#218 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その十八 『ジョーカー』


「さぁ、開宴だ。──【夢幻の怪盗ファントム・ミラージュ】!」


 厨二がスキルを発動させると、厨二と瓜二つの幻が大量に出現し、その場に溢れかえる。

 その総数、なんと以上。リヴァイアでさえも、その凄まじい量に思わず目を見開いた。


『これまた奇妙な魔法を』


「魔法? ノンノン、これはスキルさ」


 本物の厨二が不敵な笑みを浮かべると、幻たちも同じ様に笑った。




 【夢幻の怪盗ファントム・ミラージュ】。


 そのスキルの効果は、MPを全消費する代わりに『現在ヘイトが向いている敵の数だけ、自分と同じ姿の幻を生成する』というスキルである。

 相対している敵の数が一人の場合、一人分しか幻を生成できないが……相手の数が百以上にもなると、幻の量も比例して跳ね上がるので非常に強力なスキルだ。

 それだけ見ると、大きな制限が掛かってもおかしくないスキルに見えるが、Rosaliaが扱う【ガーディアン・ナイツ】のように実体を持っていないので、制限自体はMP全消費のみと控えめだ。


 しかし、自分と全く同じ幻が生成出来るという事は、大乱戦などの場合、敵の攪乱として運用すれば最高峰の性能を誇る。

 こと敵の数が非常に多い【海遊庭園】に関しては、最適解とも言えるスキルだ。


 そしてこのスキルの強みは、生成された幻達は予め行動パターンを登録しておくことによってあたかも自分が動いているかのように見せつける事が可能である、という点だ。

 攻撃動作、回避動作など……パターンの登録には手間こそ掛かるが、その労力に見合うだけの性能を秘めている。


 ちなみにこのスキルを作成した厨二曰く──その使い勝手の良さから、このスキルを起点にして、数多の選択肢を生み出す事が出来るスキル──『無限の回答』とも呼んでいる。



 大量の幻を展開した厨二は、そのままボスエリアへの道を駆け抜ける。

 幻に釣られて飛びついたリザード達は、そのまま真っ逆さまに落下していき、遥か下方を流れる激流に呑まれていった。


 リヴァイアはその様子を眺めながら、厨二の言葉に目を細めた。


『スキル? ……【異端者】の持つ祝福のような物か?』


「あら、ご存知無い? うーん、僕達が持つちょっとした特殊能力って所かナ。まぁ、深く知る必要は無いサ。……だって、ここで死ぬんだからね!」


 にぃ、と厨二は口端を吊り上げると、更に加速する。

 厨二の挑発に「ほう」と楽し気に笑うと、ボスエリアから飛び出し、腕を振り上げた。


『この幻影に混じって、一人だけ背景と同化しているのが居るな? ……浅いぞ!』


 幻達とは違う魔力を感知したリヴァイアが、何も存在しない空間に向かって腕を振り下ろす。

 通路の粉砕と共に響く轟音。たった一撃で通路が跡形も無く破壊され、後方に走っていた幻達も揃って落下していった。

 だが、それでも幻達が消える事は無く、口元に弧を描くと。


「本気でそれが本物だと思ったの? ……♪」


 煽る様に厨二が嗤うと、リヴァイアは不愉快さを隠そうともせず舌打ちを一つ鳴らす。

 すぐさまリヴァイアは口元にマナを収束させて水のレーザーを解き放った。通路を薙ぎ払い、大量の幻が消えるが……それでも仕留めきれない。

 厨二は一つため息を吐くと、ジト目になりながら言葉を続ける。


「ライジン君もそうだけどさぁ、あからさまな罠に飛びつくのはナンセンスだよねぇ……? もうちょっとこう……冷静に物事を判断するのが大切だと思うんだよねぇ」


 聖なる証の制限時間、残り二分。あまり余裕ぶっていられない時間になっても尚、厨二は冷静さを欠かず、ただ先を見据えていた。

 幻を器用に操作し、MPの回復を行いながらリヴァイアの猛攻を回避し続ける。


(凄いな……。あいつの他人を翻弄する技術が頭一つ抜けている事は知っていたけど、ここまでとは)

