#258 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その五十八 『希望を繋ぐ者』
──ラストチャレンジ、第五サイクル。
幾度となく相まみえた強敵──エクスポイズン・マンイーターを相手取りながら、森林エリアを駆け抜ける。
一度でも触れれば死へと直行の触手達を障害物を駆使して回避し、時折矢を放って反撃する。
(確かに疲労はあるものの、コンディションは上々──エイムも悪くない!)
空中に浮かび上がる魔法陣から放たれた毒槍を木を盾にしてやり過ごし、地面から飛び出す触手を上空へと駆け上がって回避。
これまでの挑戦で、こいつの行動パターンはほぼ把握した。どうすれば奴の行動を誘発出来るのか、粗方検証してきたからな。
初回到達時のように、モンスタートレインを駆使して奴を削り切る戦法は、リスクが大きすぎる……結局鬼ごっこで逃げ切るのが最適解だ。
適切な距離を保ち、クソ花の行動を誘発させながら、ひたすらにクリスタル破壊フェーズまでの時間稼ぎをする。
(後はこれまでの挑戦で出来上がったチャートをなぞるだけ……そうすればアルバート戦だ)
一秒毎に、アルバート戦への時間が近づいていく。
その事実に、心臓が早鐘を打つが……それと同じだけ、ワクワクが増していく。
俺が見つけたアルバートへの勝ち筋は、見つけた時は確かにか細い糸だった。
だが、これまでの挑戦で仕込んだ
(そろそろだな……!)
五つ目に破壊すべきクリスタルを知らせる星が上空で輝き始める。
そのタイミングで、一気に加速。クソ花との距離を突き放し、相手の跳躍行動を誘発させる。
『ギシャシャシャシャシャシャシャ!!!』
想定通り、クソ花がその場から跳躍し、俺を押し潰すべく上空から強襲する。
それに対して、下へと加速するクソ花と入れ替わるように、【空中床作成】を使用して上空へと駆け上がっていく。
「村人君! 1、3、2、6、4です!」
ポンの声が聞こえてきたと同時に響く着地音。すぐさま奴は触手を伸ばして空中に駆け上がる俺を落とそうとするが、矢で撃ち抜いていく。
『ギギギギギ…………!!』
完封されているという状況に腹を立てたクソ花が、その身体を震わせる。
相手を刺激すればするほど、
地上に居れば、回避する事が不可能な、あの技を。
『ギジャァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!』
触手で地面を乱打し、あの上下から死が迫る大技──【
だが、既に俺は地面からの触手攻撃は届かず、毒液の到達する高度よりも高い位置に居る。
奴が大きな隙を晒している間に、クリスタルを破壊すれば……第五サイクル突破だ。
(よし、これで第五サイクル突破────)
これまで通り、【彗星の一矢】を放ってクリスタル破壊をしようとした、その時だった。
大技を発動させていた筈のクソ花が、突如として行動をキャンセル。
そして、ズドォン!と、地面が爆ぜたかと思う程の爆音が響き渡ると、俺の目の前へと向けて飛び上がったのだ。
これまでの挑戦で一度もしてこなかった挙動。その巨体が俺の射線を塞ぎ、想定していた跳弾ルートが成立しなくなってしまう。
「──ッ、マジかよ!?」
想定していなかった行動に思わず声を上げる。
クソ花が顔の大部分を占める大口を開け、醜悪な口内を見せつけてくると、ゴポリと毒液が湧き上がってくるのが見えた。
(高度を上げ過ぎたか!? クソ、よりにもよって最後の挑戦で──)
後悔している時間は無い。ここで選択肢を間違えた瞬間、全てが終わる。そう脳が理解した時、極限まで時間が緩やかになるのを感じた。
(回避、時間切れで死。回避しない、毒液に呑まれて死。時間が足りない、避けても駄目だ、護符を切れ、正面突破、毒液貫通、矢の耐久度、射角変更────)
この絶望的な状況を打開すべく脳が高速で回転し、必要な情報を取捨選択していく。
一つ一つの情報を結んで行き、最適解のルートを探るが──
(こんな所で終わる訳にはいかない。考えろ、違うルートを、この一瞬で、五つのクリスタルを破壊出来るルートを導き出せなければ俺達は──!!)
