にまで引き上げられた火力は、確かにアルバートへと届いていた。

 その時点で、アルバートは目の前に立つ挑戦者達への警戒度を最大にまで引き上げ、自身の全力を以てして捻じ伏せる事にした。

 

「おいおい、ライジンばっか独り占めしないで欲しいなぁ! 僕も相当鬱憤溜まってるんだからねぇ!!」


 アルバートの背後から、ライジンが放つ威圧感に劣らない威圧感が突如として出現する。

 アルバートが思わず振り返ると、そこに立っていたのは、不気味な黒いオーラを纏う大きな黒い鎌を携えた死神のような男だった。


「【真実の切り札ファントム・ジョーカー】!! さぁ、ギア上げてくよ!! ついて来れるかなァ、元英雄様!!」


 第五サイクルで厨二が相対した相手……『タイタニス・ラーヴァヘルム』は大量の分体を生成し、物量で襲い掛かるモンスターだ。その性質故に、厨二の【夢幻の怪盗ファントム・ミラージュ】と相性が非常に良かった為、【嘘吐き】のスタックは上限まで蓄積されている。

 リヴァイア戦でも猛威を振るった厨二の決戦スキルが、アルバートの命を刈り取るべく発動された。

 

「【閃刃旋風】!」


 すかさずアルバートは厨二とライジンに向けて風の刃を飛ばし、一度距離を取ろうと目論む。

 だが、その刃はスキルによって超強化された二人に軽々と両断され、アルバートへと向かって突き進んでいく。

 アルバートは眉根を寄せると、腕を突き出し、そこに風の魔力を収束させて解き放とうとする。


「俺達も居る事を!」


「忘れて貰っちゃ困るな!」


 串焼き団子と村人Aの後方支援射撃が、アルバートの腕を上方へと弾き飛ばす。

 その直後、ライジンの振るう拳が腹部を、厨二の鎌がアルバートの首を捉えようとする。


「煩わしい」


 静かな怒りを滲ませたアルバートから放たれる圧倒的な威圧感。

 緑色に輝いていた宝玉が赤銅色に染まり、二人の攻撃が届く寸前に力を発動させる。


≪墜ちた英雄がその身に宿すは堅き嶽王≫


「【龍掌ドラグハート嶽王龍ティターン】!」


「ぐあッ!?」


 アルバートが足を踏みしめると、その場が陥没し、衝撃波が周囲に拡散した。

 アルバートを中心に、放射線状に地面が隆起して、鋭い棘のような形状の地形が広がっていく。

 大地の力を扱う五天龍の力を使用した事で、その身体は強固な岩石で包まれ、攻防一体の鎧が形成されていく。


「星魔の巫女──まずは、貴様からだ」


 先ほどの衝撃波によって吹き飛ばされたライジン達に目もくれず、アルバートの視線はこの状況でも一切揺るがず演奏を続ける、ポンへと向けられた。


「【巨神砲撃タイタン・ブラスト】!」


 アルバートが地面に手を触れると、足元から大量の土で出来た大砲が形成され、そこから巨大な岩石が射出される。

 ポンはその岩石に視線を向けたまま避ける事無く──ただ仲間を信じて演奏を続行する。


「おぉおおおらぁ!!!」


 力強い声と共に、ポンを押し潰そうと放たれた岩石が弾き飛ばされる。

 岩石を弾き飛ばした男……ボッサンは地面へと降り立つと、アルバートへと向かって駆け出した。


「簡単に仲間のタマァ取らせやしねえよ!」


 アルバートはボッサンへと虚ろな視線を向けると、拳を構える。


「邪魔だ」


「なら力づくでどかしてみやがれ!」


 アルバートの拳を大盾で真っ向から受け止め、その衝撃だけでボッサンのHPバーが一瞬で真っ赤に染まる。


「【高速変型】!!」


 アルバートの攻撃を受けたボッサンは、あろうことか盾を解除して戦斧へと変形させた。

 当然、アルバートがその致命的な隙を見逃す筈も無く。

 

