#203 それぞれの決戦準備 sideシオンその一


 ──解散の数十分後。


「……まずは、装備を作る為の資金を集めなければいけない」


 シオンはそう呟くと、ウインドウを開いて、アイテムストレージを確認する。

 その中には、【龍王】討伐作戦の際に採掘した鉱石類がずらりと並んでいた。

 そして、そんな彼女の目の前にあるのはマーケットボード。トラベラー間で取引を行う事が可能な設備であり、その実態はとあるを介して情報のやり取りが行われている事で成立しているのだが……それをプレイヤー達が知る由も無い。


「……対【龍王】戦で得たアイテム。これをある程度の数、捌く必要がある」


 シオンはウインドウを操作しながら、ボッサンの言葉を思い出す。

 色々なMMOゲームを渡り歩いてきた彼のアドバイスは、非常に参考になる物だった。



「良いかシオン。このゲームのマーケットボードではリアルタイムでプレイヤー達と取引する事になる。FPS漬けのお前さんはあんまりそう言った知識は無いだろうから、色々と伝授しよう」


「……ん。お願い、ボッサン先生」


「先生って柄じゃねぇんだが……まあ良いか。何をするにしても一番最初にする事は相場の確認だ。おおよその相場の値段は、現在出されている商品の価格と他プレイヤーの取引履歴を見れば判断出来る」


「例を挙げると、取引履歴よりも出品価格が高い場合は、直後に取引が行われている事が多い。現在出品されている価格の中での最低価格で出品すれば、即売れる可能性が高いな。逆に取引履歴より出品価格が低い場合は、前回の取引からそれなりに時間が離れている場合が多い。なんでか分かるか?」


「……誰も買わないから、値下げして買わせようとしてる?」


「正解だ。商品が買われない限り、何としても商品を売りたい出品者同士の値下げ合戦は続く。……そして、どうしても売りたいが為に値下げ過ぎるのも注意が必要だ。躍起になって値下げする事で、適正価格から大きく離れた場合、可能性もあるからな」


「……えっと、どういう事?」


「まぁ、簡単に言っちまえば目的だな。値下げ競争に参加した人間の分全て買い占めてしまえば、安くなった商品が無くなるわけだから相場が元に戻る。……それが何を意味するか分かるよな?」


「……そっか。買い占めた分が自分の在庫として、定価で買うよりも多く帰ってくる。。商売の基本」


「そういうこった。ま、購入履歴を目ざとく確認している人間は、落ちた時の価格まで戻るのを待つ場合もあるから、一概にもそのやり方が通用するとも限らんがな。そうなった場合買い占めた奴が大損するだけだから、一長一短のやり方には変わりない」


「……転売って、あんま良いイメージ無いんだけど」


「確かに転売って現実リアルだといけ好かない行為だけどな。だが、この世界はだ。結局、こすいやり方でも最終的に一番儲けた奴が勝者だ。情報戦が強い奴程、金を稼げるのがMMOゲームの常なんだよ。知識はあるに越したこたぁねぇ、どんどん使え」


「……分かった」


「じゃあ今回の話はと言うと、長期的に見据えたマケボ競争では無くて、短期的に集中して金を稼がなければならねぇ。となると、狙い目は活発に取引が行われているアイテムだな。活発に取引されているアイテムは、出品する時の値段は相場よりも高めで良い。何故かと言うと、需要がある分すぐに取引されて、最低価格が引き上げられるからだ」


「……なるほど。購入者が多ければ最低価格で出品せずとも買ってくれる。……だから、理想と現実のラインを見極めた価格で出品しろって事?」


「流石に呑み込みが早いな。で、そのアイテムだが……お前さん、村人と一緒に【龍王】戦で鉱石採掘していただろ? 【二つ名】戦で手に入れたアイテムだ。一部の金貯め込んでる富裕層は喉から手が出る程欲しいはずだ」