『村人A!!』
その声が、深く思考の海に沈みかけていた俺の意識を、海面へと浮かび上がらせる。
遠く、俺と同様に空高く飛び上がった男──厨二の声がブレスレットから響いていた。
声に釣られてその方向へと思わず振り向くと、いつになく真剣な表情の彼が吠えた。
『
思考を全て置き去りにして、その声を聴いた瞬間に導き出した解。
毒液に呑まれる直前、俺は空中床を踏みしめて体勢を無理矢理に変えると、
◇
(村人君は瞬時に百点満点の回答を出した。いやぁ、最高にヒリつくね……僕がミスした瞬間すべて破綻する状況ってのは)
厨二は自身へと向けて放たれた射撃を見て、加速した脳内で思考を続ける。
残り時間的にもこの射撃で決める事が出来なければ、時間切れで全滅だ。
体感時間が加速しているのにも関わらず、あっという間に厨二との距離を埋めてくる矢に向けて、手を振りかざす。
(空中での【
今すべきなのは、村人Aの跳弾射撃のように、この矢を弾き返す事だ。
本来であれば詰みであるこの状況を打開するべく──厨二は思考を回し続ける。
(だけど、【鏡面反射】で跳ね返した所で、その射線上に居るのは村人クンだ。このまま跳ね返せば彼を撃ち抜く事になってしまう。それに、クリスタルを破壊するのに跳弾する壁も無い。傍から見れば詰みだねぇ、この状況……だけどネ)
厨二は目を細めると、口角を吊り上げて笑った。
(──舐めるなよ。この僕に出来ない事が存在するとでも? 彼がこれまで何十何百回も成功させ続けてきた事を──
彼の根幹にある、自分自身への絶対の信頼。
他人に出来て、自分に出来ない事は無いというエゴイズム。
そんな信念を持つ彼だからこそ──この状況に於いて、条件を満たす事が出来た。
その瞬間、厨二の身体から吹き荒れる黄金の粒子。彼の脳内で思い描いた状況を打開する為の勝利のイメージが、彼の理想を形に変えていく。
ただ攻撃を正面から跳ね返すだけではなく、更にその先へ。
相手の攻撃をそのまま自分の攻撃に転用出来るように──スキルがその性質を変えていく。
矢が厨二へと到達する寸前、彼はにやりと笑うと、新たなスキルを発動させた。
「【鏡面反撃(リフレクティブ・カウンター)】!!」
次の瞬間、厨二が展開した障壁が、村人Aの放った【彗星の一矢】と激突する。
甲高い音を響かせ、厨二は発生させた障壁をスライドさせていく。
「
再び厨二が吠えると、村人Aの放った【彗星の一矢】は厨二の手によって角度を変え、勢いを増しながら跳弾した。
そして、同時に厨二は遠方に空中床を展開する。それは村人Aと同等の技術……跳弾の為の壁の生成。これまで何十、何百回と村人Aの跳弾射撃を見続けていたからこそ、瞬時にルートを導き出す事に成功していた。
弾き返された矢は、生成された床を何度も跳弾し続け──。
≪導に従い、クリスタルの破壊に成功した。
──厨二の【鏡面反撃(リフレクティブ・カウンター)】によって跳弾した矢は、思い描いたルートを正確に辿り、そのままクリスタルの五個連続破壊を成し遂げた。
(はは、こんなのを毎回毎回やってたのかい彼は……!! 本当にイカれてるよ、もう一度やれって言われても流石の僕でも無理だろうね)
内心、苦笑しながら厨二は落下していく。
下から迫り来ていたタイタニス・ラーヴァヘルムの分体達の攻撃を、【
(だけど、確かに
確かに、これまでも第5サイクル自体は何度も突破してきた。
だが、今回のこの突破──通常の突破よりも、遥かに強い意味を持っている。
厨二の持つブレスレットが輝くと、ボッサンの驚いたような声が聞こえてくる。
『厨二、今のってまさか……!?』
「【成長進化】だね。なるほど、こういう感覚かぁ。確かに極限状況下じゃないと進化しないみたいだねぇ」
飄々と厨二はそう語るが、その言葉はメンバー達に衝撃を与えた。
【二つ名レイド】に挑戦してから、誰一人としてする事の無かった【成長進化】での突破。
アルバート戦を越えた訳じゃない。だが、【成長進化】を成し遂げたという事実は──否応にも、他のメンバーの火を着けた。
次は俺が、私がしてみせる。
ゲーマーなら誰しもが持つ本質……負けず嫌いの精神が、彼らのモチベーションを、更に燃え上がる。
全員が中央エリアへの階段を駆け上がり、貝殻へと飛び込む。
飛び込んだ瞬間、【時穿】が放たれ──五エリアに降り立っていたモンスター達が呑み込まれていく。
「でも、僕に出来たんだ。……僕が認める君達に出来ない道理は無いサ」
【時穿】を経て、彼らを護る貝殻が砕け散る。
次元が砕け散り、不気味なまでに白く、広大な大地が再構築されていく。
そして、虚空に出現した亀裂から顔を覗かせるはこの二つ名レイド最大の強敵──【反逆者】アルバート。
厨二は降り立つアルバートを見据えながら、不敵に笑う。
「こんなつまらない所で終わる訳には行かないだろう? ──さあ行くよ、変人共。かつての英雄を越えて──僕らが英雄になる番だ」
──今再び、
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