#251 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その五十一 『もしもの先』


『ギ…………ェ……ァ……』


 エクスポイズン・ギガイーターの身体が光の粒子に分解され、天へと昇っていく。

 間違いなく仕留めきった。そう確信し、振り向く事無く即座に走り出す。


「クソ花討伐完了! これより通常攻略に戻る!!」


『おいおいマジか、マジでやりやがったのか!! 最高だぜ村人!!』


「喜ぶのは後だ!! ポン、コールを!!」


『はい!! 5、1、3、4、2です!!』


「了解!!」


 走り出してすぐに、ポンからのコールが入る。足元に喰らい付こうとしていた虫を避けると、そのまま上空へと躍り出た。

 そのまま空中床を踏みしめて高度を上げていき、戦場の様子を一望する。


 赤黒いクリスタルへと変色をした水晶の龍はボッサンを苛烈に攻め続け、大氷塊を展開するアルマジロはライジンと火と氷の領域の押し付け合いを行っている最中、人の形をした溶岩の塊が大量の厨二の分身に襲い掛かっており、無限に増殖する虫は串焼き先輩が引き連れて元のエリアへと戻っていた。

 各エリアの状況を整理し、戦闘によって破壊された地形を把握しながら矢を引き絞る。

 あれだけ劇毒を振りまいていた巨大な肉食花は俺が仕留めた事でかなりの余裕が生まれている。

 少しでも射撃の成功率を底上げする為に【極限集中ゾーン】を発動して思考を加速。息を止めて、その一瞬の射撃に全神経を注ぎ込む。

 跳弾のルートが結ばれて行き、二秒と掛からない内に計算が完了する。


「【彗星の一矢】!!」

 

