#246 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その四十六 『とある少女の成れの果て』
爆発の衝撃で吹き飛んだネルをポンが回収すると、ネルは剣を掲げ、地上の味方達に向かって声を張り上げた。
「敵将を討ち取ったぞぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッッッ!!!!」」」」」」
ネルの宣言に、地上を揺るがす程の大歓声が響き渡る。
ユースティア帝国軍第一部隊将軍、グラッド・イグニスの悪名は世界に知れ渡っている。
それ故に、彼を討ち取ったという宣言は、
そして、相対するユースティア帝国軍には、これ以上無い程の致命的なまでの士気の低下を齎した。
「あのグラッド将軍が討ち取られた……!?」
「
幾ら装備格差があると言えど、歴戦の将軍であるグラッド将軍が討たれたのだ。もしかしたら万が一があるかもしれない。その事実は、多くのユースティア帝国軍の戦意を奪い去った。
そんな中、地上へ降り立ってヘルの傍らに寄っていた村人Aは眉を寄せる。
(……待て、
村人A達が予想していたこの過去フェーズの突破条件は、一定時間の生存もしくはグラッド将軍の撃破だと思っていた。
敵将であるグラッド将軍は確かに討ち取った。帝国軍の戦意も喪失している。
だが、一向に過去フェーズが終わる気配が無い。
これは、【双壁】兄弟の最期の追憶。彼らの最期は、グラッド将軍の手による物では無かった?
ならば、一体誰が────と思考を巡らせた所で。
「聞け、帝国兵諸君!! 遂に我らが
村人Aの思考を遮るように声を張り上げたのは、一人の白衣の男だった。
戦場と言う場に相応しくない見た目の男は、気が狂ったように笑い続ける。
「長きに渡って研究が行われた『Project ■■■■■■■■』は遂に実を結んだのだ!! もう何者にも脅かされる事の無い、千年帝国の時代が到来する!!!」
大げさに両手を広げながら演説を続ける白衣の男。その言葉を聞いた帝国兵達がどよめきが起こった。
白衣の男が指を鳴らすと、その傍らに人の形をした穢れ無き純白の極光が舞い降りる。
それを見たヘルは目を見開いた後、ぽつりと。
「………………
「は?」
極光を見たヘルの言葉に、村人Aは耳を疑う。
いやいや、ティーゼ・セレンティシアは人間じゃないのか? アルティメット・ライトエレメンタルって名前の方がまだしっくり来るぞ?、と。
そんな村人Aを余所に、唇を震わせ、今にも泣き出しそうな声でヘルは声を漏らす。
「ティーゼ、ティーゼなんだね……。もう、僕の事も覚えて無いかもしれないけど……」
「……」
ヘルの言葉に、純白の極光は一切返事をしない。
手を伸ばし、何かを懇願するかのような表情のヘルはそのまま極光に歩み寄っていく。
それを見てマズイと判断した村人Aは即座にヘルを抑え付けた。
「おい馬鹿! 何をするつもりだ!?」
「まだ手が届くかもしれない……ッ! ……離してくれ、トラベラー! ……僕らは、彼女を救う為にこれまで戦い続けてきたんだッ……!!」
決死の表情で振りほどこうとするヘルだが、離す訳には行かない。
まだ過去フェーズが終了しない以上、ヘルの死は
その様子を見ていた白衣の男はヘル側の事情を察しているかのようにニヤニヤとした笑みを浮かべたまま、手を振りかざした。
「さぁ行け、戦神よ!! その力を以てして、蛮族共を蹂躙するのだ!!」
次の瞬間、ヒュゴッ!! と空気を切り裂く音が響き渡った。
次いで、ボトリと地面に何かが落ちる音が聞こえてくる。
……落ちたのは、白衣の男の首だった。
そして、一拍置いて周囲の帝国兵達の首が刎ね飛ばされ、ボトボトボト!!!と音を立てて降り注いだ。
「ッ」
一瞬で大量虐殺を為した純白の極光が、ヘルへと手を伸ばす。
否、伸ばしたのは手では無く……その手に握られた武器だった。
「【■■■■】」
純白の極光が何かを呟くと、純白のマナ粒子がその身体から噴出する。
「障壁を展開しろ!!!」
その行動に危機感を覚えた村人Aがヘルから離れ、咄嗟に叫ぶ。だが、ヘルは悲痛な表情のまま動く事は無かった。
純白の極光から溢れ出した粒子がまるで天使の羽のように花開くと、力強く地面を蹴り砕いた。
剣閃が、荒れた大地を駆け抜ける。
「が、は」
純白の光がヘルの腹部を貫いた。
ごっそりと腹部を消し飛ばされたヘルは吐血し、凄まじい苦痛に全身を震わせる。
貫いた体勢のまま固まる極光の頬に触れるように、ヘルが手を伸ばす。
