#227 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その二十七 『消え行く者、受け継ぐ者』

 

 その瞬間、時が止まったようだった。

 継ぎ矢によって矢が押し込まれ、聖なる焔がリヴァイアを貫き、残るHPを完全に削り切った。

 俺自身のこれまでの跳弾限界を更新し、今自分が出来る全力を以て、リヴァイアを葬った。

 射撃後の、今だ冷め止まない熱を感じながら、ぽつりと呟く。


標的撃破エネミーダウン


 発動寸前だった【冥星】は緩やかに消滅し、リヴァイアの巨躯がゆっくりと頽れる。

 リヴァイアは断末魔を上げる事無く地面へと落ちると、こちらまで伝わる程の揺れが生じる。

 それを見てもう起き上がる事は無いだろう、と俺はリヴァイアから視線を逸らすと、足早にとある場所へと走っていった。


「……リヴェリア」


 目的地にたどり着き、足を止める。

 目の前に横たわる、黒ずんだ物体……リヴェリア・セレンティシア物。

 まだポリゴンへと還元されていない事から、辛うじて生きては居るのだろうが、もう虫の息だろう。

 拳を握り締め、数秒目を瞑る。猛る気持ちを落ち着かせてから、その身体にそっと掌を添える。


「本当に助かった。……お前が居なければ絶対に勝てなかった。ありがとな」


 間違いなく、リヴェリアの助けが無ければ俺は一回目の【冥星】の時点で負けていた。

 聖なる焔が消えた状態では、状態異常一つが即死に繋がる状況だったし、リヴェリアのカバーが無ければ何度死んでいたか分からない。

 当然の事ながらリヴェリアの返答は無い……が、ディアライズが光を帯び、微かに瞬く。

 気にするなと、そう言っている気がした。


「……」


 あ、マズいな。

 ただのゲームのキャラだと割り切っていたけど、こうしてみると以外とものがある。

 いいやよく考えてみろ、初見あれだけ殺意マシマシで戦ったのに最後の最後は俺を信じて助けに来てくれた上に自分の命すら投げ打って時間を稼いでくれたんだぞ!?

 これで何とも思わない方がおかしくない!? 


 俺が一人で自問自答して悶えていると、遠くでリヴァイアの身体が動き、閉じていた瞳がゆっくりと開かれた。


「ッ!」


 すぐに弓矢を矢筒から引き抜き、射撃準備を整える。

 だが、リヴァイアはそんな俺を見て苦笑した。


『……そう警戒する必要は無い、英雄トラベラーよ。……我に、もう抵抗出来るだけの力は無い』


 リヴァイアが掠れた声で呟くと、その身体から粒子が発生し始める。

 HPが0を迎えた者の末路……ポリゴンへと還元されていっているのだ。


『クハハ……まさかアルバートの他に我を超える人間が現れるとはな……。しかし、命というのはいつか尽きる物。これが、我の天命だったという訳だ』


 リヴァイアは力なく笑う。

 アルバートってどこかで……あ、ヴァルキュリアがそんな名前を呟いてたっけ。

 まあ、それに触れると話が逸れそうだから、取り敢えずは話を合わせとくか。


「六人掛かりだったし、リヴェリアの力も借りたけどな」


『それでも、だ。……『ジュウ』が軒並み淘汰されたこの時代に、人が五天龍を打ち倒す事の重大さを理解してないようだな、英雄トラベラーよ』


 ……? 今こいつなんて言った?

 ジュウ? じゅう? 銃!? 

 話が逸れる? いやそんなの知らねぇ! 俺は俺の知的好奇心を満たす為に行動するのだ!!


「……そのジュウって引き金を引いて弾丸撃ち出す武器って認識で合ってる?」


『……知っているのか。……そうだ。アレは、人間達を狂わせるに十分過ぎる危険な代物だった』


 やっぱり三千年前には銃が存在してたんだな!?ひゃっほうやったぜSBOでも跳弾砂担いで……!

 ……あっ、でも今淘汰されたって言った?


『……何故そのような顔をする』


「別にぃ……」


 別に銃が無いかもしれないって知って悲しくなったとかそんなんじゃないですしぃ?ホントダヨ?