「……ん。『アダマンタイト』の他、色んな鉱石が取れた。鍛冶師を中心とした生産職のプレイヤーが欲しがるような物が沢山ある」


「それを中心に売り捌くと良い。勿論、ある程度は自分の手元に残しておくんだぞ? 装備作るのにあたって必要な素材でもあるんだろうし」


「了解。……他には何かある?」


「そうだな、取り敢えず今回の取引の流れだが────」





「……まずは、相場の確認」


 シオンは手慣れた手つきでウインドウを操作し、【龍王】戦で取得した鉱石類のマーケットボードの購入履歴の一覧を出す。リアルタイムで更新されていくそれを目で追いながら、現在狙い目のアイテムを探す。


(……『アダマンタイト』は一定の周期で購入者が居る。現状、プレイヤー達が加工できる中での最高ぐれーどの鉱石だから、需要が高い。……後は『オクラット鉱石』『ダマスク鉱石』を中心としたよく使われる鉱石群。……この辺りを売り捌く)


 マーケットボードに接続し、ウインドウに出品画面が表示される。


「『アダマンタイト』は高値だけど売れない商品じゃない。……元々の希少性も相まってそれなりに欲しい人はいるだろうから……」


 そう呟きながらシオンは相場の100万マニーから少しだけ値段を上げ、110万マニーで設定。


「……大事なのは需要。功を焦っては得る物も得られない……」


 ボッサンの言葉を思い出しながら、『アダマンタイト』の出品点数は一で登録する。

 材料を大量に抱えていると言えど、数十個単位で出品しても余程そのアイテムが消耗品でない限りは売れ残ってしまう事の方が多い。

 だから、手間が掛かってしまうが少数で出品した方が購入者も助かる……というのがボッサンの教えだ。


「……もう売れた。……もう少し吊り上げても良さそう?」


 ≪マーケットに出品した商品『アダマンタイト』x1が購入されました≫という通知と共に、手数料を差し引いた金額がシオンの手元に入ってくる。

 最初の一つだと言う事で値段の吊り上げは控えておいたが、シオンの想像以上に『アダマンタイト』の需要は高かった。

 と言うのも、エリアボス戦で詰まってしまったプレイヤー達や、【龍王】戦で破損してしまった装備の修繕に使われている為である。

 そのまま意気揚々と売り捌き始めたシオンだったが、突然は現れた。


「……む、が居る」


 マーケットの仕様上、出品価格は安い金額ほど上に表示される。

 だから、他プレイヤー達よりも少しでも早く売りたい場合は、そういった手法を取ってくるプレイヤーも居る、とボッサンは語っていた。


「……少しだけ付き合ってみるか」


 シオンはウインドウを操作して、1マニー値下げした金額の、更に1マニー下げた金額で出品を開始する。

 その数十秒後に再び更新が行われ、シオンの出品価格から1マニー下げた金額で出品されていた。


「……これが、値下げ競争……」


 実際の光景を目の当たりにしてシオンは目を輝かせる。

 こうなってくると、チキンレースだ。

 どちらが先に限界に到達するかで勝負が決まる。妥協した時点でアウト、その隙を突かれて購入されてしまう。


 シオンは持ち前の我慢強さでそのプレイヤーと1マニー下げの応酬を開始する。

 数分経ったところで……異変が起きた。


「……あちゃあ、これはやってはいけないミスでしょ……」


 を見て、シオンが顔を引き攣らせる。

 シオンの視線の先には……99800マニーで購入されました、と記載された購入履歴の画面が映し出されていた。

 

