#206 それぞれの決戦準備 sideバトルチームその三


「産みの親……!?」


 名前が似通っていたから何かしら接点があるとは思ってはいたが、想像以上にとんでも無い爆弾でした。

 これ絶対踏み抜いちゃいけないタイプの地雷だろ……!?


『そうだ。……とは言っても、龍族の掟に従い、産まれてすぐに外界に放り出されたからこの数千年会っていないがな。……まさか、我が父と遭遇したとでも言うのか?』


 リヴェリアの眼がこちらへと向けられる。マズイ、どう答えるのが正解なのだろうか。

 レイドボスである以上、俺達とリヴァイア・ネプチューンが戦わないという選択肢は存在しない。特殊勝利条件ならまだしも、全力で衝突する事になれば倒す可能性だってある。

 ここで倒すと宣言すれば、リヴェリアと敵対する事になってもおかしくはない。


 ……ここからは慎重に話を進めないとな。


「……ああ。ここからずっと離れた海の底で、リヴァイアと遭遇してそのまま戦闘になった。……まあ、一瞬で殺されたがな」


『であろうな。隠居したとは言え奴は『五天龍』の一角。私如きに苦戦していた貴様らが太刀打ち出来る相手では無かろうよ』


 ふ、とリヴェリアが半ば馬鹿にするように笑った。

 あの、私如きって言ってますけど貴方、一応数千年レベルで生きてる龍ですよね? 十分生ける伝説では?


 まあそれは置いといて。さっきから気になってる単語があるんだよな。


「……所でその、さっきから言っている『五天龍』ってなんなんだ?」


『……そうか、貴様らは記憶を失っているのだったな。『五天龍』とは、【龍王】ユグドラシルが最初に産み出した五匹の龍達に冠された名だ。かつて大地を人と龍が支配していた時代、各地でその力を振るい、名を轟かせていた物よ。だが、三千年前【龍王】が人間に敗北した事によって『五天龍』達は【龍王】の命に従い姿を消した。……来るべき時が来るまで決して姿を現すなと言われていたようだが、まさかあの『五天龍』が貴様らの前に姿を現すとはな』


 『五天龍』のついでにしれっととんでもない事実を聞かされたんですが。

 しかしまた三千年前と来たか。『大粛清』の時期とも重なるし、やはりSBO世界における重要な転換点は三千年前にあったと見て間違いなさそうだな。


 …………ん? ちょっと待て。


「……【龍王】が人間に負けた!?」


『そうだ。人間は見た事も無い魔導兵器を用いて龍族に宣戦布告し、その圧倒的な力で【龍王】ユグドラシルを一方的に蹂躙したとされている。……その凄まじい技術も、どうやら『大粛清』の影響で失われたようだがな』


 思わず大声を上げてしまうと、リヴェリアは淡々と語る。

 嘘だろオイ、龍滅砲とか大光縄とか見た感じ三千年前の人類のオーバーテクノロジーっぷりは何となく分かっていたけど、あの【龍王】を一方的に蹂躙した?

 ……よく考えたら魔改造された銃器とかも存在してたみたいだもんな。そんな事も可能なのかも……いやどう足掻いても咆哮一発で吹き飛ばされる未来しか見えねえわ。


 ライジンが顎に手を添えながら考え込む様子を見せていたが、リヴェリアへと顔を向ける。


「……俺達が相対した【龍王】は全盛期の力で無かったのにも関わらず凄まじい力を持っていた。全力で抵抗すれば幾ら兵器があろうと太刀打ち出来ないと思うんだが……」


『正面から正々堂々戦えば辛うじて相打ち程度には持っていけたであろうな。だが、【龍王】は元々心優しき王であった。盟友を傷つけるなど以ての外という考えだったのが災いしたのであろう。……まさか人間が裏切るとは思ってもみなかっただろうしな』


「……まるで大昔は龍と人は敵対し合ってなかったみたいな言い方だな?」


『ああ。三千年前、龍族は人間と不可侵の盟約を結び、共存していた。互いの足りない部分を補えるよう、龍は力を、人は知恵を使って互いを支え合っていたのだ。だが……どこからかもたらされた超技術によって、人間は強大な力を得てしまった。その結果、均衡が崩れ、力に溺れた人間は龍族を不必要な存在と判断し、排斥したのだ』


