#235 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その三十五 『泡沫の夢』
▷【双壁】戦 五回目の挑戦
どうやら見た目のみならず、周囲の気温自体もその環境の物が再現されているようで、凍えるような寒さが射撃の精度を鈍らせるが、集中して正確に狙いを定めて射抜く。
≪『魂の送り唄』に共鳴し、星々が導を指し示す……≫
もう見慣れてしまったシステムメッセージと共に、星々がギミックの解答を輝きと音色で伝え始める。
一応ポンがギミックを解いてくれるので、軽く耳を傾けながら白い息を吐き出し、迫り来るホワイトウルフを淡々と処理し続ける。
その間にも周囲に視線を向け、地形の構造を目と脳に叩き込んでいくのを忘れない。
(雪山とは言ったけど、傾斜が急なのはエリア中央だけで他はなだらかな地形が多いな。跳弾のルートに使えそうな場所は……)
何故今回俺が雪山エリアで戦っているかと言うと、その
【空中床作成】で生成出来る床の数が限られている以上、その地形も利用しながら跳弾を駆使しないと、最終的に求められるであろう六個連続破壊など到底成し遂げられない。
なので、今回を含めて三回分、エリアの地形を把握する為だけに皆を付き合わせているのだ。
(しかしまあよく二つ返事で了承してくれたもんだ。それだけ俺の射撃の腕を買ってくれてるのは素直に嬉しいが)
俺が『クリスタルの全破壊をする』と言った時、皆は快諾してくれた。
クリスタルの破壊をする必要が無くなれば雑魚処理に専念出来るから、ぜひやってくれと言ってくれたのだが……。
(問題はこの運営が
このゲーム、SBOの運営は個の力でのゴリ押しによる攻略を好まない節がある。
それはリヴァイア戦における、聖なる焔ギミック。一人一回、攻撃のチャンスが与えられてHPを削り切らなければならない仕様から分かった事だ。
【二つ名レイド】は必ず一人一人がしっかり与えられた仕事をしなければならない、言わば『大縄跳び』のようなコンテンツなのだろう。
六エリアに出現する六つのクリスタル……一人一エリアを担当するのが運営の想定解法だと推測できる。エリア同士の
(だが、抜け道もあるかもしれない)
リヴァイア戦ラストのDPSチェックフェーズが本来六人で到達しなければならないフェーズを、聖なる焔を纏った矢に継ぎ矢する事で強引にクリアする事が出来たように、運営の想定しない挙動を駆使する事で攻略出来る可能性もある。
正攻法での攻略が現状絶望的である以上、その可能性に縋ること自体は悪くないだろう。
……まあ、ゲームバランスを崩壊させる程の致命的なグリッチを使ってしまえば攻略取り消し所か最悪アカウントBANすらもあり得るので、常識の範囲内で、だが。
と、その時呼応のブレスレットの回線に誰かが割り込んでくる。どうやら串焼き先輩が接続したようだ。
『っ、悪い! モンスターの迎撃してたら矢が逸れてクリスタルに当たっちまった!』
心底焦ったような串焼き先輩の声。
それを聞いてすぐ、串焼き先輩が担当している森林エリアへと目を向ける。
全力で矢を放った訳ではないらしく、クリスタルに亀裂が生じていた物の、HPは半分を少し下回っている程度だった。
ポンもそれを見て問題ないと判断したらしく、冷静にエリアを告げる。
『取り敢えずコールします! 村人君、火山エリアから森林エリアです!』
「さて……どうなるかな!」
ポンの
俺の放った矢は一直線に火山エリアのクリスタルを破壊すると、そのまま跳弾して森林エリアへと向かう。
それからすぐ、森林エリア上空に出現したクリスタルの破壊に成功すると、システムメッセージが出現した。
≪導に従い、クリスタルの破壊に成功した。
「よし!」
成功を示すシステムメッセージを見て、拳を握る。一人で二個破壊する分には問題無いという事がこれで証明された。
後はこれでペナルティが発生するかどうかだな……!
