#196 【龍王】討伐作戦 その一


 圧倒的過ぎる強さに、【フォートレス】に集ったプレイヤー達は混乱していた。

 このゲームのメインコンテンツと題された【二つ名】と戦闘出来る。

 参加すればあわよくば美味しい報酬が貰えるかも……と淡い期待を抱いていた部分もあった。


「……はは……」


 峡谷に出来た要塞に、数百にも上る迎撃設備。そしてそれに集った数百人単位のプレイヤー達。正直過剰すぎる程の戦力なんじゃないか? そう認識していたプレイヤー達の考えは一瞬にして覆されてしまった。

 新しく刻まれた共通認識は────どうやっても勝てる相手じゃない。

 それほどまでに【巨龍の咆哮ヨトゥンヘイム】と呼称された一撃はプレイヤー達に強烈な印象を植え付けた。


 そもそも大前提として。考えてみればすぐ分かる事に気付けていなかったのだ。

 何故【フォートレス】にこれほどまでに設備が整っていたのか。

 それは、最低限それを用いなければという理由に他ならない。

 

「……無理だろ、これ」


 たった一度の攻撃の応酬。それだけで心が折れる程の格差を感じ取ってしまった。

 ゾンビ戦法でどうにかなる? 冗談じゃない、大砲+大型弩砲バリスタ数百発直撃して傷一つ付かない相手にどうやって立ち向かえと?

 なら、自分達に今出来る事と言えばこのまま【龍王】を素通りさせ、装備品破損等の自分の損害を減らす事。

 無駄に立ち向かって負ってしまう損害程、無益な物は無い。

 だから、もういいか──と諦めかけていたプレイヤー達の耳に。


「あっれー? みんな帰っちゃうのかなぁ? 折角楽しくなってきたって所なのに、もう諦めムードォ?」


 野戦病院のようになっている宿屋の一角に、挑発染みた声が響き渡る。

 通夜のように静まり返っていたからこそ、その声はその部屋に良く通った。

 プレイヤー達が声の発生源に顔を向けると、そこに立っていたのはピエロメイクの男。


 銀翼シルバーウィング──厨二だった。


「まぁいっかぁ。腰抜けは腰抜けらしく退散するといいよぉ。僕は【二つ名】相手に逃げ帰ってきた負け犬ですってレッテルを貼ってこのゲームを漫喫すると良いさぁ」


 心底愉快そうに、嘲笑しながら煽り散らす厨二。

 ぐっ、とプレイヤー達が拳を握る。煽られたからといって挑んでも結果が変わるような事は無い。

 気合でどうこう出来るのなら、とっくに立ち向かっている。

 第一、お前も今の一撃で死んだからここに居るんじゃないかと声が出掛かった所で。


「僕からしたら万々歳なんだよねぇ。だって、君達が帰るなら僕が貢献度ボーナス一人占めできるって事なんだもんねぇ。君達も、それを理解した上で帰ろうとしてるんだよねぇ?」


 その場に居たプレイヤー達の動きが止まる。

 貢献度ボーナス。【二つ名】クエスト参加による報酬。

 参加報酬ですらかなり美味しい事は、公式イベントである1st TRV WARの前例がある為、周知の事実だ。


 厨二はプレイヤー達の反応を見て愉快そうに口端を吊り上げると、追い打ちを掛けるように告げる。


「……これ以上、既に【二つ名レイド】に挑んでるプレイヤー達に置いてけぼりにされて良いんだねぇ?」


 その言葉は、他でもない【二つ名レイド】に挑戦した事がある厨二だからこその発言。

 誰よりも先を行きたいのは、プレイヤー達が到達出来る最前線のこの拠点に集った人間ゲーマーなら誰でも思った事。

 だからこそ、静まり返っていた場に一石を投じた厨二の言葉は、文字通り波紋が広がっていくように響いていった。

 

