#207 それぞれの決戦準備 sideシオンその二
「また失敗……ッ!」
パキン、と音を立てて割れたネックレスの成りそこないを握りしめて、シオンは歯噛みする。
感応石、呼応石の簡易化を目指し、装備作製を始めて二日が経過した。
その間、進展はあまりしていなかった。何しろシオン達が挑んでいるのは、付属効果を持たせたオリジナル装備の作製。質の良い素材から防具を作れば後から付属効果が付く場合もあるが、狙った効果を求めての装備作製の難易度はかなりの物だ。
悔しそうな表情を浮かべているシオンを見て、休憩を終えてログインしたばかりの紅鉄が一つため息を吐いた。
「まだ二日よ。そんなに焦る事は無いわ」
「……もう二日経ってるの間違い。……皆は先に進んでいるのに、私だけここで詰まってる。……遅れを、取り戻さないと」
シオンはそう言うと、再び素材を取り出し始める。
身体中煤だらけで、普段から眠そうな瞳のシオンだが、今は殆ど目が閉じかけている状態だ。
……相当長い時間、この工房に籠りきりという事が窺い知れた。
シオンが素材を置いて、ハンマーを取り出した所でぐらりと身体が揺らぐ。
慌てて紅鉄が駆け寄り、シオンの身体が地面に接触する前に抱き留めた。
「ちょっと!? 大丈夫!?」
「……大丈夫、ちょっと眩暈がして意識が遠退いただけ」
「それは大丈夫って言わないのよ! シオン、この二日の睡眠時間は?」
「……一時間だけ、仮眠した」
「一時間て……」
シオンは身体を起こすと、頬をぺしぺし叩いて「よし」と呟く。
こんな状態になってまで、彼女はまだ作業を続けるつもりのようだ。
そんな彼女を見かねた紅鉄は微かに震えるシオンの手に触れると。
「馬鹿! すぐに手に持ってるハンマーを置きなさい。……少し、休憩するべきだわ。ここに居るって事は、プロの方の練習は無いんでしょう? 今すぐログアウトして、寝てきなさい」
「……全く成果も出てないのに、寝てる暇なんてない。間に合わなかったら、皆に合わせる顔が無い。……手を放して、紅鉄」
「断るわ。貴女の気持ちは分かるけど、今ここで身体を壊したらどうなると思う? プロの方にも、こっちの方にも支障が出るのよ。少しは考えて発言しなさい」
「……う」
紅鉄の言葉に、言葉を詰まらせるシオン。
最悪、倒れてしまえば二日どころかそれ以上の期間ロスする可能性だってある。
寝不足で思考力が低下しているとは言え、それぐらいの事は理解出来た。
理屈では分かってはいるが……それでも自分の不甲斐なさに、居ても経っても居られないのだ。
「貴女がプロゲーマーだから、現実よりもこっちの方に耐性があるのは知ってるわ。けどね、こっちはあくまで仮初の肉体なの。……長時間ダイブし続けて現実の方の身体が参ってしまえば元も子も無いわ」
「……その通り、だけど」
「そうやって何もかも一人で抱え込まないの。そうならないように、あたしに頼ってきたんでしょ? 休憩しなきゃ進む物も進まないわ。ほら、作業はあたしが引き継いであげるからさっさとログアウトして寝なさい」
「……ごめん。ありがとう、紅鉄」
そう言うと、うつらうつらとしながらシオンはウインドウを操作してログアウトする。
その身体が光の粒子となって消えていったのを見届けてから、紅鉄は視線を彷徨わせる。
探していた物を見つけると、その傍へと近寄り、軽く蹴りを入れた。
「あっ、いたいた。寝るなら寝るでログアウトしなさい。不用心過ぎるわ」
「ったぁ!? 酷いっすよ
地面に寝っ転がって唸っていたごるでんは半泣きになりながら悲鳴をあげると、紅鉄はふんと鼻を鳴らす。
「ただ軽く小突いただけで死ぬわけないじゃない、大げさね。それより、あんたの方は進んでるの?」
「ひでぇ、まぁ姐さんに蹴られるのはご褒美だから良いんすけど……」
「じゃあ次は眼球に行くわね」
「それマジで洒落にならん奴!!!」
