#191 VSアイスマジロ その二


 戦闘開始から十分経過。

 未だに活路を見出せず、荒い息を吐き出しながら相対するアルマジロを睨みつける。


「……くそ、滅茶苦茶硬いな……!? どうやって突破すりゃあいいんだこいつ……!?」


『ココココココ!』


 俺の攻撃は悉く防御されてしまい、まともなダメージは入っていない。

 一点集中で氷の甲羅を割る手段を考えたが、溶岩を飲み干す度に氷が修復されてしまうため、有効打点にはなり得なかった。

 矢が弾かれて宙を舞うのを見て、乾いた笑いを漏らす。


(ワンチャンお祈りゲーで【終局ゼロ・の弾丸ディタビライザー】ぶっぱか……? いや、流石にリスクが高すぎるよな……)


 【終局ゼロ・の弾丸ディタビライザー】は非常に強力だが、その分リスキーなスキルだ。

 まあ、そのリスキーなスキルになるように設定したのは俺だから自業自得なんだけども。

 ともかく、ボスエリアまで来るのにまた数十分歩くのはご遠慮願いたい。ゲーマーとしてのプライドとしても、どうせなら一発クリアしたいところだ。

 と、アイスマジロが球体状に変形すると、その場でバウンドし始める。


主人マスター、来ます!』


「分かってる!」


 視力が弱いと分かった以上、空間を照らした所で相手が有利になる事は無い。視界確保の光源を生み出す為に出現させていたシャドウが警告を飛ばすと同時に、器用に跳ねながら襲い掛かってくるアイスマジロ。

 岩肌を蹂躙しながら迫り来るそれを飛び退いて回避すると、すぐに矢を装填。


「くらいやがれ!」


 【跳弾・改】を発動させながら射撃。壁や地面を縦横無尽に駆け回る矢が、アイスマジロを強襲する。

 しかし、それも甲高い音を鳴らして弾かれてしまう。


(やっぱり正面からの物理攻撃は駄目だ。……となると、俺の出来る手段は……)


 アイスマジロの動きを警戒しながらウインドウを開いて、現在の手持ちを確認する。

 普段使いする石の矢や鉄の矢……後は状態異常を付与出来る特殊な矢の数々。

 毒矢や麻痺矢などで動きを鈍らせる手段もありだとは思ったが、そもそもボス本体に攻撃が届かないのなら意味が無い。


(【フラッシュアロー】が効かなかったし、視力が弱いor無いのどちらかで確定だろう。聴力で俺の位置を特定している様子も無いし、嗅覚で確定だろうな)


 アイスマジロはこの暗闇の中でも正確に俺の位置を特定している。

 つまり、奴のテリトリー内で嗅いだ事の無い匂い……その根源を辿れば楽々特定可能、という訳だ。

 だが、そんな相手に対してメタとなり得るとっておきのアイテムを俺は持っている。


「生憎その嗅覚で特定するって戦法はゴブジェネパイセンで履修済みだアルマジロォ……! という訳で今回もお願いします腰巻先生!」


 そう言って俺がアイテムストレージから取り出したのはすっかりレギュラー枠となった【ゴブリンの腰巻】だ。鼻を破壊するような激烈な悪臭がしているのだろうが、こんなこともあろうかと嗅覚機能をオフにしてある。やっぱり経験って大事。

 さあて、嗅覚を頼りにしているアイスマジロの動きは……!?


