#195 開戦


 一晩が明けた。

 なるべく早めに集合、という事で【龍王】が目覚めると言われている30分前に現地に到着し、宿屋に向かってリスポーン地点の固定を行う。

 出来る事ならデスペナルティによる装備の損傷を防ぎたいので死にたくはない物だが、そうも言ってられない。泥沼のゾンビ戦法になる事は目に見えているからな。

 宿屋の個室から出ると、ポンが部屋の前で待機していた。


「お、ポンももう来てたのか」


「はい。今日はちょっと朝から情報収集していて、つい先ほど到着した感じです。村人君も今着いたばかりですか?」


「そんなとこだな。……ライジンとかってどこに居るか分かる?」


「えっと……ライジンさんは【フォートレス】の作戦会議室に居るみたいで、厨二さんとボッサンも【フォートレス】に居るみたいです。串焼き団子さん達もこちらに向かっているみたいですね」


 ポンが展開しているウインドウを見ながら答える。

 取り敢えずは全員集合出来ているみたいだな。


「じゃあ合流しようか。行こうぜ」


「はい!」





「あ、村人クンじゃん。もう居たんだねぇ」


「おっす傭兵じゃない……村人! 今日は時間に間に合ってんだな!」


「ボッサンやめてくれ、俺はいつも遅刻してる訳じゃないんだから」


 とはいえ遅刻癖があるのは否めない。俺が検証に夢中になって時間を破ってしまう事が多々あったので、この弄りは最早恒例行事となってしまっている。

 ボッサンがひとしきり笑うと、こちらに近寄ってくる。


「ちなみに村人って今何レベルなんだ?」


「今は上級職の21だな。ボッサンは?」


「おう、俺も上級職【重戦士】の10レべだ。なんとか追い付けそうだな!」


「わ、もう追い付かれてる!?」


 ポンが驚いて声を漏らすと、がっはっはとボッサンが豪快に笑う。他愛ないように言っているが、レベリングの速度が尋常じゃない。

 恐らく厨二によるスパルタレベリングの賜物だろう。ちらりと厨二に視線を向けてみると、口元に弧を描く。


「僕のレベルも気になるかい?」


「気にならない、って言えば嘘になるな。今どれぐらいのレベルなんだ?」


「僕のメインジョブ【怪盗】のレベルは30だねぇ」


 あれ、てっきり差が開いたかと思っていたけど、そうでもないのか?

 意外と修羅場を潜ってきてたから廃人の厨二にも追い付いていたのかもしれない。

 俺が首を傾げていると、厨二は人差し指を立てて。


「ボッサンのレベリングに合わせる為に他のジョブのレベル上げをしていたから、そこまで上げているわけではないのサ」


 そう言う事か。でも、サブジョブのレベルを上げるメリットって何だろうか。

 確かに一部のスキルとかメインジョブの適正以外の武器を装備する事も出来るが……。


「それについてはおいおい説明するねぇ。【二つ名レイド】にも関わってくる話サ」


 俺の思考を完璧に読んで返答する厨二。怖えよエスパーかよ。

 しかし、二つ名レイドに関わってくると来たか。どういう意味だろうか?


 と、雑談していると『ピロン!』と電子音が響く。メッセージが誰かから来たようだ。

 えーっと、誰からだろう……。


『【龍王】討伐作戦の通達。12:00丁度に作戦が決行される。各自、配置に付くように』


 メッセージの送信主はRosalia氏だった。

 現在の時刻は11:50。後十分後に開戦って訳だな。

 昨日あの場に居合わせた俺とポンはRosalia氏とフレンド登録を済ませていたからメッセージが届いたようで、フレンドになっていないボッサンが不思議そうにこちらを見る。


