#217 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その十七 『ファントム・ミラージュ』
「よし……!!」
ボスエリアから響くリヴァイアの絶叫を聞いて、小さくガッツポーズをする。
ボッサンの
たった一撃、されど一撃。
この一撃は、単純な数値の変動のみならず、味方の士気の向上にも繋がってくるだろう。
聖なる焔は効力を失い、ライジンの身体から離れると、再びエリア中央に戻り、静かに揺らめき始める。
≪ここに証は示された。聖なる焔は受け継がれる……≫
続けてシステムメッセージがポップすると、【穢れた者】のデバフが付与された。
と言う事は、俺達の誰かに再び【聖なる証】のバフが付与された訳だ。
絶望的な差と思えたリヴァイアに対して、被害ゼロで一方的な大ダメージを与えられたのは大きい。この調子で行けば……!!
『……クハハ、期待以上だ、人間! ……行くぞ、加減は無しだ!』
「────ッ!」
次の瞬間、ぞわっと身の毛がよだつ気配が【海遊庭園】の全エリアへ放たれる。
その強烈な殺気を浴び、その場に縫い付けられたかのように足が止まってしまう。
『【大地激震】!!』
リヴァイアが魔力を込めた巨大な腕を振り上げると、地面に勢い良く叩き付ける。
魔力が浸透していくと、波紋のように振動が広がっていく。その振動はボスエリアに繋がる道中の通路にも広がっていき、エリア全体が波打つように大きく揺れ始めた。
「ッ、これはヤバい……ッ!!」
まともに立っている事すら出来ず、鏃を地面に突き立て固定する事で事なきを得る。
何とか前へと視線を向けると、ボスエリアにヒビが広がっていき、聖なる焔が存在する中央の地面一帯を除いて崩落を始めていた。
それを見て、慌てて声を張り上げる。
「ボッサン、そっちの状況は!?」
「間一髪で大丈夫だ! ライジンとポンもな! ……だが、足場が減っちまったのは想定外だな……!!」
ボスエリアの崩落に伴い、ボッサン達は各自【空中床作成】で作成した足場に乗り、空中で留まっている状態だ。
【空中床作成】は、一旦地面を経由しないとスキルのリキャストが行われない。
勿論作成した空中床には制限時間も存在するので、非常にマズイ状況だ。
すぐにボッサン達のカバーに向かおうにも、迂闊に動いてモンスター達に囲まれてしまえば一巻の終わり。
どう打開すべきか思考を巡らせていると、新しい接続が割り込んでくる。
「大ピンチの所悪いけど割り込み失礼するよ。……村人クン、ちょっと後ろ見てくれない?」
「厨二どうした……ってうわ!? モンスター全部連れてきやがったなお前!?」
後ろと言われたので後方に振り返ってみると、厨二が【海遊庭園】の全モンスターを引き連れながら爆走していた。
しかも小脇に白目を剥いている串焼き先輩も抱えて。
「もう既に最悪な状況なんだけど、追加で悪い知らせだよぉ。……僕が
厨二の言葉を聞いて、思わず顔を引き攣らせる。
恐らく聖なる証は、俺達六人の中からランダムで選出されている。
ランダムで選出されている以上、対策のしようが無いが……それにしても運が悪いとしか言いようがない。
厨二はそんな最悪な状況を微塵も感じさせない笑顔を浮かべると。
「と、言う訳で。……村人クン、ちょっと
「は?」
厨二の言葉に、思わず間の抜けた声が漏れる。
ちょっと待て、あいつ今収納って言ったか? ……何を? ……人を!?
颯爽とうねる地面をスキルの効果で器用に駆け抜けながら、厨二はにやにやとした笑みのまま続ける。
「説明してる時間も無いから、ちょーっと失礼するよぉ。……ま、揺り籠に揺られてる気分でおねんねしてると良いさぁ」
「お前昨日あれだけ言ったのに新スキル作ってやがったな!?」
「まあ、今しがた作ったばっかだからこればかりは許して欲しいんだよねぇ」
この状況に対応する為に作ったって事か。それなら許す……と言いたいところだけど結局どういうスキルなのか分からないから受けたくねえ! ましてやあの厨二だし!
だが、この状況だ、四の五の言ってられねぇ!
