#224 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その二十四 『最後まで決して』
リヴァイアの絶叫が海遊庭園に響き渡る。
ボッサンの捨て身での渾身の一撃は、リヴァイアの片目を大きく損傷させる事に成功した。
その圧倒的な強さから最初は絶望的と思えたリヴァイアのHPも、残り3割を切った。
残る聖なる焔の取得者はポンと村人A……パーティの中でも特に火力の高い二人だ。
弱点に攻撃が届けば、確実に削り切れるだろう。
≪ここに証は示された。聖なる焔は受け継がれる……≫
システムメッセージがポップし、次なる証の持ち主が選定される。
聖なる証が付与されたプレイヤー、ポンはネックレスに感応石を嵌め込んだ。
「久しぶりですね。……こうして私達三人で、ボスに挑むのは」
ライジンと村人A、ポンの三人でボスに挑むのはセカンダリアへの道を塞ぐマンイーターの時以来だ。
あの頃とは装備も随分と変わり、このゲームでの
だがしかし、変わらない物もある。
「あなた達二人が居れば、どんな相手だって勝てる。そんな気がしてならないんです」
片や現トラベラー最強の男、ライジン。
片や別世界での最強の狙撃手、村人A。
この世界で最も信頼できると言って良い仲間が自分の傍に居る。
ポンは口元に笑みを浮かべながら、拳を構えた。
「行きましょう、村人君、ライジンさん! 援護、頼みます!」
「「おう!!」」
ライジンは双剣を構え、村人Aは矢を番える。
長かったリヴァイアとの戦いも、佳境を迎える。
◇
一方、リヴァイアの内心は酷く動揺していた。
(この我が、あの者達の掌の上で転がされているだと?)
一番最初に退場した厨二には、スキルや言動で翻弄され続け。
次に退場した串焼き団子には、海遊庭園中の配下達をほぼ全滅させられ。
先ほど一撃お見舞いされたボッサンには、思考を見透かされているかのように誘導された。
一度しか相対していない、しかもリヴァイアとしてはライジンと村人Aとしか対峙していない筈なのに、だ。
リヴァイアとて、強者としての
これまで戦ってきた数多の強者との戦いの中でも、ここまで相手に攻撃を許す事は無かった。
荒れ狂う内心の中で、ふと一つの記憶が蘇る。
(お前は慢心し過ぎなんだよ、リヴァイア。自信に満ち溢れてるのは良いが、それで相手を侮っていい理由にはならない)
それはかつて、友人に掛けられた言葉。
ああ、確かにそうだった。随分長く、この深い海の底で隠居していた物だから忘れていた。
人間という生物が持つ、本当の強さを。
『クハハハハハ!! そうだったな。……人間は賢く、そして強い』
かつて、龍と人が手を取り合って生きていた時代。
龍は力を、人は知恵を使い、互いを支え合っていた。
その身が非力でも、知恵次第で龍に匹敵する強さを得る事だってできるのだから。
再び攻勢に出始めたポン達を前に、リヴァイアは楽し気に笑う。
禍々しい姿になっても尚、恐れを知らないかのように立ち向かい続ける者達。
それは決して蛮勇などでは無く、本物の勇気なのだとリヴァイアは彼らを称える。
『ならば、それを正面からねじ伏せる事で、我が存在証明としようぞ!!』
聖なる焔を奪取しようと動こうとするポンを狙い、魔法を発動する。
地面から水の槍が大量に出現し、空中を爆走するポンを目掛けて射出される。
「させねえっての」
二つの刃が空中に閃く。
ポンに狙いを定めていた水の槍は一つ残らず両断され、水の塊となって力なく落ちていった。
「【
魔法が発動すると、上空から強襲する水柱。ポンは紙一重の所で回避するが、更に追撃の魔法が発動される。
『【水弾乱舞】!!』
先ほどは大きな水の塊から発動したが、今回は残った水柱から水弾が生成され、縦横無尽に駆け巡る。
挙動が完全にランダムな為、ポンが身動きが取れなくなりそうになった所で。
「
村人Aの跳弾矢が、ポンへと目掛けて飛び交う水弾を全て叩き落す。
