#245 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その四十五 『狙撃包囲網』


「ふはははははは!! ぬるい、ぬるすぎる!! 何故この程度の連中に苦戦していたのだ!!」


 有人装着式強化兵装に身を包んだ男……グラッド・イグニスは完全に油断していた。

 マナを利用した攻撃を外側に逸らす装甲、ミニガンによる圧倒的制圧力。

 そして、推進装置スラスターによる超高速機動……それをサポートする思考加速、及び認識加速。

 例え非力な人間だろうと一気に戦場の英雄と化すことが出来るテクノロジーの結晶は、歴戦の将軍である彼を慢心させるには充分過ぎる性能を秘めていた。


「やはり戦場で信じられるのは己だけ! 見ておられますか皇帝陛下、我が武をここに示しましょうぞ!!」


 ミニガンの弾薬が尽きたので、物質構築プログラムを展開し再生成。

 周囲のマナを取り込んで生成されたミニガンが再び獰猛な咆哮をあげようとした、その時。


『警告:高速飛来物の確認。早急な回避を提案』


「ぬかせ、避けるまでも無いわ!」


 強化兵装に搭載されたAIの警告を無視したグラッドだったが、その数瞬後、彼は後悔する事となる。

 頭部に搭載されたアイカメラの液晶が、スナイパーライフルの弾丸によって撃ち抜かれたのだ。


「ぐぬぉッ!?」


 実際に眼球を撃ち抜かれた訳では無いが、起動時に神経を接続した事によって彼の視界は強化兵装のアイカメラに依存している。弾丸が直撃した衝撃で視界の大半は粉々に砕け散り、ひび割れた事で片目の視界がほぼ使い物にならなくなってしまった。

 正確にアイカメラだけを狙い澄ました狙撃に、グラッドの表情が驚愕に染まる。


「なんだと……!?」


 空中に漂うグラッドは、弾丸が放たれた方角を見る。

 視線の先、スナイパーを放った狙撃手を特定すると装甲の下に隠された口が弧を描いた。


「……良いだろう、まずは貴様からだ!!」


 グラッド将軍のヘイトが今しがた弾丸を放った狙撃手……村人Aへと向く。

 それを確認した村人Aは掛かって来いよとばかりにジェスチャーをした。





 片目アイカメラもーらいっ! ふはは久々の砂も絶好調だぜェ!!

 いやあ、良いねえ! やっぱスナイパーライフルこそ至高! SBOでもまさかスナイパーを使える日が来るなんてな……それだけでもう神ゲー認定しても良いな!! そうだ、折角だしこの戦いが終わったら持って帰ろっと!! ……あれ? これインベントリ入らなくね? え? もしかして持って帰れない感じ? うそぉ……(絶望)


「落ち込んでる場合じゃねえ、今はあいつを完全停止させる為に誘導を……!!」


 ミニガンの弾丸が眼前を駆け抜ける。毎秒100発単位で放たれる高速の弾丸は、直撃しようものなら容赦なく一瞬で挽肉へと変える性能を秘めている。

 少しでも移動速度を上げる為に【血盟装甲ブラッディアームド】を発動。地面を力強く蹴り、空中床を生成しながら奴の射線から逃れていく。

 どうやらアイカメラを破壊した事で完全に俺にヘイトが向いたらしく、空中で旋回しながら俺だけを狙い澄ましてミニガンを乱射する。


「というかよくあの速度で制御出来てるな……」


 戦場の上空を滑空しながらミニガンで強襲するだけでも大変だろうに、あの速度で良く地面に激突しないよな……。とても本人の技量だけで完全に制御できているとは思えない。【極限集中ゾーン】のような思考加速能力も搭載していると考えていた方が良いか。


(なら、完全に油断していたさっきのタイミングでもう一つアイカメラを破壊しておくべきだったな……。思考加速があるなら弾丸を回避するのだってそう難しくは無いだろう)


 スナイパーライフルのボルトを動かして排莢しながら思考を巡らせる。

 片方のアイカメラを破壊したとは言え、あれだけの超テクノロジーを搭載した機体だ。自動修復すらも搭載しているかもしれないし、最悪カメラがやられても他の知覚手段があるのかもしれない。

 ならば、短期決着が望ましいだろう。


「下手に手の内を晒す前に撃ち落とす!!」


「貴様が先ほどの狙撃手か!! その腕前、見せてもらおう!!」


 突進してきたグラッドを回避すると、トリガーを引き絞った。

 弾丸が機体を掠め、火花を散らす。それを見て一つ舌打ちすると、再び旋回したグラッドが突撃してくる。

 折角大層な銃器抱えてんのに、その行動は愚策も愚策ゥ!!