 

 その様子を眺めていたライジンは、つい先日厨二自身が実戦を交えながら語っていた【夢幻の怪盗ファントム・ミラージュ】の詳細について思い出していた。


『このスキルの動かし方は、Aimsのbot操作と似たような物サ。周りの幻の幾人かを思考接続して、本体と並行して同時に操作する。そうする事で、あたかも自分が動いているかのように錯覚させる事が出来るってカラクリさ。……ま、流石に疲れるからあんまり連続してやりたくはないんだけどねぇ』


 彼自身は簡単そうにそう言っていたが、やっている事はRosaliaの超人染みた【ガーディアン・ナイツ】の操作と同じだ。

 そもそも、Aimsにおける思考接続のbot操作とは、『このタイミングで、この位置ポジションで射撃する』といった、簡単な命令を出す物であり、後は勝手にプレイヤーの行動を分析したAIがやってくれる物だ。

 自分自身の操作が疎かにならないようにしながら、幻達を並行して操作するのとは訳が違う。


(1st TRV WARでは村人に負けたからやり合わなかったけど、俺が厨二と戦っていたらどうなっていたんだろうな)


 他人を欺く技術だけでなく、他人の動きを模倣する事に長けた厨二の実力は、簡単に測れるものではない。

 あの大会で対戦していたら……そんなifもしもを想像し、ライジンは思わず武者震いする。


(と、今はレイド中だ。集中しないとな)


 意識を切り替え、厨二のカバーに入ろうとするが。


「おっと、君達のカバーは要らないヨ。独力で何とかするから余力は温存しといてねぇ」


 呼応のブレスレットから声が響き、ライジン達はその場に踏みとどまる。

 実際、カバーに入ろうとして足を引っ張ってしまう可能性もあると考えれば、動かないのが最善の選択だ。

 自分一人だけでもこのエリアまで到達して見せる……それを為し得るだけの実力を持ち合わせている事を知っているから、尚更。


『一人で我を欺き続けられると?』


「そう言ってるんだけど?」


 リヴァイアの問いに肯定すると、厨二は跳躍する。

 同時に【空中床作成】で足場を展開し、的を絞らせないよう、大きくばらけるように動き始める。

 

「『黒棍スチル』、顕現せよ」


 バチィ、と紫色の雷のエフェクトをまき散らしながら、突如としてステッキが出現する。

 厨二がそれを掴み取ると、リヴァイアに襲い掛かった。


『聖なる焔無しで我に傷を付けられると?』


 鼻で笑ったリヴァイアは、攻撃しようとしてきた厨二を無視して他の幻に目を向ける。

 まさか本体が攻撃してくるはずが無い……そう思っていたリヴァイアに、強烈な一撃が叩き込まれた。


『ッ!?』


 打撃が加えられた鱗にヒビが生じ、そのまま砕け散る。

 まさかそんな痛手を負うとは思ってもみなかったリヴァイアは、思わず目を剥いた。


「僕の黒棍スチルのスキル、【ハードブレイク】は相手が硬ければ硬い程威力が増す。この前は王水龍キングアクアドラゴンにすら通用しなかったけど……の素材のお陰で、君にも通用するぐらいには強化されたみたいだねぇ?」


 厨二はすぐさま離脱すると、他の幻達に紛れてその姿を隠す。

 厨二の攻撃で砕け散った鱗を見ながら、リヴァイアは目を閉じると愉快そうに笑った。


『クハハ、そうか。ようやく合点がいった。……先のライジンの攻撃も、私に攻撃を加えた時点で、武器の方が砕けてもおかしくはなかった。だというのに、私に攻撃出来たのは我が息子……リヴェリアの身体の一部を用いて鍛え上げられた武器だからか』