一射も無駄な矢を放たず、正確に撃ち落とす技量はリヴァイアすらもほう、と感嘆のため息を吐く程だ。
「ナイスです、お二人とも!! 一気に近付きます!!」
ポンが【
リヴァイアの追撃の魔法も、その速度には追い付けない。
「聖なる焔、貰いますッ!!」
聖なる焔に突っ込むように、地面へと着地するポン。
その身体に赤白い炎が移っていき、リヴァイアへと視線を上げると、暗闇に包まれる。
「ポン、上だ!!」
『【大地激震】!!!』
リヴァイアが腕を振り上げ、ポンごと叩き潰すように地面に思い切り叩き付ける。
その瞬間、地面が波打つように振動し、周囲の足場を崩壊させていった。
間一髪の所で抜け出したポンは、そのまま攻撃せず、一度体勢を立て直すべく後退する。
「ッ、【
リヴァイアの行動から先読みしたライジンが声を張り上げる。
その読みは正しく、リヴァイアは【
退避可能な安置を探すべく、視線を向けている間にも、リヴァイアは止まらない。
『逃げられるとでも? 追え、【
地面から水の塊が盛り上がり、巨人を形成する。
幾度となく使用された魔法によって生じた水の塊が、これまでの比にならないサイズの巨人を生み出していた。
巨人が繰り出す拳を、ライジンはステップで回避する。
(流石にこいつの相手をしながら逃げるのはキツイな……!!)
ライジンは小さく舌打ちする。
水の巨人をどうにかしなければ、逃げる事すらままならず、津波に呑まれて全滅する。
仮に逃げ切れたとしても、安置にまで追ってくる可能性がある以上、放置するのは危険だ。
どうするか思考を回している内に、リヴァイアの発動準備が完了する。
『海の藻屑と散るが良い!! 【
ごごぉん、と後方から轟音が響き渡る。
リヴァイアの魔法が発動し、海遊庭園の全てを呑み込む水の巨壁がライジン達へと迫り来る。
その間にも、ライジンは思考を回し続ける。
(村人の【彗星の一矢】ならこいつにもワンチャンあるが、あいつには絶対に生き残って貰わないといけない。こんな所で、不要なリスクを背負うべきじゃない)
ならば、どうすべきか。
ライジンは自分の役割を正しく理解していた。
既に役目を果たした自分は、その身を滅ぼしてでもサポートに徹するべきなのだと。
「ここら辺が潮時か。……俺がここまで残ったのは、残ったお前らへと繋ぐ為だからな」
ライジンはそう言うと、にっと少年のような笑みを浮かべる。
目の前から迫る巨人を前に、ライジンは両手を突き出した。
「頼んだぜ、二人共」
次の瞬間、ライジンの身体が急速に燃え盛る。
突発的に発生した業火は、ライジンのHPを一瞬にして燃やし尽くした。
「行け、ポン!!! 【灼天・フルバースト】!!」
ライジンの身体が弾けると同時に、極大の火炎が水の巨人を貫いた。
そうしてこじ開けた巨人の風穴越しにリヴァイアの姿が露わとなる。まさか貫かれると思わなかったのか、リヴァイアの眼は驚愕に見開いていた。
「【
ライジンの意図を察したポンが即座に行動に移す。
地面を全力で蹴り、爆発を起こすと瞬く間にリヴァイアとポンの距離がゼロになる。
その勢いを乗せ、音速を超える速度で繰り出される拳は、真っすぐに逆鱗へと向けられていた。
「【超爆裂アッパー】!!!!」
ポンの拳が爆ぜ、強烈なアッパーカットが繰り出される。
隙を突いた完璧なタイミングでの一撃。確実に捉えたとポンは確信していた。
だが……リヴァイアは、それを見越して首を大きく上へと逸らしていた。
逆鱗に拳の先端が掠り、ほんの微かに爆発を起こしたが……それだけだった。
(そん……な……)
スキルの影響で拳を振るった体勢で硬直するポン。
その表情は絶望で染められ、身体を包む焔は、少しずつその勢いを衰えさせていく。
『流石に今のはヒヤリとしたぞ』
リヴァイアは嗤い、続く咆哮の衝撃でポンを吹き飛ばす。
すぐに【
「っ!」
「ポン!!」
【
当然回避する事も出来ず直撃し、全身が硬直した所で飛来する氷塊が身体に突き刺さった。
「ッ────!!」