「……これ以上、置いてかれてたまるかよ」


 どこからか、声が上がった。


 1st TRV WARで、ライジンを追い詰めた村人A。

 MMORPG界隈で耳にした事も無い一般人が、最強を追い詰めた。

 それが意味する事は、このゲームなら自分の得意を活かせば、プレイヤー達の頂点に立つのも可能かもしれないという事の証明に他ならない。


 そんな彼がライジンと組んで、【二つ名レイド】に既に挑んでいるという情報が流れたのはつい一昨日の事。

 この【二つ名】クエストの報酬で装備を強化し、あまつさえ【二つ名レイド】を攻略されでもしたら、更に距離が開いてしまう。

 手を伸ばせば届くかもしれないと思っていた距離が、遥か彼方まで引き延ばされるかもしれない。

 立ち止まってしまった足が、再び動き出すのには十分すぎる理由だった。


「……俺はやるぜ、報酬を一人占めさせてたまるかよ」


 また一人、声を上げる。

 ぽつぽつと生じ始めた声は、伝播していくように、心に火を着けていく。


「俺も……!」


「私も……!!」


 小さな火がやがて大火となるように、少しずつ、少しずつ。

 そして、その熱が最高潮まで高まった時、一人が立ち上がった。


「トップを走ってる連中にだけ良い思いをさせるな! 行くぞ、野郎共ぉぉぉぉぉぉぉぉおぉおおおおおおおお!!!!!!」


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!』


 空気がビリビリと震える程の大歓声が響き渡る。

 他人を押しのける程の勢いで、我先にとプレイヤー達が飛び出していく。

 その様子を眺めていた厨二は、役割を終えたとばかりに一つため息を吐いて。


(さぁて、焚き付けは完了した。……流石にこれは僕一人でどうこう出来るレベルじゃないからねぇ、少しでも協力者が多いに越したことは無い)


 いくら自分に対する絶対の自信がある厨二と言えど、状況分析が出来ない程盲目じゃない。

 ここでリタイアされでもしたら、確実に【龍王】はサーデストまで到達していただろう。

 その結果次第では、大変な事態に発展していたかもしれない。


(所で、村人クン達は気付いて居るかナ……? さっきの数秒で与えられた、に?)





「……まさかやりかねないとは思ったけど、ガチでやるとは思わないよな……」


 【巨龍の咆哮ヨトゥンヘイム】。衝撃波を発生させる程の凄まじい咆哮で攻撃するという【龍王】の大技だ。その一撃が甚大な被害をもたらしたが、それで分かった事が一つ。


 


 衝撃波によって消し飛んだ町の一角で、破壊された地面に指をなぞらせる。

 細かい砂が指に付着したのを見て相変わらずのリアリティだなと感嘆の吐息を漏らすと共に、余りにも最悪な事実に苦笑をこぼす。


「これ、【龍王】スルーしたらガチで【サーデスト】滅ぶ奴じゃねーか」


 MMORPGというゲームの性質上、街の立ち位置は絶対的な安全地帯セーフティエリアである事が多い。

 PKなどが盛んなゲームであればその限りでは無いだろうが、それでもこの事実はかなり問題だ。

 【フォートレス】が迎撃する為に用意された町とは言え、こうも簡単に町が消し飛んでしまうという事は、【サーデスト】だってその枠組みに入っていてもおかしくない。

 だから、黒ローブも警告してくれていたのだろうが、本当だとは思わないじゃないか普通。


「ゲーム性よりも世界観優先って奴かね。……その方が没入感あって俺は好きだけどさ」


 【サーデスト】はプレイヤー達のみならず、NPC達が大勢暮らす重要な都市だ。

 世話になったNPC達が居るから、守りたい。なんて綺麗ごとを抜きにしても、あの街が壊されてしまえば今後装備を整える上で非常に、そう非常に困るのだ。

 だから、俺は。


「──泥沼上等! かかってこいよ【龍王】、そっちがその気なら死ぬ気で足引っ張ってまた地中に帰してやっからよぉ!」


 何度も死ぬ覚悟で、【二つ名】に挑んでやる。

 立て続けの修繕でモーガンが半泣きになるかもしれないが、装備なんて所詮消耗品よ!!