「【地神崩拳】!」


 アルバートの拳が光を放ち、ボッサンの身体へと強烈な一撃を叩き込んだ。

 本来であれば一瞬で爆散してもおかしくない程の衝撃をその身に受けながら──ボッサンは笑った。

 

 ──スキル、【不滅の意思】。

 リヴァイア戦でも使用した、どれほどダメージを食らおうとも必ずHPが1で留まるスキル。

 ボッサンは歯を食いしばり、【痛苦の報復ペイン・リべンジャー】を発動。アルバートが放つ威圧感に抗いながら、斧を振るった。


「【アングリーブロウ】!!」


 ガガァン!


 ボッサンの全身全霊の一撃が、アルバートの身を護る強固な岩石を斬り砕く。

 その一撃によって、アルバートの胸元に埋め込まれた赤銅色に鈍く輝く宝玉が外気に晒された。


「ッ!」


 アルバートは目を僅かに見開き、即座にもう一度ボッサンの腹部に拳を叩き込む。

 今度は軽々と吹き飛ばされ、地面を転がっていく。HPが1だったボッサンはすぐにHPバーが漆黒に染まるが……身代わりの護符の効果によって蘇生され、再び立ち上がった。


(あの符は……)


 アルバートが彼らと初めて戦闘した際に、厨二が護符の効果で蘇生したのを目撃していた。

 だが、あの効果は一度きり。もう一度致命傷を受ければその時点で死ぬ事も分かっている。


「……気が変わった。まずは、貴様からだ」


 相手の攻撃を受けて、自身の力へと還元するボッサンの脅威性を理解したアルバートは、真っ先にボッサンを消すべきだと理解する。

 ボッサンが吹き飛んだ方角に視線を向けると、先ほど厨二に奪われた真紅の大剣が道中に転がっていた。


「やっべ……!」


「……運が悪かったな」


 凄まじい脚力に、大地を粉々に粉砕させながら、アルバートがボッサンへ追撃を開始する。

 道中に転がっていた真紅の大剣を回収して、ボッサンを一撃で仕留めるべく剣を構える。


「──


 ボッサンは笑い、アルバートに対して迎撃という手段を取らなかった。

 アルバートはそんなボッサンの姿に不審に思いながらも、確実に仕留めるべく、真紅の大剣を握りしめる。


「【空切】!」


 刹那、ボッサンの身体を容赦なく刻む六つの斬撃。一太刀でも浴びればまず生還は厳しいその攻撃を──ボッサンは一切の欠損なく耐え凌いだ。

 その違和感に、アルバートの眼が細められる。確実に仕留める為に、全力で剣を振るった筈だ。

 だというのに、何故──この男は五体満足で生きている?


「どうして不思議そうにしてるんだ? お前さんはついさっきこのカラクリを見ていたはずだぜ?」


 そう言ってニヤリと笑ったボッサンの傍らには──燃え尽きるがあった。


「──ッ!」


 今度こそ、アルバートの眼が驚愕に見開かれた。


 【双壁】戦用に用意された身代わりの護符は、一人一枚ずつだ。

 これまでの挑戦で、厨二は初回アルバート挑戦時に、村人Aは先ほどの第五サイクルで消費した。

 残りの4枚の札──ギミックを解く上で一番重要なポンには自身の分と串焼き団子の分を。

 そして、ロールの仕様上一番死の可能性が高く、蘇生後のシナジーが非常に高い者──ボッサンに、残りの二枚を託していたのだ。


 二枚消費した事で、ボッサンの手持ちの分は尽きてしまった。次致命傷を受ければその時点でデスポーンしてしまうが……それをアルバートが知る由も無く。

 ボッサンへ追撃するべきか、判断を鈍らせる材料としては十分だった。


「歯ぁ食いしばりやがれ!」


 再び、ボッサンが【痛苦の報復ペイン・リべンジャー】を発動させると、斧が凄まじいオーラに包まれる。

 アルバートが振るった【空切】は、リヴァイアの【黒龍砲】にも劣らない火力だった。

 それ故に──あの一撃を受ければ、幾らアルバートと言えどただでは済まないと。


(一旦……退くべきか)