『グゲココココココ!!!!』


 舐め腐ったように俺の目の前で溶岩を飲んでいたアイスマジロが目を見開くと、即座に球体状に変形する。

 まるでやかんのように勢い良く噴出孔から煙を吹き出すと、先ほどとは比べ物にならないぐらいのスピードで暴れ出した。


「どわああああああああああああ!?」


 俺に向かって一直線に突っ込んできたアイスマジロをすんでの所で回避するが、即座に追撃の氷棘が飛んでくる。


「あっぶねえ!?」


 アイスマジロの甲羅を覆う大量の氷棘を回避するのは困難だと判断し、【空中床作成】で足場を生成し、それを踏みしめて跳躍。

 身体に幾つも氷棘が刺さり、HPバーがごりっと減る。慌てて【ゴブリンの腰巻】を投げ捨てると、アイスマジロはそれに向かって爪を何度も振り下ろす。


「こっわ……殺意が段違い過ぎるだろ……!?」


 寒気とは別の悪寒が襲ってきて身体を震わせる。

 嗅覚が頼りなのは知ることが出来たが、その分ヘイトが物凄い勢いで爆増する事は良く分かった。

 位置の攪乱に使おうとしてそのまま闇雲に暴れられたら抵抗できずに殺される可能性が高い。


 耐久度が限界を迎えた【ゴブリンの腰巻】がポリゴンとなると、アイスマジロは警戒するようににじり寄ってくる。

 徐々に狭まっていく敵との距離。相手の出方を伺いながら、矢筒に手を添える。


「……待てよ」


 追い詰められたその時、脳内でとある作戦が閃いた。

 確かに【ゴブリンの腰巻】を安易に用いる事は自分の首を絞めかねない。だが、それを有効に活用出来れば逆転の一手になるかもしれない。

 矢筒に手を突っ込んだまま考え込む俺に、シャドウが心配そうに近寄ってくる。


主人マスター、どうしました?』


「……行ける、かもしれない。……なあ、シャドウ」


 思いついた案を実行に移すべく、俺はとある疑問をシャドウに投げかける。


「戦闘中ってって撮影出来る?」

 

 



「……諦めた、か?」


 ライジンは村人Aの戦闘の様子を眺めながらそう呟く。

 戦闘開始からしばらく経ったが、一向に戦況は変わらない。誰がどう見ても村人Aの劣勢なのは明らかだ。

 それを思ってか、ポンはライジンに心配そうな表情で問いかける。


「……あの、一応聞きたいんですがライジン君は村人君が勝てると思ったから一人でボスに挑ませたんですよね?」


「いや? そんな事は無いぞ。勝てる、勝てないは抜きにして日頃の恨みを晴らしただけだ」


「ええええええ!?」


 ライジンの余りにも無責任すぎる発言に素っ頓狂な声を上げるポン。

 それを見てライジンは口元に手を当ててくつくつと笑うと、視線を村人Aの方へと戻す。


「実際は少し違うかな。俺は多分勝てないって思ってる。だけど、あいつは普通の戦い方に囚われない動きをするだろ? もしかしたら俺達には想像も付かない事をやってのけるかもしれない。それが気になってけしかけてみた、それだけさ」


 ま、そこにやっぱり個人的な恨みがあるのは本当だけど、と付け足すライジン。


「【フラッシュアロー】で視力が弱いのに気付いてすぐに嗅覚で判断していると気付いたのは及第点。だけど、生憎アイスマジロは気性が荒いからね。過敏な分、むしろ逆効果だ」


「それは確かに……あれだけ激しく攻撃してるのを見れば選択肢から外さざるを得ませんよね。ウィークポイントですらそれを弱点と思わせない……非常に厄介なボスですね……」


 神妙な面持ちでアイスマジロに視線を向けるポンに、ライジンが頷く。


 無論、相手の知覚手段を潰して隙を作るという作戦は、ライジンも【氷双刃アジロ・マジロ】を作成する為にアイスマジロと戦闘した時に試した。だが、村人Aと同じ様に相手を激怒させただけだった。