「召集が掛かったから行ってくる。ボッサン達はどうするんだ?」


「俺達は遊撃するつもりだ。村人はあれか、大型弩砲バリスタとか使うのか?」


 ボッサンが視線をレールで運搬されている移動式の大型弩砲バリスタに持っていくと、そう呟いた。

 やはり分かるか、と俺は思わず苦笑する。


「凄い、良く分かったな」


「年単位で付き合ってるからな。それぐらい分かるさ」


 ボッサンはそう言うと白い歯を見せると、拳を突き出してくる。

 一度拳を合わせてから、自分の持ち場に向けて歩き出す。


「じゃあ、健闘を祈る」


「おう、村人もハッスルし過ぎて無駄に注目されないようにな!」


 ボッサンも俺が色々と悪目立ちしている事を把握しているらしい。

 俺は思わず赤面しながら、今回こそあまり目立たないようにしようと心に決めたのだった。



 ピリピリとした空気の中、プレイヤー達の視線が巨壁に注がれる。

 時刻は11:58。【龍王】が目覚めるまで、後二分。

 等間隔に配置された大型弩砲バリスタと大砲が、遥か遠方までずらりと並ぶ姿は壮観だ。


「本当に出てくるのか?」


「いや、でも流石にこんだけ準備して来なかったなんて、面子丸潰れだろ。それだけは無いと思うぜ」


 そんなやり取りが耳に入ってくる。

 確かに、俺達も黒ローブから話を聞いた時は半信半疑だった。

 だが、現実として目の前の光景を見てまだそんなやり取りが出来るのかと感心すらしてしまう。

 いや、目の前の光景を認めたくないからこそ、そんなやり取りをしているのか。


 ちら、と視線をに向ける。


 数分前から大地や壁からまるで血管のように、光の線が幾重にも浮かび上がり、巨壁に向かって伸びている。

 見様によっては幻想的にも見えるが、その実不気味極まりない。


「残り一分」


 口に出して、ごくりと生唾を飲み込む。

 【二つ名】と呼ばれる、プレイヤー達の最終目標。

 一体どれほどの強さなのか。果たしてなのかを推し量る必要がある。


 時刻が12:00になった。


 正午になると同時に地面が鳴動し、光の線が一層輝き出した。

 彼方に見える巨壁に、一筋の巨大な亀裂が入る。

 それは瞬く間に広がっていき、天辺まで辿り着いた途端、崩落し始めた。


「来るぞ……!」


 次の瞬間、その天を貫く程の巨体が地面から姿を現した。

 距離があるのにその姿がはっきりと分かる程の巨体。推定の全長、一キロはゆうに超えているだろう。身体を覆う白銀の鱗はまるで外敵に向ける棘のように鋭く、陽光に反射して煌めいている。

 そして、次に目に付いたのはその身体に背負った巨大なだ。

 枝が力強く幾重にも伸びているが、葉は枯れ落ちているという何とも異様な様相。

 その巨大な身体を支える前足が地面を陥没させながら踏み抜き、鋭く光る真っ赤な双眸がこちらを捉えた。


「ッ……」


「怯むな! 大砲部隊、大型弩砲バリスタ部隊、撃ち方用意!」


 凛とした声音が戦場に響き渡る。

 その余りの存在感に圧倒され、立ち尽くしていたプレイヤー達がはっと気を取り直す。

 慌ただしく準備を始め、各自準備が整ったのを見計らって、Rosalia氏が声を張り上げる。


撃てテーッ!!!!」


 号令と同時に砲門が一斉に火を噴き、大型弩砲バリスタから矢弾が射出される。

 空を埋め尽くす程の大量の砲弾と矢弾が【龍王】に殺到し、轟音と共に爆風が吹き荒れた。


「やったか!?」


「こんなものでは仕留められないだろう! 次弾装填! 【龍王】に息吐く暇も与えるんじゃない!」


 Rosalia氏が手を振りかざしながら指示を出す。

 俺もすぐさま次弾の装填を行っていた、その時だった。



『煩わしい』



 たった一言。


 それだけで大気を震えさせる程の重圧プレッシャーが、全身に重くのしかかる。

 荘厳にして偉大。原点にして頂点。

 遍く龍を統べる王、その存在が放つ圧倒的な威圧感が場を支配する。


 砲撃によって発生していた煙が晴れていく。凄まじい量の砲弾と矢の雨をその身で受けながら、されどその白銀の龍鱗に傷一つ付かず。

 まともなダメージどころか、痒いとすら思ってないのでは無いだろうか。

 【龍王】がその眼光を迸らせると、唸るように声を漏らした。


『三千年の間に随分衰退したようだな、人類ゴミ共。……これより粛清を開始する』


 ゆっくりと、【龍王】の口内に光が生じ始める。

 足から地脈に眠るマナを根こそぎ吸い上げ、大地が悲鳴を上げるように振動する。



『第一の【セカイ】、開門アクティベート。──【龍王】権能、解放』



 【龍王】が何かを呟くと、背に抱える巨大な枯れ木が瞬いた。根本から光の蔦が生えて伸びて行き、その蔦に触れた部分が緑化していく。

 大きく分けて三層からなる枝の一層目の、緑化した枝葉に球体型の果実が三つ生った。

 その一つが神々しく輝いたかと思うと、突然シャドウが出現し、焦ったような声音で告げる。


『いけない! 大気中のマナ指数が臨界点を超えます! 主人マスター、回避を──!』


『我が威光にひれ伏せ』


 まるで音という概念が元々存在していなかったかのように、峡谷に静寂が訪れる。

 続けて発生したのは金色の燐光。可視化出来る程の濃度を持ったマナが口元に収束したかと思うと、大きく口が開かれた。



『【巨龍の咆哮ヨトゥンヘイム】』



 刹那、破壊そのものが峡谷を蹂躙した。

 凄まじい音の暴力が、衝撃波となって瞬く間に【フォートレス】に備え付けられた設備を粉々に吹き飛ばし、茫然としていたプレイヤー達を伝播していくようにポリゴンへと瓦解させていく。


「ぐううぅっ!?」


 叩きつけるような衝撃波が通り過ぎていく。何とかその場に踏みとどまろうと足掻くが、容易く吹き飛ばされて地面を転がっていく。


 一瞬何が起きたかが分からなかった。シャドウが機転を利かせてくれたお陰で咄嗟に衝撃に備えて地面に伏せた。衝撃が緩和されたが、それでも致命傷を負ってしまう程の一撃。HPが一瞬で真っ黒に染まり、VITスキルの【ド根性】が運良く発動した事で生き長らえる。

 それが意味するのは、今の一撃は例え攻撃に備えようがHPをすべて吹き飛ばす程の威力であった事の証明。

 【龍王】からしたら挨拶がわりの咆哮ですらこの威力。堅牢であった要塞は見るも無惨に半壊、立ち向かうべく集ったプレイヤー達はほぼ壊滅。



 これが────【二つ名】。SBOというゲームにおける、生物の頂点。



『精々足掻いてみせろ、人間』



 ────古の時代を跋扈した白銀の巨竜が、現世に蘇る。


 

≪条件を満たしました。【二つ名】クエスト【驚天動地、王が目指すは旅路の果て】を開始します。≫


≪【二つ名】遭遇エンカウント。【龍王】ユグドラシルとの戦闘を開始します。≫





【補足】

【龍王】君はラ○シャンロンベースです。

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