#241 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その四十一 『あなたが私を信じる理由』


 正直に言おう、俺は『あれ? これ割と簡単に攻略クリア出来るのでは?』と慢心していた。


 その原因は、これまでのサイクルの攻略テンポの良さにあった。


 第1サイクルは【双壁】戦の主となるギミックである、クリスタル破壊ギミックの練習フェーズと言っても過言では無かったので、種さえ分かってしまえばそこまで難易度が高い訳では無かった。

 第2サイクルは、モンスターと【双壁】の妨害を避けながらクリスタルを破壊する必要があったが、【双壁】の妨害も見た目の派手さの割には対処は楽だった。

 第3サイクルはモンスターこそ居なかったものの、【双壁】の攻撃が活発化し、ヘラルバ自身も攻撃に参加するようになった……が、それでも劇的に難易度が変わった訳では無かった。


 結論を言うと、これまでのサイクルはリヴァイア戦ほど綱渡り状態での戦闘にはならなかった。相手の猛攻を凌ぎながら攻撃しなければならなかったリヴァイア戦に比べれば、【双壁】本体に攻撃をせず、ギミックの対処をするだけで良かったのも要因として大きかったのだろう。


 だが、全体の折り返しである4サイクル目……ここからが【双壁】戦の本番だったのだ。







「各自散開!!」


 先ほどの【遅延詠唱ディレイ・スペル】の事もあり、ポンを除いた五人が台座エリアから離れて自分の担当するエリアへと駆け出した。

 階段を駆け下りていく最中、【双壁】の方に視線を向ける。

 視線の先──ネラルバ、ヘラルバの両方が鋏を振り上げ、光を収束させ始めているのを見て、思わずギョッとする。


「両方だと!?」

 

『コノ領域ハ我ガ手中。無意味ニ逃ゲ惑イ、己ガ無力ヲ知ルガ良イ!!【可逆的次元観測】!!』


 【双壁】が技を発動すると、『星骸』全体に波紋が広がる。

 視界端のステータスバーを確認すると、時計のマークのデバフが三つ表示された。

 それぞれの時計にⅠ、Ⅱ、Ⅲという文字が刻印されており、異なる秒数が表示された時計が0へと向かってカウントを始めていた。


「なんなんだこのギミック……!?」


 明らかにこれまでのギミックとは異なるタイプのギミックだ。

 何が起きるかはまだ分からないが、ネラルバ、ヘラルバの両方が光を放っていたという事は『時間』と『空間』の両方の概念を含んだギミックなのだろう。

 ギミックの考察に思考を割いていると、更に情報を叩き付けられる。

 

『【遅延詠唱ディレイ・スペル】……【流星群】!』


「おいおい、初見技に既存技組み合わせてくんのかよ……!!」


 反則だろうがそれは……だがこの技は先ほどのサイクルで見た物だから、内容は分かる。

 だが、その前の【可逆的次元観測】……この技の詳細が分からない以上、対処のしようがない。

 頭上に輝き始める光が、隕石の落下を予告させる。


(取り敢えず【流星群】は時間差で飛来してくる……!! 先にこの時計の刻印とカウントの示す意味を解き明かさないと……! 0になった瞬間、一体何が起こるんだ?)


 深く思考に没頭しようとしたその時、草むらから鎧に身を包んだゴブリンが殴りかかってくる。


「っく!?」


 咄嗟にコンバットナイフでゴブリンの持つ鉄製の棍棒を弾き、その場から飛んで距離を取る。

 鎧ゴブリンの後方には、数えきれないほどの大量のモンスター達が控えていた。


「ギミックの考察ぐらいゆっくりさせやがれ……!!」


『【流星群】』

 

 舌打ちをしている間に、【双壁】が二度目の【流星群】を発動させる。

 【流星群】の発動と同時に出現していた、の光。横に3個ずつ、等間隔に配置されたその光に、一ヵ所だけ光が存在しない場所が存在していた。

 次々に襲い掛かってくるモンスター達の対処をしながら、思考を回し続ける。


(あの穴は……もしかして【流星群】の安置か? 隕石が降り注がないポイント……そこに逃げ込めというギミックなのか……?)


 いや、それだけでは足りない気がする。単純に回避するだけならばそこまで難しいギミックじゃない。となると、怪しいのは【可逆的次元観測】か。


(可逆的……一度変化した物が元に戻るっていう意味で良いのか? それに組み合わせる単語は次元観測……何を観測してる……?)


