#202 【■■■(グランドマスター)】


『敵……ですか……』


 シャドウはライジンの言葉を聞いて、静かに瞳を閉じた。


 そもそもの話、シャドウについては初めから謎があまりにも多すぎる。

 プレイヤー達トラベラーの一人一人に付き添うナビゲーションAI、とまあ字面にしてみれば分かりやすい存在なのだが、何故最初からシャドウがトラベラーに付いていたのかは一切不明だ。

 とは言え、【スキル生成システム】を始めとした、ナビゲーションAIの名に恥じぬ献身的なサポートを受けていた為、シャドウは無意識下で絶対的な味方であると思っていた。

 だが、しかし。



『止まってください。……いいえ、【戦機】ヴァルキュリア』



 【龍王】討伐戦で見せた、他プレイヤーのシャドウによる謎の行動。

 あの粛清の代行者、【戦機】ヴァルキュリアはシャドウの言葉に耳を貸し、しかもその後シャドウに撤退を促されて素直に従った。

 それを目の当たりにして、手放しでシャドウは味方であると断言するのは無理があるだろう。

 今回判明した代行者サイドとの繋がりは、味方どころか敵である可能性すら示唆するものだ。


 こちらの問い掛けに対し、シャドウは敵対の意思を見せる事なく、ゆっくりと話し始める。

 

『確かに、あの光景を見てしまっては疑われても仕方のない事だと思います。……ですが、私達シャドウはトラベラー、貴方達を見守る為に産まれてきた存在です。敵か味方かで問われれば、味方であると言う他ありません。それは嘘偽りの無い事実ですので、どうか信じてはいただけないでしょうか』


「……」


 凄く判断に困る回答が返ってきたな。確かにこれまでシャドウが何か邪魔をした事でこちらの不利益になった事は無い。むしろ、敵側なのだとしたらこうしてプレイヤー達をサポートする意味など無いからだ。

 今回、ヴァルキュリアを撤退させるように促したのも、こちらを守るためという穿った見方も出来なくはない。

 だが、一度湧いてしまった疑念はそう簡単に払拭できる物では無い。

 敵でないと断言する以上、それを証明する物が無ければ、信用するに足らないのだから。


 ライジンは短く息を吐くと、疑いの視線を向け続けたまま。


「……味方である、という点については今までサポートしてくれていたから信用できる。……じゃあ質問を変えよう。……俺達に隠している事があるよな? 【戦機】ヴァルキュリアに一方的に命令出来る存在と言えば、俺の中では一つしか思い浮かんでいないんだが、お前のは……何者だ」


「それは──」


 シャドウはこの世界に初めてやってきた時からトラベラーの事を主人マスターと呼んでいた。だが、ここにきて出てきた存在──【■■■グランドマスター】。名称的にマスターの上位に当たる存在なのだろうが、一体何者なのだろうか。

 ライジンの言葉通りだとするのならば──【粛清の代行者】に一方的に命令が出来る、上位存在。ティーゼ・セレンティシアの語る、【】なのかもしれない。


 ライジンの言葉を聞いて、シャドウは申し訳なさそうに項垂れる。


『……残念ながら、質問の内容は禁忌事項に抵触しています。……私達シャドウには、ある特定の領域まで情報にアクセスする権利がありますが、その領域外の情報は凍結されているのです。ですので、お答えする事は出来ません』


「……そうか」


 結局、この話題については分からず終いか。……SBOというゲームの核心に迫る話だ、無理も無いだろう。

 半ば諦めムードだった俺達だったが、突然シャドウが呟いた一言で状況が一変する。


『──ッ、そんな、まさか。からコンタクトを取ろうとするなんて。……共有意識に接続を要求します。──接続完了。当機の干渉アクセス権限を【■■■グランドマスター】に譲渡致します』


 その言葉を聞いて、思わず立ち上がる。

 【龍王】戦の最中にシャドウが接続していたそれが、こちらと対話しようとしている?

