#219 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その十九 『嘘吐き』
聖なる焔の神々しい赤白い炎を塗りつぶす勢いで、厨二の身体から漆黒のオーラが立ち昇る。
そのオーラの出所は、厨二が今しがた使用したスキルの効果によって出現した漆黒の大鎌だ。
◇
【
嘘を重ねれば重ねる程、その真実が明らかになった時にその衝撃が大きいように、敵を欺いた回数だけスキルの効果が上昇するという厨二の決戦スキルだ。
そのスキルの効果は、一定時間武器の形状を変化させ、特殊ステータス【嘘吐き】がスタックしている数だけSTRが加算される。
【嘘吐き】のカウント条件は、ただ言動によって敵を欺くだけに留まらず、スキルなどによって敵を惑わせた回数などもカウントされる。
つまり、【
リヴァイアをおちょくるような言動をしていたのも、相手の大技を引き出し、それによって幻影達をまとめて消し飛ばさせる為だったのだ。
全ては厨二の掌の上。レイドボスモンスターであろうと、言葉が通じるのであれば、自分の思い描く道へ行くように操るのが厨二のプレイスタイルだ。
そして……このスキルにはステータス上昇のみならず、
◇
厨二が宣言してすぐ、爆ぜるように地面が蹴り砕かれる。
目にも止まらぬ速度まで加速した厨二は、正確にリヴァイアの首元に狙いを定めた。
「その首、刈り取る!」
『やれるものならやってみろ!!』
リヴァイアの攻撃が頬を掠める程の至近距離で躱した厨二は、漆黒の大鎌を振り抜いた。
これまで鱗に傷を付けるのすら困難だったというのに、大鎌は易々とリヴァイアの肉体に食い込み、そのまま広範囲を抉り切る。
クリティカルが発生した事もあり、たった一撃でリヴァイアのHPを3%も減らすに至った。
『何……!?』
「どうしたんだい? もしかして、下等生物如きにここまでの傷を負わされるとは思ってもみなかったんじゃないのかい?」
『チィッ……!!』
不敵に笑う彼に対し、リヴァイアは目の前の存在の警戒度を一段階引き上げた。
厨二は空中で身を翻すと、再び空中の足場を踏みしめて急加速する。
まるで弾丸のような速度で迫る厨二を、リヴァイアは水の檻を放つ事で捕えようとする。
「こんなちっちゃな檻で捕えられるとでも!?」
鎌を一閃。水の檻は瞬く間に両断され、そのまま消失。
速度を落とす事無く飛来した厨二は、リヴァイアの身体へと着地する瞬間、鎌の先端を突き刺すように振るった。
「そらァ!!!」
『ッ……!!!』
刃を突き立てる瞬間、リヴァイアは身体を硬質化する事で防ごうとしたが、刃はその装甲を軽々と貫いた。
勢いよく吹き出る赤いポリゴン。そのポリゴンを浴びながら笑う彼を握りつぶそうとするが、彼は素早い身のこなしでその場を離脱する。
空中に作成した床の上に留まりながら、牽制するように大鎌を構え、隙を窺う厨二。
リヴァイアは厨二をしばらく睨みつけていると、微かに笑う。
『……フ、貴様の舐め腐った言動も、その強さ故か。……認めよう、貴様は確かに強い』
「あちゃあ、もう冷静になっちゃった? さっすが五天龍。でも折角だからもう少しキレててほしかったんだけどなぁ」
ちぇ、とまるで悪戯に失敗した子供のようにそう言う。
リヴァイアとて、ここまで良いように弄ばれてまだ冷静さを欠かす程間抜けではない。
相手の強さを認め、己の過ちにすぐ気付く事が出来るからこそ……リヴァイアは三千年もの間、大海の覇者として君臨し続けてきたのだ。
『
リヴァイアが咆哮を上げながら、厨二に襲い掛かる。
微弱な【
それを見た厨二がうひゃあ、と間の抜けた声を漏らす。
「流石に一撃でもまともに受けたら死にそうだねぇ」