 そう判断したアルバートは、即座に後退を選択。

 後方へ飛び退き、ボッサンを遠隔攻撃で仕留めようと考えたが──。


「知ってるかい? ヒーローってのは遅れてやってくるのさ!」


「Buttobaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaasu!!」


 飛び退こうとしたアルバートを、タイミングを図って飛び出した厨二とライジンが叩き落とす。

 地面へと叩き付けられ、バッと顔を上げたアルバートに迫るは、紫色の電撃を振りまく一人の男。


「【紫電一閃】!!」


 串焼き団子が再び『雷刀紫電』を振るうと、再び紫色の電撃がアルバートを貫いた。振るった直後、度重なるスキルの乱用に、『雷刀紫電』が音を立てて砕け散る。


「ぐ…………」


「あいつの動きを何としてでも止めろ!!」


 大切な妹が打ってくれた短刀が砕け散った事に深い悲しみを覚えながらも、串焼き団子が叫ぶ。串焼き団子の一撃は、開幕の一撃程では無い物の、アルバートの動きを一瞬でも停止させ、無防備な状況を作り出す事に成功していた。


「GaaaAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」


「ほらほらほら、手を止めるんじゃないよぉ!!」


 アルバートは咄嗟に真紅の大剣を構え、ライジンの攻撃を受け流していく。

 そして入れ替わるように厨二が、串焼き団子がアルバートをその場に留めるべく猛攻を続ける。

 その間にも、ボッサンはアルバートとの距離を詰め、胸元に輝く宝玉だけを狙い澄ましていた。


「調子に────乗るな!! 【千剣山サウザンド・ブレイド】!!」


 声を荒げたアルバートが、大剣を横薙ぎに振るってから、地面へと突き立てた。

 地面に大量の魔法陣を展開し、そこから光の大剣が飛び出してくる。

 ライジンは紙一重で回避し、厨二は上空へと退避。反応に遅れた串焼き団子は、その大剣を辛うじて受け流しながらも、突き上げるような衝撃を受けて上空へと吹き飛ばされた。


「ッ──! 足を止めるな!! 千載一遇のチャンスだぞ!!」


「応ッ!!」


 吹き飛ばされた串焼き団子が吠え、それにボッサンが応じる。

 その間にも黒炎を纏ったライジンの拳がアルバートを滅多打ちにし、厨二が黒い鎌でアルバートの身体を斬り刻んでいく。

 幾ら屈強なアルバートと言えど、その二人の攻撃は決して無視出来ないダメージを与えていた。

 すぐにでも片方ずつ無力化したい所だが、あと一歩の所で決定打が加えられない。本人達の回避技術の高さもあるが──それ以上に、後方から的確な援護射撃を行い続ける村人Aの存在が厄介だった。


(──仕方あるまい)


