#239 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その三十九 『ロールプレイ』


「さて、問題の過去フェーズなんだけど……歴史再現に当たって、ロールプレイしてみようと思う」


「……何故ロールプレイ?」


「厨二がネルの首を刎ね飛ばした時にポップしたシステムメッセージあっただろ? 『今へと繋がる結末を導き出せ』って」


「……なるほど。歴史再現するにしても一つの言動でミス判定になりかねない……だからロールプレイを試してみる事で成功率を上げる、という訳だな?」


「そう言う事だ」


 にっと笑ったライジンがウインドウを幾つか展開する。そこに表示されている内容は、これまで集めてきた【双壁】や過去トラベラー関連の情報のようだった。


「必要な情報を得ていないのにアドリブだけでパーフェクトコミュニケーションを叩き出すのは難しいからね。一旦、現状を整理しよう」


 【双壁】兄弟の発言を踏まえた、過去トラベラーに対して分かっている事は、


・血も涙も感情も無い人間

・少なくとも過去【双壁】兄弟を圧倒出来るだけの実力がある

・複数形では無く一人(トラベラーが複数人いる事については疑問に思っていない様子だったが)


 の三つだ。一番上はまあロールプレイする上での参考にすれば良いとして、問題なのが下の二つの情報だ。


「圧倒、ね。厨二でもそれなりの時間戦闘してようやく一人倒せたぐらいなのに、圧倒となるとかなり難易度が高いんじゃないか?」


 現在の時間軸の【双壁】程で無いにしろ、ネルの防御貫通の即死攻撃は言わずもがな、ヘル自体も絶対防御兼攻撃に転用する事も出来るという汎用性に優れている能力を持っている。

 その二人の攻撃をどうにか掻い潜って、更に圧倒するとなると正直難しいなんてレベルじゃない。

 と、そう思っていた俺に対し、厨二は首を振った。


「いや、そうでもないと思うよぉ。さっきの一戦で兄弟の能力の発動条件も分かったし、それにさえ気を付ければ大丈夫だと思うよぉ」


「発動条件?」


サ。ネルの場合は腕を通した剣越しに、ヘルの場合は両手を突き出して能力を発動させているみたいなんだよねぇ。だけど、腕を切り落としたら速攻でミス判定になりそうだしねぇ、気付かれずに背後から忍び寄って取り押さえるのがベストかなぁ」


「腕か……【双壁】も巨大な鋏で【時穿】を放ってるから信憑性は高そうだな」


 言われてみれば確かに、俺が圧殺される時にヘルがそのような姿勢を取っていたのを見たような気がする。

 と言っても、過去フェーズのスタート地点は上空だ。奇襲するにしても、バレてしまえばまともに動けないまま空中で即ミンチにされる可能性が高い。

 それを察していたのか、厨二が俺と串焼き先輩の方へと近寄ってくる。

 

「え、何?」


「ちょっと失礼。【無色透明トランスペアレント性質付与アサインメント】」


「ッ!? おお、すげえ!?」


 厨二の指先が触れると、俺と串焼き先輩の身体が透明化する。光学迷彩もかくやと言うレベルでの同化具合に、思わず声が漏れてしまった。これ控えめに言ってチートスキルでは?


「これを使えば簡単に拘束出来るんじゃないかな? 他人に付与すると身動き取れなくなっちゃうから僕は上で待機してる事になるけどねぇ」


「まさか厨二がこんな隠し種を持ってたなんて……」


「んー実はついさっき『参照進化』させたから使えるようになったんだよねぇ。システム側から見ても、他人に付与するのがベストだって判断したんじゃないかい?」


「……なるほど、参照進化ね……って、それ実は他人に付与出来るようになったのはおまけなんじゃないか? 例えばお前の装備品の一部を透明化させて奇襲が上手くいくようになる為の進化だったり……」


