#230 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その三十 『【双壁】戦開幕』


「何なんですかあれ!?」


「清々しいまでにザ・初見殺しって技だったねぇ……」


「開幕即死攻撃とかマジか……普通に反応遅れちまったんだが……プロゲーマーの名折れだわ……」


「いや、あの攻撃ステージ開始と同時にダッシュしないと間に合わなそうな感じだったからな。初見であれを回避しろって方が無理な話だ」


 【双壁】が放つ即死攻撃に巻き込まれ、今レイド初の全滅ワイプを迎える。

 とんでもない初見殺しをかまされた物だと思いつつも、これでこそエンドコンテンツと自然と口元が弧を描いた。


「お前ら、一度作戦会議するぞー。一度こっちに集まってくれ」


 最終エリアである【星骸】の手前にリスポーンした俺らは、ライジンの下へと集まる。


「開幕のエリア全体即死攻撃、回避手段分かった人いる?」


「台座のあったエリアにデカい貝殻が六つ光ってたように見えたぞ。あれをどうにかすれば回避出来るんじゃないか?」


 ステージ中央に位置する、台座が置かれていたエリア。しっかり見た訳じゃないから断言する事は出来ないが、光る巨大な貝殻が左右にあったのを見た気がする。

 厨二もその貝殻を見たのか、俺の言葉に頷いた。


「貝殻の口が開いてたから、多分中に駆け込んだ後に何らかのアクションを起こせば即死攻撃を回避出来るんじゃないかなぁ。……あ、それとあんまり嬉しくない情報があるヨ」


 厨二の言葉に首を傾げると、厨二は眉根を寄せてから。


「あのボスが放った【時穿トキウガチ】って技だけどネ。アレ喰らうと、みたいだネ。……折角【王の再臨キングス・アウェイクン】を残しておいたってのに、これじゃあ意味が無いじゃないか」


 唇を尖らせながら、愚痴を漏らす厨二。

 ……そうか、厨二は死亡後に蘇生が発動出来る手段を持っているからこそそれに気付けたわけか。

 と言っても貴重なアイテムである『身代わりの護符』の数も限られているし、現時点では気軽に蘇生する事は出来ないが、蘇生を前提にしたギミックの強行突破が出来ないと知れたのは大きいな。


「なるほど、蘇生無効ね。……了解、じゃあ蘇生前提の立ち回りはしないようにしよう。他に何か気になった事はあるか?」


「ボスへの攻撃手段はどうするんだ? 見た感じ、あまりにもデカすぎて普通に攻撃した所でダメージが通るようには思えないぞ?」


「……それについてはまだ分からないから、憶測の情報で語るぞ。皆はエリア上空にあった天体を見たか?」


 ライジンの言葉に、先ほどの光景を脳裏に思い浮かべる。

 確か、オレンジ色の惑星のような物が浮かんでいたな。


「俺の予想だとアレが攻略の要なんじゃないかと思う。六人だと【双壁】にまともなダメージを与えられる事は無いと思うからな。【龍王】の時みたいに数百人規模のレイドならばまだ太刀打ち出来るかもしれないが、まともに戦うには人数が足りなすぎる。……つまり」


「リヴァイア戦みたいにギミック主体での攻略になる、と……?」


「そう言う事」


 なるほど、確かにライジンの仮説はそれなりに信憑性がある。明らかに異物として存在していたからには、【双壁】戦において重要なギミックと見ても良いだろう。


「天体に対して何らかを用いて攻撃を加える事で【双壁】本体にダメージが共有される、とかそういう感じなんじゃないかと俺は睨んでる。次のトライで天体に攻撃してみて様子を見てみよう」


 ライジンの言葉に頷く一同。


「よし、取り敢えずはそんなところか? 幸いリヴァイア戦が一発でクリア出来たお陰で回復アイテムをあまり消耗せずに済んでいる。リヴァイア戦と違って、事前情報が一切ない状態で挑むんだ。回数をこなして確実にギミックをこなせるようにしていこう!」


『おう(はい)!』





『……我ガ【セカイ】ヲ以テシテモ完全ニ消シ去ル事ハ出来ナイ、カ』


 星の海に佇む巨大な島……【双壁】ネラルバ・ヘラルバは先ほど放った【時穿トキウガチ】によって消滅したトラベラー達の様子を見ながらそう呟いた。

 【双壁】ネラルバ・ヘラルバの持つ【セカイ】……【時穿トキウガチ】は『過去・現在・未来』に存在する標的へと向けた概念攻撃だ。その攻撃を受けた者は否応なしにこの世界の記録そのものから抹消される……この世界において最強の攻撃の一つである。

 だが、そんな凄まじい一撃を以てしても、トラベラーが持つ【──】の性質を超える事は出来なかった。


『……良イダロウ。我ラガ悲願を果タス為、何度デモ葬リ去ッテ見セヨウ』


 【双壁】がそう呟いたその時、鋏に亀裂が生じる。

 亀裂はその巨大な体躯にも広がっていき、やがて音を立てて崩壊を始めた。

 この崩壊は、先ほどの【時穿トキウガチ】を放った代償と言う訳ではない。

 この世に生ける生物ならば誰しもが訪れる、その最期。



 ……寿だ。



 幾ら怪物へと姿を変えたとは言え、彼らの根幹は人間である。

 三千年という長い年月は、元人間である彼らの身体を朽ちさせるには十分過ぎる時間だった。


 だからこそ、


『……時間カ。……ティーゼ。君ヲ救ウ為ナラ、何度デモ……!!』


 【双壁】は自身の生に対し、そこまで固執している訳ではない。

 それはひとえに守りたかった大切な存在……ティーゼ・セレンティシアの魂を今度こそ救う為。

 その身体が朽ち果て、幾度とない苦しみを味わおうとも、戦い続ける為に生きている。

 


『【時間遡行】!』



 【双壁】が力を行使すると、崩壊していた肉体が再生していく。

 いや、厳密に言えば再生しているのではない。肉体そのものが、へと巻き戻っているのだ。

 肉体の時間遡行に伴い、先ほど交わしたばかりの村人A達との会話も、全てが時の彼方に葬り去られていく。

 既に何度その作業を行っているのか、【双壁】自身は知覚していない……が。


『……ヨウヤク来タナ、トラベラー』


 本来ならば誰も訪れる事の無いこの場所に足を踏み入れたという事は、一度自分がこの場へと招き入れたという事に他ならない。

 【双壁】にとってはこれが一体何度目の戦いなのかも分からない。だが、自身の身を削り、戦い続けた果てに、がある。

 再び【星骸】へと足を踏み入れた村人A達の姿を認識し、【双壁】ネラルバ・ヘラルバは身体を起こすと、開戦の宣言をする。


『『我ラハ粛清ノ代行者、【双壁】ネラルバ・ヘラルバ!! 己ガ願イヲ叶エル為、何度デモ立チ塞ガロウ!!』』





 二度目の挑戦が始まった。


「各自、台座エリアに集合! 全力で走って貝殻に潜り込め!!」


 【双壁】の開戦の宣言と同時に全力で疾走し、台座エリアへと繋がる階段を駆け上がっていく。

 【双壁】が遠方で鋏を振り上げると、マナが収束していき、極光が生み出された。


『──【二つ名アナザーネームド】ネラルバ。【セカイ】、開門アクティベート。【双壁】権能、解放』


 長々しい詠唱が【星骸】中に響き渡る。

 大気が振動し、その美しくも残酷な眩い極光にステージ全体が照らされていく。

 振り下ろされれば最後、一瞬の内にポリゴンへと変えられてしまうだろう。

 階段を登り切ると、台座の横に左右等間隔に三つずつ、光る貝殻が並んでいた。


「飛び込め!!」


 ライジンの合図と同時に各々六方向に散開。急いで貝殻へと飛び込むと、少し揺れてからその口が自動的に閉じられた。


『【時穿トキウガチ】!』


 口が閉じると同時に、貝殻の外に極光が解き放たれた。

 極光を浴びた貝殻がガタガタと大きく揺れ、ビシリと音を立てて亀裂が入っていく。


(ただ入るだけじゃ駄目だったのか……!?)