 値下げ競争において、やってはならないミスが二つある。

 一つは、根負けして出品価格を大きく下げてしまう事。

 元々儲けを出す為に動いていたはずなのに、目的と手段が逆転してしまっているからだ。

 そしてもう一つは……値下げ競争のデッドヒート化による、

 ムキになって冷静さを欠く程このミスは起こりやすい。0を一つ入れ忘れるだけで、致命的な損失に繋がってしまう。

 因みに、出品価格ミスをしてしまったプレイヤーの商品は、値下げ競争を傍観していたらしいプレイヤーに既に購入されているようだった。


「……なるほど、聞いていただけだったからイメージするしか無かったけど、実際に目の当たりにするとこれは中々……」


 シオンは思わずぶるりと身を震わせる。

 本来得られるはずだった大金の、10分の1しか収入が入らず、購入者は相場の10分の1で入手する事が出来てホクホク。

 それをそのまま転売する事で、10分の9の収益を労せずして入手できるのだから、これほど恐ろしい物はない。


 シオンは競争相手の致命的なミスを教訓に、今一度気を引き締めて、アイテムを売り続けるのだった。





 Skill Build Onlineというゲームにおいて、生産職クラフターによる製作は大きく分けて二通りのパターンが存在する。


 一つ目は、公式が用意したレシピに則ってアイテムを製作する場合。

 こちらは街にある図書館でレシピが載っている本を読んだり、ショップでレシピを購入する事によって製作レシピが解放され、必要な素材を集めればアイテムを製作する事が出来る。

 レシピが予め用意されている事もあり、アイテムの製作要求値さえ満たしていれば確実に製作が可能ななのでこちらが主流なやり方となっている。


 もう一つは完全新規でアイテムを製作する場合。

 こちらは【スキル生成システム】と同様に、システムに登録されていない物を新しく製作したい場合のやり方だ。

 公式レシピに無いアイテムを自分の手で産み出す事が可能という、クラフターとしてプレイしているプレイヤーにとってまさに夢のようなシステムなのだが……その分、製作難易度が相当高い。

 と言うのも、適切な素材を組み合わせてアイテムを製作しない限り、必ず製作に失敗してしまうからだ。

 取り敢えず強い素材を組み合わせておけば完成する訳ではないので、大事なのはその装備が完成した時にどういう役割を持たせたいのかを明確にする必要がある。その役割さえ明確にすればそれを元に逆算すれば自ずと製作への道は見えてくる、とどこかの物好き人形師は語る。

 因みに製作に成功した場合、そのアイテムのオリジナルレシピを作成する事が可能となり、ショップ等での販売が可能になる。

 先人は苦労する事はあれど成功すれば儲けは大きい……まさにハイリスクハイリターンなシステムだ。

 シオンがこれから手を出そうとしているのはこちらの製作法である。


(目標は感応石と呼応石の通信機能の。……勿論、そんな物公式のレシピにあるはずも無い。だから、どうにかして作り出す)


 前回のレイドでの、会話がギミックによって制限されていた事を思い出す。

 常に状況が変わり続ける戦場で、意思疎通手段の制限は、容易に壊滅を招きかねない。

 流石に感応石の効果を永続化するのは無理だろうが、少しでも効果時間を伸ばす事に成功すればそれだけで攻略の難易度がぐっと下がる。

 戦闘に貢献できない分、自分が為すべき事はこれだと、そう思ったのだ。


 ある程度マーケットで稼ぎを得たシオンは、モーガン・ホーガンの経営する『鈍色の槌』に来ていた。


「……というわけで、紅鉄、共同製作お願い」


「他ならないシオンの頼みなら仕方ないな。ただし、あたしが協力するのは完成品のレシピを『お気楽隊』に提供する事が条件だ」


「……ん、勿論」


「そんな簡単に了承していいの? 概要をざっくり聞いただけだけど、貴女達が挑んだエンドコンテンツ……【二つ名レイド】の攻略の要なんでしょ? もし完成品のレシピがあたしに渡ったら、『お気楽隊』が先にクリアしちゃうかもよ?」


 紅鉄が挑発するようにシオンにそう言うが、表情を一切変える事無く、シオンは断言する。


「それは無い。……だって、私達が先にクリアするから」


「……っ、へえ、そんなにクランメンバーに信頼を置いてるんだね。その気前や良し! あたし、そういうはっきり物事を言う子が大好きなんだよね! 協力、してあげないとね!」