 串焼き先輩の言葉に厨二がそっぽを向いた。だろうとは思ったけどさ。


「まあなんにせよ、厨二のスキルのお陰で奇襲の成功率は高まった。……それに、透明なら余計都合が良い」


「都合が良いってことはまさか……」


「ああ。……過去フェーズのロールプレイは俺一人でやるつもりだからな」







 ロールプレイ。

 それはある役割を自分に当て嵌め、それを元に演技を行う事を指す言葉だ。


 ライジンにとって、ロールプレイとはRTAにおける必須技能だと認識している。

 何故かと言うと、現実の自分と電脳世界での自分を切り離し、その世界の住人の一人になりきる事で一般常識という概念に囚われないようにする為だ。

 古今東西、数百に及ぶタイトルのゲームを踏破してきたライジンにとって、何者かになりきるという行為は呼吸をするように容易い事だ。


「──そこを動くな」


 普段のライジンからは信じられないような、凄むような声音でネルとヘルに命令する。

 実際の所、銀翼のスキルによって透明化された村人Aと串焼き団子が二人を力づくで抑えつけているのだが、まるでライジンが超常的な力を行使して抑えつけているように思わせる程のリアリティのある演技に、ネルとヘルは圧倒されて口を引き結んだ。

 ライジンはそれを確認すると、感情を見せない虚ろな瞳で周囲を見回す。


「──ここは、どこだ」


「ハーリッド沖合、アルティノス海洋地帯だ。陸まで数十キロはあるぞ……一体どこから現れやがった?」


「──どこから、か」


 船乗りの男の言葉に、ライジンの表情はピクリとも動かない。尚、内心は『アルティノス海洋地帯って世界地図のどの辺りなんだろうなぁ、色々問答して情報引き出したいなぁ』と荒ぶっていたが、今はロールプレイ中なので泣く泣く我慢していた。

 予めに従い、ライジンは言葉を続ける。


「──生憎、記憶が無いものでね。どこから来たのかは──ッ!」


≪ユースティア帝国からの逃走時に刻まれた傷が疼き出す≫


 そのシステムメッセージが出現した瞬間、ドッとライジンが膝を突いた。ネルとヘル、そして周囲の船乗りの男達がライジンに対して攻撃を加えた訳では無い。

 だというのにも関わらず、ライジンの身体に突如として出現した生々しい傷跡。否、ライジンのみならず他メンバーも同様に傷が出現していた。システムメッセージの言葉通りに取るのなら、どうやら過去トラベラーはこの傷がついた状態で【双壁】兄弟に遭遇していたのだろう。


(……OK、この行動でって訳か。取り敢えず状況再現は出来てるようだな……さて、ここからどう出るか)


 失敗=即ワイプである以上、ワイプにならず話が進行しているという事はまだ正史からは離れていないのだと言う事の証明に他ならない。

 ライジンは傷の出現に伴って発生した倦怠感を感じながら思考を回し続ける。

 トラベラーの性格は血も涙もない、つまり情に囚われない合理的な性格だと推測している。

 では、見回す限り海のみのこの窮地から、過去トラベラーはどう脱したのか。

 思考の時間は僅か、船乗りの男が動き出すのを見計らって口を開く。


「今だ、抑えつけろ!」


「──動くな。未だに彼らの命は私が握っている。──もし私を取り押さえるつもりなら、彼らの命は無いものと思え」


「くッ……!!」


 ライジンの言葉に、船乗りの男達の動きが鈍る。ライジンのみならず、他のメンバー達にも傷が出現したのは幸運だったと言えるだろう。傷を負った彼らもライジン同様に僅かに力が緩んだ事で、彼らに違和感を与える事無く演技を継続出来たのだから。

 しかし、膠着したまま状況は動かない。遥か上空で待機している厨二、ポン、ボッサンの三人もそろそろ空中床作成の限界が近いだろう。

 そう思ったライジンは状況を動かすべく瞑目すると。


「──取引だ」


「……!?」


「──彼らを解放する代わりに、私を陸にまで送り届けろ。そうすればそこの二人を解放するし、敵対行動も取るつもりは無い」


 ネルとヘルを害さず、そしてトラベラーが生存できる終着点。互いの利害の一致による終戦を提案する。……まあ、傍から見れば勝手に襲撃して勝手に陸まで連れていけと脅しているだけなのでたちが悪いとしか言えないが。

