#188 海遊庭園の攻略法と、紫色の石
紫音とのいざこざがあって、ログアウトしてから数時間。ソファに腰掛けながらぼーっとインターネットサーフィンしていると、着信音が鳴り響く。
電話を掛けてきた相手が紫音と分かり、すぐに繋いだ。
「紫音か?」
『ん。……ごめん、迷惑掛けた』
「俺こそ悪かった。お前がああまで取り乱すとは思いもしなかった。……流石に無遠慮過ぎたよ」
『傭兵は悪くない。……私の我儘だから、気にする必要は無い』
「気にするなつったって……」
思わず言葉が詰まって頬を掻く。紫音は感情を滅多に表に出さないから、彼女の心の強さに甘えてしまった。無理に抱え込むよりも、吐き出させる方が楽なんだと思ってしまった。
彼女だって一人の人間だ。辛くない筈が無いというのに。
だが、こうして電話を繋いで来たという事は、今は比較的落ち着いているという事なのだろう。
「……もう、落ち着いたのか?」
『ん。……唯があの後Aimsで1on1しようって誘ってくれたから』
「紺野さんが?」
えっ、何その状況。気分転換にやろうって感じだったのだろうか。
くっそー、折角なら観戦したかった。ポンとシオンの1on1なんて絶対面白いじゃん。
俺が若干戸惑った声を出したからか、ウインドウの向こう側から笑い声が聞こえてくる。
『……唯……ポンさ、凄く強くなったね。……【花火】以外で苦戦させられるなんて思いもしなかった』
紫音が、しみじみとそう呟いたのを聞いて、思わず目を見開く。
まさか紫音がそんな台詞を吐くとは言うとは思わなかった。
「本人はまだまだ強くなりたいって言ってるけどな」
『ん。……総合的な技術はまだまだ未熟。……だけど、精神面で凄く強くなったし、戦略も色々と考えてるからこれからに期待』
グレポン丸は、紺野さんは過去と向き合った。足手まといと言われていた過去と。
それを乗り越えて、強くなりたいと願った。
彼女の覚悟には、相当の勇気が必要だっただろうし、俺も出来る事なら全力でサポートしてあげたいしな。チームメイトとして、一人の友人として。
「ん? でもどうして精神面で強くなったって分かったんだ? 本人から聞いた?」
『1on1の最中、唯が言ってたんだ。……私が出来る事を全力でやる。立ち止まることはもうやめたって』
「……そんな事を、紺野さんが……」
『だから、私も今出来る事を全力でやろうと思う。どう考えても、今から私が強くなって【二つ名レイド】の参加メンバーに入るのは現実的じゃないから……
「紫音……」
という事は、区切りを付けたという事か。ボッサンが入らなければ攻略が出来そうにないとは言え、外れる事になる紫音は気分が良い物ではなかっただろう。それを呑み込んで、尚前に進もうとするというのなら、彼女の意思を尊重したい。
と、会話が途切れて数秒経ってから、紫音が口を開く。
『ね、傭兵。……今からSBOに来れる?』
「別に良いけど……どうした?」
『……私が【二つ名レイド】中に気付いた事。それを伝える』
その言葉を聞いて、ガバっと身体を起こす。
「何か分かった事が?」
『……【海遊庭園】の道中の攻略法と、『呼応石』と『感応石』の仕組み。……多分だけど、どっちも改善出来るだろうから』
そう言えば、正規の攻略法を思いついたって言っていたな。結局、【冥王龍リヴァイア・ネプチューン】に蹂躙されてすぐに断念したから、その方法を教えてもらう前にコンテンツから退出してしまったんだが。
わざわざSBO内に呼び出すという事は、実際に見せる方が早いからだという事だろう。
「分かった、すぐにインするわ」
『ん、ありがと。……向こうで待ってる』
そう言うと、紫音が通話を切った。それを確認してから、ソファに倒れ込む。
「紺野さんにお礼言わなきゃな」
恐らく、あの場に居た誰よりも紺野さんが紫音を説得するのに一番適していた。
そして、それを一番ベストな回答を出して、それを紫音が受け取ってくれた。……本当に、頭が上がらない。
今度、カフェかどこかに連れて行って好きな物を奢ろう。そうしよう。
「さて、ログインしますかね」
ソファから身体を起こし、VR機器が設置してある自室に向かう。
今は何をするにしても情報が必要だからな。
◇
「……ん、来たね」