 そこまで言うと、ぴたりと笑いを止め、鋭い眼光が厨二を射抜いた。


『して、その武器を扱っているという事は……我の息子を殺したと言うのか?』


「そうだと言ったらどうする気だい?」


『ならば、是が非でもこの場で貴様を殺さねばならぬな!』


 言うが早いか、リヴァイアが大口を開けて通路ごと噛み砕いた。

 そのまま高速で移動しながら、その巨体で通路を破壊していき、ボスエリアへの道が悉く絶たれていく。

 その影響で幻達の大半も落下していくが、厨二は危機感を覚えた様子も無く、空中に作成した床の上でにやにやとした笑みを浮かべながら。


「おや、息子は捨てたんじゃないのかい? 本人からは産まれてすぐに外界に放り出されたって聞いたけども? そんなに大切な存在なら手元に置いておけばよかったんじゃないかい?」


『我ら龍族は、外界で生き抜く為にも産まれてすぐ外界に出なければならないのだ。……だからと言って、息子に対してなんの感傷も無いという訳ではない!』


 これまでいかなる挑発にも大きい反応を見せなかったリヴァイアが、激しい怒りを見せる。

 全く隙を見せる事の無かったリヴァイアの大きな隙に、厨二は黒い笑みを浮かべると煽る様に続ける。


「そんなくだらない慣習に従ったせいで自分の息子を失って激怒するなんて……。フフ、まるで【龍王】みたいだねぇ?」


『貴様ら下等な人間如きが、我らが王を愚弄するなァ!』


 当てられただけで気を失いかねない程の殺気を放つと、凄まじい量の水弾を展開する。

 先ほどまでとは比べ物にならない量から見て、本気で厨二を仕留めるつもりだと言う事が伺えた。

 水弾は剣や槍、斧など……様々な形状の武器へと形を変え、その矛先が厨二の幻全てに向けられる。


『我が奥義の前に、塵となるが良い!【冥王水刃葬】!!』


 リヴァイアが魔法を発動させると、武器を模った水弾が厨二を射抜いた。

 一度ならず何度も突き刺し、穿ち、その怒りを振りまくように破壊の限りを尽くす。


「厨二!!」


 その光景を見たライジンが思わず叫ぶが、返答は無い。

 幻含め、厨二が立っていた場所が跡形も無く消し飛ばされ、その欠片すら残さず葬り去られてしまった。

 厨二の処刑が完了したリヴァイアは、荒い息を吐きながらライジン達へと顔を向けた。


『貴様らの持つ武器も、奴が持っていた武器と同じ魔力を感じるな。貴様らも我が息子を殺すのに加担したという訳か。──ならば、我が息子の無念、この我が直々に晴らしてやろう!』


 再びマナを収束させ、リヴァイアがライジン達に襲い掛かろうとした直後だった。


「いだぁっ!?」


「ぐへっ!?」


 情けない悲鳴を漏らしながら、二人のプレイヤーがライジン達の前に突如として出現する。

 村人Aと、串焼き団子。その両名が、いつの間にかボスエリアに到達していたのだ。


 厨二が運んでいた筈の二人がこの場に居る、と言う事は──。


「──人のアドバイスは聞くものだよ、冥王龍リヴァイア


 ゆらり、と。

 静かに燃える聖なる焔の前に、一つの影が浮かび上がる。

 その影は輪郭を帯びていくと、やがて人間の姿へと変わった。


「少し煽られたぐらいで追えてた筈のマナの痕跡を見逃すなんてね。……どんな時にも冷静に、だよ」


 その人間──厨二はゆっくりと聖なる焔に手を触れると、その身体が赤白く包まれていく。


「見せてあげるよ。沢山の嘘に紛れた、たった一つの真実。──疑いようのない、純粋たるって奴をネ」


 黒棍スチルを振り払い、黒いオーラを漂わせながら、厨二は囁くように呟いた。


「《怪盗は嘘を吐く》」


 口元に人差し指を当て、ウインクすると同時に、そのスキルの名を宣言する。


 ────そのスキルの名を。



「【真実の切り札ファントム・ジョーカー】!」



 厨二が手にしている黒棍スチルの形状が変化し、禍々しいオーラを放つ漆黒の鎌へと変貌する。

 聖なる焔を揺らめかせながら、もう片方の手を胸に当て、恭しく一礼した。

 


「【怪盗】銀翼シルバーウィング。今宵、君の命を頂戴しに参上した」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る