 すぐに録音を開始──と思ったが、既にそこの考察厨が録音してたか。


 シャドウは纏う雰囲気を一変させ、まるで値踏みするかのような居心地の悪い視線をじろりと向けてくる。


『通告:個体名、アルファ。そしてブラボー。これ以上の詮索は無意味だ。シャドウから情報を引き出そうとしても情報凍結処理が施されている』


「わざわざどうも、【■■■グランドマスター】。……まさか自分から情報を与えに来るなんて優しいですね?」


 威圧感のある物言いで語り始める【■■■グランドマスター】を、ライジンは臆する事無く切り返す。


『情報を与えに来た、か。それに関しては否、とだけ答えておこう。そもそも君達はのだから』


「何も為していない? それは一体どういう意味だ?」


『私はを重んじている。情報を得るには、それを得るだけの価値を証明しなければならないのが私の持論だ。……物事にも順序があるという事だ、アルファ』


 【■■■グランドマスター】がそう言うと、ライジンは「……なるほど」と呟いた。

 情報が得たいのなら価値を証明しろ、そうしたら教えてやらんことも無い……か。

 しかし、その価値とやらはどうやって証明すればいいのだろうか。

 ライジンも同じ事を思ったのか、警戒を解かないまま問いかける。


「俺達はあなたに何を見せれば良いのでしょうか」


『質問ばかりだな、アルファ。君の脳は、耳は、目は、足は、手は、何故存在する。考えて、聞いて、見て、歩んで、掴み取る為だろう。与えられるだけでは、ヒトは成長しない』


 【■■■グランドマスター】の言葉に、口を噤む。

 確かにその通りだ。過程をすっ飛ばして結果だけ得られても、何の意味も無い。

 大衆に人気の漫画や映画の結末だけを知った所で、何も面白くないように。

 過程を辿っていき、少しずつ情報を重ねていけ、と暗に言っているのだろう。


『情報を与えるに足る存在だと証明できた時、私も情報を明け渡そう。……君達が歩んだ道のりこそが、自分の価値を証明する。自分で歩み、自身のルーツを、世界の真実を知るが良い』


 【■■■グランドマスター】はそう言うと、俺達を一方的に見据える向こう側で、柔らかく笑った、そんな気がした。



『君達は──旅人トラベラーなのだから』


 

 その言葉を聞いて、正しく自分達の立ち位置を理解する。

 俺達プレイヤーは旅人トラベラー。与えられるのでは無く、自らの力でその道を切り拓いていく者。

 自分の価値を証明するためにやるべきこと。ならば、やる事はたった一つしかない。


『果たして君達の旅はどのような結末を迎えるか、ゆっくりと見させてもらうとしよう』


 【二つ名】を打ち倒す。それが、価値を証明する方法。情報を得るために必要な事なのだろう。


『共有意識への接続を切断します。──切断完了。当機の干渉アクセス権限はライジンに譲渡されました』


 【■■■グランドマスター】との接続が切断され、沈黙が場を包む。

 やるべきことは定まった。なら後は──行動あるのみだ。





「──さて、ひと段落付いたところで現状を再整理しよう」


 ライジンはそう言うと、ウインドウを幾つも展開。

 考察用の物とは別に、【二つ名レイド】の方の資料もまとめてきていたようだ。


「【二つ名レイド】、【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】の再挑戦可能期間は残り。それまでにコンテンツに突入しなければ、【海遊庭園】までの進行状況がリセットされてしまう。……それだけは何としても避けなければならない」


「もう一度【水晶回廊】を踏破出来るとは断言できないもんな。初見の方が慎重になってたからこそ上手く行っていた、なんて良くある話だ。回数を重ねる毎に泥沼になり兼ねない。俺はライジンの意見に賛成だ」


「私も賛成です。……ただ、五日間で、どれだけ戦力を整えられるかが肝ですね。……【二つ名】はそれだけ強大な相手でした」


「ああ。だから、役割分担を決めておこうと思う。一応、こんな感じのロードマップを組んでみた」


 そう言うと、ライジンはウインドウを飛ばしてくる。

 それの中身を覗き込むと、大体このように書いてあった。


・バトルチーム六名(【二つ名レイド】挑戦組)はパワーレベリング期間に入る。場所は星海の地下迷宮で、実際のレイドの戦闘を想定しながらでの連携強化目的でもある。

・学生組と社会人組でレベリング出来る時間が違う為、都合の良い時間帯を各自提出。なるべく時間を合わせてレベリングを行う。

・シオンはクラフターとして別行動。バトルチームのサポート要員として、アイテムの補充を行ってもらう。また、本人たっての志望により、【二つ名レイド】攻略の為の装備作製も請け負ってもらう。