 このままだと、ボッサンの致命的な一撃を浴びてしまう。そう判断したアルバートは、多少の代償を払ってでも避けるべきだと行動に移す。

 厨二の鎌が肩に食い込み、そこから鮮血が噴き出す。決して浅くない傷を受けながらも、ライジンを裏拳で殴り飛ばし、厨二に鋭い蹴りを叩き込んだ。


「ごっほぁッ!?」


「Gaaaaaaa!?」


 痛烈な攻撃をお見舞いされ、豪速で吹き飛ぶ二人の身体。ボッサンはアルバートを目前にして、完全にフリーな状態で相対してしまった。

 このまま戦斧を振るったとしても、まず間違いなく避けられ、反撃されてしまうだろうのがオチだ。


 ──だが、ボッサンは知っている。


「げほッ──やれ!! ボッサン!!」


 ──厨二が、タダではやられるような男ではない事を。


 アルバートの攻撃を受け、地面に這いつくばった厨二が、真剣な表情で手を伸ばし──アルバートの足へと黒い泥のようなオーラを絡みつかせていた。


「ッ!?」


 目の前にまで迫ったボッサンの攻撃を避けようとしたアルバートが足を止める。

 それは、【真実の切り札ファントム・ジョーカー】の能力。『行動』と『結果』を逆転させる能力によって、アルバートが『退く』選択肢を『留まる』選択肢へと書き換える。

 カンストまで貯め切った【嘘吐き】スタックを全消化しても、圧倒的な力を持つアルバートに対して、効果時間は僅か一秒のみしか発揮出来なかった。

 だが、そのたった一秒さえあれば──充分だった。


「【アングリーブロウ】!!」


「ぐうううううううううッッ!?」


 ボッサンの全力の一撃が無防備なアルバートの胸元に輝く【龍の炉心核ドラゴンハート】へと叩き込まれる。

 直撃を受けた【龍の炉心核ドラゴンハート】は、ヒビが全体へと行き渡っていき、そして──。


 バキィン! 


 音を立てて、【龍の炉心核ドラゴンハート】が砕け散っていく。

 爛々と輝いていた宝玉が欠けると、その輝きは薄く鈍くなっていき、マナの出力を大幅に低下させる。


「ぐ、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 胸元を抑え、アルバートが絶叫する。

 アルバートは【龍の炉心核ドラゴンハート】から溢れ出す膨大なマナを制御出来ずに吐血し、真紅の大剣を支えに片膝を突いた。

 そして、そのタイミングで────。


「村人君ッ!! 1、6、3、5、4、2です!!」


 星は輝きを終え、その道筋を示した。

 ポンが順番を告げ、それを基に村人Aは跳弾ルートの演算を開始する。


「村人!! 今だ!! これで決めろ!!」


 役目を果たしたボッサンが吠える。

 その合図に頷いた村人Aは、この長い戦いを終わらせるべく、弓を構えた。






 ──遂に、ここまで来た。


 【二つ名レイド】攻略目前という所で難攻不落の壁となって立ち塞がった、【反逆者】アルバート。

 各々が全力を尽くし、奴の胸元に埋め込まれた力の象徴──【龍の炉心核ドラゴンハート】は砕かれ、アルバートは片膝を突いているという隙だらけの状態。

 これ以上は無いであろう、第六サイクル突破のチャンス。


 俺らの全てを賭して戦いを挑んだ以上、このタイミングを逃せば全てお終いだ。

 その事実が、重圧プレッシャーとして矢を掴んだ手にのしかかる。

 だが、そんな重圧プレッシャーすらも、今はと感じられる。


「さぁ、この長い戦いを終わらせようか!!」


 息を一つ吐き出し、笑みを浮かべながら、弓を構える。

 脳内に思い描くは、アルバートを越える為に考え抜いた、たった一つの勝ち筋。

 その瞬間、俺の身体から黄金の粒子が溢れ出す。勝利のイメージが、スキルという明確な形へと変化していく。

 そして、脳内に響き渡る、新しく与えられたスキルの名を高らかに叫んだ。



「【空中床・多重展開】!!」



 その瞬間、【星骸】中にされる、大量の空中床。

 これまでの【空中床作成】は複数作成する事は可能だったが、それでも一つずつしか生成出来なかった。

 その性質故に、射撃までの時間に相手に位置を把握されてしまい、破壊されてしまっていた。

 だが、この【空中床・多重展開】は──同時かつを含めて大量に展開出来る為、奴に俺の本命のルートを悟らせない!

 そして例え本命のルートが破壊されたとしても──このスキルならばすぐに補充出来る!!