「確かにマナは効かねえかもしれないが、これはどうだ!? 【フラッシュアロー】!!」


「ぐッ!?」


 手元に生成した矢を即座に握り潰すと、閃光が弾ける。

 真っすぐこちらへと向かっていた機体が突然の閃光にバランスを崩し、その速度のまま地面に激突しそうになった、その瞬間だった。


『警告:地上に激突する可能性を検知。一時的に自動操縦モードへ移行します』


 機械音声が聞こえたとほぼ同時、為すすべもなく激突するだけだった機体が急激に体勢を変え、地面へと力強く足を踏みしめる。そして、踏み出すと同時に推進装置が火を噴き、そのまま上空へと加速しながら飛び上がった。

 まさかの対応に、思わず口をあんぐりと開けながら。


「……なあシャドウ。あのサポートAI、多分お前の上位互換だぞ?」


『そんな筈が無いでしょう。あれはエモーショナルエンジンすら搭載していない旧時代のガラクタです。あの程度のガラクタとこの私を比べるなんて主人マスターも見る目が落ちましたね?』


「コミュニケーションを取れる事よりも実用性を重視して欲しいかな……」


 今のサポートAIが邪魔して無ければワンチャン地面激突でスクラップ化もあり得ただろ。物理攻撃は効くみたいだし。

 いやしかしマジで優秀だなあのAI……うーん……。


『あの、主人マスター? もしかしてあのガラクタと私を交換してくれないかな、なんて思ってたりしませんよね?』


「イヤイヤソンナコトオモッテルワケナイジャナイカ」


 やっべぇそんな分かりやすく顔に出てたかな。滅茶苦茶ジト目で見てくるシャドウの視線から逃れるように、スコープを覗き込む。

 

「おっと、また動き出したな。これでもまだ狙ってくるとか単細胞かあいつ?」


主人マスターのスルースキルのレベル上昇を確認』


 あーあー聞こえなーい。


「蛮族の癖に、やるではないか!!」


「うーわ傲慢、慢心に加えて前時代的差別意識とか役満じゃねーか」


 ん、でもよく考えてみりゃこれ過去だから文字通り前時代だな? まあ良いか……ッ!?


『警告:限界稼働オーバーフローを実行。戦闘可能時間、残り二分』


 機械音声が響くと、機体に走っていた線が青から赤へと変貌する。

 すると、突然グンッッ! と格段に加速し、予測を超える凄まじい速度で迫り来たグラッド将軍。

 咄嗟に反応する事が出来ず、その機械の腕で身体を掴まれると、そのまま締め上げられた。

 一切身体を動かす事が出来ない程の凄まじい力に、HPバーが急速に減少していく。


「がッ……!?」


「ふはは、油断したな! ……だが、この私相手に善戦出来た褒美だ。このまま全身をへし折られるか地面に叩き付けられて死ぬか、選ばせてやろう」


 地上に居ると攻撃が来る事を警戒したのか、そのまま推進装置を噴出させると、地上を一瞬にして置き去りにする。

 クソ、やっぱ一国の将軍だけあって単細胞に見えたのは罠か……!! どうする、ここからどう打開を……ッ? 


「か、はっ……はははははは!!」


「ククク、死を目前にして気でも狂ったのか? 憐れな奴よ」


「ちげえよ、地上から離れて気が緩んだか? 、慢心将軍さんよ?」


「なん……ぐぬおおおおおおおおおおッ!?」


 俺が指摘すると同時に、ドゴォン!! と空中で爆発が巻き起こる。

 その衝撃に驚いたのか、俺を掴む腕の力が緩み、その隙に脱出。再び俺を掴もうと伸ばした腕が、再度弾かれるように爆発した。

 遥か遠く、こちらへと向けられた砲塔を見て、思わず口元を緩める。


「流石有言実行の男だ、最高だぜボッサン!!」


 