 そうだ、【双壁】ぶっ倒したら時間操作してもらって銃だけちょろっと引っ張ってきてもらおう、そうしよう(天才)。


 俺が馬鹿な事を考えていると、ちらりとリヴェリアの亡骸に視線を向けるリヴァイア。


『それにしても……まさか、我が息子がこの我に歯向かうとは思わなんだ。……全く、我に挑もうなど三千年早いわ、たわけ』


 言葉こそ強めであったが、その声音はとても優しい物だった。

 龍の慣習とやらで三千年もの間離れ離れになってしまっていたが、本当に息子の事を気に掛けていたのだろう。


「そこに関してはうちの厨二馬鹿が嘘ついて悪かったな。……最後はお前の手で殺させてしまったのは、申し訳ないと思ってる」


『クハハ、何を言う。あの最後は、奴自身が選んだ結末だ。……自分の命を投げ打ってでも、助けたい存在が居た。その選択をした事に、奴も後悔はあるまい』


 リヴァイアはそう言うと、物思いに耽るように視線を虚空に彷徨わせる。


『……かつて、我がそうしようとして歩めなかった道だ。……正直な話、羨ましいとすら思う』


「もしかして、さっき言ってたアルバートって奴の事か?」


『ああ。……人一倍人情に厚く、友を大切にする良き宿敵ともであった。……だからこそ、奴は友であった我を討てなかったのだ』


 リヴァイアはアルバートとの記憶を思い出しているのか、感傷に浸るように目を閉じた。


「……そのアルバートは、お前が……?」


『……いいや。……我の窮地と誤解した他の五天龍によって、不意打ちを食らってしまってな。……あれほどの偉大な人間に、相応しくない最期だった』


「……そうか」

 

 いつか、その不意打ちをしたという五天龍とも一戦交える日も来るのだろうか。

 ……もし【龍王】と戦う事になれば避けては通れない道だろうな。


『……奴が死ぬ間際、最後に約束をしていてな。……我が認めた英雄に、葬って貰えと』


「だからあれだけ戦闘中に『英雄』に固執していた訳か。……え、手ぇ抜いてないよな?」


『クハハ……我は全力で戦い、それを貴様らは超えたのだ。正しく、英雄の名に相応しい偉業よ』


 それもそうか。あれだけ大暴れして実は本気出してませんでした!とか洒落にならんからな。

 と、その時リヴァイアの身体から溢れるポリゴンの量が増えていく。


『……人が龍を裏切った事は忘れはしまい。我らが王も、きっと許しはしないだろう。……だが、人を信じる龍が居ても、良いのかもしれぬな』


 リヴァイアは、リヴェリアへと一度視線を向けた後、こちらへと視線を戻す。


『我が息子に、五天龍の座冥王龍を継承する。……貴様らと、我が息子で、人と龍が和解を結ぶ為の架け橋となれ』


 リヴァイアの言葉に、思わず目を見開いた。

 リヴェリアに座を継承する? でも、リヴェリアはもう……。


『見届けよ、英雄。これが、五天龍としての最後の仕事だ!』


 リヴァイアが突然起き上がり、咆哮を上げる。

 もう抵抗する力も無い、と言っていた筈なのにその行動を見て思わず心臓が跳ね上がるが、攻撃の意思は無いようだった。



『【龍王】権能、転用! 第三の『セカイ』、不完全開門ディフェクティブ・アクティベート!』



 それは、リヴァイアが覚醒した時に使用した力。

 勿論、消えゆくリヴァイアがその力の出力に耐えられる筈も無く、ポリゴンが一気に噴き出した。

 その自身から溢れ出ていくマナすらも全て取り込み、力を解き放った。



『消え行く魂に救済を! 【死龍達の蘇唄ヘルヘイム】!!』



 発動と同時にリヴァイアの身体から、取り込んでいた大量の魂が飛び出す。

 それがリヴェリアの身体へと吸い込まれていくと、黒ずんだ身体が徐々に再生されていき、目に見えて活力が戻っていく。


「……ッ!」


『仕上げに、だ』


 リヴァイアが自らの胸に腕を突っ込むのを見て思わずギョッとする。

 大量の赤いポリゴンを散らしながら腕を引き抜くと、静かに鼓動を刻む空色の宝玉が握りしめられていた。


『これこそが、【龍の炉心核ドラゴンハート】。かつて、人と龍が争う火種となった、龍の生命の源だ。……これを、リヴェリアに託す事で座の継承とする』


 リヴァイアが【龍の炉心核ドラゴンハート】をかざすと、宙を舞いリヴェリアの下へと飛んで行った。

 リヴェリアの身体に溶け込むように【龍の炉心核ドラゴンハート】が消えていき、やがて同化する。


『これで、傷さえ癒えればじきに目を覚ますであろう』


 リヴェリアが癒えていくのを見て、安堵する。

 ……そうか、最初からこうするつもりだったのか。


 リヴァイアが【死龍達の蘇唄ヘルヘイム】を使用した事により、その身体が更に薄まっていく。

 