若干眠たげな瞳の少女が、ログインした瞬間にこちらに気付く。
確かに、先ほどまでの若干影を落とした暗い表情じゃない。本当に吹っ切れたんだな。
「悪い、待ったか」
「私も今ログインした所だから、大丈夫。……時間は有限。……早速説明する」
シオンは首を振りながらそう言うと、ウインドウを幾つも展開する。
そして指を払う仕草をすると、こちらにウインドウが飛んでくる。
そのウインドウを覗き込むと、誰かの視点での映像が映っていた。
「……これ、ライジンが撮っていた映像を貰った物。……【海遊庭園】の、道中の映像だね」
シオンがウインドウを操作すると、ウインドウにポップアップが表示される。
【海遊庭園】のギミックをおさらいするかのような、補足説明文だった。
「【海遊庭園】のギミックは、【シャボン玉内部の空間隔離】と、【トラベラーの体内時間の加速】。……それは、『呼応石』で会話してた時に分かった情報」
「そうだったな。……シャボン玉で覆われたセーフティエリアから出れば、【海遊庭園】に居るモンスター達のヘイトが向く。そういうギミックだった」
「ん。だから、それを逆手に取れるんじゃないかって思った」
シオンはそう言うと、ウインドウをタッチする。すると、攻略時のミニマップが表示され、俺達が居た位置が赤点となって表示される。
「私達は二人ずつ組んで、あのエリアを攻略しようと挑んだ。……その発想自体は間違いはない。けれど、出発のタイミングが悪かった」
「出発のタイミング?」
「開始地点と、中間地点、そしてゴール地点。……そのエリアに居る間は、モンスター達のヘイトが完全に解除される。……それを逆手に取れば、安全に攻略出来る」
そこまで聞いて、ようやく気付くことが出来た。
シオンがあの時試していた時の事。物凄い数のモンスター達が、シオンの居る
「
「ん、正解。……あの蜥蜴のモンスター達の性質上、
つまり。
まず一人が出発する。そうすると必然、モンスター達のヘイトは一番最初に出発した一人に向く。【海遊庭園】に居る全モンスターのヘイトが、だ。
最初はあのエリアに居るモンスター達は準備が出来ていない状態だ。そこかしこから集結する必要があるから、最初に出発する人間のハードルはそこまで高い訳ではない。
そして、その集まった全ヘイトを最初の
そうすると、一番目の人間が
モンスター達が粗方二人目の方に向かったのを確認したら、一人目が二つ目の
それを人数分だけ順繰り繰り返していけば……確かに無傷でゴールまで辿り着けるかもしれない。
「……よくそれをあの段階で気付けたな」
「ん。でも、最後にゴールする人間が、一番リスクが高い。だから、最後だけはゴールに着いた人がサポートしなければならない」
「それでもさっきの攻略法とは安定度が段違いだ。……やっぱりシオンを連れてって正解だったな」
シオンは普段、どんな状況に陥っても取り乱すことが少ない。だからこそ、状況を冷静に分析する事で最適解を導き続けてきて、紫電戦士隊というプロチームを日本トップのチームまで押し上げてきた。
そんな彼女だからこそ、あの短時間でこの答えを導き出した。……今の俺にはとても出来ない芸当だ。
俺が素直に感心していると、当の本人は僅かに顔を赤らめながら、居心地が悪そうに身体を捩る。
「……そう、ストレートに物事を言うの、やめた方が良い」
「そうか? 正直に思った事を伝えてるし、貶してる訳じゃないから良いだろ?」
「……別に良いんだけど、こう、なんというか……照れるから」
ぷいっとそっぽを向いたシオン。それがなんだか面白くて吹き出してしまう。
しばらく腹を抱えて笑っていると、シオンが頬を膨らませていたので。
「悪い悪い、続けてくれ」
「ん。……【海遊庭園】の攻略法は、さっき言った通りだから、皆に説明してくれると助かる。……次に、『呼応石』ギミックについて」
そう、その話が気になっていた。改善出来るとはっきりと明言していた以上、何かしら気付いた事があるのかもしれない。
シオンはウインドウを操作すると、二つの石を取り出す。もうすっかり見慣れたその石は、呼応石と感応石だ。それをこつりと打ち合わせると、淡く輝きだした。
「……こうすると、声が互いに通る様になるのは、周知の事実」
「そうだな」
「で、ここから発展。……接続した時に、
