#242 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その四十二 『数多の星屑を越えた先に』
【可逆的次元観測】……このギミックは詠唱完了と同時にプレイヤー全員に刻印が刻まれた時計のデバフが三つ付与される。時計のデバフはそれぞれ90秒、75秒、60秒となっており、カウントが0へと向かって進行していく。カウントが0になった段階でその時点での現在位置や体勢が記録され、一度発動してしまえば修正する事は不可能。最終的に全ての時計のカウントが0になったタイミングで【
このギミックと並行して【
これを乗り越えた後に今まで通りのクリスタル破壊フェーズがあるのだが、上手く三連【流星群】の間にモンスターを処理しておかないと、妨害されてしまう事になるのが厄介だ。
間違いなくここが挑戦者振るい落としのサイクルだろう。練度を高めなければ安定して突破する事は出来ず、一人でも脱落してしまえば最後にあるであろう【双壁】への攻撃フェーズでの火力不足に繋がる。
このサイクルにおける唯一の救済要素は【
とまあ、ここまでが八、九、十、十一回目の挑戦で確定した情報だ。残念ながらまだ一人でも第4サイクルを突破出来ていないので、その先のギミックは見れていないのだが、ここまで情報が出揃えば突破も時間の問題だな。
総評、第4サイクルのギミックは
そして、通算十二回目の挑戦。この挑戦で、大きく事態が動き出す。
▷十二回目の挑戦
『コノ領域ハ我ガ手中。無意味ニ逃ゲ惑イ、己ガ無力ヲ知ルガ良イ!!【可逆的次元観測】!!』
挑戦する度に思うんだけど、なんで【双壁】って毎度の如く同じ台詞を吐いてるんだろうね……? いやRPGとして見ればリトライする度に全く同じ台詞を言うってのは分かるんだけど、このゲームは他のゲームの数世代先を行くAIを搭載したゲームだ、ギミックのヒントを教えてくれるにしても、その辺の妥協は無いと思うんだが……。
「……ん?」
ちょっと待てよ。普通にゲームのメタ的な問題かなってスルーしてたけど、もしかして【双壁】って、自分の身体ごと時間を巻き戻してるのか? だから戦闘してる時の記憶が無くなって同じ台詞を使い回してるとかそういう……。うん、これ絶対ライジンに言ったら考察厨モードに突入しそうだしやめとこうか。
「とはいえ、そろそろギミックには慣れてきたぞ……!」
第3サイクルまではもう既に通学路と言っても過言ではない。もし過去フェーズを毎回やらされていたら話は別だが……どうやら過去フェーズは通常のサイクルとは別カテゴリらしく、一度クリアするだけで良いらしい。
七回目の挑戦で過去フェーズを突破したので、八回目の挑戦からは第2サイクルが終わってすぐに第3サイクルに突入した。毎度の如くあのライジンの面白……げふんげふん、無口ロールを見続けるのは流石にテンポが悪いからそこは運営に感謝だな。まあその分殺意満載のギミックで殺しにかかってきてるから本当に感謝していい物か迷い所ではあるけどな。
「ヘイト集めつつ……エリア中央へ移動……!」
森林を駆けながら、ちらりと視界端に映るデバフを確認する。Ⅰの刻印が75秒、Ⅱの刻印が90秒、Ⅲの刻印が60秒……うーむ、一番めんどくさいパターン引いたなこれ……。Ⅲの刻印の秒数が短いと【流星群】の安置移動までの時間が短くなってしまう。なるべく中央に陣取る事で移動を……っ! おっと危うく顔面バット!!
「ああもう、ゴブリン共が邪魔で仕方ねぇ!!」
第4サイクルは敵の数が多い代わりに、ヘイトはそのエリアに居るプレイヤーに固定される仕様だ。一定の距離を離せばタゲが外れてその場でプレイヤーの姿を探し始めるので、このサイクルの最適解は『逃げ』一択に尽きる。やはり三十六計逃げるに如かず、見ていますかゴブジェネ先輩、貴方の教えは今の俺を支えてくれています……。
殲滅すれば良い? 馬鹿言え、一体と戦闘を始めたら数秒後に二十体以上のモンスターに囲まれてタコ殴りがオチだ。
なるべくモンスターを一ヵ所に固めて一気に距離を離してタゲを切る、この立ち回りを心掛ければこのサイクルの突破はそこまで難しい物じゃない。
「あっ嘘ですごめんなさい! 普通に四回床ペロしてる分際で調子こきました!!」
うおおゴブジェネ先輩にも劣るただのゴブリン如きに床を舐めさせられるわけにはいかないダーイブ!! 腹から着地!! シンプルにいてぇ!!
決してふざけている訳では無く、実際にそれぐらい無茶をしなければすぐに囲まれるのだ。エリア担当の人間が死ねば生き延びたモンスター達のヘイトはポンに向く訳で。ポンが五方向からモンスターの大群に襲われるの完全にパニック物の映画のワンシーンだったからな……。
すぐに立ち上がり、再び走り出すと同時に【双壁】が鋏を掲げる。
『【流星群】』
『二回目、三です!』
おっと、三発目の安置は中央か。ええと、対応するⅢの刻印の残り秒数が30秒……。このまま外周部を走り続けてカウントが0になるタイミングで中央に居れば良い訳で……!! ああもう、ややこしいったらありゃしねえ!!
「このレイドが終わったら絶対運営にお気持ち表明メール送りつけてやるからな……!!」
フラストレーションをモチベーションへと無理矢理変換し、地面から露出した根を飛び越える。
このサイクルから異様に難易度が高くなりすぎるからな……。まだこの後に二つもサイクルが残っているのだ。突破したとしてもその先でデスしようものならまた一からやり直しになるのだから、この第4サイクルをマグレで突破する事は望ましくない。
『【流星群】』
『三回目、一です!』
「安置は西……と。コールサンキューなポン、マジで助かる!」
このレイドの性質上、必ず一人は他の五人と役割が明確に異なる人間が生まれる。星の色を見て、音色を正確に聞き取り、順番を間違いなくコールするのは精神的に疲弊するだろう。こっちはこっちで時計の刻印と安置をしっかり見ないといけないからな、処理しなければならない情報が少なくなるに越した事は無い。そういった意味でもポンのコールがあるだけで安定度がぐっと上がる。
「と、そろそろだな……!!」
Ⅲの刻印の残り秒数が10秒を切った。【
後続のゴブリン共を一気に突き放し、中央に向かう。丁度中央に到達したタイミングで刻印が発動。現在の位置情報と体勢が記録される。
「次はⅠの刻印……! 西に移動!! その次は南!!」
その場から即座に離脱し、西へと移動。襲い掛かってきたゴブリンを踏み台にさらに跳躍。
空中で飛んでいる最中に刻印が発動したのを見て、すぐに【空中床作成】で方向転換する。
「本当に【空中床作成】様々過ぎるな……」
不安定な足場での使用から空中での移動、果てには跳弾ルートの利用まで様々な面で活躍している。この【二つ名レイド】に挑む前にスキルレベルも最大になったので、進化させるのも悪くない……が。
(まあ、下手に進化させて【跳弾】の二の舞になるのだけは勘弁だからな)
【参照進化】──プレイヤーの行動ログを参照し、最適な進化を施すという名目の進化項目なのだが……【跳弾】の使い方が変わってしまうレベルでの変化を齎した進化だ。利便性が変わってしまうようなら攻略に支障が出かねない。
と、攻略に集中しないとな。最後の空中床を踏みしめ、地面へと降り立つと同時に刻印が発動。
「これでどうだ!!」
『【
三度目の刻印発動に伴い、意識を除いた身体の自由が効かなくなる。
時計の針の音が響き渡ると、一番目の刻印の場所へと強制的に転移させられた。
『【
続けて、先ほど【双壁】が詠唱していた【流星群】が降り注ぎ始める。
一回目、隕石が降り注ぎ、無防備なモンスター達が爆散していく。
隕石が降りしきると、今度は南に転移させられた。
二回目、再び隕石が降り注ぐと、少なくなったモンスター達が隕石に呑み込まれていく。
最後に中央へと転移、三回目の隕石が降り注ぎ、俺を除いてこの森林地帯のモンスターは一掃された。
そして、数秒の後……再び時が動き出す。
「……よし、越えた!!」
息を荒く吐き出しながら、小さくガッツポーズ。しかも、どうやら視界端のパーティメンバーのHPバーを見る限り、誰一人として脱落していないらしい。後はクリスタル破壊フェーズを越えれば全員で突破だ。
『村人君、3、1、2、4です!!』
「了解……!」
クリスタルの破壊の順番が確定し、ポンから即座にコールが入る。
妨害してくるモンスターは居ないので、息を整えて精神を安定させる。それから数秒して跳弾ルートを確定させると、矢筒から矢を引き抜いた。
「【彗星の一矢】!!」
クリスタルのHPが減っているのを確認してから射撃。
青と白の燐光を纏う矢は正確にクリスタルを撃ち抜き、跳弾して次々にクリスタルを破壊する。
今回はルートがシンプルなので失敗する要素が無かったのも大きいな。
「最後に中央へ……!!」
やることが……やる事が多い!! このサイクルだけマジで忙しすぎるだろ!?
このレベルのギミック処理をこの後も要求されたらたまったもんじゃないぞ……。
足早に中央エリアへと向かい、空中床を経由して一気にポンの下へ。
「全員生きてるな!?」
「当ッ然!!」
「余裕なんだよなぁ!?」
「ええ、モンスター達の処理も間に合ってます!」
OK、なら上々! 即座に貝殻へと飛び込み、【
数秒経って貝殻が砕け散ると、視線を正面に佇む【双壁】へと向ける。
「さあ、次は何だ!? またクソ運ゲーギミックだけはやめろよ!?」
正直今回全員で突破出来たのも運が良かっただけの可能性もある。
ここから更に運ゲーを押し付けられるのだけは勘弁だ。
そう思いながら【双壁】を睨みつけていると……。
『コレデモマダ生キ延ビテ居ルトハ……。……ソノ強サガアレバ、アノ
返ってきたのは問いだった。攻撃してくる気配が無い事から、これは過去フェーズの流れか?
俺の予想は正しく、ネラルバが左の鋏から光を解き放つ。
『教エテクレ、トラベラー……【時空超越】!!』
第二サイクルの後にあった過去フェーズと違い、今度は眩い閃光に包まれる。
視界が白一色で塗りつぶされる中、【双壁】……ネルの呟きを聞いた。
◇
『これは、君が彼女を見捨てた先の物語だ』
『もしあの場に君が居たら、違う結果になって居たのだろうか?』
『その答えを知りたい。……だから』
『────僕達の最期を追憶してくれ、トラベラー』
◇
景色が切り替わり、最初に入ってきた情報は喧騒だった。
「我々はこれまで虐げられ続けてきた!! 苦渋の決断を強いられ続け、愛する家族や同胞を失い続けてきた!! だが、それらの苦しみは全て今日この日の為だったのだ!! 今宵、我々は奴らを打ち倒し、真の自由を手に入れる!! 武器を持て、同胞達よ!! 我らの憎き宿敵はもうすぐそこにまで来ている!! 隊列を組んで、戦いに備えよ!!」
「「「「「「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」
「っ、ここは……? ってかうるさッ!?」
轟くような歓声、鼓膜が潰れかねない程の大ボリュームに思わず耳を塞ぐ。歓声で大気が震えてるんだけど……そろそろ手を放しても大丈夫か? よし、大丈夫そうだな。
取り敢えず、現状を確認するとしよう。
今回は空中に投げ出される事は無く、地に足を付けたままの状態で転移していた。ただ、一回目の過去フェーズと異なるのは、周囲の人間の数が多すぎるという点か。
近くにライジン達の姿は見えない、どこかにランダム転移させられたのだろう。
周囲を見回して一体どこに飛ばされたのか確認してみようにも、人が多すぎて確認のしようが無いな……。
と、思考を巡らせていると、気分が悪そうに見えたのか、隣に立っていた男が俺に向かって声を掛けてきた。
「おい、どうした?」
パッと見た感じ人の好さそうな男だ。……ちょっと探りを入れてみるか。
「昨夜、まともに寝られなかったせいで体調が優れなくてな……」
「気持ちは分かるぜ。遂にユースティアの連中との決戦だ、ブルっちまうのも仕方ねえ」
ほほーん? これは重要な情報が聞けそうだ。
「なあ、ユースティアの連中ってそんなにヤバいのか? 実は流れの傭兵でな、噂でしか聞いた事がないんだ」
「おいおい、傭兵なのにそんな世間知らずで良く生きてこれたな? ……ヤバいなんてもんじゃねえ、あいつらを敵に回した奴らは女子供関係なく全員皆殺しにされてきた。正直これだけの人間が居ても戦力差は絶望的だが……俺達
「そう……だったな。悪い、俺も気を引き締め直す」
真剣な表情で語る男を見て、表情を引き締める。
ざっと見る限り万単位で人が居そうなんだけどこれでも絶望的ってヤバいな。ユースティア帝国って確か魔導と科学が融合した技術を持った国だったか。一体どんな武器を……なんか頭にちらついたがまさかな。
「あんたにどんな事情があるかは分からねえ。金で雇われた傭兵だろうと、この場で一緒に戦ってくれるだけありがたい。……俺には故郷で待つ家族が居るからな、俺が戦う理由はそれだけで十分だ」
そう言うと、男は首に下げていたペンダントを見る。チタンらしき金属で出来たそのペンダントには、その男の家族の名前が刻まれていた。
あっ、その台詞とその行動、凄い死亡フラグに感じてきた!
「情報ありがとな、無事生き延びる事を願ってるぜ」
「あっ、おい!?」
やっべぇ、これ俺が会話したから死亡フラグ立ったような気がする……。申し訳ない死亡フラグマン、強く生きてくれ。
さて、ある程度の情報は得られたのでその場で跳躍し、【空中床作成】を発動。空中に生成された床の上から周囲の景色を眺めてみる。……どうやら荒廃した大地に飛ばされたらしいな。
恐らく【双壁】の台詞から察するに、ここが三千年前なのは確定。だがこの地形に見覚えは無い事から、まだ訪れた事無い……もしくは地形変動によって見る影も無くなってしまったかのどちらだろうか。
空を見上げてみると、まるで真紅のペンキでも塗りたくったかのように赤く染まっており、異常事態である事を否応にも理解させられる。
三千年前、ユースティア帝国との戦争、真紅の空、【双壁】兄弟の死因。
それらのフレーズから推測できるのは……ただ一つ。
「まさか、これが『大粛清』なのか?」
SBO世界における大きな謎の一つ、『大粛清』。表向きは三千年前に創造神と呼ばれる神が降臨し、ユースティア帝国という技術革新によって増長した国を滅ぼしたという出来事らしいのだが……黒ローブ曰く、それは事実と異なるらしい。
『粛清の代行者』である【双壁】との戦いだ、その情報が開示される可能性は十分にある。
上に向けていた視線を正面に向けると、地平線を埋めるように黒い壁が存在していた。
いや、あれは壁では無く……
(このフェーズでは何を求められている? 一回目の過去フェーズのようにロールプレイしなければならないのか? これまでの情報から周囲に居る連中は味方、向こうに見えるあの団体は敵で確定。あいつらを全員倒せばこのフェーズの突破になる……?)
いや、それにしては流石に数が多すぎる。なら、一定時間生存する事が条件か……?
それから間もなく、黒の壁のように見える団体が鳴らす軍靴の音が耳に入ってくる。
まるで壁のように横一列に並んだ団体……軍隊が手に持っている物を見て、目を細めた。
「……見間違えじゃないよな?」
自分の眼を疑い、一度目を擦ってから再度確認する為に【鷹の目】を発動する。今度はくっきりと視界に映ったそれを見て、頬を引き攣らせた。
「おい待て、
動きに一切の乱れの無い、統率の取れた兵士達。まだこちらまでそれなりに距離があるのだが、問題無いとばかりにその場で停止した。やけに近未来染みた黒一色の装備に身を包んだ彼らは、その一人一人が漆黒の武器をこちらに向けて構える。
本来あり得る筈の無い、
「
その呟きと同時に、漆黒の小銃が咆哮を上げた。
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