#231 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その三十一 『ギミックの謎』


(あの時……歴代巫女の墓場で会ったティーゼさんは『魂の送り唄』を聞かせる事で、【双壁】の攻撃の手が緩むかもしれないと言っていた。……この台座に刻まれた笛のマーク、ここで『魂の送り唄』を演奏しなさいっていう意味なのかもしれない)


 ポンは、笛の紋様が刻まれた台座の上で【星降りの贈笛】を構える。

 【演奏家】のスキルを使用する為に演奏する事はあるが、これから演奏する『魂の送り唄』はプレイヤーに対して有効なバフが乗る演奏ではない。

 あくまで彷徨える魂を星の海へと導く為の唄であり、三千年前に怪物へと成り果てた【双壁】を正常な生の流れへと還す為の演奏だ。

 傍から見れば戦闘を放棄しているように見えもするが、ここで『魂の送り唄』を演奏する事でギミックが進行するのだろうとポンの直感が告げていた。

 ポンは静かに笛に口を付けると、【双壁】を真正面に見据える。


(結局、『やまびこ』については分からないままここまで来てしまった。でも……それでも。演奏これだけは私にしか出来ない事なんだ。……なら、私に今出来る最善で、彼らを勝利へと導いて見せる!)


 決意を新たに、ポンが『魂の送り唄』の演奏を始める。

 夜空を埋め尽かさんばかりに散りばめられた星々の下、一切の澱みの無い清らかな音色が響くと、星々が美しく瞬き始めた。





『ソノ……唄ハ。……何故、記憶ヲ失ッタ貴様ラガ……!!』


 ポンの演奏を聞いて、【双壁】の真紅の双眸が揺れる。

 『魂の送り唄』は、三千年前に漁村ハーリッドを訪れた吟遊詩人が唄った物だ。その後、ティーゼが術式を改変し、後世に伝わる『船出の唄』となったのだが……その原曲を、今となっては知ることは出来ない筈。

 それを何故か、目の前に居るトラベラーの一人が演奏している……その事実は、【双壁】にとって凄まじい衝撃を与えていた。


『……マサカ、ティーゼガ……!? 有リ得ナイ、有リ得ナイ、有リ得ナイ…………!!』


 三千年前を知る【双壁】を除いて、考えられる存在はそれしかない。

 だからこそ、信じられなかったのだ。今も時の檻に囚われ、その魂が呑み込まれそうになり続けている彼女が彼らの前に姿を現す筈が無いと。

 ありとあらゆる可能性を模索し、この唄を彼らに授ける事が出来る存在を探し続けた所で──


(雑念ハ敗北に繋ガル。……何ノ為ニコノ姿ニナッタト思ッテイル……!!)


 【双壁】になる前の自分達の事を思い出し、即座に意識を切り替える。

 かつて異端者だった彼らを以てしても遥かに届かない、理解の外の存在……トラベラーを超える為にこの姿になったのだから。





 ポンを除く五人が散開し、五つのエリアへと目掛けて走り出す。

 今回のトライは、言ってしまえば様子見の一戦だ。

 最終ステージである【星骸】のギミックを理解する為の、大事な一戦。

 潤沢に回復アイテムを用意してきているとは言え、その数には限りがある。

 この【二つ名レイド】に入る前、シオンが言っていた想定リトライ数80回分の回復アイテムは、リヴァイア戦でその数を減らしている。

 その戦いが白熱すればするほど、回復アイテムの消耗も早くなる。その結果、想定よりも少ないリトライ数になるだろうから、一回一回のトライを有意義な物にすべきだ。


「【極限集中ゾーン】!!」


 スキルを発動させた瞬間に起きる、体感時間が引き延ばされるような感覚。

 普段よりも思考が澄み渡り、今しがた一つ知り得た事実に内心安堵する。


(OK、【海遊庭園】みたいに『トラベラー限定の体内時間加速』はないみたいだな。あのギミックがあったら正直【双壁】との戦闘は無理ゲーだ)


 聖なる焔という明確な対処法があったからこそ、運営が用意したであろう鬼畜ギミック。

 エリア全体を呑み込む、直撃=即死、蘇生不可の【時穿トキウガチ】も大概だが、それでもあのギミックに比べたら幾分かマシだ。

 ……まあ、もしかしたらそれ以上のとんでもないギミックがまだ用意されているかもしれないのだが。


 まだその事態に直面していない以上は、考えるだけ無駄か。

 即座に目の前に広がるエリアへと思考を切り替えると、その構造を目に刻み込む。


「明らかに海底にあるとは思えない森林地帯、か。……【双壁】の“空間”の力でこの場所に持って来てんのかな」


 そもそも、海底に夜空が広がっているってのはどういう訳なんだって所もあるけど。

 と、台座エリアから森林地帯へと移動する際、細かいギザギザ……言わばのような物が視界に入った。

 その存在にそこはかとない嫌な予感を感じたが、こちらへと迫り来るモンスター達を見てすぐにディアライズを担ぐ。


「正直体内時間加速ギミックが無いなら雑魚なんて怖くねぇ! 【彗星の一矢】!!」


 ディアライズが纏う青と白の燐光。

 スキルのモーションアシストに伴い、尋常で無い膂力を以て放たれた一撃は、こちらへと迫り来ていた人面の樹のようなモンスターを跳弾しながら蹴散らした。

 その反動で硬直しながらも、ニヤリと笑みを浮かべる。


「良いのか森林地帯なんて俺に有利な空間を与えちまって? 掛かって来いよ雑魚共、何十だろうが何百だろうが蹴散らしてやるよ!!」


 とはいえ、弓矢を消耗し過ぎる訳にも行かないので、【血盟装甲ブラッディ・アームド】を発動し、【二つ名レイド】挑戦の直前に完全体となった【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】を抜き払う。

 こちらへと速度を上げて迫り来るモンスター達に斬りかかる寸前、ふと違和感を覚える。


(……? なんだこいつら、?)