 結果として【灼天】を駆使して相手の体温を急上昇させ、氷を溶かす事で強引に弱点を炙り出すという安定攻略法に至った訳だが、正攻法という訳ではない。


「おっ村人が動き出し……って何やってんだあいつ?」


 長い間睨み合いが続いていたかと思えば、村人Aが取った手段は【ゴブリンの腰巻】をアイテムストレージから引っ張り出すという、愚策も愚策。

 その先の展開は先ほど見た光景と全く同じ。アイスマジロが球体状に変形すると、怒りのままに暴れ狂いだす。

 村人Aは少なくないダメージを負い、結局何も進展していない。


「……ワンチャン狙いで【終局ゼロ・の弾丸ディタビライザー】の為のダメージ調整か?」


「……でも、村人君がそんな手段を取るとは……」


「いや、どうしようも無くなったら何もやらないよりかは……って、待てよ」


 ライジンが眉を寄せながら、ボスエリアを凝視する。

 視線の先には、シャドウを傍らに、何やらウインドウを覗き込んで何かを確認している彼の姿があった。


「……はは、まさか、か?」


 とある一つの答えに行き着いたライジンは、思わず笑みをこぼした。

 考えたとしてもやるような手段ではない。余りにも難易度が高く、常人なら考えてもすぐにその考えを放棄する、そんな作戦。


「……ライジン君?」


「ポン、しっかり見てろ。……面白いもんが見れるぞ」


 いまいちピンと来ていない様子のポンに、ライジンは少年のような笑みを見せる。

 先ほどとは打って変わって、ライジンは村人Aの勝利を一切疑っていなかった。



 


『戦闘中の撮影、ですか? 無論出来ますが……』


 俺の発言に、意図が汲み取れないとばかりに困惑した様子を見せるシャドウ。

 だが、恐らくシャドウが言っているのはどうか、だろう。


「いや、俺じゃなくてな。、という話だ」


 それを聞いたシャドウが、ますます不可解そうに機械音声を詰まらせながら答える。


『……可能、ですが』


「よし、そりゃあ上々。これから俺はまた【ゴブリンの腰巻】で挑発掛けるから、お前は少し上方からアイスマジロを撮影してくれ。ミスがあるとあれだし、複数枚な」


 俺が思いついた作戦は、俺の視界を撮影した所で達成出来る物ではない。

 生物としての体格差があるアイスマジロを真正面から撮影した所で、俺が狙いたい弱点を特定するにはシャドウの協力が必須だ。


『……了解しました。では撮影致します』


「この作戦はお前にかかってると言っても過言じゃない。頼んだぜ、相棒」


 そう言って笑いかけると、シャドウは満更でもなさそうに視線を泳がせる。

 シャドウの承諾が得られた所で、俺は再び【ゴブリンの腰巻】を取り出した。


『グココココココココ!!!』


 激烈な悪臭が噴き出し、アイスマジロが再び防御態勢に変形すると、噴出孔から煙を吹き出した。

 そのタイミングで、吠えるように声を上げる。


「今だ! シャドウ!」


『はい!』


 俺の合図と共に、シャドウが何度か瞬いた。

 よし、これで俺が撮影したい弱点を撮影出来たはずだ。


 その場で何度かバウンドして、岩肌を抉りながらフィールドを蹂躙し始める。

 アイスマジロの攻撃はボスとは思えない程単調な攻撃が多い。発狂モードに突入していないので本領を発揮していないからだろうが、それでも今まで相対してきたボスよりかは幾分か回避が容易い。

 ローリング攻撃を【空中床作成】で空中で回避。続く氷棘は数が数なので避けきれないと判断し、仕方なく被弾する。

 再び擦り減っていく俺のHP。HPバーが赤く染まり、視界が僅かに赤く染まる。


 攻撃が止んだのを確認してから地面に着地。シャドウが近くに寄ってくると、幾つもウインドウを展開する。そのウインドウに表示されているのは、シャドウが撮影した写真だ。


『これでどうでしょうか?』


「……完璧だ、良くやったシャドウ」


 シャドウが差し出してきたウインドウを確認し、きちんとお目当ての物を撮影出来ていた。これで確認したいことは全て確認することが出来た。

 勝利を確信し、俺は口端を吊り上げる。


「俺の勝ちだ、アルマジロ」


 アイスマジロの攻撃が被弾すれば即死亡の局面だが、回復する必要は無い。

 次の一撃で、この戦闘を終わらせて見せる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る