◇
(マジで一人で二個破壊したのか……! こりゃ今頃運営涙目だな)
ギミック進行による【時穿】回避の為、中央エリアへと向かって走っていたライジンが村人Aの射撃を見て笑みを浮かべる。
一個目を破壊してから二個目を破壊するまでの間に極めて短い制限時間がある以上、一人で全部破壊した方が楽なのは火を見るよりも明らかだ。
まあ、それを成し遂げるだけの技術を持っている前提の話なのだが。
「とはいえ、村人のお陰で第二サイクルは突破……! この調子で行けば第六まで……ッ!?」
と、その時だった。
全力で疾走していたライジンの身体が、突如として脱力感に襲われる。
揺らぐ視界。躓くように体勢を崩し、そのままライジンは地面へと倒れ込んでしまう。
「なん、だ……!? くそ、
脱力感の正体は、強烈な
まるで二徹でもしているかのような眠気が急に襲い掛かってきたのだ。
先ほどのリヴァイア戦での疲れは多少残っているが、それでも普段からゲーム漬けの彼にとっては日常茶飯事程度の疲れだと言うのに。
どれだけ気を持とうと抗い様の無い強烈な眠気に、徐々に視界がブラックアウトしていく。
「……は、そう、いう……こと……か」
VRデバイスに標準搭載されているメディカルアラートが鳴っていない以上、原因はただ一つ。
この強烈な眠気は、システムによって強制的に引き起こされた状態異常の一種。
つまり……本来自分が破壊しなければならないクリスタルを、他人が破壊した事によるデメリットだ。
「どう、し……たも、ん……かね……」
ライジンが眠りに落ちる直前、HPバーの横にひっそりと出現していた状態異常……【泡沫の夢】というデバフが視界に入った。
◇
『……! ライジンさん!?』
ポンの慌てたような声音がブレスレット越しに聞こえてくる。
今回ライジンが担当していたのは火山エリア。俺が一度目にクリスタルを破壊したエリアだ。
ライジンのHPバーを見てみると、通常の睡眠状態よりも更に深い眠り状態である事を示すマークが点滅していた。
……クソ、やはり一人で二個破壊するのにはデメリットがあったのか。
とはいえ、クリスタル破壊フェーズが突破出来た事には変わりない。
遥か遠くで極光を生み出している【双壁】に視線を向けながら、ポンのいる台座エリアへと向かって走り続ける。
『どうしますか!?』
「ライジンは時間的に救出無理だから取り敢えず続行! 先のフェーズだけでも見ておこう!」
『了解です!』
すまんな
台座エリアへと駆け込むと、すぐさま光る貝殻の中に飛び込んだ。
貝殻の外で【時穿】が放たれると同時に、感応のネックレスを起動する。
「まあある程度察しは付いてるけど生存確認! 1!」
『2!』
『3!』
『4!』
『5!』
……ん? 五人? なんで五人生きてるんだ?
クリスタルを破壊しなかったって点で考えればもう一人デバフ貰っててもおかしくないはずなんだが……?
そういや、ポンはライジンしか名前を呼んで無かったな。
【時穿】によって貝殻が粉砕すると同時に、ライジンのように睡眠状態に陥らなかった串焼き先輩の方を向いて。
「なんで串焼き先輩生きてんの?」
「ぶふッ!!」
「……一発顔面ぶん殴っても文句言われないよなこれ?」
ああっ! やめて! 顔だけは! せめてボディに!
それとボッサン、今のは普通に素で疑問に思っただけだから笑わないでくれ。
厨二も違和感を感じたらしく顎に手を添えながら思案顔で。
「二個目のクリスタルがあるエリアのプレイヤーには強制睡眠が無いのかナ……?」
「取り敢えずギミック考察は後にしろ! 次のギミックが来るぞ!」
再びあのタコ足爆弾技を使用してくるかと思いきや、【双壁】は動かない。
やっぱり一人で二つ同時処理はシステム的に問題が……!? と要らぬ心配も束の間、【双壁】の真紅の双眸が瞬いた。
『コレスラモ超エルカ……。ナラバ、コレハドウダ?』
【時穿】の際に放たれる右の鋏では無く、左の鋏に光が収束する。
そして、勢い良く振るわれると、目の前の景色が歪み始める。その歪みに対して空間に亀裂が生じ、そのままエリア全体へと広がっていく。
「……えっと、もしかしてこれ強制
明らかに受けちゃ駄目な技だよな見るからに!?
もしかして邪道クリスタル破壊のお仕置き技だったりとか!? 殺意たけーなオイ!
『遥カ過去、出会イノ時マデ時間ヲ戻ソウ!! 【時空超越】!!』
あっなんか違うっぽい!!
【双壁】が魔法を発動させると、空間が硝子のように砕け散った。
それと同時に響き渡る時計の針の音。時間が逆行していき、失われた空間が再構築されていく。
数秒経って針の音が止むと、景色が塗り替わった。
「……は?」
見上げると、そこにはどこまでも澄み渡る蒼穹が広がっていた。
そして、下に視線を向けると、そこにも美しい一面の青が広がっていた。
取り敢えず状況判断をと思った次の瞬間、足が空を切る。SBOのシステムによって忠実に再現されている重力の影響を受け、俺の身体は下へと向けて徐々に加速していく。
……あれ、これもしかしなくても現在進行形で落ちてる?
「ガチで対処の分からん初見殺しやめてくれませんかねぇ!?」
【双壁】の力によって、俺達は突然
────
【補足】
【泡沫の夢】
クリスタルの範囲内(そのクリスタルの存在するエリア全体)で破壊貢献度が一定以上に達していないプレイヤーを強制睡眠させる。
『どうせあいつの事だからやるに違いない』と対村人対策で冴木さんが手ずから作ったデバフ。
本当はクリスタル範囲内のプレイヤーが破壊しなければ強制睡眠だった所を「ジョブバランス考えたら流石にやり過ぎっス」と不知火に止められた事でこうなったとか。
貢献度って所がミソ
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