#236 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その三十六 『見届ける者』
──同時刻。
白亜の巨塔の最上階で鎮座する、白いローブを羽織った美少女はその精緻な美貌を歪め、呆れたような声で呟いた。
「おいおい……それは流石に見過ごせないよ。彼女を救う為に【■■■】と契約を結んだ際に聞いているはずだぜ? たとえ何者であろうとも、世界そのものが改変してしまうような規模の事象を起こしてはならないと」
少女の視線の先には、村人Aを始めとした変人連合が粛清の代行者の一角、【双壁】ネラルバ・ヘラルバと戦闘している様子が映し出されていた。
【双壁】がその権能を行使し、村人A達を遥か過去……『大粛清』前の時代へと飛ばしている様子を見ながら、もう一つため息を吐いた。
「まあ、残念ながら時を超えて過去に干渉しようとも、既に確定した現在に影響を及ぼす事なんて出来ないけどね。……他ならぬ、【観測者】たる僕がそうさせない」
少女は笑みを携えながらも、絶対零度の如き視線を【双壁】に向け続ける。
【観測者】たる彼女の仕事……ありのままのこの世界の行く末を見守るという、魂に刻み込まれた役割を妨害しかねない行為だからだ。
【双壁】の行動はまさしく彼女の地雷原を踏み荒らすに等しい行為。今すぐにでも対処したい所だが、まだ
「
容赦なく消す、と少女は口元だけ動かす。
一つは【観測者】。一つは【調停者】。そしてもう一つは……。
「それとも……それが君達の選択という訳かい」
少女は【双壁】を見ながらフッと笑う。粛清の代行者の一角でありながら、その実
「
【観測者】は静かに嗤う。
例え【双壁】が反旗を翻そうとも、それを一方的に制圧するだけの力が彼女には存在する。
だからこそ、彼女が【双壁】を見る視線は、愛玩動物にでも向けるようなもので──。
「君達の選択を、この僕が見届けてあげるよ」
【観測者】は、ありのままを見届ける。
◇
上も青! 下も青! 障害物は無し! つまりFly high!!!(情報過多につき思考停止)
マズイマズイマズイ【空中床作成】……いやダメだこの速度で使ったらシミになる! 空中に大量の血痕(このゲームはマイルド表現なのでポリゴン)だけが残るシュールな絵面になる!!!
ノックバックで速度減衰……駄目だそもそも跳弾できる物体が皆無だ! 【空中床作成】で跳弾用の壁を作るのもこの速度じゃ無理!!
他の方法は……えっと、えーっと…………。
……あれ、もしかして詰みでは?
「村人君!」
「えっ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
と、その時どこからか【
落下速度が中々だったものだから、引っ張り上げられた瞬間に肉体に急激なGが掛かり、三半規管が壊滅的な状態になってしまう。
「大丈夫ですか!?」
「おえ゛っ、……だ、だいじょば……うっぷ」
少なくともこの状態を見て大丈夫って聞くのは流石に無理があると思うな……。
ぐぐぐ、耐えろ、一応今はライジンが生放送してる……!! お茶の間に新鮮なゲロを提供する訳には……!! うっぷ。
「……だ、だがまあナイス救出だポン……他の奴らは?」
「厨二さんは空中に作成した足場に串焼き団子さんを引っ張り上げて、残念ながらボッサンは……」
エフェクト見る感じ空間ぶっ壊してそのまま別の場所に吹っ飛ばすって言うマジで初見殺し技だもんな……咄嗟に対応しろってのが無理な話だ。と、思ったけどなんで浮遊手段持ってない厨二は普通に対応してんだよ。おかしいだろ。
くそ、ポンに救出されたお陰でなんとか生き延びたって知られたら……。
(あれぇ? まさかさっきの反応出来なかったのォ? 僕はよ・ゆ・うで対処できたけどねぇ!? プークスクス!!)
絶対あいつの事だから言ってくる。想像しただけで腹が立ってきたぜ畜生。
イマジナリー厨二に
「ホバリングし続けるのもMPが枯渇しますし……一旦【空中床作成】で足場を作りましょうか」
「うぇ……OK、残ってるメンバーも集めて作戦会議しよう」
ポンが作成した足場に乗り、呼応のネックレスで集合するように伝達すると上方から厨二達が空中床伝いに降りてくる。
そして、厨二が俺の顔を見て、開口一番……。
「あれぇ!? まさかさっきの反応出来……」
「おっと手が滑った【彗星の一矢】ァ!!!!!!」
「ガチで殺しに来てるねぇ!?」
俺の手がスケートコート並に滑り、思わず全MPを突っ込んだ【彗星の一矢】を発動してしまう。
厨二が器用にハリウッドダイブをかまして新たに作成した床へと着地するのを見て、一つ舌打ちする。チッ! 仕留めそこなったか!!
「はいはいお前ら茶番は良いから作戦会議すんぞ」
「「「はーい」」」
串焼き先輩が手を鳴らしたのを皮切りに、一旦その場で座り込む。
兎にも角にも取り敢えずは現状の整理だ。
「まず最初にここis何処」
「まさか……海をご存知でない!?」
「厨二はレイド終わったらAims行こうね。アレ泥縛りで10時間耐久1on1すんぞオラァ!!!」
「タイマンは良いけどガチの運ゲーはやめて欲しいかなぁ……」
「あのランダム弾道、最近法則見つけた猛者が居るらしいぞ。なので検証に付き合え」
「言った傍からいきなり脱線すんな! グレポン丸も止めてくれ!?」
「まあ私が言った所で止まらないので……」
はは、と乾いた笑いを漏らすポン。まあ煽る厨二が悪いって事で。
「技名的に時間跳躍……と言ってもゲーム的な話だから実質専用フィールドに飛ばされたくさい? その前の台詞的な点で見ればここが【双壁】とトラベラーの出会いの場所って事なんだろうが……」
「見る限りなーんも無いけど……?」
辺りをぐるっと見回してみるが、辺り一面大海原。
どう足掻いても人と人が出会う場所とは到底思えないが……。
「うーん、マジで訳分からん……。 ……ん? ……あれなんだ?」
「え?」
ふと、真下を見た時に小さな何かが視界に入る。
なんだあの白いの……もしかして、帆か?
