#215 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その十五 『リヴァイアとの攻防』


 目にも止まらぬ早さで腕が振り下ろされる。

 ライジンの身体を優に上回るサイズの腕は、ただの叩き潰しですら破壊力が凄まじい。

 指の間を抜けるようにライジンが回避すると、続く腕での横薙ぎ払い攻撃を跳躍してやり過ごした。

 空中に飛んだライジンを叩き落そうと、リヴァイアは即座に水弾を生成、射出。

 それを見たライジンは【空中床作成】を壁のように展開させ、水弾を処理。

 地面に降り立つと、【クリティカルゾーン・改】を発動。周囲にクリティカル率を向上させるフィールドを形成すると、【雷鳴疾走】でリヴァイアとの距離を詰める。

 双剣を交差させ、リヴァイアの身体をX字に切り裂くと、少量の赤いポリゴンが宙を舞った。

 ライジンを引き剥がそうとリヴァイアの口にマナが収束し、超高水圧のレーザーがライジンの居る場所に向けて解き放たれる。

 身を捩る事でかろうじて回避する事に成功したライジンだったが、レーザーはその勢いのままフィールドを蹂躙する。レーザーが通過した地面が隆起すると、大爆発を起こした。

 その衝撃に巻き込まれたライジンはダメージを少なからず負うが、すぐさまHPポーションを頭からかぶる事で体勢を立て直す。

 その隙を逃さず、リヴァイアの鋭い爪がライジンに迫る。

 双剣で滑らせるように攻撃を受け流すと、リヴァイアの下から素早く離脱。距離を置いたライジンは苦し気に息を吐き出した。


(息を吐く暇すら与えてくれねぇ……! ……一人で挑むのは早計だったか?)


 一瞬でも判断を間違えた時点で即死に繋がる状況は、ライジンの神経を容赦なく擦り減らす。

 リヴァイアを牽制するように双剣を構えていると、リヴァイアが動き出す。


『来ないのであればこちらから行くぞ』


 リヴァイアが指を振るうと、大量の水の塊が生成され、剣の形へと変えていく。

 キングアクアドラゴンが発狂モード時に使用した技と同じ技だ。

 もう一度指を振るうと剣が射出され、ライジンを追従するように飛来してくるそれを、障害物で遮ってやり過ごした。

 キングアクアドラゴンであるのならばそれで終わった筈の技も、リヴァイアでは終わらない。


「──ッ!?」


 障害物に遮られた事によって弾け飛んだ水が収束し、巨人のような形を形成し始める。


『【水温上昇】』


 水の巨人はリヴァイアの魔法によって熱が与えられ、次第に赤く染まっていくと、地面を溶かし始めた。岩石を呑み込み、巨人はドロリと粘性を帯びた物へと変化していく。

 嫌な予感を察知したライジンは巨人から距離を取ろうと、【雷鳴疾走】を発動。


 すぐさま巨人は立ち上がり、ライジンを呑み込まんと襲い掛かった所で──


『【巨人の落涙タイタンズ・ティア】』


 赤熱化した巨人に、リヴァイアが水弾をぶつける。

 

 次の瞬間。


 ズドォオオオオオオオオオオオオオオオン!!!