『貴様の余裕も、いつまで続く物かな?』
「一撃でも受けたらヤバそうなら、弱体化するまでサ!」
もう片方の腕が振るわれるが、今度は避ける事無く、爪に対して真っ向から鎌を振るった。
ギャリィン!と金属質な音を鳴らし、火花を盛大に散らしながら拮抗していると、リヴァイアの爪の方が先に限界を迎え、刃の触れている箇所から亀裂が生じていく。
『……ほう』
「その立派な爪、砕かせてもらおうか!」
厨二が更に力を込めると、破砕音が響き渡る。破片を散らしながらリヴァイアの巨大な爪が宙を舞うと、そのまま地面へと突き刺さった。
飛び散る破片を煩わしく思いながらも、厨二は流れるようにリヴァイアの腕を斬り払うが、傷は浅い。
「さぁて、どこまで減らしちゃおっかなぁ? 本当に僕一人で全部削り切っても良いんだけど?」
『……ほう、自信過剰だな』
「だって、君の底はもう知れたからね。君は今、先ほどの奥義とやらでマナが枯渇している状態だ。魔法を使ってこないのも、その証明だろう?」
『何を勘違いしている?』
リヴァイアの目がすっと細められ、厨二に対し、ありのままの事実を告げる。
『先ほどの技は
その瞬間、その場に居た全員がゾクリと背筋が冷えるような感覚を覚える。リヴァイアを中心に大気が震え始め、何かの前兆である事が窺えた。
そして、突発的に発生する青の燐光。可視化出来る程にまで濃度の高まったマナを、リヴァイアは一気に解き放つ。
『母なる海の藻屑と散るが良い!【
リヴァイアが一際巨大な咆哮を上げた途端、凄まじい地鳴りが発生する。
そして、続けざまに響き渡る雷鳴に似た轟音。音の発生源は、厨二達の居る場所から遥か後方だ。
その正体を確認するべく、後ろへと振り返ってみると。
「マジかよ……!!」
その場に居る全員が思わず顔を歪めながら、その光景を目の当たりにしていた。
そこにあったのは、そそり立つ巨大な壁……否。
【海遊庭園】の全てを呑み込む程の
『さて、見ものだな。これをどう対処する、トラベラー?』
このままだと間違いなく全滅する。
周囲を見回し、状況を把握したボッサンが、感応のネックレスを鷲掴みにする。
「総員! すぐにボスエリアから出て、一番高い安全地帯へと向かえ! あの津波に呑み込まれたら終わりだ!」
先ほどリヴァイアが放った【大地激震】により、元より湾曲していた道は、更に歪んでいた。
しかし、その影響でこの【海遊庭園】の天井近くにまで高度を増している中間地点……所謂安置も生まれていたのだ。
その事に気付いたボッサンは、唯一の安置に向かって指を差す。
「ライジンの近くにある通路を通れば到達できる! 津波の規模的にも、あの高さには届かない! すぐに移動を開始しろ!」
それを聞いたチームメンバーは、
その場に留まり続ける事を選択した男──厨二に向かって、ボッサンが問う。
「厨二、お前は!?」
「見てわかるでしょ? そんな悠長に逃げてたら聖なる焔の効果時間が切れちゃうよ。それに、逃げてる間は誰がリヴァイアの相手をするって言うのサ。……だからここで勝負に出る」
『クハハ、良いぞ、銀翼! 貴様の蛮勇、しかと見届けてやろう!』
「残念だけど、これから僕がなるのは英雄サ!」
聖なる焔の制限時間、一分。
津波がボスエリアを呑み込むのも、それとほぼ同時だろう。
厨二が再び動き出すと、迎え撃つようにリヴァイアが水弾を生成。
高速で放たれるそれを両断し、リヴァイアの目の前へと跳躍すると、厨二は手を振りかざす。
「【
『グッ……!?』
【
至近距離でその光を直視したリヴァイアの視覚を、一時的に塞ぐ事に成功した。
『小癪な真似を……!!』
「ほらほらァ! 喉元がら空きだよぉ!」