「さぁ止められるもんなら止めてみろよ大英雄! 俺達はお前を越えて──【双壁】をぶっ倒す!!」


 その言葉に対する返答か、ドクン、と力強く心臓の鼓動のような音が響き渡る。

 そして、アルバートはこの戦いの最中に使用して来なかった、最後の力を解き放った。


≪墜ちた英雄がその身に宿すは眩き雷帝≫


「【龍掌ドラグハート】…………【雷霆龍ボルテクス】!!」


 【龍の炉心核ドラゴンハート】が砕かれた事により、出力が落ち、力を振るう事すらままならない筈なのに──これまでに見たことが無い程の雷を纏いながら、金色の稲光を炸裂させる。



「──【怒剛雷轟どごうらいごう】!!」



 雷鳴、閃光。

 次の瞬間、アルバートを起点に、尋常で無い量の雷が迸る。

 地を、空を、金色の雷撃が蹂躙し、濁流の如き勢いで呑み込んでいく。


「ッ────!!」


 息も出来ない程の放電が、全てを食らい尽くしていく。

 その余波だけでもその場に立っていられず、吹き飛ばされ、地面を転がっていく。

 膨大な量の雷撃により、俺の作成した空中床は、ダミーを含め……

 力を御しきれていないのか、その身体を黒く焦がしながら、アルバートが叫ぶ。


「こんな物なのか!? あいつが──リヴァイアが死に場所を選んだ相手とは!? この程度だと言うのか!?」


 最終局面、初めて見せるアルバートの激情。

 偽りの夜空に轟く声が、俺達に叩き付けるように向けられる。


「この俺を!! 越えるというのだろう!? ならば見せてみろ!! 英雄の如き輝きを!! 命尽きるまで──死力を尽くしてこの俺に抗って見せろ!!」


 アルバートは覚悟を決めた。

 例え自身が死んだとしても、俺達に勝利は譲らないと。

 俺がどれだけ空中床を展開しようと、矢を放ち続けようと、クリスタルを破壊させやしないと。

 そう、決意を宿した眼をしていた。


「くっ──」


 それを見て、拳を握りしめ、歯を食いしばる。

 全力を尽くした。一方的に蹂躙され続けていたアルバートを、ここまで追い詰めた。

 だが、それでも奴を──大英雄を、越えられない。



 ──結局、俺の【成長進化】は無駄だった?

 勝つ為に俺が思い描いた勝利への道筋も──圧倒的な力を持つアルバートからすれば、児戯同然の作戦だったのか?

 どれだけ俺達が足掻き続けようと、越えられない壁だったって訳か?



 やっぱり──俺らは、アルバートには勝てないのか?











「────!」




 俺の本命は

 確かに成長進化はどうしようもない現状を打破する為の手段だ。

 だが──お前アルバート!!


 勢い良く立ち上がり、駆け出すと、アルバートは雷撃をこちらへと向けて放ち続ける。

 

「ああそうさ、よく考えてみりゃ単純な答えだったんだよ……!!」


 嵐のような雷撃を紙一重で回避しながら、ただ前だけを見て笑う。


 リヴァイア戦を経て、ディアライズに生じた亀裂。あの亀裂を、シャドウは俺と共に戦場を駆け抜けた経験が齎した産物と言っていた。


 そして、俺が望めば応えてくれる、とも。


 望めば応える、その現象の正体を俺は知っている。


使……!!」


 その現象とは、今しがた俺が起こした現象──【】に他ならない。


 【成長進化】とは本来、トラベラーの持っている『スキル』が、勝利を渇望したその先に、立ち上がる為の力を与えてくれるという物だ。


 だが、それは本当にトラベラーの持つスキルしか成し得ない物なのだろうか──否。



 武器に宿る────『』にだって、進化が存在してもおかしくは無い。



 それこそが、このどうしようもない現状を打開する、最後のピース。


 アルバートを出し抜き、前人未踏の領域へと足を踏み入れる為の、最後の切り札!!