 だが、過去トラベラーについて聞いている話の限りこれが限りなく正解に近いだろう──そう確信していた。

 代表らしき男が前に出ると、鋭くライジンを睨みつける。


「得体の知れない奴をこの船に置いて置くわけには──」


「──そうか、なら交渉は決裂だな」


 ライジンはそう言うと、すぐさま【加速アクセラレイト】を発動。銛のような武器を持っていた船乗りの男に高速で詰め寄ると、拳を硬く握りしめてボディブローを叩き込んだ。

 その強烈な一撃で屈強な男がダウンし、ライジンを取り押さえようと動いた他の男も、鋭い回し蹴りを叩き込まれて地面に転がる。

 その一連の流れで、船乗り達は自分達との格の差を見せつけられた。

 代表の男は冷や汗を流し、頬を引き攣らせる。


「あの野郎、魔法を使った気配が無い……! まさか、ネル達のような異端者か!?」


「──最終通告だ、これ以上の被害を出したくなければ……」



 と、その時だった。



『グルォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』


「うおおおおおおおおッ!?」


「リック!?」


 海面が爆ぜるようにして、全身が深紅に染め上げられた巨大な海蛇……『ブラッド・シーサーペント』が飛び出し、帆船を横断する。

 ライジンと船乗り達が戦闘している間、海面から虎視眈々と獲物を品定めしていたらしく、縦断のついでとばかりに代表の男が丸呑みにされた。


「畜生!! 今なら間に合う、すぐに助け出せ!!」


「あいつ先月子供ガキが産まれたばかりだぞ!! 奥さんと二人残して逝くにはまだ早すぎる!!」


 どうやら代表の男の名はリックというらしい。

 船員達がライジンから意識が逸れてブラッド・シーサーペントに敵意が向いたのを確認すると、ライジンはウインドウを操作し、対【龍王】戦で用いたマナを可視化出来るゴーグルを装着する。

 ゴーグルを通して、ブラッド・シーサーペントの体内に、薄っすらと人の形が可視化される。


(丸呑みだったおかげで四肢はバラバラになってないようだな。そのおかげで本人もまだ耐えてはいるが……それも時間の問題か)


 体内の粘液で滑っているのか、少しずつずり落ちているのが分かる。

 ライジンは静かに一つ息を吐くと、ゆっくりと船員達に歩み寄る。


「──待て、動くなと言ったはずだ。──お前達が動いても余計に被害が広がるだけだぞ」


「は!? この状況で何言ってんだ!? 畜生、こうなったらお前を殴り倒してでも……!」


「──代わりに私が助け出そう」


「ッ!?」


 そう言うと、ライジンは警戒を続けるブラッド・シーサーペントを正面に見据える。

 ネルとヘルを取り押さえていた村人と串焼き団子も助力しようと動こうとするが、ライジンが視線だけで静止を促す。


(力量差を見せつけるならやっぱ一撃でケリを付けるのが一番か。となると、を使うしかないか)


 ライジンはそう思案しながら、串焼き団子の方をちらっと見る。


(……出来ればんだけどな……まあ四の五の言ってる暇は無いよな)


 このフェーズに突入する直前、万が一の時の為に装備していたに触れる。

 痺れを切らしたブラッド・シーサーペントが大口を開き、ライジンを呑み込もうと襲い掛かった。


「【疾風回避】!」


 ブラッド・シーサーペントの牙をすんでの所で回避すると、空中に躍り出る。

 そのまま追撃にかかったブラッド・シーサーペントの攻撃を回避し続けると、その身体が緑色の光に包まれ始めた。

 空中で高速機動し続けるライジンを唖然と眺めている船乗りの男達に見せつけるように、高く跳躍した。


「【電光石火】!!」

 