厨二が楽しそうに笑いながら、逆鱗に一撃お見舞いしようと迫り来るが、リヴァイアは厨二の気配を察知してそこに氷塊を飛ばす。
舌打ちを一つ鳴らした厨二が氷塊を避けると、その隙にリヴァイアは移動してしまう。
「大海の覇者が逃げるなんて無様晒して良いのかい?」
『戦略的撤退の何が悪い?』
「物は言いようだねぇ!」
再び厨二が空中床を踏みしめ、加速する。
それと同時にリヴァイアの視覚が回復し、迫り来る厨二に対して大口を開いた。
「うわったたた! 流石に丸呑みは勘弁!」
ダンッ!と中間に作成した空中床にヒビを生じさせながら勢いよく着地するも、すぐにリヴァイアが氷塊を複数打ち出して追撃する。
逃げるのは間に合わないと判断した厨二は、鎌を反対に持ち、柄で氷塊を打ち払う。
「これでも元は棍棒武器だからネ、こっちの使い方でも十分強いんだよ!」
そしてリヴァイアへと迫ると、柄の部分で思い切り叩き伏せる。
鱗を跡形も無く粉砕し、リヴァイアの身体に強烈な打撃痕が残る。
追撃に備えて離脱した厨二は、少し距離を置くと、訝しげな表情になる。
「どうしたんだい? 何もしないなんて。もしかして、抵抗する気も無くなったのかい?」
『もう、貴様の幻影は見飽きた』
遠方から飛来してきた巨大な氷塊が、厨二の頭上を飛来すると、何も無い空間で急に止まった。
影が揺らぎ、そこに
これまでのようにその姿が掻き消えない事から、本体である事は間違いなかった。
驚いたように目を見開いた厨二が、その口から赤いポリゴンを吐き散らす。
「──ッ、なんで、見え……!?」
『これまでの奮戦、見事だった、銀翼。……だが、最早これまでのようだな』
氷塊はそのまま厨二の身体を真っ二つに引き裂き、リヴァイアの下まで戻るとその場に漂う。
急速に厨二のHPバーが減っていき、そのまま止まることなくゼロへと向かっていく。
『答え合わせをしてやろう。先刻、我の爪を砕いたな。その際に砕けた爪の破片が貴様の装備に付着した時点で、負けは確定していたのだ』
「はは、そう来たかぁ。……なるほど、破片だろうが元は自分の一部。……マナが探知出来る君は、それによって本体を見抜いていたって訳か。……いやぁ、してやられた。見事だ、完敗だヨ」
はぁ、と一つため息を吐いて、厨二は脱力する。
身体の大部分が損傷した事もあり、もう間もなくHPバーはゼロになる。どれだけ足掻こうが、HPバーがゼロになった時点で、SBOという世界での死が訪れる。
今更部位欠損修復ポーションを使った所で間に合わない。ライジンが最初に使った、『身代わりの護符』も厨二は持っていない。
逃れようのない死に、厨二は。
「なんて、言うと思ったか?」
それでも尚、
シュン! と音を立てて、厨二の姿がその場から掻き消える。
上半身と下半身が分断され、満身創痍の筈の彼が高速で移動するなど、普通なら不可能な筈だ。
『な……』
だがしかし、その奇跡を可能にする術をプレイヤー達トラベラーは持っている。不可能を可能にする──
とある場所へと移動した厨二は、静かに口ずさむ。
「《我が身彷徨うは生と死の境界線》《冥府の門よ開け》《死際に我は契約する》」
(自分の策に上手く嵌ったって感覚、非常に愉快だよね。分かるよ。だって、僕も人を欺いたり、罠に嵌めるの大好きだもん。でもさ、それよりももっと愉快な事があるのは知っているかい、
目の前から消えた厨二をを探そうとリヴァイアが視線を巡らせるが、見つからない。
厨二は口を閉じる事無く、詠唱を続ける。
「《我が捧げしは
(
リヴァイアは魔力探知を行い、ようやくその位置が判明する。
厨二はリヴァイアの首元……
瞬間、リヴァイアの思考は停止する。
(一体、いつの間に……ッ!?)
