#250 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その五十 『やられたらやり返す』

 

 凄まじい勢いで隣のエリアからかっとんできた串焼き先輩が、俺の手を掴むとその勢いのまま一気にクソ花との距離を離していく。

 空中を駆ける俺達を叩き落そうと触手が閃くが、全身にオーラを纏った串焼き先輩の動きはすさまじく早く、追い付く事は無かった。そのまま空中床を伝いながら空を駆ける事数秒、まだ毒が広がっていない地面へと降り立った。

 と、そこでようやく周りの惨状に気が付いたのか、頬を引き攣らせて苦笑いする。


「ってうわ!? なんだこりゃ、えげつねえの相手にしてたなお前!?」


「……く、し……ぱ」


「あー、毒で喋れねえのか。待ってろ確かインベントリん中に解毒薬が……」


 あったあった、と串焼き先輩が取り出した『解毒の丸薬』を無理矢理飲まされると、身体の痺れが徐々に抜けていく。

 数秒経って正常に呼吸できるようになってから、串焼き先輩の方を見て。


「……なんで串焼き先輩がここにいる……!?」


「なんでって、たった今あの空間遮断能力が解除されたからだよ。クリスタル破壊フェーズだけは解除してくれるんじゃねえの? ほらアレだ、ジョブ格差が云々って最初の方で話してただろ?」


「あー……」


 なるほど。言われてみれば確かにそうだ、クリスタル破壊フェーズは全員が足並み揃えて貢献しなければならない分、条件が緩和されている節がある。レイドボス級のモンスターを相手取りながらタンクやヒーラーがクリスタルに対して高火力を叩き出すのは相当厳しいからな。

 その救済措置として考えてみれば納得がいく……が、それよりも問題な事がある。


「いやそれもそうだが……! 串焼き先輩が相手してた奴は……!?」


 だからと言って各エリアに配置されたモンスターを放置していい訳ではない。レイドボス級のモンスターがポンの居る台座エリアへと進行してしまえばその時点でゲームオーバーだ。

 そう思いながら問うと、串焼き先輩はくいっと親指を自分が来た方向へと向ける。


「だから言ったろ、って」

 

『Xixixixixixixixixiiiiiiiiiiiiii!!!』


 串焼き先輩の言葉を搔き消すかの如く、不愉快な虫の大合唱が後方から聞こえてくる。

 慌ててその方向へと顔を向けると、数百数千は下らない巨大なミミズ達が森林地帯に侵入しようとしていた。だが、森林地帯に足を踏み入れようとした所で……。


『xixixixiiiiiiiiiiiiii!?』


 先ほどのクソ花の大技によってまき散らされた劇毒に触れて、絶叫した。

 触れた先から一瞬で溶解させる死の毒は、無限に増殖する虫だろうと容赦なく溶解させるらしい。

 その光景を見て絶句していると、串焼き先輩が心底愉快そうに高笑いした。


「はっはー!! 作戦大・成・功!! やっぱ特大モンスターには特大モンスターをぶつけるに限る!! 正直あれの相手はもうしたくねえからな!!」


「はは……この土壇場でMvM成功させるかよ普通……!!」


 部位欠損修復ポーションを失った足に振りかけながら思わず苦笑いを浮かべる。

 なるほど、確かに一人では対処が難しいモンスターを他のエリアに居るモンスターにぶつけるのは理に適っていると言えるだろう。

 恐らく出現したモンスター達のレベルはそれほど差が無いだろうし、同士討ちしてくれる可能性は十分にある。

 とはいえ、初見で完璧なトレインをしてみせた串焼き先輩が凄いという事実には変わりないが。


(……ん? 待てよ、完全にヘイトがそっちに向いたって事は……)


 触手で周囲を薙ぎ払っていた影響もあり、先ほどまでクソ花が居た場所は見晴らしが良い状態になっている。視線をそちらへと向け、その場の状態を確認してから、ある事を思案する。


(……ワンチャン、?)


 俺が思考を巡らせている間に、クソ花が動き出す。

 新たに侵入してきた串焼き先輩と無限増殖ミミズ……どちらがより脅威であるかを察したクソ花は、俺達から視線を外すと、無限増殖ミミズへと向けて大跳躍した。


『ギジャアアアアアアアアアアアア!!!』


『Xixixixiiiiiiiii!!!』


 凄まじい地響きを起こしながら地面へと着地したクソ花は、そのまま無限増殖ミミズと交戦を開始する。どうやら自分の領域テリトリーに侵入してきた獲物は、どんな相手だろうと殲滅するつもりのようだ。