『……む。そろそろ時間か。……最後に、死に行く者からの忠告だ』


 リヴァイアは目を細め、残る力を振り絞るように告げる。


『五天龍の一角が味方に付いたと言えど、決して油断するな、英雄よ。我らが王がかつての力を取り戻したその時、他の五天龍も集いて世界を滅ぼしに掛かるだろう』


 それは、人類へと向けた警鐘だった。

 【龍王】は全盛期の力を取り戻していない状態で、プレイヤー達を蹂躙した。

 かつての力を取り戻せば、あのヴァルキュリアですら敵わないと言っていたのにも関わらず、それに準じた強さの眷属が五体も存在している。(内一体はリヴェリアだが)

 もしリヴァイアが言うように五天龍もその場に集えば、未曽有の災害が起きるだろう。


『もし未来を掴みたければ、迫り来る滅びに抗え。そして、英雄たれ。龍と人の関係とは、古来よりそう言う物なのだから』


「ああ。……お前が認めてくれた『英雄』で居続けると約束する」


 きっと、リヴァイアの言動から察するに、本当は……人が好きなのだと思う。

 だが、五天龍という立場がその感情を許さなかった。

 だからこそ、こうして五天龍の座を継承し、本当の意味で『ただのリヴァイア』となった彼はこうして警告してくれたのだろう。


 俺の言葉にリヴァイアは満足気に頷くと、静かに息を吐き出した。


『……永き時を生きた。……これで……憂いなく友の下へと逝ける』


 リヴァイアの身体が更に薄まり、ほぼ見えなくなる状態まで透明化していく。

 その身体が掻き消えていく間際、最後にリヴェリアへと視線を向けると。



『……リヴェリア。……本当に──大きく……なった……な…………』



 そう言い残し、リヴァイアは口元に優しい笑みを携えながら、膨大な量のポリゴンへと変わった。

 まるで星々の輝きのように天へと昇っていく粒子を眺めながら拳を握る。



「お前の思い、確かに受け取った」



 こうして、海遊庭園の長い戦いは幕を閉じたのだった。





『冥王龍はその座を託し、新たな世代へと思いは受け継がれていく』


『人と龍、今尚敵対する者同士が再び手を取り合う日がやって来る事を願いながら──』


『友との約束を果たした名も無き龍は、星の海へと還っていった』





≪3rd Area、【海遊庭園】踏破。クリアタイム:1時間6分50秒≫


≪特殊イベント達成により希少品【蒼天の炉心核】を入手しました≫

≪部位破壊により希少品【冥王龍の蒼天鱗】を入手しました≫

≪部位破壊により希少品【冥王龍の碧王眼】を入手しました≫

≪部位破壊により希少品【冥王龍の刻滅爪】を入手しました≫

≪ギミック完遂により希少品【聖なる種火】を入手しました≫


≪特殊イベント達成により称号『英雄』を入手しました≫

≪特殊イベント達成により称号『龍の相棒』を入手しました≫

≪特殊イベント達成により称号『託された者』を入手しました≫

≪冥王龍撃破により称号『冥王殺し』を入手しました≫

≪冥王龍撃破により称号『五天龍を討ちし者』を入手しました≫

≪冥王龍撃破により称号『大海の覇者ネプチューン』を入手しました≫



≪条件を達成した為、クロニクルクエスト【人と龍を巡る物語】が開始されます≫



 あの、しれっと爆弾投下すんのやめてもらって良いですか?



 ◇


 8月24日、午後7時。


 クラン、【変人連合】レイドチーム。

  【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】3rd Area、【海遊庭園】踏破。

 


────

【補足】

『クロニクルクエスト』

メインストーリーであるグランドクエストに直接的に関わってくる、世界の歴史に触れるクエスト。

クロニクルクエストの進行によりグランドクエストのストーリーに分岐が発生し、最終的な世界の行く末が決定される。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る