その言葉に、首を傾げる。マナのパスが繋がる? いや石の効力が発動しているから、石同士が繋がるというのは何となくは分かるが……。
「それ専用のスキルか?」
「……ううん。……傭兵も使えるスキル。……ほら、【採掘士】で取ったスキル」
そんなスキルあったかな……。えーっと……あ、そういえばそんなスキルがあったような。
「……【慧眼】か?」
「ん、正解。……鉱石の詳細を知る、また、その本質を
【ダマスク鉱石】が取れない段階では使うなと言われていて、取れるようになってから使っていたスキルだ。効果はシオンが言っていた通り、鉱石の詳細を知る事が出来るスキル。
無駄にピッケルを振るうよりも、鉱石らしき物が見えた段階で【慧眼】を使う事で、安定して【ダマスク鉱石】を採取する事が出来たんだよな。
という事はシオンはサブジョブは【採掘士】で挑んだのか? ……あれ? でも確か串焼き先輩に渡す矢を作ってた時に槌を振るっていたような……。
「……一応言っておくけど、【鍛冶師】でも【慧眼】は使用できる。使えないと、鉱石の事を知らなかった時に加工できないから」
「なるほどな……」
確かに言われてみればその通りだ。鍛冶師が鉱石の事を知る事が出来なければ、加工するのですら一苦労だろうからな。
そうか、【慧眼】か……これは盲点だった。確かに、石である以上は、そういう類のスキルを使ってみると意外と分かる事があるのかもな。
「……で、そのパスとやらが可視化出来てなんか利点でもあるのか?」
「……打ち合わせた時、二つの石の間に線が伸びる。……線の太さで残りの効果時間を知る事が出来るけど……一番はこれ」
と、シオンが懐から何かを取り出した。どうやら紫色の石のようだが……。
「……これに【慧眼】を使って見て」
シオンが紫色の石を突き出しながらそう言うので、試しにサブジョブに【採掘士】をセット。それから【慧眼】を発動させてみると、シオンが言っていた通りマナのパス……薄っすらと、光の線が見えた。
そして、それに加えて。
「……なんかさ、紫色の石からの線が『呼応石』と『感応石』の両方に伸びてね?」
「そう。この石の名前は、『
そう言ってシオンは紫色の石、『増幅石』を掌の上で転がす。
「……まさか、それが『呼応石』とかにも効果があると?」
「ん。多分だけど、効果時間の延長とかかな。……実はこの石、希少度的にはかなり珍しくて、見た目通りの紫色のレアリティ。だけど、現状何に使えるかが分からないから、ここ数日相場は安定してなかった。……私が見た時は、たったの一万マニーだったから安い値の物は買い占めた」
「……はは、相変わらず判断が早いこって」
「……先見の明があると言って。この効果を知った時、確実に何かに役に立つだろうって思ったから。……ちなみに今の相場は50万マニー。多分だけど、有用性が見つかったんだろうね」
ぶい、とピースサインを作ったシオンを見て苦笑する。買い占めた、という事は相当量買い込んだのか。これをそのままマーケットに流せば、ぼろ儲けだろうに。
「……手持ちにあるこの石を、全部突っ込んで何かしら形にする。……それが、私が出来る事。……期限は、後
「……? 一週間? なんでだ?」
「……コンテンツ退出した時に、ポップアップが表示されてたんだけど、コンテンツの進行状況リセットの期限がある。……しかも、その期間内ならメンバーを変えても、一度だけなら進行度を引き継いだ状態で攻略出来るみたい。……もう一度【水晶回廊】を攻略するとなると骨が折れるでしょ? だから、リセットが来るまでに、傭兵達はレベリングしてリトライして。……私も、何とかして間に合わせるから」
に、と僅かに笑みをこぼしながら、拳を突き出してくるシオン。
それに対し、俺も拳を突き出してこつりと当てる。
「ああ。お前の分まで、暴れてきてやる。……頼んだぞ、シオン」
「……ん、頼まれた」
増幅石を握り締めたシオンは、クランハウスを後にする。早速作業に取り掛かるのだろう。
先ほどシオンから聞いた事をメッセージに纏めて主要メンバーに送信してから、明日の【龍脈の霊峰】攻略に備えてログアウトした。
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