 高温になった巨人に水弾が触れた事で、水の体積が何倍にも膨れ上がり、大爆発を起こした。

 至近距離での水蒸気爆発。人間の身体が、耐えられる筈も無い。


『……呆気ない物よ』


 余りにも呆気ない決着に、リヴァイアは呆れ混じりの吐息を漏らす。


『……名乗りを上げるまでも無かったか』


 龍族にとって、名乗りを上げる事は、相対する者を自身を脅かす強敵と認める事を意味する。

 プライドの高い龍族にとって、自身と同等の存在とまで認める事は滅多に無いのだ。


 それ故に、ライジンが名乗りを上げるまでも無かった存在であった事に、落胆を隠しきれない。


『……残る者達も片付けるか』


 村人達を始末しようと水弾を生成したが……生成直後に両断され、弾け飛ぶ。

 リヴァイアは思わず目を見開き、視線を先ほど巨人が爆発した地点へと向けると。


「はぁーッ、はぁーッ……!! っぶねぇ……!!」


 そこに立っていたのは、双剣を振るった体勢で硬直していたライジンだった。


 ライジンは、爆発の瞬間、【ジャストステップ】の進化スキル……【流衣るい転身てんしん】の効果で無敵時間を発生させ、やり過ごした。

 直後、時間加速ギミックが発動。爆発によるダメージは無敵時間によって無効化出来たが、即無敵時間が終了し、爆発の衝撃までは緩和する事が出来なかった。

 だが、瀕死間際にまでHPを減らされはしたものの……生き延びる事に成功した。


 ライジンは息を整えると、リヴァイアに向けて不敵な笑みを浮かべた。


「どうしたリヴァイア、心底驚いた表情で固まって? ……言っただろ? 俺達トラベラーは頑丈なんだぜ?」


『クク…………クハハハハハハハッ!!! そうだな、そうでなくてはな!』


 ライジンの挑発染みた言葉に、リヴァイアは愉快そうに笑うと、攻撃を再開する。

 再び始まったリヴァイアの猛攻を避け続けながら、ライジンは思考を巡らせる。


(ギミックの仕様上、【灼天】が使えないのは致命的だ。……そのせいで、俺のダメージソースは限られてる)


 ライジンは、取得したスキルポイントの大半を、スキルそのものが成長し、派生するスキルである【灼天】に注いでいる。

 だが、自傷ダメージの伴う【灼天】はデバフが加速するこの空間では使用する事が出来ない。


(この状況をどうにか出来る唯一の可能性は、リヴァイア戦での最重要ギミック……聖なる焔に触れてみるしかない)


 ライジンは、HPバーの下に付いていた物に意識を向ける。

 このリヴァイア戦が始まった直後に付いたバフ。そして、そこに刻まれた数字を見て、歯を食いしばった。


(せめて、もう一人……! 俺以外に、リヴァイアの注意を逸らせる人間が欲しい……!)



 


「村人君! ! これは!?」


 ポンの焦ったような声を聞いて初めて、HPバーの下にいつの間にか出現していたその存在に気付く。

 だが、デバフが付与されたタイミング的に考えて、その正体は大方予想は付いている。


「全員に通達。ライジンがボスエリアに到着及び戦闘を開始。それぞれデバフが付いていると思うが、それはボス戦でのギミックだと思われる。至急援護に向かいたいところだが、こちらが焦ってモンスター達に襲われてしまえば今までの苦労が水の泡だ。慎重にボスエリアに向かうぞ!」


『了解!』


 ライジンがリヴァイアとの戦闘を開始すると同時に付与されたデバフに意識を集中すると、詳細が表示される。


 【穢れた者】。


 『証を持たざる者』と端的な説明だけが記載されているデバフだ。


 恐らくこれはライジンが以前言っていた、『水中の火』伝説をモチーフとしたギミックの一部なのだろう。

 確か伝説の内容だと、資格を持つ者のみが聖なる火に触れる事が出来るという話だった筈だ。


 ライジンの呼応のブレスレットを通して聞こえてきたが、リヴァイアは『我が守護するは、深海に灯る聖なるほのお。もし貴様が聖なるほのおを手にする資格があるのならば、その証を我に示せ!』と言っていた。

 つまり、この【穢れた者】以外のデバフが付いた誰かが聖なる焔を手にし、それをなんらかの形でリヴァイアに証明する事でボス戦が進行するのだろう。


「確認したいんだが、俺は今【穢れた者】ってデバフが付いている。この【穢れた者】というデバフ以外で別のデバフが付いた奴は居るか?」


「……村人、今、俺には【聖なる証】ってが付いている。偶然かは知らないが、俺だけが聖なる焔に触れる資格があるらしい……っと、あぶねぇ!」


 と、ライジンからあまり余裕の無い声音での返答が返ってくる。

 【千里眼】越しに見るライジンは、リヴァイアの猛攻をギリギリで回避していた。

 リヴァイアが放つ大量の水弾を切り裂きながら、ライジンが吠えるように続ける。


「だが、俺一人であの焔に触れに行くのは無理ゲーだ! 回避するので手一杯だし、何とか猛攻を掻い潜ってこっちの攻撃を当てても微粒子レベルのダメージしか入らねえ。多分、聖なる焔に触れる事でリヴァイアに対してまともなダメージを与える事が出来るんだろう。……前もって予想していた通り、こいつはだ!」