って事はあれ帆船だよな……? 今かなり上空に居るから豆粒みたいだけど、多分近付けばかなり大きいサイズの。
帆船……帆船ねぇ……。……帆船の使用用途……あ、漁……? 漁獲祭……!?
「アアハイそうですか、あの時のユニーククエスト踏んでればもうちょっとスムーズに状況判断出来たって訳ねオーケイ……!!」
「あ、あの。村人君?」
ナーラさんと初遭遇した時に出現したユニーククエスト【漁獲祭】。
あのクエストをこなしておくことで【双壁】……ないしはあの兄弟について情報を得られていた可能性は高い。
そうだ、よくよく考えてみたら離島であるセレンティシアで過去トラベラーと遭遇する手段なんてほぼ一択じゃねえか……!
「トラベラー漂流説に掛ける! 取り敢えずスカイダイビング決行!!」
「村人君!?」
傍から見たら完全にトチ狂ったように見えるだろう。だが、視界端に映っているそれを見て俺のの考えが確信に変わっていた。
この場に居ないボッサンは、落下して即死……と思い込んでいたが、視界に映るパーティメンバーの欄には
じゃあ最速で【空中床作成】を発動しない限りは圧死するはずだった彼は今どこへ? 答えは俺らの真下、帆船に着地している!!
「ビンゴォ!! おぼぁ!?」
凄まじい速度で帆に突っ込むと、物理法則を無視して直上に思いっきりバウンドする。
待って明らかに今おかしい挙動したんだけど!? 帆がトランポリンみたいになってるんだけど!?
「村人、ようやく来たか! ッ、取り敢えずカバーしてくれ……!!」
と、帆に何度かバウンドしていると、下の方から剣戟の音と共にボッサンの余裕の無い声が聞こえてくる。甲板の方へと視線を向けると、如何にも屈強な海の男達に囲まれたボッサンが
あの顔、どこかで……。
「ああああああ! あいつがもしかして【双壁】の片割れか!?」
さっき思念体で会話した方じゃない奴だ! 名前はそう、確か……ネ、ネ、……ネラルバの方!
「……ん? って事はこれ、物凄いチャンスじゃないのか?」
【双壁】が俺達を過去に飛ばしたって事はつまり、今あの子供を倒せば未来で【双壁】は産まれないのでは……?
「ええい良心が痛むが仕方ない! 幾ら見た目は子供だろうと悪の芽は可及的速やかに摘むべし!!」
心にも無い事を口走りながら跳躍。ゲームの世界にはガキの
クリスタルダガーを抜き払い、空中から奇襲を仕掛けた俺はある事をすっかり忘れていた。
【双壁】は二人で二つの能力を持っているという大前提。ボッサンに斬りかかっているのが【時穿】を放っていたネラルバと断定していたせいで、もう一人が持つ能力について、正確に理解出来ていなかったのだ。
ネラルバ(しょうねんのすがた)に斬りかかろうとした瞬間の事だった。
「【空間圧縮】!」
「ほぺきょ」
凄まじく間抜けな声を漏らしながら、俺は空気の壁のような物によって一瞬にして
────
【補足】
実はネラルバ(時間)よりヘラルバ(空間)の方がヤバい
【時空超越】フェーズの最適解は身を委ねてそのまま落下する事です。(帆の真上に落ちます)
本来なら【漁獲祭】クエストをこなす事で、ナーラ越しに初代巫女であるティーゼの『船出の唄』の演奏を受けた帆船の帆の強靭さを知ることが出来ます。どれぐらいやべーかと言うとキングアクアドラゴンのブチギレブレスも跳ね返すレベル。『船出の唄』の効果については知っていたけどまさかここまでとは思わないじゃん?と村人Aは供述しており……。
以下ちょっとした設定吐き
SBO世界において一番重要な役割を果たしているのが『名』です。
正式名称はシステムコード 000 ■■値 ■■的■量。
ざっくり言ってしまえば認知度、『この生物は~という存在である』と世界に認識される程、強大な力が分け与えられます。分かりやすい例で言うとプレイヤーが何かしらの実績を達成する事で得られる『称号』ですね。これこれこういう事を達成したからボーナスあげるよーって言う感じの。
この世界の頂点に君臨する【二つ名】はその最上位の存在という訳です。
二つ名は所謂『偉業』や『脅威』を世界に評価されているのであり、【双壁】の場合はただ二体の馬鹿でかいモンスターというのを示しているのではなく『時間』と『空間』という生物には直接干渉する事が出来ない二つの概念に直接干渉する事が出来るという、生物の限界(壁)を越えているからこそ【双壁】と命名されているのです。
さて、話は変わりますが粛清の代行者=二つ名というのは厳密には違って
■■■「おっ! 君、世界に認識されちゃったねぇ! 折角だしどう? 私の部下として働かない? まあ拒否権ねーけどな」
ということです、粛清の代行者が二つ名と呼ばれてるんじゃなくて、二つ名になったから粛清の代行者になっているのです。まあ例外も居ますが。
ぶっちゃけるとゴブジェネ君は二つ名に片足突っ込んでます。何してくれてんですかねぇ某変態さんは
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