 青と白の燐光を纏った矢が放たれる。

 放ってすぐに、水晶エリアのクリスタルが粉砕される。

 空中に作成した床に跳弾してから地面に跳弾し、雪山エリアのクリスタルが粉砕される。

 火と氷の境界線を潜り抜け、空中で跳弾、砂漠エリアのクリスタルを破壊。

 再び空中に作成した床を跳弾し、台座エリアのクリスタルを破壊。

 最後に溶岩の塊を吹き飛ばしながら火山エリアのクリスタルを破壊し……五個破壊を達成する。


「しゃあ!!」


 それを見届けて、思わずガッツポーズしながら叫んでしまった。

 これで、第五サイクルも全員突破の可能性が生まれた。

 地面へと降り立つと、すぐに台座エリアへと向けて走り出す。


『ナイス村人!!』


『全員、隙を見て離脱を……!! 一人での離脱が厳しい場合は私がカバーします!!』


 戦場にモンスター達の咆哮が轟く。各エリアのモンスター達は逃がすつもりは無いとばかりに地形を破壊しながら台座エリアへと迫り来る。

 それと同時に【双壁】がその鋏に極光を収束し始める。【時穿】の発動準備だ。

 蘇生すら無効にするあの攻撃さえあれば、如何にレイドボス級の相手だろうが一溜まりも無いだろう。

 焦る気持ちを抑え付け、台座エリアの階段を駆け上っていく。

 赤黒い水晶の龍が、無限に増殖する虫が、埋め尽くさんばかりの溶岩の塊が、全てを凍てつかせるアルマジロが、台座エリアへと到達する。

 少しでも足を滑らせれば即死亡。そう意識しながら一段一段踏みしめて駆け上がり続ける。


 台座エリアの頂点へと到達。六つの光り輝く貝殻が視界に入る。

 各々が一番近い貝殻へと入り込むべく走り出したと同時に、四体のモンスター達も登頂完了する。

 再び轟く咆哮。各々が最強技と思われる技を発動させ、逃げる俺達へと迫り来る。


「間に合え────!!」


 口を開いた光り輝く貝殻へと飛び込むと、すぐさま閉じられた。

 次の瞬間。


『【時穿】』


 貝殻の外で放たれる、破滅の極光。

 その光を浴びたモンスター達は、断末魔を上げる事すら許されずに粒子となって溶けていく。

 貝殻が震え、亀裂が生じていき、砕け散った。


 外に出てすぐ、周囲を見回す。そこには、誰一人として欠けていないパーティメンバーの姿があった。


「よし、第五サイクル突破!!」


「まさか全員生存で初見突破するとはねぇ……!」


「まだ安心するには早え! 何せ、ここからが本番だからな!!」


 串焼き先輩の言葉に、再び気を引き締める。

 そうだ、第五サイクルはまだ通過点に過ぎない。第六サイクル……最後のサイクルを越えなければ、俺達に勝利は訪れない。


「さあ、遂にラストサイクル……!! 何が来る!?」


 第一サイクルはギミックの理解を。


 第二サイクルは理解した上での応用を。


 第三サイクルは【双壁】の力を用いた妨害を。


 第四サイクルは【双壁】の力を組み合わせ、複雑化した上での対応を。


 第五サイクルは強敵と対峙する事で個々の力の証明を。


 そして、最後であるだろう第六サイクルは……一体何を要求してくるのだろうか。

 各々が装備を構え直し、正面に鎮座する【双壁】を見据える。


『正直、予想以上ダ』


 ここまで到達した俺らに対し、【双壁】が口にしたのは賞賛だった。


『マサカ、ココマデ力ヲ取リ戻シテ居タトハ……。アノ時ノ言葉ハ妄言デハ無カッタヨウダナ……』


 あの時の言葉。恐らく、過去トラベラーが今のトラベラーになった理由に関係している事だろう。

 だが、【双壁】がその先を口にする事は無かった。

 ゆっくりと両鋏に光を収束させ、【星骸】全体を明るく照らし出す。


『ナラバ、コチラモヲ犯スマデ。コレガトラベラーニ課ス最後ノ試練ダ。……ニソノ手ヲ掛ケルツモリデアルノナラバ、越エテミロ!』


 光の強さが増していくと、周囲一帯が振動し始める。

 あまりの揺れの強さに、その場に居た全員が床に手をついた。

 揺れが頂点まで達した時、ヘラルバが鋏に収束した光を解き放つ。


『【次元圧壊】!!』


 ぐにゃり、と台座エリア以外の五つのエリアの風景が歪み、粉々に砕け散った。

 その不愉快な轟音に、即座に耳を塞いで対応する。

 そして、続けざまにもう一度光を放った。


『【空間再構築】!!』


 先ほど砕け散ったエリアに、新しく空間が構築されていく。

 再構築された各エリアの高さはこの台座エリアの最上部と同じ高さ……つまり、辺り一面が起伏の無い白い大地となった。


「最終決戦はここでやるって訳ね……!!」


 各エリアを構成していた複雑な地形が見る影もなく、一面の大地と成り果てた。

 一切の『逃げ』を許さない、最終決戦の場に、思わず武者震いする。


『サア、時空ノ彼方ヨリ来タレ!! ヨ!!!』


 遥か上空で瞬いていた三つの星。出会いを知り、別れを追憶した事で今は一つしかなくなってしまった赤い星……その最後の一つが砕け散ると、虚空にピシリと亀裂が入った。


 その亀裂は先ほどの第5サイクルのように、巨大すぎる亀裂では無かった。


 程の空間が、ゆっくりと音を立てて口を開く。



 そして、そこから降りてきたのは────。





 人という生き物は、『もしも』の先を夢想する物だ。



 故にこそ、数多幾重にも世界はその枝を広げ、物語は創造されていくのである。



 だから、これは『もしも』が重なれば到達したのかもしれない、有り得た一つの可能性。



 ifもしも



 人類最強と呼ばれた人間が、自分の責務を最後まで全うしたのだとしたら。



 ifもしも



 人の願いを背負い続け、その責任と重圧に精神を壊してしまったのだとしたら。



 ifもしも



 世界に一度終焉を齎しかけた世界大戦……『大粛清』をただ一人、生き延びていたのだとしたら────。



 きっとそれは、失意の果ての到達点。





 それは、であった。



 その顔に生気は無く、その目に光を灯さず、その振る舞いに一切の敵意すら見せず。

 朽ちた鎧に身を包み、背負う真紅の大剣は刃毀れが酷く、最早武器としての体を為していない。

 明らかに脅威ではない、そう一瞬でも考えてしまったからこそ、彼らは張り詰めていた緊張の糸を緩めてしまった。

 男は虚ろな瞳を村人達に向けると、片手を伸ばして薄く口を開く。


「……………………」


 まるで永い間言葉を発する機会が無かった結果、会話の仕方を忘れてしまったかのように、男は掠れた声で言葉を紡ぐ。

 事実、それは永い時を一人で過ごしていた弊害であった。


 友を失い、守るべき存在を失い、生きる意味すらをも見失った彼が、悠久とも思える時の中でただ一つだけ心の内で燃やし続けてきた執念。

 彼の人生を狂わせた元凶……大粛清の発端となった星魔の巫女ティーゼ。彼女だけは、例え世界が違えどこの手で斬り捨てて見せると。


 そんな彼だが、星魔の巫女ティーゼに実際に相対した事は無かった。彼が出会う前に、彼女は人外へと成り果てたからだ。

 しかし、人伝で星魔の巫女ティーゼという少女はまるで法螺貝のような巨大な笛を演奏する不思議な少女だと言う事だけは知っていた。


 だから。


 目の前に居る、【星降りの贈笛】を持つ少女ポンを、星魔の巫女ティーゼするにはそれだけで充分過ぎた。


 男はポンの姿を見て目を僅かに見開くと、ゆっくりと、鈍重な動作で背負う大剣の柄へと手を添える。

 そして、剣を握る拳に力を込めると、僅かに口を開いた。


「……カラキリ


 瞬きの内、まるで映像をコマ送りにするかのように、男が大剣を振り抜いた体勢に変わった。



 その瞬間。



 ポンの首が飛んだ。



 ライジンの右腕が宙を舞った。



 銀翼の身体が上下に一刀両断された。


 

 ボッサンの身体が斜めに斬り裂かれた。



 村人Aの左足が断ち切られた。



 串焼き団子の両足が斬り飛ばされた。



 それはほんの一振りでの出来事。いや、目にも止まらぬ早さで振り抜かれただけであり、実際には連続で振るわれた剣閃は、反応する事すら出来なかった人間達を容赦無く斬り裂き、断ち切った。

 瞬きすら許さぬ程の神速の剣技。かつてその姿を宿存在と戦闘した事があるライジンでさえも、その速度に対応することは不可能だった。



 これは有り得た一つの可能性。



 少年期を共に駆けた龍をその手で討ち取り、人々にそうあれと望まれ続けて心を失い、守るべき存在であった人々を殺戮し、大粛清を生き延びた世界線で産声を上げた墜ちた英雄イレギュラー



 その名も。

 


≪【二つ名】遭遇エンカウント。【反逆者】アルバートとの戦闘を開始します≫



 失意の果ての英雄譚が、世界を越えて紡がれる。



 第六ラストサイクル、『失墜の英雄アルバート・フェーズ』……攻略開始。

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