スキル【運命の反逆者】。自身が致命傷を負った際に、相手の弱点へと一瞬で移動するスキル。
そして、『次に自分が攻撃をするまで、決してデスポーンする事は無い』という強制力を持つスキルだ。
しかし、その強さ故に、このスキル終了後は蘇生手段の一切を受け付けないという諸刃の剣だ。
「言っただろう? 僕は『嘘吐き』なんだよ。ただで死ぬ? 冗談じゃない。勝ちがもぎ取れないなら、全力で引き分けに持っていくのが僕のモットーなのサ」
標的を仕留めたという安心感は、時として致命的な判断ミスを生み出す。
リヴァイアは人間を……いや、トラベラーという存在を過小評価し過ぎていた。
普通の人間ならば、胴体が分断された時点で絶命しているはずなのだから。
恐ろしい程の執念に、永い時を生きてきたリヴァイアと言えどその身を竦ませる。
せめて鎌を振るおうとする彼から逃れようと、首を大きく逸らそうとした瞬間、身体が硬直した。
『ヌゥ、これは……ッ!?』
「逃げようとしても無駄だ。君はもう、僕の射程圏内だ」
必死に身体を動かそうとしても逃げられない。鎌から放たれる、強烈な泥のような黒いオーラが、リヴァイアの身体を縛り付けているのだ。
これぞ【
即ち、
その制限を知る由もないリヴァイアは、必死にもがき続ける。
『グ、オオオオオッ!?』
「《対価に賜りしは死の恩寵》《我が身宿すは死の息吹》」
(流石レイドボス、数百体分のバフを捧げても十秒しか持たないのか。……ま、十分だけどね)
次の瞬間、厨二の鎌からドス黒いオーラが溢れ出る。
その漆黒のオーラは、彼が握る鎌を覆い尽くし、やがて命を喰らう刃と成った。
「《生ある者に昏々たる眠りを齎さん》!」
長い詠唱を経て、最期の一撃が振るわれる。
「【
『グォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?』
その身に残る最後の力を振り絞り、一際黒い輝きを放った鎌を一閃。
鎌の軌道に沿って出現した黒の光芒は、リヴァイアの逆鱗を穿ち、深々と爪痕を残した。
そして、そのスキルの反動で厨二の身体にもドス黒い斬撃エフェクトが発生する。
今度こそ厨二のHPバーは漆黒に染まり、その身体がポリゴンへと変換されていく。
(さて、これで僕の役目は終わり。超強力な一撃を叩き込んで、ボスの体力を大幅に削る作戦は成功だ)
今回の二つ名レイドでの厨二の役割は言わば、【海遊庭園】特攻。
ギミックに対しての最適解を出し、尚且つそれを前提とした高火力を出す事でリヴァイアの体力を大幅に削り、他チームメンバーの火力の負担軽減を担う。そして一撃の超火力による
(残念だけど、ここで【
そう、あくまでこのリヴァイア戦は前哨戦に過ぎない。【双壁】討伐という本命を前に、全力で戦う訳にはいかないのだ。
与えられた役割を確かに果たした厨二は、自分が居なくなった後の戦いを想像し、ほくそ笑む。
(リヴァイアから
津波に呑み込まれる直前、厨二の身体がポリゴンへと還元される。
姿が消えるその時まで、彼が笑みを絶やす事は無かった。
◇
『銀翼』脱落。生存メンバー、残り五名。
レイドボス【冥王龍リヴァイア・ネプチューン】残存HP42%。
≪Caution!≫
≪【
────
【補足】
【
詠唱:《我が身彷徨うは生と死の境界線》《冥府の門よ開け》《死際に我は契約する》《我が捧げしは
発動条件:HPが1%以下
制限:与えたダメージの五倍のダメージを受ける。自損ダメージ扱いとなる為、回避不能。スキル使用後、蘇生不可。
自らの命を捧げ、相手に死の刃を振るうスキル。その一撃は、生ある者に対し甚大なダメージを齎す。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます