#226 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その二十六 『その瞳に映る英雄』



 遥か遠い昔……三千年も前の記憶。

 かつて、自分には唯一と言って良い友が存在した。


「凄ぇ!! ユースティアの魔導船よりもずっと速え!!」



 その友は────だった。



『クハハハハハ!! この程度で驚くのはまだ早いぞ? そら、しっかり掴まれよ!!』


 龍である自分からしたら小さすぎるその身体を頭に乗せ、大海原を駆る。

 興奮気味な友人の様子に口角を緩めながら、更にスピードを上げていくと、頭の上から心底楽しそうな声が聞こえてきた。


「うおっ!? ははは、スッゲェ! これなら一日で世界が一周出来そうだ!!」


 

 名を、アルバート。



 後に英雄王と呼ばれる、偉大な人間だった。



 …………。



 規格外。

 その言葉は彼の為にあるのだろう、そう思う程の人物だった。

 剣を振るえば空をも切り裂き、地を駆れば龍すらも置き去りにする。

 その圧倒的な強さを齢15の少年が持っているのだから、世界は広いのだと否応にも認識させられた。


「だからよ、こう俺が颯爽と登場して、ズバーンとぶった切ってやった訳よ! ユースティアの連中が総出で倒せなかったデッケェ魔物の首を一撃でな! そしたらなんか英雄扱いされちまってな! いやー参ったぜ全く!」

 

 今回もそうだ。全長70mはあろう巨獣を、一刀両断してみせたのだという。

 我が戦えば少々手こずるであろう魔物ですら、事も無げに、だ。


『クハハハハハハ!! そうか、あの真紅の巨獣を一撃で、か。……やはり貴様と居ると退屈しないな、アルバート。人の身で、よくその領域まで到達した物よ』


「まぁ俺は祝福っつー生まれながらの才能を持ってるからな。……そのおかげで良くバケモン扱いされたけどな」


 アルバートは所謂【異端者】と呼ばれる存在だった。

 【異端者】とは魔法とは異なる異能──【祝福】を扱う事が出来る特異な存在の総称。

 その人の身にしては異常なまでの身体能力も、【祝福】による物だと聞いている。


「でもよー、ちっと腕っぷしが強いからってすぐに軍に引き込もうとするのはやめて欲しいんだよなー。俺はそういうのに縛られずに自由に生きたいんだよ!」


『何がちっと、だ。この我が死を覚悟したのは貴様が初めてだぞ?』


「あんときは悪かったよ! 跡継ぎが産まれたばかりって聞いちまったら殺せないじゃんかよ!?」


『我が同情されたのもあの時が初めてだったな』


 昔を懐かしむように、口元を緩める。


 当時、海で暴虐の限りを尽くしていた我にアルバートは挑みに来た。

 たかが人間と侮った我は、アルバートに完膚なきまでに叩きのめされたのだ。

 我の息子……産まれたばかりのリヴェリアがその戦闘の様子を見に来なければ、我は今頃海底に沈んでいただろう。


 アルバートは唇を突き出しながら、さながら拗ねる子供のように。


「だってよ……。俺の親は、魔物に殺されたんだ。……俺がリヴァイアを殺してたら、リヴァイアの子供からしたら俺が親の仇になるだろ? そうなると、その魔物と同類になる気がしてよ……」


『何を言うかと思えば。先程貴様がぶったぎったと言った巨獣にだって子供は居るかもしれないのだぞ? その考えには及ばなかったのか?』


「んなっ、た、確かに……」


 圧倒的な強さを持っていると言えど、まだまだ精神的には未熟。

 だから、共に居る我がまともな価値観を教えてやらねばならなかった。

 そうしなければ、彼の力は悪用され、世界にとって脅威になるだろうと推測していたからだ。


『他者に害を為す生物が駆逐されるのは自然の摂理だ。貴様が倒した真紅の巨獣も、もし貴様らが住まう街へと足を踏み入れれば深刻な被害が出たかもしれぬ。それを未然に防いだというだけでも立派な功績だと我は思うぞ』


「……うん、そう、だよな」


 そう呟くと、アルバートは自らの拳を見つめながら。

 

「俺は、この力は正しい事に使いたいんだ。そして、この力で人を笑顔にしたい。それこそが、俺がこの力を持って産まれてきた意味だろうから」


 他人が聞けば鼻で笑われるだろう綺麗事も、為すだけの力を持っていた。

 だから、我はその彼の夢だけは絶対に笑う事は無かった。


『貴様なら出来る。この我が保証する』


「ありがとな、リヴァイア。よぉーし、元気出てきた! やっぱリヴァイアは良い奴だな!」


『フ、この程度で礼を言われる筋合いは無いぞ』


「それでもありがとな!」



 …………。



 友人として過ごす数年間。

 共に、この世界のあらゆる地を駆け回った。

 アルバートは宣言通り、行く先々で正しき事に力を使い、人々を救い、笑顔にした。

 そうしていく内に彼の名声は世界全土へと広まり、いつしか英雄の中の英雄──英雄王の称号が与えられた。

 しかし、どれだけ彼の名声が高まろうが、彼が変わる事は無かった。

 友として、いつまでも対等の関係で居続けていた。

 

 我も、そんなアルバートの事を好ましく思っていた。

 

 だから、アルバートがその生涯を終えるまで、相棒として共に居るのだろう。


 そう思っていた矢先────。



 ────終わりの日は、突然に来た。



「先刻、人龍盟約は破棄された。……五天龍、冥王龍リヴァイア。【龍の炉心核ドラゴンハート】確保のため、お前を始末しろと国からの命令が出た」



 事の発端は人間族による、龍族に対する裏切り行為によるものだった。

 【龍の炉心核ドラゴンハート】を求めた傲慢な人間共による、龍王の暗殺未遂。そして、次代龍王の殺害。

 不可侵の盟約は一方的に破棄され、龍族は非力である筈の人間達から逃げ惑うようになった。


 その言葉を聞いた時、アルバートの立ち位置を悟った。


 どこまでも自由を望んだ人間は、結局立場という鎖によって囚われてしまったのだ。

 冷たい言葉とは裏腹に、彼が唇を千切れるほどに噛み締めていたのを今でも覚えている。


『友よ、何故そのような顔をする。……英雄とは、人の望みを叶えるのが仕事であろう』


「俺はユースティアの連中のような冷徹な処刑人じゃないんだ、リヴァイア。……長く共に過ごした親友に刃を向けるなんて真似をしたくないんだよ」


 どこまでも踏ん切りが付かないような表情を浮かべるアルバート。

 そのような甘い考えでは、この先起きるであろう世界規模の戦争では到底生き残れないだろう。

 そう思ったからこそ、我は。


『長く共に過ごした、だと? ハ! 我にとっては、貴様と過ごした日々など瞬きの間のような出来事だ。その程度で我の生涯の友を名乗るとは片腹痛いわ』


「リヴァイア……お前……」


 長年共に過ごしていたからこそ、だろう。

 アルバートは、我の考えなど見通していた。

 彼は拳が潰れかねない程に握りしめ、一歩踏み出す。


「今ならまだ間に合う。一緒に逃げようぜ。俺達が組めば、どんな相手だってぶっ倒せる。……二人で、誰も居ない場所へ……」


『逃げるだと? 一体どこへ逃げるというのだ? 人龍盟約が破棄された今、世界のどこにだって逃げ場は無いぞ。それに、あの怪しげな研究者がもたらした『ジュウ』の力は異常だ。立ち向かった所で、いくら貴様と言えどアレに射抜かれてしまえばタダでは済むまいよ』


「それでもよぉ……!! リヴァイア……!! 俺はお前に生きて欲しいんだよ……!!」


 人を愛し、人に愛された人間は、他ならぬ人によって望まぬ未来を歩む事となったのだ。

 彼のしてきた善意の行動が、彼を利用価値のある人間だと知らしめてしまった。

 何という皮肉。何という非情。何という末路。

 運命とは、どこまでも残酷なものだ。


『……武器を抜け、アルバート。これは、本来の人と龍の関係性に過ぎない。以前の……盟約を結ぶ前の形に戻っただけだ。殺らなければ、殺られるだけだぞ』


 そう言い放つと、アルバートを威圧するように魔力を解放する。

 大量の水弾を展開し、こちらが本気である事を見せつける。


 彼が、人々が望む英雄から堕ちてしまわないように。


『来い、英雄。……我は冥王龍リヴァイア。貴様ら人類を滅ぼす邪悪な魔物だ!!』


 だから、宣言した。


 かつて彼の親を殺した魔物と同じ存在なのだと認識させる事で、少しでも罪悪感が減るように。


 彼が、この先一人でも歩んで行けるように。


 迷うような仕草を見せたが、やがて覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じるアルバート。

 こちらの意思を汲み取り、アルバートは背負っていた無骨な真紅の大剣を抜き払うと、その切っ先をこちらへと向けた。


「俺は英雄王、アルバート。……冥王龍リヴァイア、お前を倒す者の名だ!」



 激突の瞬間、ほぼ同時に叫んだ。

 


『「どうせ死ぬのなら、お前の手で!」』



 最後に交わした約束を、忘れはしない。





 目の前の光景をリヴァイアは信じられないような気持ちで見ていた。

 今は失われた、人と龍が手を取り合い、強大な存在に立ち向かうという構図。

 その眩ゆい光景に、思わず目を細める。


(アルバート……)


 村人Aの姿が、かつての友人の姿と重なる。

 自分が認めた英雄と、先ほど死んだと聞かされていた自分の息子、リヴェリアが自分の前に立ちはだかっている。

 それは、在りし日の自分達のようで──。


(クハハ……なんの冗談か。……まさか、この時代にこのような光景が見れるとは)


 思わず笑いが漏れてしまうような、そんな非現実的な光景。

 人と龍が敵対し合う現在、この場を除いて決して見る事は無いだろう。


『リヴェリア……我が息子よ。何故、人類そちら側に立つ』


 五天龍であるリヴァイアに敵対する事、それ即ち龍族に対する裏切り。

 リヴェリアはリヴァイアの問いに対し、迷う事なく断言する。

 


『友の為』



 その言葉を聞いて、リヴァイアは口端を吊り上げた。

 それでこそ我が息子、と。



『ならば、示せ! かつて、人と龍は争い合う道を選んだ!! その歴史を否定すると言うのであれば、我を超えて証明してみせよ!!』



 冥王龍リヴァイア・ネプチューン戦、最後の決戦が幕を開ける。


 



『聞け、トラベラー。我が父は既に満身創痍だが、それ故に自らの命すら厭わず抵抗してくるであろう。……先ほどの【冥星】を何度でも使って来るやもしれぬ』


 リヴェリアの言葉を聞いて、小さく頷く。

 確かにリヴェリアのお陰で助かりはしたが、これは一時的な延命に過ぎない。

 先ほどの大技が強制全滅ワイプ技である以上、残された時間は少ないだろう。


「因みに聞くが、さっきの大技は後何回防げる?」


『相殺出来るのは後二回と言った所だな。それまでに貴様は我が父を討つ策を考えよ!!』


「ああ、頼んだぜリヴェリア!!」


 リヴェリアと同時に動き出しながら、思考を巡らせる。


 先ほど、リヴァイアの逆鱗に俺の放った矢が突き刺さったままの状態だったのが見えた。

 しかも、その矢が聖なる焔を纏った状態で、だ。


(あの聖なる焔を有効活用する策を考えねぇとな……!)