 後方に待機していた予備の大型弩砲バリスタを引っ張ってきて、矢弾を装填してから照準を定める。


(モンスターである以上、必ずどこかに弱点が設定されているはず。完全無欠の生物なんて存在しねえ。負けイベをわざわざ見せつける為に黒ローブが警告したわけじゃないだろうしな)


 直近で言えば、【アイスマジロ】の噴出孔だってそうだ。

 龍である以上、逆鱗が一番手っ取り早く分かる弱点だろうか。

 だが、あれほどの巨体ともなるとその位置の特定も一苦労だ。


 どうすべきか悩んでいると、とある変化に気付いた。


「……ん?」


 張力で引っ張られている矢弾が何故か光っていたのだ。……もしかして。


?」


 どうやら、無意識の内に【チャージショット】を発動させていたらしい。

 もしこの矢弾にもスキルの効果が乗るのだとしたら、これは大きな発見だ。

 先ほどの攻撃で判明した【龍王】の圧倒的な防御力を貫く手段になり得る。


 思わず口角が吊り上がる。

 そしてすぐその事実を二人のプレイヤーに共有すべく、メッセージを送信する。一人はRosalia氏。そしてもう一人はポンだ。


「……ファーストアタックは俺が貰うとしますかね」


 さあ、反撃開始だ。人間様の恐ろしさ、とくと味わいやがれ。





 砲弾が降り注ぎ、絶え間なく爆発が巻き起こる。

 だが、【龍王】の身体には傷一つ付かない。……そもそも、、当然だ。


『……ふん、他愛無い』


 【龍王】の身体を覆うように魔力の膜が継続的に発生しており、プレイヤー達の攻撃は全てその膜によって防がれてしまっているのだ。【二つ名】ともなればその魔力の質も相当な物。薄く覆われているとは言え、膜を破るのは容易ではない。

 

 【龍王】ユグドラシルは自らの力に驕る事は無く、非常に用心深い。

 わざわざこの時代を選んで復活を遂げたのも、遥か昔にあったとある出来事に起因している。

 その時代では、生物の頂点と言っても過言でない【龍王】ですら辛酸を舐めさせられた。


 それも全て、一人の人物が原因で。


『……本当には一度粛清し終えたのだな。……技術を失えば、猿共も塵屑同然よ』

 

 一度目を閉じ、深く息を吐く。

 その時、何かが飛来してきた事を感知する。

 防御する必要も無い、と【龍王】は無視するが、飛来してきたそれは魔力の膜を打ち破り、鱗に突き刺さった。

 三千年ぶりに負った傷に、【龍王】は思わず目を見開いた。


『……何?』


 ダメージとしては本当に大した事の無い傷。だが、問題はそこではない。

 突き刺さった物体は、何やら変な形状をしていた。

 まるで、その物体はのような形状で──。


────』


 ギロリ、と攻撃してきた主に瞳を向ける。

 その視線の先には、一人のプレイヤー……村人Aが【龍王】を見下ろすように立っていた。

 それを見た【龍王】は、目を細める。


『……この時代でもやはり貴様が牙を剥くか、名も無き旅人トラベラー


 低く唸りながら、【龍王】は体内に循環させているマナを練り上げていく。


『良いだろう、それほどまでに死に急ぎたいと言うのなら、お望み通り魂擦り切れるまで星の海に帰してやろう』


 【龍王】がそう呟くと、先ほど緑化した部分に生った果実の内の一つが輝き出した。

 茎がぶつりと途切れ、【龍王】の背中に落ちると、果実は幾千もの生物へと変貌する。



『轢き殺せ、愛する我が子らよ。【小竜の大行進ニダヴェリール】』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る