#252 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その五十二 『越えるべき最後の壁』
≪VITスキル【ド根性】が発動しました≫
「…………ッ!?」
自分の足が後方へと飛んで行ったのを見て、ようやく自分が攻撃を受けた事を知覚する。
小さな空間の亀裂から姿を現したあの男が、剣に触れたと思った次の瞬間には剣を振り切っていた。
部位欠損に伴う疑似痛覚すら処理が追い付かない程の神速の斬撃。間違いなくあの攻撃は、今まで相対してきた敵の中でも最速の攻撃だった。あの、【戦機】の一撃すら上回る程の。
更に、今の一撃は片足を持っていく所か体力の全損すら伴う物だったらしい。その事実を認識して、思わず表情を歪める。
「【二つ名】乱入だぁ……!? そんなの有りかよ……!?」
対【龍王】戦でもヴァルキュリアが乱入してきたが、それとこれとは話が別だ。
目の前に居る男……システムメッセージによると、【反逆者】アルバートなる男は、剣を振り抜いた体勢のまま動く気配が無い。
その様子を訝しんでいると、ふとある事に気付いて眉根を寄せる。
「……待て、アルバートって……」
英雄アルバート。
冥王龍リヴァイア・ネプチューンの友にして、遥か昔を駆けたという大英雄。
確か、リヴァイアではない五天龍の手によって死んだと聞いていたが……まさか生きていたのか?
そんな考えが頭を過ぎるが、すぐに頭を振って考えを正す。
「いや違う、あの姿……」
果てしない年月を思わせる風化した鎧、最早チェーンソーとでも表現した方が良いレベルで刃毀れしている大剣、一切の光を灯さないあの虚ろな瞳……あれが英雄と呼ばれる人物の姿かと問われれば、満場一致でNoと断言されるだろう。
では、あれはアルバートという名前なだけの別人なのか。それもNoだ。今しがた見せた圧倒的なまでの強さを見る限り、とても別人とは思えない。
(このタイミングでの乱入……仲間のピンチに駆けつけた……にしては反応が薄いな)
【龍王】戦での出来事から見る限り、代行者同士は潰し合いすら許容している。
助けに来たとは思えない振舞いからも、恐らくそうでは無いのだろう。
(状況から考えて【双壁】が呼び寄せたのは確定……にしたってどうやって呼んだんだ?)
【双壁】の能力は『時間』と『空間』。その二つの能力を基に、【二つ名レイド】のギミックは構成されている。
ならば、この第六サイクルのアルバート召喚もそのギミックの範疇であるはずだ。
その答えを探るべく、これまで挑戦してきたギミックを今一度思い返してみた所で、
(……【
あのエリアのギミックは、出現した敵が傷などの状態を引き継ぎながら増殖を続けるというギミックだった。
挑んでいた当初は特に疑問にすら思わなかったが、今となって思い返してみると違和感の塊だ。
(傷を引き継ぐ、進行状況の
深く、思考に没入していく。
一定時間毎に視界が眩い光で染まり、次の瞬間には全く状態が同じ敵が倍に増加していた。
光によって視界が奪われていたせいで、視る事が出来なかった増殖の瞬間。
あの増殖が、どのようにして行われていたか……きっとそこに答えがある。
(そもそも倍加するなら無傷の状態の奴にすればいい。だが、それは出来なかった。何故か?
と、自分が比喩表現で例えた『ゲームのセーブデータ』という発想によって、それまで進めていた考察が一気に進展を迎える。
(セーブデータ。そう、セーブデータだ。光るタイミングは、
思考がまとまり、一つの結論を導き出した。
(奴が干渉してるのは
並行世界……パラレルワールドとも呼ばれる概念。
SFジャンルでは割とポピュラーな単語だ。所謂『もしこの行動を取っていたら未来はどうなっていただろうか』という物だ。
並行世界に意図的に干渉できると考えてみれば、【水晶回廊】のギミックにも説明が付く。光ったタイミングで時間を
目の前のアルバートもそうだ。この世界線ではアルバートは三千年前に死亡しているが、並行世界となれば話は別だ。
リヴァイアとの戦いを生き残り、その後に起きたという大粛清を生き延びて居たら……そんなIFの世界線からやってきた英雄の姿であるのなら、納得がいく。
勿論、その代償は一筋縄では無いだろう。現に、【双壁】は亀裂が全身にまで広がり、完全に沈黙している。過去に干渉し未来を変える事が禁忌であるとするのならば、今起きているこの状況は【双壁】にとっても最後の手段である事が分かる。
(それが分かった所で、事態が好転する訳じゃねえけどな……!)