 良いね良いね、そのまま潰し合っててくれ。俺は準備する事があるからな。


「よし、あの調子だと放置でも良さそうだな……ておい、お前何するつもりだ!?」


 片足でバランスを取りながら立ち上がった俺は、矢筒へと手を伸ばして矢を装填する。

 クリスタルにでは無く、クソ花の方へと視線を向けながらその行動をしていたのを見た串焼き先輩が、必死な表情で俺の肩を掴んだ。


「おいおい串焼き先輩、確かに救出してくれたのは感謝こそしてるけどな……やられっぱなしで居て堪るかよ」


「バカバカバカ!! スルーしておけばこのサイクル突破出来そうなのに無理に攻撃を加える必要は……ッ!!」


 なるほど、確かにそれは正しいのかもしれない。

 クリスタル破壊の時に邪魔さえしないのであれば、後は台座エリアに逃げ込めばいいだけだからな。

 だが、モンスター同士の戦闘の余波がこちらに来ないとは限らないし、放置していれば絶対に安全とも限らない。何よりもしたい事が思いついちまったから。


「串焼き先輩、一旦落ち着いてよーく考えてみろ」


「いや落ち着いて欲しいのはお前の方なんだが!?」


 まあ確かに傍から見れば乱心してるように見えるのは俺の方か。

 ふふふ、と不敵な笑みを浮かべながら、人差し指をぴんと立てる。


「多分だけどあいつら、この場限りのユニークモンスターっぽいじゃん?」


「お、おう?」


「この機会を逃したら次あいつらクラスのモンスターといつ遭遇出来るか分からない訳で」


「……結論を言え」


 せっかちさんめ、まあいい。


「あいつら、片方でも倒せたら滅茶苦茶レアな素材……ドロップしそうじゃね?」


「………………ッ!?」


 俺の言葉を聞いた串焼き先輩が、生唾をごくりと飲み込んだ。

 レア。貴重品。ユニーク。そういう類のアイテムや装備は、全ゲーマーの羨望の的だ。

 それが手に入る環境であるのに、手を出さないというのはゲーマーの名折れだろう。

 そして、俺の勘が言っている、あいつらは粛清Mobとかのようなお仕置きモンスターでは無い。倒せば確実に素材をドロップするだろう、と。

 ましてやこれはエンドコンテンツ最終到達点。そのレベルのモンスターの素材を手にしたとなれば他プレイヤーとの差を一気に付ける事が可能だろう。

 串焼き先輩は苦虫を噛み潰したような顔をしながら。


「……確かに、一理ある……が、攻略に不要なリスクは……だが、素材は確かに欲しいッ……!!」


 俺の意図を理解した串焼き先輩は首を右往左往させながら悩み抜いていたが、やがて決心したのか口を僅かに開いた。


「………………おい、村人。なら、制限時間を設けるぞ……グレポン丸がコールするまで、それまでにケリが付かなかったら強制撤退だ」


「当然、攻略優先だ。トレインが成功した今回で検証をしたいだけだしな。削り切れないなら削り切れないで諦めも付く。……乗る、って事で良いんだな?」


「乗った!! しゃあオラァ!! そうと決まりゃ最速最短でカタを付けるぞ!!! 俺だって他人にどや顔かませるレアアイテム独占したいんじゃーい!!!」


「良いね良いね、物欲の権化と化していけーッ!!」


 この瞬間、ここに馬鹿二人が爆誕した。すぐに呼応のネックレスに石を嵌め込んで全員に通達する。


「俺と串焼き先輩が合流した! 串焼き先輩がトレインしてMvMを誘発したお陰で何とか生還! これから二人で担当エリアのモンスターの内の一体を撃破する予定、以上!」


『はぁ!? 倒す!? 無理だろ!?』


 余裕の無い声でボッサンが声を上げる。確かに俺も串焼き先輩が来るまでは追い詰められていたからこそ気持ちは良く分かる。


「いやそれが意外と何とかなりそうでな。毒で溶かされても無限に増殖し続けるミミズのお陰で俺のエリアに出現したマンイーターの強化版の勢いが確実に弱まっている。どうせならあいつを仕留めたいと思ってな!」


『…………村人、それは本当に攻略に必要な要素か? 深追いし過ぎてお前か串焼き団子さんがデスポーンしようものなら確実に戦犯になるぞ?』


 ライジンも余裕の無い声音で冷静に問いを投げかけてくる。

 それに対し、俺はにやりと笑ってから。


「はっ、決まってんだろライジン……。モンスターを押し付けたからと言って安全である保障はねえ、なら今出来る最善を尽くして、よりと思える攻略にしたくないか?」


 一瞬、ライジンからの返答が途絶える。

 そして、次の瞬間に決壊したかのようにライジンが笑いだした。


『……くくく、あっははははは!! そうだな! やるならより楽しくだよな!! ならやると良いさ、村人!! お前ら二人でぶっ倒して来い!! ただし、わざわざやると宣言したんだ、絶対に間に合わせろよ?』