 予め予想していたリヴァイア戦における二つの可能性。一つは、聖なる焔に触れる事で特殊勝利するというタイプの戦闘という可能性。もう一つは、真っ向から戦う純粋な全力勝負であり、聖なる焔は壊滅しない為の必須ギミックの可能性。

 恐らく、現状を見る限り後者が該当するのだろう。


「皆が到着するまで耐久するつもりだったが、あまり悠長にもしてられないみたいだ。どうやらバフが付いてから五分間の制限時間があるようだ。……俺が五分以内に聖なる火に触れられないと、巻き沿えで壊滅するかもしれない」


「それはマズいな!?」


「ああ。……だからせめて、俺の他にもう一人、カバーしてくれる人間が欲しい。……どうにかならないか?」


 ライジン一人で戦闘を開始したのは、判断として間違っていないだろうが、壊滅するとなれば話は別だ。

 今壊滅すれば間違いなく俺達はスタート地点に戻される。『身代わりの護符』を使用してまで強行したライジンの行動が無駄になってしまうのだけは避けたい。


 どうするべきか、と判断を出しあぐねていると。


「村人君、ライジンさんがマズいんですか?」


「ああ、どうやらライジンは【聖なる証】っていう聖なる焔に触れる事が出来るバフを持っているみたいだ。だが、時間制限があるみたいで、時間も残り少ないらしい。順番的にはポンが次にボスエリアに到達する事になるから、到着次第すぐカバーに回ってくれ!」


「了解です! ちょっと無理してかっ飛ばします!」


「えっ、ちょま、まだモンスターが前に居るんだけど!?」


 さっき俺、慎重に行こうって言ったばかりだよね!?


 次の瞬間、ポンのいる中間地点が派手な爆発を起こした。

 音速に迫る勢いで飛び出したポンは、モンスター達の隙間を掻い潜り、ボス手前の中間地点に到着する事に成功する。

 しかし、その強行軍の影響でモンスター達はポンの居る中間地点に固まってしまい、身動きが取れなくなってしまう。


「……ええい、ままよ! ポンを最優先でボス前に運べ! その代わり俺達の到着は少し遅れるからそれまで二人で頑張ってくれ!」


「了解です。モンスターが離れ次第すぐに移動開始します!」


「悪い、村人。助かる!」


 安牌を取って最後方までモンスター達を戻してから行ってくれと言おうと思ったのだが、次の中間地点に到着出来たのならまあ結果オーライだ!

 とはいえ、最後方に居る厨二の負担が増えてしまった事には変わりないから……。


「……厨二、今の強行軍で少しお前の負担が増えたんだが大丈夫か?」


「僕を誰だと思ってるんだい? 僕からしたらこの程度、お茶の子さいさいなんだよねぇ!」


 厨二からの頼もしい言葉が聞けて、思わず口の端を吊り上げる。

 あまりネガティブな事を言っても、全体の士気に関わる。ここらでいっちょ、司令塔らしく気の利いた台詞でも言ってやろうかね!


「折角の生放送中だ! ライジンのリスナー諸君に、変人連合の底力を見せつけてやれ!」


『おう!』





 リヴァイアは、目の前に居る人間達の評価を改めていた。


(この短期間にここまで成長してくるとはな)


 ほんの一週間前、二つ名レイドに挑戦し、この【海遊庭園】に訪れたライジン達とはまるで別人。

 玩具で遊ぶような攻撃にすら反応出来なかった人間達が、長い時を生きる龍であるリヴァイアからすれば瞬きする程の期間でここまで食らいつけるようになるとは思いもしなかった。


(ヒトとは真に侮れぬ生物よ。我らが母龍、【龍王】ユグドラシルですらも他ならぬヒトの手によって痛手を負わされた。……慢心すれば、我の喉元に届きうる存在だと言う事をすっかり忘れておったわ)


 水弾を大量に生成し、聖火に近付こうとしていたライジンに向けて放つ。

 それをライジンは必要最低限な動きだけで回避し、リヴァイアの近くにまで詰め寄り、双剣で斬り付けた。

 すぐさま手を振り下ろして叩き潰そうとするが、ライジンはスキルを使用してその場を離れると、牽制するように双剣を構える。

 

(……クク、これ程までに血沸き肉躍る感覚はいつぶりか? 深海の王、アルター・ゲネストとの覇王争い以来か? それとも英雄アルバートとの決戦以来か?)