慌てて起き上がった寝ぼけ眼のごるでんは頭を掻くと、足元に転がっていたネックレスとブレスレットを持ち上げる。
「まぁ、シオンちゃんと合同で進めてるんで基礎部分は何とか仕上がった感じっすね。取り敢えず戦闘時での利便性を重視して、『増幅石』を使ったネックレスとブレスレットにしてみたんすけど、これだと『呼応石』と『感応石』間の通信強化にしかならないんすよね。目標である『通信機能の簡易化』には程遠いんすよ」
「確かデフォルトの通信出来る距離が直線距離で100mまでなんだっけ? その距離を延長出来たのならそれだけでも上々じゃない」
「そうなんすけど……でも結局、発動条件である『感応石と呼応石を打ち合わせる』って動作は省略出来て無いんで、通信距離を伸ばした所でって感じで詰まってるんすよね。なんか良いアイデア無いっすかねー」
そう言ってごるでんはお手上げだとばかりに、深くため息を吐いた。
増幅石の役割は魔力を帯びた鉱石や石の効力、及び出力の増強だ。
どう足掻いても、現状の課題点である動作の省略には繋がりようも無い。
「……動作の省略、ねぇ」
ごるでんの言葉を聞いて、紅鉄は顎に手を添えて思索に耽る。
増幅石の仕組みや、感応石と呼応石の仕組みについて今一度脳内で再確認していた所で──
──ふと、とあるアイデアが紅鉄の脳内に舞い降りた。
「……ん? ねぇ、感応石と呼応石って、『打ち付ける』事で初めてマナのパスが繋がるのよね?」
「まぁ、そっすね。そうしないと自然に転がってる石同士で勝手に発動しちゃいますし」
「ならさ、そのパスの機能を
「……あ」
紅鉄の言葉に、ごるでんは思わず声を漏らす。
発想の転換。ネックレスとブレスレットはあくまで、『感応石』と『呼応石』の出力増強の為にしか用いていなかったが、
ごるでんは閉じかけていた目を見開き、すぐさま考え込み始める。
「そうか、それなら毎回感応石と呼応石を打ち付ける動作を省略しつつ、石自体の消費量も抑えられる。増幅石にばかり囚われていたけど、感応石と呼応石自体をアクセサリーにするって発想は無かった。……マジでお手柄っすよ姐さん!!」
「ふふん、やっぱ休憩って大事ねー。ずっと作業ぶっ通しでやってたら絶対同じ所で行き詰っていたでしょうし。ちなみにごるでん、今何時間連続インしてる?」
「トイレ抜けば今十時間っすね。そろそろ一度飯落ちしようかなって思ってた所っすけど」
「駄目、後三時間は付き合いなさい」
「シオンちゃんには優しかったっすけど俺には手厳しいっすね!? しかも今姐さん休憩の重要性説いてませんでした!? まあ俺もやりたいから手伝うっすけども!!」
長時間の作業でテンションハイになってしまっているごるでんは半ば自棄になりながら叫ぶ。
しかし、具体的なアイデアが出た事でやる気が出たのか、すぐさま素材を取り出して加工し始めるごるでん。
(フラッシュアイデアにしては上々だけど、それを形にするのは難しい。呼応石と感応石は加工するにしても脆いから他の鉱石と混ぜて硬度を上げる必要がある。……絶妙な繊細さが求められるから、ごるでんに声を掛けたのは正解だった)
元々別ゲーのフレンドだったごるでんだったが、そのゲームで彼はイベントでのクラフターランキング上位常連のプレイヤーだった。
一つの事に集中する忍耐力はさることながら、作製する装備やアイテムに対して妥協を一切しないプレイヤーだからこそ、今回の作業において非常に信頼出来る。
(さて、ここから何時間で第一号が仕上がるかな)
まだ構想が出来た段階で、根本的な問題の解決にはなっていないが、それでもこの気付きは間違いなく完成系に繋がる大きな一歩だ。
紅鉄は気合を入れる為に袖をまくると、口元に弧を描いた。
「シオンが帰ってくる前に、試作品一号ぐらいは完成させるわよ!」
「はい!」
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