 それを聞いて、少しだけ眉を寄せる。

 【龍王】は人類を滅ぼす勢いでサーデストに向けて進行していた。……人間に裏切られたのは分かったが、それだけであそこまでの憎悪を抱くのだろうか。

 俺の表情を見たリヴェリアが、静かに眼を閉じた。


『いまいち納得がいっていなさそうな表情だな。まぁ、貴様の考えている事については何となく分かる。本当に【龍王】と相対したのならば見たのであろう? あの、この世の全てを憎むが如き復讐鬼の姿を。……我ら龍族を排斥しただけなら、【龍王】は人間に憎しみを抱かなかったであろうよ』


 リヴェリアは在りし日を思い出すように虚空へと視線を向ける。


『……傲慢な人間共は高位の龍族だけが持つ、無限にマナが溢れ出る動力源──【龍の炉心核ドラゴンハート】に目を付けたのだ。そして、【龍の炉心核ドラゴンハート】をその手中に収める為、片っ端から龍族を殺戮し始めた。……その悪逆は、龍王の血を色濃く受け継いだ息子……次代の【龍王】にも及んだ。……自分を庇い、惨殺された息子を目の当たりにして、あの優しき王は豹変してしまったのだ』


「そんな……」


 リヴェリアから明かされた【龍王】の憎悪の理由に、ポンが口元を抑える。

 信頼し友として協力し合っていた人間が、私利私欲の為に裏切り、更に息子の命まで奪った。

 それだけの理由があれば、人間に対する憎悪にも納得がいく。三千年前の人間達は今現在生きていないにしても、その子孫達を滅ぼす動機としては十分過ぎる理由だ。

 だが、龍と人間にそのような因縁があるのなら、目の前のこの龍は何故敵意を向けないのだろうか。

 

「あんたは俺達を……人間を憎いとは思わないのか?」


『地上に住まう龍族であるのならともかく、外界には基本的に干渉していない私が人間に憎しみを持つ理由が無い。……幼少期、私は人間によって育てられたのだから尚更な』


 ……と言っても初遭遇時滅茶苦茶怒ってたような気がするんですが。

 いや、それは人間に対してではなくトラベラーに対してだったっけ。


 おっと、脱線する所だった。……幼少期、人間に育てられた、か。


「その、あんたを育てた人間っていうのが、ティーゼ・セレンティシアなのか?」


『そうだ。ティーゼと二人の兄弟……『ネル』と『ヘル』。その三人に拾われ、育てられた事で私はここを……星海の海岸線を根城としている。……トラベラー、かつて貴様の友であった者達だ』


 リヴェリアはそう言うと、こちらをじっと見つめる。

 その瞳は俺達を見ているようで、俺達では無い誰かを見つめているようだった。


『そして貴様らがティーゼの魂に語り掛けられ、止めようとしている者こそネル、ヘルの成れの果てにして……【粛清者】なる者の忠実なるしもべである【粛清の代行者】』


 リヴェリアはそこまで言うと、一拍置いてから、俺達が倒すべき者の名を告げた。



『【双壁】ネラルバ・ヘラルバだ』



 ────なるほど。これでようやく話が繋がった。


 ティーゼ・セレンティシアと、今回判明したネルとヘルという名の兄弟。

 三千年前に存在したらしいトラベラーは、恐らく今の自分達と同じ様に【粛清の代行者】を倒そうと動いていた。その兄弟はトラベラーに賛同し、粛清の代行者を打ち倒さんと旅に出た。

 それが、リヴェリアと初めて遭遇していた時に語っていた『同じ目標を持って切磋琢磨していた』という事なのだろう。


 だが、その兄弟は旅の過程で【粛清の代行者】に成り果ててしまった。

 その理由は『ティーゼを救う為』らしい。確かティーゼは帝国に攫われ、実験体として使われたと語っていた。今も助ける為に動いていると言う事はティーゼ本人も存命なのだろう。

 ……ただ、人として生きていないというのは、本人が語っていたのだから間違いない。

 

 リヴェリア自身は何かきっかけがあって、【双壁】がネル、ヘル兄弟の成れの果てだと気付いたのだろう。

 だからこそ、旅を共にしていたトラベラーに対してあれだけの怒りを見せた。友が道を踏み外してしまったのにも関わらず、それを見過ごしていたのだから。

 

 全容は明らかにはなっていないが、これで殆どの情報が出揃ったな。


 ライジンは……ああ駄目だ、恍惚とした表情浮かべてら。考察厨に摂取させてはいけない量の考察材料を奴に与えてしまったせいでトリップしてんなこいつ。用法・用量はしっかり守ってネ!