『【流星群】』


 二度目の【流星群】の光が消え、三度目の【流星群】の光に切り替わる。

 やはり三度目も、一ヵ所だけ穴が空いている箇所が存在していた。


(あの穴は恐らく安置、だがまだ時計とカウントの意味が分かっていない……!! このギミックをこなすには何が求められているんだ?)


 襲い掛かるモンスター達を弓矢で撃ち抜きながら、思考を回し続ける。

 結局ギミックの正体を解き明かす事の出来ないまま、一つ目のカウントが0になる。


「……何も、起きない?」


 0になってから時計のマークのエフェクトが出現しただけで、特に何も起きなかった。

 モンスター達の対処に追われている内に、二個目のデバフのカウントも0になる。


(……待てよ、【双壁】のあの台詞……『無意味に逃げ惑い、己が無力を知るが良い』の意味って……)


 逃げる事が無意味、つまり動き続けるだけではこのギミックを処理する事は出来ない。

 己が無力を知るが良い、つまり何も出来ないタイミングがやってくる?

 それに時計に刻まれた刻印とカウント……それが示す意味とは。

  

「っ、まさか!」


 結論が頭に浮かび上がったが、それと同時に最後の時計のデバフのカウントも0になる。


『【時間凍結タイムストップ】』


(身体が、動かな……)


 全てのタイマーが0になったその瞬間、意識を除いて身体の一切の自由が効かなくなった。

 世界が灰色に染まり、耳元に響き渡る時計の針の音。

 この現象の正体は……恐らく

 呼吸すらする事も出来ないまま、先ほどまで襲い掛かってきていたモンスター達も含めて何もかもが停止し、ただ時間だけが過ぎていく。


 いや、違う。この現象を引き起こした張本人……【双壁】だけは動き続けていた。


(【可逆的次元観測】……!! 観測しているのは! そして観測されるタイミングは時計のデバフが0になったタイミング!!)


 時を止め身動きを取れなくする魔法、そして遅延して発動する魔法。

 その組み合わせが示す結果に思い至り、内心で苦笑いする。


(つまり、このギミックの正体は……!!)


 次いで、周囲の景色が切り替わった。

 この場所は……一番最初に時計のデバフカウントが0になった地点。

 そして、今の体勢から察するに……0、俺は無防備な身体を降り注ぐ隕石の前に晒す。


『【遅延詠唱ディレイ・スペル】、発動』


(完全初見殺しの、時間停止+空間転移からの確殺コン……)


 降り注いだ隕石の爆発に伴って、そのまま俺はデスポーンしたのだった。





「作戦ターイム!」


 流石にあのギミックの初見攻略は無理ゲー過ぎる。取り敢えず今のトライで内容自体は分かったが、それでも処理するには情報量が多すぎる。

 リスポーン地点で座り込み、先ほどのギミックの考察を始める。


「さっきのギミック、『デバフカウント0で座標の確定』『全てのカウントが0になったタイミングで時間停止』『刻印の順番に座標転移』でOK?」


「それに【遅延詠唱ディレイ・スペル】での攻撃と並行を追加だな。頭では理解出来たけどあの情報量を初見で解くには無理があるよなぁ……」


「ごめんなさい、聞こえてはいたんですが、【遅延詠唱ディレイ・スペル】の順番のコールが出来ませんでした……。まさか、地面から攻撃が飛び出してくるとは……」


「それは仕方ないだろ。今までポンの方に攻撃は飛んでいってなかったしな。というか、4サイクル目から急に難易度跳ね上がり過ぎだろ……」


「そうか、【遅延詠唱ディレイ・スペル】の順番もあるんだもんな……マズイな、ここまでキッツイ脳トレ要求してくるとは思いもしなかったぜ」


「流石にあそこまで清々しい初見殺しされると笑えてくるよねぇ、しかも多分アレ、モンスター達の数的に【双壁】の攻撃で消し飛ばさないとマズイ奴じゃないかナ?」


 これまではギミックが分かればそこまで難しい物じゃなかったが、ランダム要素+ランダム要素の組み合わせのせいで難易度が桁違いだ。

 頭では理解しているけど身体が追いつかない……そういう難易度のギミックだな。


「第3サイクルが少し拍子抜けだっただけに、ちょっと油断したねぇ。この調子だと、第5、第6サイクルで何が要求される事やら……」


「おいおい、これよりやばいのが来たら身体がついていかねえよ……」


 厨二の言葉に項垂れるボッサン。確かに今回のギミックはAGI正義のギミックだしな……タンクのボッサンからしたら、この内容のギミックはかなり面倒なのだろう。

 ギミックの詳細をまとめていたライジンが、口元に指を当てながら呟く。


「取り敢えず試行回数を重ねよう。最終的に【双壁】のコアを殴らないといけない可能性が高いから、全員生存で進行したい所だけど……ギミックの内容を見る限り、得意不得意が分かれるだろうから、全員生存まで練習していたら回復アイテムが足りなくなりそうだ。もし突破出来たら一人でもそのまま進行しよう。先のギミックもある程度把握しておきたいしね」


「了解。第2サイクルの時に過去フェーズに飛ばされた以上、第4サイクル突破後にも過去フェーズがありそうな気がするしな……少人数で突破出来るのなら、突破しておくに越した事は無いだろうし」


 どんな場面に飛ばされるか分からない以上、せめて全力でどや顔ロール出来るライジンは残しておきたい所だ。全世界に俺の醜態を晒す訳にはいかないしな……。


「じゃあ、こんな所で良いか? 装備の簡易修理が終わったら、次のトライに行こう」


「了解」


 装備のメンテナンスを終えると、各々が立ち上がり、再び【双壁】の居る『星骸』へと向けて歩き出す。

 そうして歩いている最中……目の前を歩くポンの顔色が悪い事に気付いた。

 




(さっき、村人君に助けてもらわなかったら第3サイクルで全滅してた……。これまでのトライも、今の所演奏はミスなく出来てる……でも、クリア目前の肝心な時にミスをしてしまったら? 私が足を引っ張ってしまった事が原因でクリア出来なかったら……その時、どんな顔をすれば良いんだろう)


 第3サイクル目でのコールミスが尾を引き、内心でネガティブな感情が顔を覗かせる。

 その後の第4サイクルも、【双壁】の攻撃が来ると思っていなかったので、【遅延詠唱ディレイ・スペル】でのコールをする事も出来なかった。自分がコールを任されている以上、コールしなければ突破できるはずが無いのに。

 心臓が早鐘を打ち始める。ああ、また悪い癖が出てきてしまっている。

 1st TRV WARで村人Aの言葉に救われ、一度は断ち切ろうとしたこの悪癖。

 他人の評価を気にしてしまうあまり、自分のパフォーマンスが発揮できなくなってしまうというトラウマ。

 普通に攻略をしているだけならば、この悪癖は再発しなかったかもしれない。

 だが、アラタやシオン、ティーゼとの約束を絶対に叶えてあげたいという責任感、そしてをしているという今の状況が、奇しくもトラウマを掘り返す一因となってしまっていた。


(シオンちゃんに、あんな啖呵切ったのにな……)


 呼吸が荒くなり、胸に当てていた手をぎゅっと握り締める。


 シオンと1on1をした時、もう変人分隊の足手まといにはならないと決めたと宣言した事を思い出す。

 だが、今のこの感情を抱えたまま二つ名レイドに行けば間違いなく影響が出るだろう。

 最悪、演奏すらままならないかもしれない……それでまた皆に迷惑をかけてしまうかも……と考えたその時だった。


「なあ、ポン」


「ッ!?」


 唐突に肩に乗せられた手にビクッと身体を震わせ、手を置いた人物の方へと振り返る。

 そこに立っていたのは、怪訝な顔をした村人Aだった。


「……顔。すげー強張ってんぞ」


 そう言われて自分の顔が引き攣っている事に気付き、咄嗟に愛想笑いを浮かべる。


「え? あ、う、えーっと……あはは……攻略が大分進んで、少し……き、緊張しちゃって……」


「──違うだろ。まーたミスしたらどうしよう、とか足手まといになったらどうしよう、とか考えてんだろ。見当違いも甚だしいぞ全く」


「────え?」


 村人Aがジト目を向けながら言った言葉に思わず心臓をドキリと跳ねさせる。

 まさか言い当てられるとは思いもしなかったから。


「ミスなんて誰にでもあるし、それをカバーする為に俺達が居る。第一、音階ギミックなんてポンが居なかったら解けるかどうかすら怪しかったし、そもそも『魂の送り唄』の演奏が出来る奴なんてこのパーティには一人しかいないし……むしろポンが居ないとそもそもの攻略が成り立たないのは理解しているか?」