 視線をボスエリア中央に向けてみると、ギミックとして使用していた聖なる焔は既に鎮火していた。

 となると、残された希望はあの矢が纏っている焔だけだ。


(焔が残っていたのは良いが、どう使えば良い……!?)

 

 しかし、【聖なる証】を持っていない今は聖なる焔が残っていた所で意味が無いのも事実。

 焔を纏えない以上、逆鱗に突き刺さった状態の焔をどうにかする手段を模索しなければならない。


(跳弾を介して放った矢に聖なる焔を移す作戦はどうだ? いや、確証が無いし、移せた所でどうするんだって話だよな……)


 逆鱗ギリギリを狙い、その矢に焔を纏わせてからもう一度逆鱗へ突き刺すのは流石に無理だ。

 もし本当に放った矢にも聖なる焔が移せるのなら、中継地点に一射目を突き刺し、二射目で仕留めに行くという作戦もありっちゃありだが……。


『『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』』


 その時、凄まじい衝突音が響き渡る。

 リヴァイアとリヴェリアが正面から取っ組み合い、同じタイミングでブレスを放ち、相殺する。

 リヴェリアも相当な大きさだと思っていたが、リヴァイアはリヴェリアのそれよりも遥かに大きい。

 まるで赤子が大人に挑んでいるかのような体格差。

 リヴァイアが瀕死の状態だからこそ、何とか拮抗出来ている状態だ。


(あの大怪獣バトルの隙間を縫って精密射撃するのは難易度が高すぎる……!!)


 リヴェリアのおかげでこちらに攻撃が来ていない分、思考に割けるのでありがたいのだが、それも長くは持たない。

 リヴァイアがリヴェリアを力任せに投げ飛ばすと、再び【冥星】の発動準備に入る。


(くそ、もう一回目かよ!?)


 思っていたよりも猶予が短すぎる!

 恐らく本来ならば六人全員で到達しなければならないこのフェーズ、HP10%を削り切れるだけの時間となると、与えられた猶予はこれだけなのかもしれない。


 大気が震え、リヴァイアの口内に美しい球体が再び生成される。

 投げ飛ばされたリヴェリアが跳ね上がるように起き上がり、対抗すべくマナを収束させる。


『【冥星】!!』


『【冥】!!』


 ほぼ同時に放たれる両者の大技。

 再度激突すると、周囲に衝撃波を拡散させながら、消滅する。


「こっちまで衝撃波が来るな……!! 完全には相殺しきれていないのか……!!」


 リヴァイアは命を投げ打つ覚悟で放っているからかまだ余裕が見えるが、二度も大技を連発したリヴェリアは若干苦しそうに息を荒げていた。

 次の一撃はこれ以上の衝撃波が来ると見て間違いないだろう。


(残された時間的にも弱点を狙う射撃は一度限り。その一撃でカタを付ける手段は……)


 着眼点を変えろ。聖なる焔をどうにかして纏わせるのはほぼ無理だ。

 今リヴァイアの逆鱗に突き刺さっている矢ごと、どうにか出来ないか──。


(あった。……一つだけ、リヴァイアを一撃で葬れる方法が)


 思考を回し続け、やがてその答えに辿り着く。

 聖なる焔を移す手段ばかり考えていたが、それでは駄目だ。


 ──つまり。


 リヴァイアの逆鱗に突き立つ矢に対し──『』をすれば良い。


 思考が完結し、バッと視線を上げる。

 直径一センチにも満たない、矢の筈を狙って当てるのは至難の業だ。

 しかも止まっている的ならまだ良いが、リヴァイアの動き次第で揺れ動く的を正確に射抜くとなると難易度は果てしない。

 だが……それだけが俺に残された、勝つ為の唯一の手段だ。


『【氷塊飛翔嵐アイシクル・ストーム】!!』


『【氷塊飛翔撃アイシクル・レイン】!!』


 リヴェリアとリヴァイアが同時に魔法を放つ。

 弱っている事でリヴァイアの魔法には勢いが弱いが、それでもリヴェリアの放つ魔法よりも上位の魔法と言う事もあり、相殺しきれない。

 リヴェリアへと飛来する、打ち漏らした氷塊を俺が矢を放つ事で処理する。


『すまない、トラベラー!』


「お互い様だ! 後一発、踏ん張ってくれ!!」


 駆けながら、跳弾ルートの計算を開始する。

 それと同時に空中床を展開していき、跳弾ルートを増やしていく。


 リヴェリアがリヴァイアに向かってブレスを放つ。

 そのブレスを回避せず、リヴァイアは身体で受け止めると、反撃とばかりに魔法を使用する。

 

『【アイシクル・バースト】!!』


 超巨大な氷塊が生成され、こちらへと向けて放たれた。


(まずッ……!?)


 俺の事を先に潰すつもりか!

 跳弾の為に、上限まで空中床を展開しているので、新たに空中床を作成する事は出来ない。

 反撃しようにもこの一撃は流石に【彗星の一矢】でも破壊出来ない……が。


『ヌ、オオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!』


 目の前にまで高速で移動してきたリヴェリアが身を挺して、その氷塊が防がれる。

 だが、カバーするタイミングが遅かった為、氷塊はリヴェリアの腹部を貫き、大量の赤いポリゴンが宙を舞った。


「リヴェリア!!」


『【冥星】!!』


 リヴェリアが大ダメージを負ったタイミングを見計らって二回目の【冥星】が放たれる。

 リヴェリアは苦悶に顔を歪めながら氷塊を力任せに砕くと、口を開く。


『【冥】!!』


 少しタイミングが遅れて【冥】が放たれる。

 【冥星】が地面に着弾する寸前のタイミングで球体同士が衝突。その凄まじい衝撃波がこちらへと襲い掛かる。

 吹き飛ばされそうになるのを何とか凌ぎながら、リヴェリアの様子を確認する。


「大丈夫か!?」


『ぐ……!! ……私の心配をする必要は無い! それよりも、我が父を仕留める算段がついたのか!?』


「ああ。だが、まだ計算が終わってねぇ……!!」


 今の衝撃波の影響で、予め展開していた空中床が何枚か破壊されてしまった。

 それを考慮して計算を続けているが、まだあの矢への継ぎ矢のルートが確定されていない。


『ならば、私がそれまでの時間を稼ごう!!』


 大量の赤いポリゴンを散らしながらリヴェリアがリヴァイアへと襲い掛かる。

 あの出血量からして、リヴェリアは長くは持たないだろう。


『我が息子よ、何故そうまでして足掻く? これ以上は無駄死にだぞ?』


『私は信じているのだ、人の可能性を! 貴様をここまで追い詰めた、彼奴の力を!!』


『どこまでも甘い考えよ! 現実と言う物を見せてやろう!』


 リヴァイアはリヴェリアの身体を掴むと、地面へと思い切り叩き付ける。

 そして、リヴァイアは三回目の【冥星】の発動準備へと入った。


「くそ……ッ!!」


 焦りが生じ、計算が狂いそうになるのを必死で耐える。

 妥協して跳弾回数が少ない矢を放てば、逆鱗に突き立った矢を押し込めない可能性だってある。

 その妥協で敗北したとなれば、助けてくれたリヴェリアに……ここまで繋いだあいつらに合わせる顔が無い。


『【冥星】!!』


 リヴェリアが言っていた、相殺限度である二回を超えて放たれる【冥星】。

 だが、まだ跳弾計算は終わっていない。

 跳弾回数25回での射撃では、あの矢に届かせることが出来ない。


「悪い、リヴェリア……!」


 俺達の負け────。






『──け、トラベラー! 貴様に、全て託す!!』



 ボロボロのリヴェリアが、【冥星】に向かって飛び出した。

 もうどうしようも無いはずなのでは──そう視線を向けた先、リヴェリアの視線が一瞬だけこちらへと向けられた事で交差する。

 その瞳は、こう語っていた。



 自らが犠牲となる事で道を切り拓く、と。



「──ッ!」


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!』


 リヴェリアが咆哮をあげながら大口を開き、【冥星】を口内へと納めた。


 その瞬間、眩い閃光が海遊庭園全体を包み、リヴェリアを起点に凄まじい爆発が巻き起こる。


 リヴェリアは見る影も無い程に無残に焼き焦がされ……その身体がゆっくりと地面へと落ちて行った。


「……お前の犠牲、絶対に無駄にしない!!」


 極限まで研ぎ澄まされた思考で、跳弾ルートの計算を続行する。

 リヴェリアの捨て身のお陰で生まれた最後の【冥星】までの数秒。

 この数秒で、決着を付ける!!


『良くぞここまで戦った。だが、今度こそ終わりだ!!』


 最後の【冥星】の発動準備に入るリヴァイア。

 周囲のマナ全てを喰らい尽くし、生み出される破滅の極光。

 それを正面から見据えると、矢を引き絞る。


25!!!!」


 Aimsにおけるシステム的な跳弾限界は25回だ。

 しかし、SBOでの【跳弾】はスキルレベル1につき、3回跳弾回数が増加する。

 つまり──スキルレベルが最大の時、跳弾限界は30回となっている。



 その5が、俺の世界を塗り替える!



 脳が焼き切れそうな程高速回転する。

 これまでの常識を塗り替え、その先の景色までをも計算する。

 跳弾を計算する際に生じる、射撃地点と到達点が線で結ばれる感覚。

 俺の現在位置から、リヴァイアの逆鱗に突き刺さっている矢までが線で結ばれていき……。


 ──


計算完了コンプリート!」


 これまでの最高到達点である25回では、リヴァイアの逆鱗に刺さっている矢に継ぎ矢する事は出来なかった。

 だが、新たに加算された5回分の跳弾で、その神業染みた射撃が成立する!


「【彗星の一矢】ァァアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 弦をはち切れんばかりに引き絞り、照準を定める。

 青と白の燐光が矢を包み、放たれる破壊の射撃。

 海遊庭園を縦横無尽に駆け巡りながら、目標に向けて突き進む。


 これが、今の俺の到達点!!!



「ぶち抜け、ディアライズ!!!!」



 跳弾限界超越オーバー、30回!!!



 +継ぎ矢!!!!



 その威力をとくと味わいやがれ!!!





 リヴァイアは、矢を放った村人Aを見ながら、アルバートとの最後の約束を思い出す。



『なあ、リヴァイア。……最後に一つ約束してくれないか?』



『もし、お前が最期を迎えるその時は──』



『──お前が認めた英雄に、葬って貰え』



 リヴァイアは自身を葬る一撃を前に、微かに笑った。


 

(待たせたな、アルバート。……今、そちらへ逝くぞ)





 村人Aの放った最後の一撃は、リヴァイアの逆鱗に突き刺さった矢の筈に対し、垂直に突き刺さった。


 その瞬間、押し込まれた矢に纏っていた聖なる焔がリヴァイアを再び貫き──そのHPバーを、漆黒に染め上げた。

 



────

【補足】

リヴァイア戦、決着。


リヴァイア戦の序盤、アルバートの事を『英雄アルバート』と呼んでいたのは、自由を求めたアルバートが『王』という肩書で呼ばれる事は望まないだろうから、という理由です。

リヴァイアとアルバートの決別の戦いは、リヴァイアが生きている事からお察しの通り……。


【真紅の巨獣】

3000年前に出現した突然変異の魔物。見た目は筋肉が異常に発達した超巨大ゴリラ。アルバートが一刀両断していなければ一国が滅んでいるレベルの魔物だったのだが、本人がそれを知る事は無かった。

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