「……ティー………………ゼ……」
何故とは問わない。
彼は彼女の身に何が起きたのか知っていたから。
知っていて尚……トラベラーの静止を振り切って尚、彼女の事を諦めきれなかったから。
だから、その最期が彼女の手による物だったとしても……彼に後悔は無い。
「へ…………ル…………」
「っ」
──後悔は無い、筈だった。
届いてしまった。本来であれば届き得ない彼の呼びかけに応えてしまった。
その瞬間、ヘルは身を焦がす程の衝動に駆られ、歯が砕けんばかりに食いしばる。
だが、既に人間として失ってはならない臓器の大半を失い、一秒毎に命が零れ落ちていく状態の彼は、満足に身体すら動かせやしない。
……だから。
「
しがない寂れた漁村の出身だ。神への信仰なんてロクにしていなかった。だが、今この瞬間、彼にとって縋れる物ならば何でも良かったのだ。
例えそれが、かつて共に旅をした仲間の、
彼女を救えるのなら、例え悪魔に魂を売り渡してでも救って見せると。
そう願ってしまった。
「どう…………か…………僕……に…………奇跡…………を」
生まれて初めて捧げた祈りを最後に、ヘルの瞳から色が消え失せていく。そのままゆっくりと事切れ、地面へと崩れ落ちた。
純白の極光がそれを見届けると、顔らしき部分から雫が滴り落ちた。
辺りを沈黙が包む。
誰もが動き出せずに居た状況で、ゆっくりと歩み寄る影が一つ。
「ティーゼ……お前……何やってんだよ……?」
ポンに連れられて地上に降り立っていたネルが絶望の表情を浮かべながら近寄っていく。
事切れたヘルと、その傍らに佇む極光に視線を交互に向けると、震える声で呟く。
「本当に、変わっちまったのか? ……あの頃のお前は、一体どこに行っちまったんだよ……」
力なく地面に視線を落とすネル。
潰れんばかりに握られた拳は、目の前で弟を殺されるのを眺める事しか出来なかった自分への憤怒か、それとも恋心を抱いていた彼女が、その手で殺めたという絶望によるものか。
両者ともそれきり動く事なく、数十秒が経過した。
下手な発言は過去フェーズの失敗の原因に繋がる。
だからこそ、村人Aは過去トラベラーが言いそうな言葉を考えた。
『血も涙も感情も無い』とまで言われた彼なら、なんとネルへ言葉を投げかけるだろうか、と。
数秒の思考の後、村人Aはごくりと唾を呑み込み、ネルへと顔を向けた。
「おい、ネル」
「…………」
「……あいつがお前の弟を殺めた事実は変わらない。……お前が彼女を大切に思うのなら、お前の力で彼女を……」
「殺せる訳ないだろ!!!」
村人Aの言葉に、ネルが吠える。
握りしめられた拳から血が滴り落ち、親の仇でも見るような目で村人Aを睨みつける。
「お前はいつもそうだ、人の感情を何だと思ってるんだ!!! 感情すらまともに持たない、
ゲームの世界とは思えない程の真に迫るネルの激情が、村人Aの口を閉じさせた。
ネルはゆっくりと純白の極光の下へと歩いていくと、両手を広げて無防備な状態をアピールする。
「……殺せよ、ティーゼ。……俺は、あいつと……ヘルと誓ったんだ。……お前を救うのは、二人で一緒にってな。……もう、約束は果たせない以上俺が生きている意味はねえ」
視線に向けられた先には、既に事切れたヘルが居た。
「だが、諦めた訳じゃねえ。……ヘルがそういう選択をしたのなら、兄貴である俺が支えてやらないといけねえからな」
最後の瞬間、ヘルは空に向かって手を伸ばしていた。
トラベラー……村人Aに視線を向けると、乾いた笑みを漏らす。
「……じゃあな、トラベラー。……次会う時は、てめえの敵かもな」
意図を汲み取ったのかどうかはその場に居る誰も分からなかったが、純白の極光の腕が閃くと、ネルの身体を貫いた。
≪正しい歴史はここに紡がれた。【双壁】兄弟の最期を見届けたトラベラー達は、現在へと帰っていく……≫
その瞬間、世界が崩壊していく。周囲の景色が、ボロボロと上空へと向かって崩れ落ちていく。
村人Aの視界に過去フェーズの突破を告げるシステムメッセージが出現するが、その表情は決して明るい物では無かった。
そして、そのメッセージが消えると同時に、純白の極光を覆う顔の光がほんの少しだけ剥がれた。
顔のほんの一部分……蒼穹を思わせる美しい瞳からは、涙が溢れ出していた。
それを見た村人Aは僅かに眼を見開いた後、自身の中で抱いていた疑念が確信へと変わる。
やはり、そうだったんだな。
ティーゼ・セレンティシア。お前の正体は────。
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