「言われなくともやってやるよ! せいぜい攻略後の報酬を楽しみにしてやがれ!」


 そう言うと、修復が完了した足でクソ花の下へ向けて駆け出した。

 それを見た串焼き先輩が、慌てて俺の後ろを追いかける。


「おい、倒すっつったって作戦は!?」


「串焼き先輩は多分【殲滅戦果キル・ストリーク】の効果でバフが掛かってる状態なんだろ!? なら、あいつの触手をなるべく削いでくれ! 頃合いを見て俺が仕掛ける!」


「OK、そう言い切るってこたぁ何か策があんだな!? じゃあ頼んだぞ!!」


 そう言うと串焼き先輩が大跳躍して大量のミミズと巨大な肉食花が繰り広げる戦場へと乱入する。

 両者の視界にその姿が入り、轟く怒号。串焼き先輩は空中を伝いながら的確にクソ花の触手だけを狙い澄まし、射撃を開始する。

 俺はその戦場では無く、先ほどまでクソ花が居たへと身体の向きを変えた。


(クソ花の触手攻撃は、地上と、その両方から来ていた。魔法でその場所に触手を生やしてた訳じゃねえって事は……!!)


 毒の沼を飛び越え、目当ての場所へと到達する。


「ビンゴ!」


 息を整えながら、周囲を見回す。

 先ほどまでクソ花が居た場所はそれはもう酷いの跡地となっていた。

 触手に付着した毒や、地中を潜行して仕掛けていた触手攻撃の影響だ。

 それを見た俺は、迷うことなくメニューウインドウを操作。念の為に用意していた『ボム』を大量に取り出して、穴の中に転がし始める。

 と、その時、頭上の星が輝き始めた。タイムリミットも近くなってきてしまっているようだ。


「問題無い!」


 その場で【彗星の一矢】を発動。その狙いは勿論、クソ花だ。

 無限増殖ミミズと串焼き先輩の両者から攻められている事で余裕が無いのか、こちらの攻撃を対処する様子は無い。

 【跳弾・改】の効果で木々を駆け回りながら威力を上昇させていき、そのまま触手を何本か削り落とす。


『ギィエアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』


 最後に身体に直撃し、少なからぬダメージを負った様子のクソ花。

 その隙を逃さず、串焼き先輩が光を纏った弓矢で追撃し、無限増殖ミミズもここぞとばかりにクソ花に喰らいつく。

 先ほどの射撃に腹を立てたのか、クソ花の身体の向きが完全にこちらへと向いた。


(さぁ、来やがれ!!)


 まるで爆発したかのような凄まじい音を立てながら大跳躍してこちらへと強襲するクソ花。

 予めその行動が予測出来ていたので、その場から離脱して、震動を回避する為に空中へと躍り出る。

 そして、クソ花が着地した途端、地面が勢い良く爆ぜた。


『ギィエアアアアア!?』


 地盤が崩壊し、触手で出来た穴と爆発の威力でこじ開けられた特大の落とし穴にクソ花が引っ掛かる。

 一拍置いてクソ花の着地音が響き渡った。すぐに立ち直り、地上へと戻ろうと触手を伸ばしているが、自分から発せられる毒が地面を溶かしてしまい、その行動を取ることは出来ないようだ。

 更にその隙を見てミミズ達が押し寄せ、全身を溶かされながらもかぶりつき始める。


『ギ、ギ、ギ……!!』


 ボスクラスのモンスターには相手の行動から学習して、戦闘スタイルを変える程のAIが搭載されている。今しがた自分が陥った状態を正確に判断し、それを咀嚼している最中なのだろう。

 つまり、奴は理解したはずだ。矮小な筈の人間如きに……、と。


『ギギギギギ……!!!』


 絶対に許さない、言語が通じれば絶対にそう言っているだろうクソ花。

 全身を震わせ、先ほどの大技を発動させる気配を漂わせるクソ花に対して、不敵に笑う。


「良いぜ、元々こんなチャチな落とし穴で仕留められるとは思ってねえ。……チキンレースと行こうか!!」


 クソ花の直上へと行き、弓矢を引き絞る。発動するは【彗星の一矢】。

 前回は最後の最後に口の中にミニボムを叩き込んでやったが、今回は弓矢をお見舞いしてやる。


『ギシャアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!』


 大咆哮を上げながら放たれる劇毒のレーザー。

 それとほぼ同時に放たれる破壊の射撃。

 先ほどよりも勢いの衰えたレーザーに青と白の燐光を纏った矢が直撃し、そのまま押し込んでいく。

 毒を周囲にまき散らしながら、まるでドリルのように穿孔していく矢。


 そして、そのままレーザーを押し切ると、俺の放った矢はクソ花の体内を跳弾しながら暴れ狂う。


『────────────────ッッッ!!!』


 声にならない絶叫が周囲に響き渡る。

 奇しくもそれは、マンイーターにトドメの一撃をお見舞いした時と同じようで。

 【彗星の一矢】の反動で空中で吹き飛びながらも体勢を立て直し、地面を削りながら着地する。

 そして、ゆっくりと立ち上がったと同時に、最後の星が輝きを終えた。



時間通りだエネミーダウン



 落とし穴から溢れ出る大量のポリゴンを背景に、俺は短く息を吐き出した。

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