「長いようで短い付き合いだ、だがそれでも俺はお前を信頼している! アルバートに何度撃ち落とされようと! この高い空を目指して何度も登り続けてきたRe a riseお前なら!! この局面すらも乗り越えていけると!!」



 走り続けながら脳内に思い描くは、ここより遥か遠い、異なる世界の代物。



 遠く、果てしない空を駆ける程に、その威力を増すという能力を秘めた銃器。



 その名は『ネクサス』。



 その能力をベースに、この現状を打破するのに適した力を思い描く。



 複雑に考える必要なんて無い。望みなど、シンプルな物で良い。



 ──もう二度と、その輝きが撃ち落とされないよう。



 ──あらゆる物を置き去りにして! 何者にも追い付けない程の速度(スピード)で!!



 ──星の海を駆け抜けろ!!!



「俺の望みを叶えてRealizeみせろ! ディアライズゥゥゥウウウウウウウウ!!!!」



 矢を全力で引き絞りながら吠えると、弓全体に亀裂が広がっていく。亀裂の隙間から光が生じ、次の瞬間、ディアライズは粉々に砕け散った。


 しかし、砕けた破片が集い、再構築され始める。それはまるでパズルのピースが合わさっていくように、眩い光を放ちながら破片同士がその身体を繋ぎ合わせていく。


≪条件達成を確認。に伴い、プレイヤー、『村人A』の所持品から【蒼天の炉心核】が使用されます≫


 懐から美しい宝玉が突如として出現し、再構築され続けるディアライズに触れると溶け込むように消えていく。


 やがて光が収束し、そこに現れたのは美しい青の輝きを放つ、澄んだ快晴のように透き通った一本の弓。


 その弓の根幹に、蒼天の如く煌めく鼓動が、存在を主張するように力強く胎動する。


≪【限界超越(ブレイクスルー)】!! 『水龍奏弓ディアライズ』は【魂宿る武器ソウルウェポン】『彗龍奏弓クリスタライズ』へと昇華しました!≫


 美しい弓に冠された名は、共に戦い続けてきた主の願いを叶えたリアライズ先の、力の結晶クリスタライズ

 ディアライズ──否、クリスタライズがより一層輝くと、どこか聞き覚えのある声を響かせる。



『──行くぞ、我が主よ!! あの鹿に、我らの力を見せつけようぞ!!!』


「ああ!!」



 クリスタライズから響き渡る声に短く応じ、弦を限界まで引き絞る。

 極限まで集中し、標的クリスタルだけを捉えた視界は、ウインドウの文字を映す事は無い。矢を引き絞り続けると、眩いばかりの青と白の粒子を纏い始める。

 そして、俺の望みを叶え、新たな力を手にした相棒のスキルの名を、喉が裂けんばかりに砲声する。



「【流星の一矢】ァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



 射撃の反動で周囲の地面を爆砕しながら、蒼天の如く輝く、最速の一撃を放つ。

 俺の下から離れた一条の流星は、天を目指して駆け上っていった。






 アルバートは、その流星を捉えていた。

 これまでと同じように、何度村人Aが射撃しようとも、真紅の大剣を振るい、両断するだけ。

 雷の力を纏い、剣を振るおうとした、その時だった。


「────リヴァイア?」


 その一条の流星に、かつての友の面影を見た。





 流星が、星の海を駆け抜ける。

 【限界超越ブレイクスルー】を経て、更なる高みへと足を踏み入れた射撃は、光芒を散らしながら虚空を切り裂いていく。

 間違いなくこの挑戦において最速の一撃。アルバートは一瞬出遅れながらも、両断すべく剣を振るった。

 アルバートの振るった全力の斬撃が、矢を両断──する直前、矢が


「──ッ!?」


 ──有り得ない。

 斬撃が届く直前、矢が加速した。

 それは、この世の摂理──物理法則に抗う所業だ。

 更に、最高速度を維持する所か、


「ならば──!」


 不自然に加速する矢など、捉えようが無い。

 であるならばと、アルバートは、【星骸】中に魔力を巡らせる。

 一人でクリスタルを破壊するのに必要不可欠な要素──跳弾用の床を感知する為だ。


 ──だが。


(待て、?)