「一発目。……ちょっとズレたな、20点。微調整するか」


 砲主席に座ったボッサンは、照準器に片目を当てながらそう呟く。

 高速飛行する敵を相手に完璧に砲弾を当ててみせたというのに、先ほどの自分の狙撃に対して辛辣な評価を下すボッサンの表情は真剣そのものだ。


「こちとらそんな速度で飛行する相手とはやり合いまくってるからなぁ、ましてや隙だらけの背後を砲撃するのなんて楽勝過ぎるぜ」


 なるほど、あの速度で飛行すれば並大抵の相手ならばそれだけで圧倒出来るだろう。

 だが、それでも通用しない人間というのは、確かに存在する。

 例えば……300km/hなんて生温い速度同士での戦闘を主として好んでプレイしていた人間からすれば、それ程の速度で動き続けていたとしても砲弾を当てる事など容易い事だ。


「二発目。……ほぼ完璧、70点」


 一発目の砲撃で掴み上げた村人Aを手放したグラッド将軍が再び腕を伸ばした所を砲撃。

 爆発の衝撃によってグラッド将軍の腕は弾き飛ばされ、そのまま村人Aは地上に落下していく。


「村人の事だ、自分で何とかするだろ。……さて、仕上げと行こうか!」


 放っておいても圧死するだろうと判断したのか、グラッド将軍はボッサンが乗り込む戦車へとミニガンを向ける。

 銃身が高速回転し、弾丸が吐き出されるその瞬間に、ボッサンはペダルを踏み込む。

 砲弾が直撃したミニガンが爆ぜ、そのまま大爆発を起こした。

 

「三発目。……100点だ。後は頼んだぜ、ポン!」


 照準器に映り込んだ、高速で空を飛行するポンを見たボッサンはにやりと笑う。





 一発目の砲撃を見た瞬間、ポンはネルを連れて飛び出していた。


「行きますよ、準備は良いですか!?」


「ちょっと待てトラベラー……ッ!! マジで、吐く……ッ!!」


 先ほど村人Aの手によってロープで縛られたネルは、爆発によって空中を飛行するポンに振り回され、嘔吐寸前の状態だった。

 だが、ネルの攻撃が当たらなければグラッド将軍を倒す事は不可能。ポンは顔色の悪い彼に申し訳なく思いつつも、叱咤する。


「吐くのは後です! 貴方があの人を倒さないと、貴方の大切な人も……ヘルさんも殺されるかもしれないんですよ!?」


 ポンの言葉に、ネルは目を見開くと、にやりと笑みを作る。


「……言うじゃねえか。……そうだな、泣き言も吐くのも後だ……ッ!!」


「確かに後でなら良いって言いましたけどせめて吐くのは地上でにしてくださいね!?」


 キリッとした表情で覚悟を決めたネルに対し、ポンが悲鳴染みた声を上げる。

 その時、ボッサンの後方支援砲撃がグラッド将軍に襲い掛かり、射撃寸前のミニガンに直撃すると、大爆発を起こした。


「ッ、行きます!!」


「おう!!」


 それを見るや否や、ポンはロープを力強く握りしめると、遠心力を使ってネルを空中で投擲。

 煙を切り裂き、ネルはグラッド将軍の前に躍り出る。


「ッ、貴様、どこから!?」


「食らいやがれ!!」


 ネルの剣が放つ光を見て、グラッド将軍は直感的にマズイと理解する。

 しかし、限界稼働オーバーフローによる機体の負担と三発の砲撃によって機能停止直前まで追い込まれた事で、上手く機体の制御が効かず、その場で停止してしまう。グラッド将軍は眼前に迫るネルに対し、ただ目を見開く事しか出来なかった。

 ネルが光を纏った剣を振るい、声高々に叫ぶ。


「ま、待てっ!?」


「【次元斬】ッッ!!!」


「ぐおぉおおおおおおおおおおおおおッ!?」


 ネルの斬撃が装甲をまるで豆腐のように斬り裂き、そのままグラッド将軍の首を刎ねた。

 その衝撃で頭部の装甲が粉砕し、驚愕に染まった彼の表情が露わになる。


「馬鹿な……この、私が…………蛮族、如きに……」


 グラッド将軍は最後にそう言葉を遺すと、機体ごと大爆発を起こした。


 


────

【補足】


フフ……へただなあ、グラッドくん。へたっぴさ……!


有人装着式強化兵装の使い方がへた……!!(長い)


まあ今まで剣振って命のやり取りしてた原始人に大抵の攻撃が効かない鎧と遠距離でも楽に殺傷できる道具与えたらそら慢心するよね、という。

そしてそれを察せられていたが故に識別名無しを与えられていたという悲しい事実

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