三千年前に生きた英雄、しかもその実力は俺達が死闘を繰り広げたリヴァイアよりも上。
その強さがありながら、本来であれば経験しなかった筈の死線を潜り抜けてきたとなれば、一体その力はどこまで到達しているのだろうか。
圧倒的強者を目の前にして、矢を掴む手に汗が浮かぶ感覚を覚えた。
視線を向けた先に居る【反逆者】アルバートは未だその場を動かず。
その隙に、周囲の状況を確認する。
ポンと串焼き先輩、ボッサンは先ほどの攻撃でデスポーンしていた。ライジンは俺と同じく【ド根性】で耐えていたらしく、厨二はと言うと……。
「悪いね、ライジン、村人クン。……切らせてもらったよ」
厨二がそう呟くと、燃え尽きる一枚の札。【双壁】戦用の切り札として一人一枚ずつ持たせていた『身代わりの護符』だ。
ライジンはそれを見て、厨二の意図を理解し、小さく頷いた。
「いいや、この状況ではその判断が正解だ。……次ここに辿り着くまでにどれだけ掛かるか分からない。少しでも情報を……ッ!」
と、ライジンがそう言った瞬間にアルバートが動き出し、柄を握りしめて大剣を地面に突き立てた。
大剣を突き立てた地面から亀裂が周囲一帯に伝播していく。一秒程の時間を置くと、大量の魔法陣のような物が地面に浮かび上がった。
「……ッ!!」
「……【
出現した魔法陣から、光の大剣が勢い良く飛び出してくる。
魔法陣が浮かび上がったタイミングでその場から飛び退く事で回避した物の、アルバートは深く腰を落として剣を構えていた。
このまま空中に居ると叩き切られる、と最悪の展開を脳裏に描いた次の瞬間だった。
「【
アルバートが剣を振り払うとほぼ同時に、その手元から大剣が消失する。
消失した大剣は、アルバートの後方から出現した厨二の手元へと移動していた。
そのまま厨二がアルバートの大剣を持って戦おうとするが、厨二は珍しく表情を崩して大剣をその場に落とした。手から離れた大剣は、刃毀れしているのにも関わらず凄まじい切れ味を発揮し、地面に突き刺さった。
厨二が、表情を歪めたまま叫ぶ。
「嘘だろう!? その大剣、STR
その言葉を聞いて、益々アルバートとの力の差を理解した俺とライジンは顔を引きつらせた。
厨二の発言から推測するに、アルバートは最低でも俺達のステータスの数十倍、下手すれば数百倍に匹敵する力を持っているらしい。
この世界最強の一角、粛清の代行者であるのだからそれぐらいはあって当然だ。
だが、実際に数値として認識させられれば、否応にもその事実が脳裏にチラついてしまう。
そのチラつきは一秒でも気を抜けないこの状況下において、致命的なロスだ。
アルバートは剣を奪われたと認識するや否や、厨二の頭蓋をかち割ろうとその手を伸ばす。
マズイ、カバーするにも間に合わな……!!
「OooooooるruuuuuあAaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
漆黒の炎を纏い、全身を異形と化したライジンがアルバートに襲い掛かる。
理性すら吹き飛ばす程の強力な熱量を纏った拳で渾身の一撃を叩き込むが、アルバートは軽く腕を上げるだけで受け止めた。
ライジンの全身全霊の一撃であるにも関わらず、アルバートの立っている地面が陥没した程度で済む。
流石のライジンもそれには驚愕の表情を浮かべたが、すぐに火力を引き上げる。
「Oooooooooooooooooooooooooo!!!」
漆黒に染まった獣の咆哮が轟く。ギリギリのバランスで保っていた理性を焼き切り、ライジンが【灼天・鬼神】の効果を最大限に発揮する。アルバートはそれを冷めた瞳で一瞥すると、腹部へと向けて放たれたライジンの拳を素手で掴み取った。
「……」
「Aaaaaa!?」
ボギュ、と生々しい音が響くと、ライジンの残った片腕がへし折れ、そのままポリゴンへと還元された。
ライジンはすぐさま後方へと跳躍し、アルバートを警戒するように姿勢を低くしながら睨みつけ続ける。
興味を失ったのか、ライジンへの視線を外すと、アルバートが徐に大剣へと手を伸ばした。大剣がふわりと宙に浮き、その手元まで吸い寄せられていく。
「させるかよ!」
すぐさま【彗星の一矢】を発動。宙に浮いた大剣を途中で弾き飛ばすと、アルバートの視線がこちらへと向いた。
感情の一切を見せないその瞳から放たれる凄まじい威圧感。それを全身に浴びるが、身を竦ませる事無く笑い飛ばす。
「はっ、その程度の威圧で──」