 再度の驚愕がアルバートを襲う。


 これまで、村人Aが作成していた跳弾用の床は射撃前に展開していた。それを先んじて潰す形で村人Aの射撃を妨害していたのだ。


 だが、今回村人Aが放った【流星の一矢】の射線上に、空中床は存在していない。

 

 その筈なのに──見当違いの方向に放たれたその矢は、突如として空中で跳弾し、軌道を変える。


(……ッ! まさか……!?)


 村人Aは思考を加速させ、極限まで集中していた。

 次の瞬間に倒れたって良い。この一撃に全てを注ぎ込む勢いで、思考を回し続ける。



 村人Aにとって、本命はもう一つあった。



 同時かつ大量に空中に床を展開出来るようになった所で、アルバートがそれすらも対処してくるだろうというのは予想の内。


 だが、アルバートが対処出来ているのは出現した床の魔力そのものを感知しているからこそ。


 彼は決して──村人Aの思い描く、跳弾ルートを把握している訳では無いのだ。


 だから、村人Aはを──


 射撃前に展開する床こそが、本命の射撃ルートであるという事を。


 その床を破壊すれば、自身の射撃を妨害出来るという事を。


 結果、アルバートは村人Aの術中に嵌った。


 そして、それだけでは足りないと、ダメ押しとばかりに村人Aは更に策を練る。


 魔力感知した所で破壊出来ないタイミング──跳弾地点に到達したと同時に空中床を生成するのだとしたら?


 それを成し遂げるには、【限界超越ブレイクスルー】を経たクリスタライズの射撃だと、到底間に合わない速度での空中床の生成が不可欠。


 だからこそ、あの場面で成長進化を引き起こした。どれだけ矢の速度が早かろうが、と。


 ただ一人、神業染みた跳弾計算が可能な村人Aだからこそ出来る芸当。


 幾度となく挑戦を続け、集中力が極限まで研ぎ澄まされた彼だからこそ成し遂げられた一つの到達点。



 あらゆる要素を──困難を越える為の【成長進化】すらをも踏み台にして、歴戦の大英雄を欺き通した。




「行け……!!」



 その流星を見て、誰ともなく呟いた。



「行けっ…………!!」



 十数時間に渡る挑戦の連続。


 何度も心を折られかけ、その度に熱意を再燃させ続けてきた彼らの結晶。



『行けぇぇええええええええええええ!!!』



 その集大成が、村人Aの射撃に収束される。


 星の海を縦横無尽に駆け回る流星が、破壊と跳弾を繰り返していく──。









 ──この結果は、これまでの積み重ねだった。


 もしも、これまで彼らが挑み続けて居なければ。


 もしも、村人Aの武器が、【限界超越ブレイクスルー】目前で居なければ。


 もしも、アルバートがかつての友の面影にその手を止めて居なければ。


 きっと、結果は違っていただろう。


 だから、この結果は『もしも』の先。


 幾度となく勝利へと向けて手を伸ばし続けた先の、純善たる結果が彼らに齎された。



「──見事」



 アルバートは、口の端を僅かに吊り上げ、その射撃を称賛する。


 緻密に計算され尽くしたルートを一瞬で駆け抜けた流星は──確かに、淡く輝く六つのクリスタルを粉砕した。



目標完遂ミッションコンプリート



 遥か上空、橙色の天体を覆う障壁が派手に砕け散る音が響く中、狙撃手は静かに呟いた。


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