「来い、厨……」
くいっ、と。
いつの間にか腕に巻き付いていたワイヤーによって、身体が引っ張られる。
安全地帯ギリギリに立っていた俺は、そのまま厨二の方……安全地帯の外へと引き摺り出される。
「【スナップ・スタン】」
「あ」
引き摺り出されてすぐ、パチンと音が響くと同時に【気絶】状態が付与され、急速に意識が遠退いていく。
……あの野郎、躊躇いもなくやりやがった……後で覚えてろ……。
◇
「到着っと」
中間エリアに降り立った厨二は、気絶した村人Aの前に立つ。
先ほど忠告すらせず気絶させた串焼き団子を村人Aの隣に下ろすと、厨二は徐にウインドウを操作し始める。
「えぇっと、今手持ちの中で
ウインドウをスクロールし、厨二はお目当てのアイテムを見つけると、そこで止める。
そのアイテム……袋に包まれた小さな飴を幾つか取り出すとその一つを口の中に放り込む。
コロコロと舌の上で飴を転がしながら、両手で一つずつ飴を持った。
「さぁて、たまにはイカサママジシャンらしく、手品でも披露しようかな」
厨二が付いているジョブ……【怪盗】は、純粋な『盗み』の技術に特化した初級職、【
まるで手品のようなスキルを用いながら相手を翻弄する、というのが【怪盗】の戦闘スタイルであり、他人を欺き翻弄する事が得意な厨二にぴったりのジョブである。
「ここに二つの飴があります。みっつ数えるとあら不思議。……
ドズン!と人間大のサイズにまで巨大化した飴玉が、串焼き団子と村人Aが気絶していた場所に出現する。それと入れ替わるように、厨二の掌の上に飴玉サイズの串焼き団子と村人Aが出現した。
そのスキルの名は【
「やっぱこの手のギミックは裏を突いてなんぼだよねぇ。……向こうがそう設定してるんだから、文句なんて無いはずだよねぇ?」
そう呟くと、この状況をきっと見ているだろう運営に対してあくどい笑みを向ける厨二。
初見攻略時の、リザードの毒棘を浴びた串焼き団子が、一瞬にして毒が全身に回り、デスポーンした時の事を思い出す。あの時の状況を察するに、バフとデバフで時間加速の仕様が違うのだろうと予想していた。
もし本当に加速
だから、こう推測した。デバフの場合、
その推測は正しく、厨二の使ったスキル、【スナップ・スタン】の効果で気絶させられる時間は本来一瞬だけだ。しかし、気絶させられた村人Aと串焼き団子の【気絶】の効果時間は、無限大にまで引き延ばされていた。
その仕様を悪用し、【
(
そのまま手を握れば潰れてしまう程のサイズとなった二人を懐に大事にしまうと、上方へと視線を向ける。
そこにはシャボン玉に張り付くように、大量のモンスター達が蠢いていた。
「うーん……
そう言うと、厨二は巨大化した飴玉に勢いよく駆け寄った。
その速度のまま、厨二は鋭い蹴りを繰り出すと、飴玉が凄まじい勢いで吹き飛んだ。
「即席! キャンディ☆スマッシュ!」
シャボン玉に張り付いていたリザード達が飴玉と衝突すると、まるでボウリングのピンのように吹き飛んだ。
そうしてこじ開けた穴から厨二が飛び出すと、【海遊庭園】に存在する全モンスターのヘイトが厨二に集中する。
「これで皆の視線はボクに釘付け、と。……いや。まだ若干一名、足りないよねぇ?」
リザード達の猛攻を躱しながら、厨二は前方で戦闘を継続しているリヴァイアを見据える。
厨二は跳躍すると、リヴァイアに向けて一つウインクする。
「僕は【怪盗】。君の視線も『盗んで』やるのサ! 【視線釘付】!!」
『……む?』
スキルを発動させると、リヴァイアのヘイトが強制的に厨二に向けられる。
【海遊庭園】のモンスター全部を引き連れ、そしてボスであるリヴァイアのヘイトまで一身に引き受けて。
明らかに自殺行為にしか思えない厨二の行動に、ボッサン達はぎょっとした表情を浮かべているのが視界に入る。
(残り三分、か。……それまでにボスエリアに到達して、聖なる焔に触れなければならない。……良いね、楽しくなってきた!)
【聖なる証】の制限時間は後三分。
この逆境をむしろ楽しんでいる厨二は、目を怪しく光らせる。
「さぁ、開宴だ。──【
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