「え、あ、……は、はい」


「確かにアラタやシオン、ティーゼの事もある。だからこの【二つ名レイド】を今回の挑戦でクリア出来るように攻略こそしているが……大前提として忘れちゃいけない事があるだろ?」


「忘れちゃいけない事……?」


 首を傾げると、村人Aはふふんと鼻を鳴らすと、人差し指を立てる。


「はいここで突然ですが復習問題です、俺達のクランのモットーはなんでしょう?」


「……『気楽に楽しもう』?」


「そうだ。一番大事なのはゲームを楽しむ気持ちだぞ。まだ見た事無いギミックに対応出来ないのなんて当然の事だし、それをトライ&エラーで解き明かすのが高難易度コンテンツの醍醐味だろ? ミスったら『わりぃ!ミスった!』で良いんだよ、変に思い悩む必要なんてない。んな義務感に囚われてゲームしてても楽しくねえに決まってる。義務とかそういう堅いのはそこのプロ団子にでもやらせとけばいい」


「プロ団子て」


「俺達はノルマとかそういうのは無いエンジョイクランだぜ。俺達含めて完全無欠な人間なんて存在しねえ。ミスもゲームの醍醐味の一つだ、もっと気楽に楽しもうぜ」 


「……そう、でしたね」


 私を気遣う為の方便ではないのは、本当に楽しそうに笑っている彼の顔を見れば分かる。その事実に、思わず口元を緩める。

 彼の言葉を聞いて、気持ちが落ち着いてきた。早鐘を打っていた鼓動は緩やかになり、荒くなりかけていた呼吸も平常に戻る。

 どうして彼は、私の事をそんなに……。


「なんで、なんでそんなに私を信頼してくれるんですか?」


 思わず考えていた事を口に出してしまい、はっと口元を抑える。

 私の問いに対し、彼は即答する。


。俺がポンを信じ抜くのに、それ以上の理由が居るか?」


 少し前、私が彼に尋ねた強くなるための方法。

 私が知らない、私の強み。

 それを知っているからこそ、彼は私を信じ抜けると断言した。


「ポンがそれでも自分を信じられないのなら、俺を信じろ。その代わり、俺はポンを信じるから。足りないもんは足りないもん同士で補えば良い、それが仲間ってもんだろう?」


 間違いなく録音されていたら後で悶絶するであろう言葉をすらすらと言ってのける彼の言葉に、思わずふふっと笑ってしまう。


「……やっぱり、貴方には敵いませんね」


「年単位の付き合いだ、この程度見抜けない訳ないだろ」


「もう少しその洞察力を、他の所にも向けてくれると良いんですけど……」


「?」


 私が言った意味を理解出来ないとばかりに首を傾げる村人A。

 全く、この人は……。でも、だからこそ私はこの人が好きなのだろう。

 大事な友達を思いやる事の出来る人だから、私は彼に惹かれたんだ。


 私の表情を見てもう大丈夫だろうと判断したのか、すっと拳を差し出す。


「任せたぜ、相棒」


「はい、任されました」


 此処ではない遠い世界で、まだ互いの現実の姿リアルを知らなかった頃のように。

 幾度となく交わした、互いの背を任せる合図として、こつりと拳をぶつけ合う。


「さぁて、こっからが【二つ名レイド】本番だ。敵はこのゲーム最強の一角、【粛清の代行者】!! 相手にとって不足はねえ、テンションぶち上げてくぞお前ら!!」


『応!!』



────

【おまけ】

ライジン(あっ、これ流石に電波に乗せちゃまずいな(尚後で弄り倒す為に別カメラでREC中))


串焼き団子(まーたたぶらかしてら……(呆れ顔))


ボッサン(若いって良いなぁ……(ほんわか))


厨二(うーん青春だねぇ……(にやにや))


分かる人は分かる説明をすると、要するに第4サイクルは『時間圧縮+アストラルエクリプス+大量のモンスター』、なお時間圧縮中に【双壁】にモンスターを倒させないと物量で詰む

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