 リヴェリアはひとしきり話して疲れたのか、ゆっくりと息を吐くと。


『あの兄弟が【粛清の代行者】となってから貴様らが記憶を失ったのか、それともそれ以前に記憶を失ったのか……それは私には判断しかねる。だが、貴様らが理由も無くあの兄弟を見捨てるとも思えん』


「それは……そうだと思いたいな」


 過去に居たトラベラーがどんな人物なのか分からない以上、下手な事は言えない。

 それを知る為にも、【双壁】を倒して失われた記憶の回復に一歩近づかなければならないしな。


 さて、これで一通り情報は得られたか。……地雷を踏む前に、さっさと帰ろう。


「じゃあ、そろそろ俺らは……」

 

『待て。……これを持っていけ』


 ズガン! と乱雑に地面に投げ捨てられたのは、リヴェリアの鱗と爪。

 それを見て目を見開き、視線をリヴェリアへと持っていくと、ふんと鼻を鳴らした。


『そのような貧相な装備で化け物と成り果てたあの兄弟に敵うと思っているのか? ……それに、話を逸らされたが、我が父とも戦うつもりなのであろう?』


「……バレたか」


『その程度の事を察せない程、衰えてはおらぬ。……どうせ私が貴様らに敵意を向けないのかと危惧しているのであろうが、そのような事は無いから安心するが良い』


「……リヴァイア・ネプチューンはおまえの実の親なんだろ? もしかしたら殺す事になるかもしれないんだぞ?」


『私にとっての親とは、あの兄弟とティーゼの他に居ない。……私の願いは、あの三人を正常な生命の流れ……星の大海に帰す事だ。その障壁となるようであれば、打ち倒してしまえ』


 リヴェリアの血も涙も無い言葉に思わず苦笑いしてしまう。

 だが、そう言う事ならこちらとしては好都合だ。これで遠慮なく、リヴァイアと戦う事が出来る。


『聞きたかった事はそんなところか?』


「ありがとう。想像していたよりも遥かに有益な情報が得られた」


 あわよくばリヴァイアが使ってきそうな技とか知りたかったが、産まれてすぐに外界に出されてしまったのであれば詳しくは知らないだろう。

 『五天龍』の存在、【龍王】の憎悪の理由、そして……【双壁】に関する情報は、三千年前に生きていたリヴェリアだからこそ得られた情報だ。

 今まで断片的にしか得られていなかった情報がまとまりつつある。……この情報は、絶対に【双壁】の攻略のヒントになるはずだ。


 話が一段落すると、リヴェリアが徐に身体を動かし始める。


『今度こそ地上まで送ってやろうか?』


「いや、この後俺達はこの地下迷宮でモンスター達と戦うつもりだ。地上に居るモンスターよりも遥かに強いし、戦闘の経験を積むのに最適な場所だからな」


『そうか。なら、私はまたしばらく眠ろう』


 そう言って、リヴェリアは仄かに冷気を漂わせ、自らの身体を凍結させ始める。

 リヴェリアはこちらへと視線を向け、最後にぽつりと。


『……私も先は長くない。自身の身体を凍結させることで延命しているが、時の流れに身を任せればあの兄弟よりも先に朽ち果てるだろう。……だから、ティーゼと合わせて私の願いも託すぞ、古き友人よ。【双壁】を……ネルを、ヘルを倒してくれ』


「ああ、任せろ。……【双壁】を倒した後にまたお前に会いに来るよ」


 そう言うと、リヴェリアは薄っすらと笑い、氷塊となって眠りについた。


 それからしばらくして、後方からポンがゆっくりと歩み寄ると、隣に立って。


「……絶対、勝ちましょうね」


 その言葉に、静かに首肯する。

 漁村ハーリッドの住民から、ティーゼから、リヴェリアから託された願いを叶える為に。


 自分達に出来る事を為す為に、その場を後にした。

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