・バトルチームの目標は上級職カンスト、もしくは超級職に昇格し、レベルの上げられる所まで。

・シオンの目標は必要アイテム類の全確保、そして装備の完成。

・両チームの目標達成未達成を問わず、再挑戦可能期間を優先する。


「シオンには損な役回りをさせてしまうけど、本当に良いのか?」


「……ん。任せて。私が出来る事を、やるだけだから」


 ライジンがシオンに視線を向けると、シオンは柔らかく笑い、頷いた。


「みんなもこの内容で良かったら、早速作戦会議をしようと思うんだが……」


「俺は大丈夫だぜ、なるだけ他チームとの練習時間とずらして調整するつもりだ。乗り掛かった舟だ、とことんまで付き合ってやるよ。……ライジンの指示に従うのは癪だけどな!」


「兄ぃ、そういうとこ、嫌い」


「えへへぇライジン君これ俺の時間ですゥ! あ、都合悪かったりしたらいつでも呼んでもらって大丈夫なんでぇ!他プロに謝り倒してでも調整するんでぇ!!」


 半目を向けるライジンに、ひたすらに媚びを売り始める串焼き先輩。

 そんな彼を見てポンが一言。


「……串焼き団子さんのイメージが崩れてく気がします」


「安心しろポン、串焼き先輩はあれが日常茶飯事だ」


 現役大学生でありながらその卓越したエイム力とゲームセンス、堅実な立ち回りは世界にすら評価されている日本トッププロプレイヤーの一人。そんな彼が、妹に対して激甘なのは彼の知人ぐらいしか知られていない為、実際にその光景を目撃したらイメージも崩れるってもんだろう。

 まあ、俺はAims時代から散々あの光景を見てきたから、イメージもクソも無いんだけど。


「俺も大丈夫だぜ。まぁ、嫁があんまゲームに籠ってると怒ると思うが……何とかするつもりだ」


「……しんぼる? ……先日しんぼるにSBOのゲームソフト送っといたからゲーム内でいちゃいちゃすれば良いと思うよ」


「あの、シオンさん? 手回し早くない?」


 若干引き攣った笑みでドン引きするボッサン。因みに、しんぼるというのはボッサンのリアルの嫁の仕事名義の名前だ。……ああそうか、紫電戦士隊パープルウォーリアーって確かしんぼるさんが公式のイラストを担当してるんだっけ。だから交友が深いのか。


「村人は強制的にOKとして……後はポンと厨二か」


「おい俺に拒否権は無いのかよ」


「だってお前どうせ言われなくても来るだろ、暇だろうし」


 いやまあそんなんだけどさ……。もうちょっと聞いてくれても良くない? 俺だって色々あるのよ? ……いやよく考えたら夏休み入ってからずっとゲームしてるわ俺!


「私も、時間はいくらでもあるので大丈夫です。皆さんに合わせます」


「僕もオールウェイズ呼び出しOKだヨ。さっさとリベンジ、したいからねぇ」


 ポンと厨二も予想通りの返答が返ってくる。それに対し、ライジンは満足げに頷くと。


「じゃあ一度解散して、二時間後にバトルチームはクランハウス集合って事で。その時にでも時間をまとめてきておいてもらえると助かる」


「了解、じゃあ二時間後に」


 そう言ってウインドウを開き、ログアウトボタンをタップする。

 画面が切り替わり、見慣れた自室が視界に入り込む。

 すぐ横に置いてあったペットボトルを掴み、それを一息に呷る。


「ふぅ……」


 ペットボトルを置き、視線を天井に向ける。

 【■■■グランドマスター】の正体、シャドウの正体は依然として分からず。

 だが、今日得られた情報だけでも、大きな情報を得られることが出来た。


、か」


 そう、【■■■グランドマスター】は大きなヒントを残していた。

 ライジンと俺をアルファとブラボーと初めて呼称したのは……だ。

 果たして【■■■グランドマスター】が黒ローブなのかそれとも別の誰かなのか……それは分からないが、正体の糸口を掴むだけの情報は得られたのは確かだ。


「……面白くなってきたな」


 Aims世界との関わり、そしてSBO世界における重要な情報の提示。

 そして……メインコンテンツ、【二つ名レイド】攻略。

 果たして、【双壁】に打ち勝った時、何が得られるのか。


「やっぱりゲームはこうでなくちゃな!」


 これから始まる怒涛の五日間を思い、俺は思わず口を緩めるのだった。

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