「ん。……助かる」


 腕をまくりながら、にっと笑みを浮かべる紅鉄。

 と、その時工房の扉がノックされる。少し置いて扉が恐る恐る開かれると、長身の男プレイヤーが顔を覗かせた。


「ちわー。呼ばれてきたんですけど、ここで合ってるんすか?」


「おおきたきた。あ、こっちはごるでん。別ゲーの知り合いで、このゲームでは【彫金士】やってるの。シオンの話を聞いて、多分アクセサリーを作る必要があるって思ってね。だから一応呼んでみた」


「どうも……って、紅鉄のあねさん、この人ってまさか……紫電戦士隊パープルウォーリアーのシオンちゃん!?」


「……? そうだけど」


 きょとんとした表情を浮かべたシオンに、ごるでんは足早に近寄っていく。


「えっえっあっマジで大ファンです! デビューの当時からずっと追ってて、マジでこの前のAims日本大会での対『Alpha』戦、絶望的な状況からの1on5クラッチ超かっこよかったッス……!! ああもう駄目だ俺の薄汚れた語彙力ではこの出会えた感動を言語化する事が出来ねえ!!!」


「……えっと、その……」


「悪い悪い。まさかごるでんがこんなにシオンのファンだとは思わなかったわ……ま、それならそれで好都合だ」


 にやっと悪い笑みを浮かべた紅鉄は、シオンの肩をぽんと叩く。

 何となくやるべきことを察したシオンは、ごるでんの傍に近寄ると。


「……お願いします、協力してください」


「えっあっえっ嘘!? 俺、今シオンちゃんに頼られちゃってる!? もももも勿論喜んでぇ!!」


 がくがくがくと壊れたおもちゃのように首肯を繰り返すごるでん。

 それに引き気味になりつつも、紅鉄が連れてきたと言う事は確かな腕を持ったプレイヤーなんだろうと納得する事で何とか精神を落ち着けた。

 半ば興奮状態のごるでんは、荒い息を吐きながら後ろにある鍛冶設備を指差した。


「じゃあ紅鉄の姉さん、設備借りちゃっていいっすよね!? 早速作業しましょう! 俺三徹までなら余裕でいけますよ!!」


「落ち着け馬鹿」


 どこからか取り出したハリセンでごるでんの頭を叩くとすぱぁんと軽快な音が響く。

 涙目で頭をさするごるでんを横目に、紅鉄はハンマーで自分の肩を叩く。


「早速製作と行きたいところだけど……その前に確認。ねえシオン。装備製作において、何が一番大切だか分かる?」


「……財力、とか?」


「確かに財力も重要なファクターだけど、生産職クラフターに本当に必要なのは、決して折れない忍耐力だ。絶対に装備を完成させるという狂人染みた忍耐を持つ者だけが、その領域に至る事が出来る」


 いつになく真剣な表情を浮かべる紅鉄。

 その表情は、これから挑もうとしている事の困難さを物語っていた。


「これから貴女が挑むのは0から1を創り出す作業。途方もない作業量だろうし、幾度となく試行錯誤する事になる。もしかしたら、期限内に完成しないかもしれない。……それでも挑むつもり?」


 付き合うからには完成させるまで付き合う。だが、製作を始めた本人が途中で投げ出してしまえばおしまいだ。

 他人の時間も使ってまで作りたいのだから、それ相応の覚悟は出来ているか。その意思確認だった。


「無論」


「即答、か。良いよ、じゃあ地獄の装備作製と洒落込もうじゃないか!」


 そう言うと紅鉄はごるでんを連れて、工房の奥へと向かっていく。

 シオンは素材の置かれた金床に視線を向けると、ハンマーを握りしめた。


(絶対に、期限に間に合わせてみせる)


 ポンに背中を押され、自分に出来る事を見つめ直した。

 今自分に出来る事は、皆のサポートをする事。【二つ名レイド】攻略の、後押しをする事。

 少しでもクリアの可能性を上げる為に、立ち止まっている暇なんてない。


(これが私に出来る事。──これが私の戦場だ!)


 シオンはその瞳に輝きを灯すと、ハンマーを振るい始めた。


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