 AGIバフが最大まで到達した段階で、ライジンがスキルを繋げる。

 その身体が雷に包まれ、空中床を踏みしめると、腰に下げていた紫色の短刀を抜き払った。

 短刀が紫色の雷を帯び、ライジンはウェポンスキルを発動させる。



「【】!!!」



 加算されたAGIを全消費し、閃光と化したライジンがブラッド・シーサーペントを一刀両断する。

 一瞬にして駆け抜けた空間に、遅れて紫色のプラズマエフェクトが迸った。

 真っ二つに両断された首が海面に落ち、派手な水飛沫を上げる。


 空中に投げ出された男……リックが落下してくるのを確認すると、ライジンは空中床を伝って救出する。

 リックを担ぎあげたまま、甲板に降り立つと、船員達が駆け寄ってきた。


「リック、おい! 意識はあるか!?」


「……ああ、最悪の気分だが……なんとかな……」


「すぐに救急箱を持ってこい! 出来るだけ高品質なポーションも!!」


「これはひでぇ……! 気をしっかり持てよ、リック!!」


 ブラッド・シーサーペントの強酸性の粘液に短い時間ではあるが触れていたリックの身体は焼け爛れていた。

 ライジンはリックをゆっくりと寝かせるように降ろすと、懐から高価なポーションを取り出して、焼け爛れていた皮膚に振りかける。


「おい!? 何を振りかけやがった!?」


「……落ち着け。……痛みが引いていく。……相当高い代物なんじゃないのか、これは」


「──まあ、そうだな」


 ライジンが使ったポーションは、『ハイエストポーション』。現在プレイヤーが製作出来る中でも一、二を争うレベルの高性能のポーションだ。

 この二つ名レイド挑戦の為にシオンが用意したとっておきのポーションだったのだが……ライジンはここで使うのがベストだと判断した。

 結果としてその判断は正しく、焼け爛れていた皮膚が完全に修復された事で、船員達のライジンへと向ける視線が和らいだ。


「……あんた、一体何が目的なんだ……?」


 急に上空に出現し、船員達を脅したかと思えば、乱入してきたモンスターから救い出された。

 短時間で起きた怒涛の出来事の連続に、リック含め船員達はひたすらに困惑していた。

 ライジンは感情を見せない瞳で船員達の方を見ると。


「──私自身に元々敵意は無い。──最初にそこの子供二人を抑え付けたのも、もし抵抗されたらこの中で一番の脅威だろうと思ったからだ」


「!? なんであの二人が最初から異端者だと分かって……!?」

 

「──私と似た力を感じたからだ。──それで、どうする? ──まだ続けるのか?」


 ライジンが威圧するように短刀を向けると、船員達が喉を鳴らす。

 彼らにとって、脅威はまだ去った訳では無い。リックは深くため息を吐き出すと、苦笑を浮かべた。


「……分かった。成り行きとはいえ、命を救われた身だ。君の提案を呑もう。……その代わり、陸に戻るまではモンスターが出現した時は船員達と一緒に対処してもらう、それで良いか?」


「──ああ、それで構わない」


 ライジンが指を鳴らすと、村人Aと串焼き団子が離れてネルとヘルが解放される。


「ああ、ようやく解放された! ったく、俺達が自由だったらあんなモンスター、一撃で仕留められたのに……」


「まあまあ兄さん、リックおじさんも無事だったんだから良いじゃないか。……一応、あの人は警戒しておくべきだとは思うけど」


 ずっと抑えつけた状態だった為か警戒を一切解いていない様子の兄弟の視線を受けて、ライジンは肩をすくめる。

 その視線から逃れるように、視線を虚空へと向けた。


(さて、これでどうだ……? 一応は一通りこなしたようだが……)


 その時、システムメッセージがポップした。


≪正しい歴史はここに紡がれた。【双壁】兄弟との出会いを知ったトラベラー達は、現在へと帰っていく……≫


(よし!!)


 ライジンが心の中でガッツポーズする。

 そして、次の瞬間にはその場から姿が消失し、ライジン達は現在へと帰っていくのだった。







 時は戻り、現在。【星骸】上空に三つの星が出現していた。

 その内、一番左にあった星が音を立てて破壊された。


『……嗚呼、そうだったね。君との出会いは滅茶苦茶で、やる事為す事全てが規格外だった。……だからこそ、ティーゼを連れ去られ、村からされた時に……君についていく道を選んだんだ。……そうすれば、ティーゼを助け出せると信じていたから』


 【双壁】の思念体……ヘルは、砕け散った星を懐かしそうに眺めながら呟く。


『トラベラー。……よ。僕らとの出会いは思い出せたかい? このまま戦闘を続けて、それでも抗い続ける事が出来るようなら……僕らが死んだあの戦争を追憶してもらおうか』


 を知り、を追憶し、を越えた先にこそ、彼らの悲願は成し遂げられる。

 彼らの悲願──自身が粛清の代行者でありながら、粛清の代行者を滅ぼす事が出来る存在を求めているという矛盾を孕んだ、歪な願い。

 

 

 それこそが──を救う、唯一の手段なのだから。



『さぁ戦いを続けよう、トラベラー。僕達を失望させてくれるなよ』



 現在へと戻ってきたトラベラー達を見据えながら、ヘルはそう吐き捨てた。



 ──第三サイクル、開始。




────

【補足】

実際はネルとヘルを殺しさえしなければ良いので六人で制圧してから船員達の好感度を稼げば良いです。ただ理想に近い歴史再現をするとクリア時にボーナスがあります。


因みに過去フェーズはコンテンツ一回につき一回きりです。


串焼き団子(シオン……俺の為だけに打ってくれた訳じゃなかったのか……)


村人(絶対串焼き先輩凹んでるだろうなぁ……)

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