あまりの速度に音が遅れて聞こえてくる。アルバートは一瞬で間合いを詰め、俺の頭部を粉砕すべく鋭い回し蹴りが放たれる。
対応に遅れた。良くて致命傷、悪くて即死。どう足掻こうと変えられない未来を、視線の先に居たイカサママジシャンが書き換える。
「【スナップ・スタン】!!」
厨二が指を鳴らし、俺の行動よりも先に体が反射を起こし、俺の身体が一瞬硬直する。
膝がガクンと折れ、そうして生まれた頭一個分の虚空を回し蹴りが通過する。
一瞬飛んだ意識をすぐさま覚醒させ、バックステップしてアルバートとの距離を離した。
「悪い、助かった!」
「貸し一だよぉ!!」
「ツケで頼む!」
「仕方ないねぇ!」
アルバートをその場に留めるべく牽制射撃を放ち続ける。アルバートは僅かに煩わしそうにしながら、その屈強な腕で矢を弾き続ける。厨二が接近し、ステッキでアルバートの身体に強烈な打撃を叩き込み続ける。アルバートが腕を振るい、至近距離の厨二を吹き飛ばそうとするが、紙一重の所で回避し続ける。
その隙に、ライジンが戦線に復帰する。漆黒の炎で両腕を形作り、その形状を器用に操りながら、アルバートの身体を焼きながら拳を叩き込む。
俺も連携するように跳弾を交えた射撃を駆使して、死角からの射撃を放ち続ける。
アルバートは視線をこちらへ向けたまま沈黙していると、その口が僅かに開いた。
「リヴァイア……は、……この程度の連中に……殺された……のか」
「……!!」
俺の持っている『蒼天の炉心核』に反応したのか、アルバートがそう呟いた。
アルバートは片足を持ち上げると、勢いよく地面を踏みしめる。
それだけでその場に巨大なクレーターが出来上がり、その衝撃波が空気を伝播していく。
「ぐ、おおおお!?」
凄まじい暴風とスリップダメージが発生し、ウインドウを高速で操作して取り出したポーションをひたすら浴び続ける事で何とか凌ぎ切るが、思い切り吹き飛ばされてしまう。
片足だけでは踏ん張りも効かず、地面を転がり、何度も叩き付けられてようやく停止した。
「かは……っ! 化け、もんかよ……!!」
ただの足踏みでこの威力。剣を奪えば相当戦力ダウンすると思ったが、そんな事は無いようだ。
俺達が為すすべもなく吹き飛ばされている内に、アルバートの手元へと戻る大剣。
豪快に掴み取り、剣の切っ先をこちらへと向けると、真紅のオーラが噴き出し、凄まじい力の奔流が迸った。
「示せ。……貴様が……英雄であるのならば」
真紅の大剣に粒子が収束していき、眩い赤の極光を生み出した。
そのまま大剣を振り上げ、最後の一撃を放とうとしているアルバート。
その姿を霞む視界で収めながら、ゆっくりと立ち上がる。
「おい、大英雄」
間違いなく、今回は俺達の負けだ。
だが、俺達には何度でも挑み続けられる不死身の身体がある。
あの冷めきった目を、驚愕に歪めるまで、俺達は何度だって挑み続けてやる。
不敵に笑ってから、アルバートに向けて宣言する。
「絶対、てめえに一泡吹かせてやるから覚悟しておきやがれ!!」
「【
次の瞬間、大剣から迸る赤の極光が世界を呑み込んだ。
◇
≪現在の時間軸において、本来到達し得ない事象を観測しました≫
≪それに伴い、クロニクルクエスト【人と龍を巡る物語】の進行状況が更新されます≫
≪現代に蘇った大英雄に、その力を証明せよ≫
≪フェーズEX……『英雄の証明』を開始します≫
────
【補足】
第六サイクル背景解説
追い詰められた【双壁】は並行世界から、if世界線の代行者、【反逆者】アルバートを召喚します。何故最後のサイクルでは自身でトラベラーと対峙しないのかは、彼らのトラベラーへ対する印象が起因しています。
アルバートを召喚した事により【双壁】の力は大きく減衰し、クリスタル破壊までの時間遅延を行使出来なくなってしまいます。
つまり、
ですが、ここで召喚されたアルバートが立ち塞がります。
【反逆者】アルバートの行動原理はただ一つ、『星魔の巫女』を殺す事を目的としています。
現在のSBO時間軸における『星魔の巫女』とは■■と同一存在ですので、もしこの場に連れてこれた場合はそちらにヘイトが優先されますが、この場へと連れてくる手段が現実的ではありません。従って、彼のヘイトは『星降りの贈笛』所持者に向くようになります。
このフェーズの突破方法はただ一つ、六つのクリスタルの破壊順番が確定するまで奏者の死守、そしてクリスタル破壊時の妨害を乗り越えなければならないのです。
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