次々と氷塊が飛来し、ポンの身体をめった刺しにしていく。
反撃はさせまいと、リヴァイアは駄目押しとばかりに魔法を発動させる。
『【爆氷】!!』
突き刺さった氷が爆発し、ポンはその衝撃で吹き飛んだ。
身体の大部分を失い、HPバーは一気に減少していく。すぐに底を突くと、ポンの身体がポリゴンへと還元され始める。
『……これで仕留められるとは思っていない。敬意を込めて、確実に葬ろう』
だが、それでもリヴァイアの追撃は終わらない。
その身体が完全に消え去るまで、リヴァイアはもう油断しないと決めたのだから。
リヴァイアがポンへと向けて大口を開いた。
漆黒のマナが口元に集い始め、空気が鳴動する。
先ほどボッサンに放った破壊の奔流──【黒龍砲】の発動準備だ。
それを見たポンはただ静かに息を吐いた。
(──
厨二やボッサンの影響で、リヴァイアに対して『トラベラーは簡単に死なない』という認識を植え付けさせた。
しかしそれが当てはまるのは『食いしばりが可能なスキルを持っていれば』の話だ。
ポンは、そういう類のスキルを持っていない。ライジンが序盤に使用した、身代わりの護符も持っていない。
正真正銘、ポンというプレイヤーはシステム的に死亡し、ポリゴンへと還元されるのを待つだけなのだ。
──しかし。
「私の尊敬する人は、最後まで決して勝負を投げ出さない」
ポンの脳裏に浮かび上がるのは1st TRV WAR決勝戦、ライジンと村人Aの最終局面。
最後の最後まで村人Aはライジンに食らいつき、ポリゴンへと還元されながらも限界を超えた射撃を披露して見せた。
それから得た発想。確実に仕留めたと思わせてからの、想像も付かない攻撃。
トドメを刺す瞬間は、最も油断が生まれる瞬間でもあるのだ。
ポンの視線が、リヴァイアの首元へと向けられる。
(リヴァイア、あなたは確かに強い。だから、その強さを利用させてもらう)
油断してくれなくてありがとう、とポンは心の中で礼を言う。
リヴァイアが気付く事すら出来ずに設置されたそれは、
ポンが粒子となって消えゆく中、残る片腕で銃の形を作った指をリヴァイアに向けると。
「
ポンが指を跳ね上げると、リヴァイアの逆鱗が深紅の輝きに包まれる。
次の瞬間。
ズドォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!
突き上げるような凄まじい爆発がリヴァイアを強襲する。
その影響で【黒龍砲】を放とうと大きく開いた口が無理矢理閉口する。
口内に発生していた【黒龍砲】のエネルギーは、ポンの爆撃によって口内で爆ぜ……!!
『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』
リヴァイアの全身が、内部から【黒龍砲】のエネルギーによって蹂躙された。
それを確認し、ポンは微かに笑みを浮かべる。
先ほど放った【超爆裂アッパー】が掠った際に、付与していたポンのスキル、【地雷設置】。
きっとリヴァイアなら自分の攻撃に対処してくるだろう……そう相手を信頼したからこそ取れた更なる一手。
決して慢心せず、確実に仕留めに来るだろうと想定していたからこそ取れた反撃の一手。
これまでの積み重ねが生んだ、リヴァイアの裏を突く攻撃は、確かに届いた。
リヴァイアのHPが急激に減少していくのを見ながら、ポンは大きく息を吸い。
「後は託します、村人君! 貴方の
それを聞いた村人Aは、決して振り返らずに、口元に笑みだけを浮かべて。
「ああ、任せろ」
背後から迫っていた【
◇
【
先の攻防でポンとライジンが脱落し、これで残るメンバーは俺一人となった。
リヴァイアの残りHPは、大体14%と言った所か。
数秒経ち、システムメッセージがポップする。
≪時間が巻き戻り、空間が再構築されていく……≫
【
波の勢いも緩やかになっていき、水位が下がっていくとリヴァイアの姿が露わとなった。
『本気で、神に挑むと言うのだな』