 出現した植物系のモンスターの殆どの視線が、俺とは別の方向を見ていた。

 その視線の先にあった物を辿る様に、そちらへと顔を向けると……。


「……ッ! こいつら、俺らを無視して演奏しているポンを狙ってんのか!!」


 今もこの【星骸】に響き続ける清らかな音色。モンスター達は、どうやら『魂の送り唄』を演奏しているポンへとヘイトを向けているようだ。

 その事実を悟り、【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】をモンスターに振るう。初めて見るモンスター達も居るが、弱点らしき所を正確に攻撃し、ポリゴンへと変えた。

 その間にもモンスター達は俺に一切目もくれずに通り過ぎていく。

 このままじゃ処理が追いつかないと一つ舌打ちをしてから、すぐにディアライズを装備して矢を放って、跳弾で仕留める。

 

「これが五か所同時に起きているって事は……ッ!!」


 上空に出現した空間の亀裂は、ここを含めて五つ全てのエリアに出現していた。

 植物系のモンスターだった事から、恐らくそのエリアに応じたモンスターが出現している。

 誰か一人でもそのエリアの雑魚を討ち漏らせば、演奏しているポンは一溜まりも無いだろう。


(多分だが、演奏しなければモンスター達のヘイトはこっちに向くんだろうが……それでも演奏しなければギミックが進行しないんだろう。そもそも、雑魚処理はいつまで続ければ良いんだ?)


 再び矢を装填し、矢を放つ。既に空間の亀裂は閉じている事から、追加は来ないのだろうが……ずっと防衛し続けるだけでは消耗するだけだ。

 だが、モンスター達を倒し続けなければポンが襲われる。ひとまずは、雑魚処理を続けるべきだろう。


 モンスター達を狩り続けて数十秒……数が目減りしてきた頃に、そのシステムメッセージがポップした。


≪『魂の送り唄』に共鳴し、星々が導を指し示す……≫


「!」


 そのシステムメッセージの出現と同時に、エリア上空に緑色のクリスタルが出現する。

 どうやらその色とりどりのクリスタルは他のエリアにも出現しているようだった。


(なんだ、あのギミック……!? 星々が導を指し示す……!?)

 

 システムメッセージの意味を理解しようとした瞬間、夜空に瞬いていた星が


「……!?」


 色とりどりの星が五回瞬き、瞬き毎に音色が響いていた。

 だが、それだけ。何を示す物なのかは分からない。


「黄、赤、黄、緑、赤……? あの上空のクリスタルを破壊する順番か? いや、それでも同じのが二個もあるのはどういう事だ……?」


 一個破壊すれば再び再生するのかもしれないが、それでも確証はない。

 そもそも、これはそんな単純なギミックなのだろうか? 余りにも、分かりやすすぎるのには違和感がある。

 その時、それまで沈黙を貫いていた【双壁】が動き出す。


『【爆裂泡ニトロバブル】!!』


 【双壁】が魔法を行使すると、【星骸】中に大量の泡が振りまかれる。

 一つ一つが人間以上のサイズがある泡がゆっくりと降下していくと、少し時間を置いてから炸裂した。

 轟く爆炎と衝撃。森林地帯を容赦なく焼いていき、吹き荒れる爆風に体勢を崩しそうになるが必死に耐える。


(ここに来て【双壁】の妨害……!! って事はクリスタルの破壊は間違いない。だが、どれを破壊すれば良い……!?)


 ポンは今も演奏を続けているが、一向にギミックが進行する気配は無い。

 クリスタルの破壊をしなければならないようだが、台座エリアも含めて出現した六つのクリスタルには明確に破壊しなければならない順番があるのだろう。

 思考を回しながら、残るモンスター達を倒している間にも降り続ける爆発泡。

 泡が炸裂し、轟音が響く中何とかそれを回避するので精一杯だ。


 と、その時クリスタルがふっと姿を消した。


『──【二つ名アナザーネームド】ネラルバ。【セカイ】、開門アクティベート。【双壁】権能、解放』


(おいおいおい冗談だろ!? ここで即死攻撃か!?)


 森林地帯の奥深くにまで入り込んでいる状態で、【双壁】の即死攻撃の詠唱が始まる。

 原因は分かっている。……時間内の、ギミックの失敗。

 だが、また開始時のようにあの光る貝殻に入り込めば【時穿トキウガチ】を逃れる事が出来る。


(全力でかっ飛ばせば間に合うか……!? あの貝殻の位置は……!?)


 走りながら【千里眼】を行使し、台座エリアの様子を見る。


 【双壁】を見据えながら硬直した状態のポンの周りには……



「………………は?」



『【時穿トキウガチ】』



 【双壁】が鋏を振り下ろすと、極光が放たれる。

 当然回避手段などあるはずも無い俺達は、その光に呑まれて二度目の全滅ワイプを迎えるのだった。

 

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