 亀裂が入った事で内心焦る。

 そのまま数秒経過し、貝殻が完全に破壊されてしまうが……。


「よし!!」


「乗りきった!!」


 貝殻から解放され、全員の無事を確認してから上方を確認してみる。

 そこにはやはり色とりどりの星々と、オレンジ色の惑星のような物が浮かんでいた。


「村人!」


「了解! 【彗星の一矢】!!」


 ライジンの掛け声に合わせて即座に矢を引き絞り、天体に向けて矢を放つ。

 鳥打に刻まれた大きな亀裂が視界に入り、流石に【彗星の一矢】は負担が大きかったか、と一瞬思うが特に何も起きず内心で安堵する。

 青と白の燐光を纏って空高く飛翔する矢が、天体に衝突する寸前にそれは起きた。


 ギャリィィィィィィン!!!


「!?」


 甲高い金属音のような物が響くと、天体を覆うように紫色の波紋が広がっていく。

 どうやら【彗星の一矢】は透明な障壁に阻まれたらしく、やがて勢いが完全に死んでしまい、ゆっくりと降下を開始した。


(……OK、通常時は攻撃不可ね。リヴァイア戦の『聖なる焔』のようなギミックがあるのかもしれないな)


 矢がすり抜ける事が無かったと言う事は、ただの背景という訳ではないらしい。

 障壁に阻まれたという事は、ギミックをこなす事で攻撃が通る様になる可能性が非常に高い。


 【双壁】が鋏を振り下ろした状態で硬直していたが、再び地響きを起こしながら動き出す。


『我ガ【セカイ】カラ逃レルカ。ナラバ来い、トラベラー! 貴様ノ全力ヲ、叩キ潰シテ見セヨウ!!』


≪次元の境界が曖昧になり、狭間に呑み込まれた者達がこの場に姿を現した……≫


 その時、この台座のエリアに隣接する五つのエリアの上空に、空間の亀裂が発生する。

 亀裂から降り注ぐようにモンスター達が出現し、それぞれのエリアへと降り立った。


「雑魚処理フェーズって訳ね……!」


 やはり、【双壁】だけとやり合う訳では無いらしい。良いね、そう来なくっちゃな!

 その時、ふと台座の方を見てみるととある紋様が刻まれている事に気付く。


(……ん? あれは……笛のマークか?)


 水晶で出来た台座に、笛のような紋様が刻まれていた。

 この【二つ名レイド】に関連する笛と言えば、アレしかないだろう。


 それにポンも気付いたらしく、ウインドウを操作すると装備を切り替えて【星降りの贈笛】を取り出した。


「……! よし、じゃあポンはこの台座のエリアに残ってくれ! 後の五人は被らないように五つのエリアに散開しろ!」


「了解!」


 俺達が動き出すと同時に、モンスター達もこの台座のエリアを目掛けて走り出す。

 ポンが感応のネックレスに石を嵌め込むと、力強い声で宣言する。



「──『魂の送り唄』の演奏を開始します!!」



 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】、【双壁】戦の幕が上がる。




────

【補足】

なんで【双壁】は数時間前にしか肉体を戻さないの?って疑問が当然発生するかと思いますが、【時間遡行】は大なり小なり世界に大きな影響を及ぼす力です。

もし数年単位で時間を巻き戻そうものなら、【───】の|禁忌(タブー)に触れてしまい、存在そのものを抹消されてしまいます。

それを回避出来るギリギリの妥協点が数時間なのです。実際【時間遡行】をするたび、星海の海岸線のデータを管理しているSBOのサブサーバーが悲鳴を上げてます。運営からしたらたまったもんじゃないですが、まあ設定を遵守するのに必要な経費って事で仕方ないよね。あ、どうしたんスか冴木さん顔青いっスよ。

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