 リヴァイアはかつて交えた強者達との戦いを想起させるライジンの奮闘ぶりに、高揚感を隠し切れず笑みが漏れる。

 【龍王】の命に従い、深海に姿を隠していた事もあり、三千年もの間自分に立ち向かってくるような存在とは出会う事が出来なかったリヴァイアにとって、脅威とも言えるライジン達の存在は、何よりも求めていた物だった……が。


(……だが、私も随分と衰えた物だな)


 自分の攻撃に対し、全て捌き切っているライジンを見て、リヴァイアは目を細める。


 三千年という長い期間は、リヴァイアを衰えさせるには十分過ぎる期間だった。

 リヴェリアが自身を凍結する事で生き長らえていたように……リヴァイアもまた、行動を抑制する事で生き長らえていたのである。

 結局、長い時を生きる事が出来る龍と言えど、老化には勝てないのである。



 ──『並大抵の龍であれば』の話だが。



。……本当の力を見せてやろう。人間)



 その時、ドクンとリヴァイアの身体が大きく脈打つ。


 龍本来が持つ、闘争本能。その衝動に身を委ね、リヴァイアは咆哮する。

 ビリビリと大気が震え、リヴァイアの周囲に黒い光が漂い始めた。



 この世界を生きる生物は、基本的に万物を構成する物質であるマナによって形作られている。

 肉体の老化も、身体を構成しているマナが、月日を重ねる事で流れが停滞していく事によって表層に表れている現象だ。


 つまり、そのを取り除けば、実質的な若返りが可能なのである。


 高位の龍がその強大な肉体を制御する為に持つ生命維持器官……【龍の炉心核ドラゴンハート】から溢れ出る無尽蔵のマナがあれば、停滞していたマナを活発化させる事など容易い事だ。

 【龍王】が三千年の間、【龍脈の霊峰】にて自身の身体を癒していたように。

 リヴァイアも応戦しながら、少しずつ、自身の肉体の再生を行っていた。


 


 青紫色だった鱗が、深海を思わせる青黒い色へと変貌していく。

 身体に刻まれていた生傷が修復されていき、美しい光沢を放ち始める。

 全身にマナが満ち、その溢れ出る力を開放しようとリヴァイアがライジンと向き合うと。


『恐れ慄け人間よ。……これが我の全盛期の────』


 ズドォォォォン!!!


 と、その時突然リヴァイアの顔面が凄まじい爆発に巻き込まれた。

 それを【千里眼】越しに見た村人Aは、思わずため息を吐くと。


「あー、うん。ポン。多分だけど、リヴァイアが決め台詞吐こうとしてた所だと思うぞ。普通に可哀想だからやめてやれ」


「え!? そんな悠長に覚醒しますよって動作してたら、攻撃しません!? こういう変身シーンってかなりの大チャンスだと思うんですが!?」

 

「いやまあそうなんだけど……流石に容赦無さ過ぎて笑うわ」


 合流したばかりのポンが、容赦なく爆撃をお見舞いしたせいで、リヴァイアは完全に沈黙してしまった。

 ライジンも一瞬呆気に取られた表情で硬直したが、すぐさま気を取り直して行動に移す。


「……まあ、向こうから隙を作ってくれたんだから、有効活用しない手は無いよな」


 と、ポンがリヴァイアを不意打ちで攻撃した事で作り出せた隙に、ライジンは聖なる焔に触れる事に成功する。

 すると、聖なる焔が燃え移り、ライジンの全身が瞬く間に燃え始めた。


「ライジンさん!?」


 ポンが慌てたように声を上げるが、ライジンは火傷を負う所か、平然としていた。

 しばしライジンはそのまま自分の掌を凝視していたが、ふむと呟くと。


「なるほど、か。……単純明快で分かりやすいな」



 そして──この空間において、最もあり得ない行為を選択した。



「《空を灼け》──【灼天】!」



────

【補足】


【深海の王アルター・ゲネスト】

3000年前【龍王】が人類に敗北した事により、海へとその姿を隠す事となったリヴァイアが、海の支配権を巡り、その座を争った超巨大蛸。

一週間にも及ぶ大激戦の末、リヴァイアがかろうじて辛勝を果たし、アルター・ゲネストは人類未踏の深海へと姿を消した。

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