全身から煙を上げ、満身創痍と言って良いリヴァイアはそう呟いた。
薄く開かれた真紅の瞳は、ただ真っすぐ俺の事を捉えて離さない。
「ああ。……お前は、俺達が前へと進む為の通過点に過ぎないからな」
『そうか』
俺の挑発に乗らず、リヴァイアはただ淡々と返答する。
『ここまで来て、最早その強さに疑念を持つ事は無い。降りてこい、トラベラー。聖なる焔をその身に纏い、我と命を懸けた殺し合いをしようぞ』
騙し討ちをするのでは……そう一瞬思ったが、その瞳を見てそれは無いと確信する。
自らが認めた強者との、最後の戦いを切望するかのような眼差し。
そんな眼を向けられて、無碍にする事は出来ない。
「その発言、後悔すんなよ」
リヴァイアの言葉に甘えて、安全地帯から降り立つと聖なる焔に向けて歩き出す。
その一歩一歩を踏み締めながら、思考に耽る。
(悪いな、ボッサン。……最初から責任とか、そんな野暮な事は考えてねえんだわ)
俺の脳内を支配しているのは、早く戦闘したい、それだけだ。
海遊庭園のギミックのせいでまともに戦えなくて、うずうずしていた所なんだよ。
(……これだからゲームはやめられないんだよな)
強敵との戦いは、いつだって心が躍る。
しかも、俺が敗北でもしようものなら一からやり直しというおまけ付き。
これほどゲーマーとして、最高にワクワクする展開はないだろう。
聖なる焔へと向けて歩き続ける。
聖なる焔に触れたら、リヴァイアとの最後の戦いが幕を開ける。
「待たせたな」
聖なる焔の前に辿り着くと、ゆっくりと手をかざす。
すると、赤白い炎が身体を優しく包み込み、身体の底から力が湧いてくるような感覚を覚えた。
聖なる焔を纏った事を確認したリヴァイアが、俺に問う。
『名を名乗るが良い』
「村人A」
『名乗る程でもないという事か?』
「よく言われるが、本名だ」
『そうか。……ならば、村人Aよ、聞け。我は冥王龍、リヴァイア・ネプチューン。【龍王】ユグドラシルの眷属にして、この大海を統べる覇者である!』
ライジンと戦闘を開始する時も聞いた前口上。
それはもう聞いたセリフだぜ、と軽口を叩こうとした所で。
『……が、もうそのような飾り付けられただけの名に固執するのは辞めだ。──故に、もう一度名乗らせてもらおう』
リヴァイアはゆっくりと目を閉じると、ふっと笑い。
『我が名はリヴァイア。ただのリヴァイア。──未だ名も無き英雄に挑む、一端の龍である!!』
リヴァイアがそう宣言すると、上空に暗雲が立ち込め、雷鳴が轟いた。
次いで、嵐のような暴風と暴雨が吹き荒れ始める。
天変地異を引き起こした自称一端の龍は、されどその力に驕る事はもう無い。
『さぁ武器を取れ、英雄よ。この戦いに決着を付けようぞ!!』
リヴァイアを正面に見据え、一つ息を吐き出す。
突発的に発生した暴雨の影響で天候は最悪、射撃には圧倒的な不向きな環境だが、これぐらいのハンデが丁度良い。
俺は【
すぐさま思考を切り替え、力強く足を踏み出す。
そして、最後の戦いの始まりを告げるスキルを発動させる。
「【
スキルを発動させると、目から黄金の光が揺らめき、集中力が極限まで引き上げられる。
体感時間までもが加速し、全能感に似たような感覚を覚える。
それに加えて、スキルを連続発動させる。
「【
自傷ダメージと共に真っ赤なポリゴンが噴出し、腕と足を覆うと、真紅の装甲が出現する。
スキルの効果で湧き上がってくる力を確かめるように拳を握ると、移動する為の足場を空中に同時展開した。
「準備完了だ。──行くぞ、リヴァイア!!」
『来い、
変態スナイパー、
────
【補足】
『ポンお手製魔力感知爆弾』
【花火職人】となった事で作成可能になった新型ボム。周囲のマナ濃度がある一定の水準を超えると自動で起動し、爆発する。スキルの効果によって尋常でない量の火薬が詰め込まれており、威力は通常のボムの五倍以上。
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