#187 私に出来ること
第二ラウンド。
ラウンド開始と同時に、シオンは全速力で駆け出した。
リスポーン地点で待機して花火をやり過ごすだろう、というポンの読みを更に読んだ上での行動。
シオンの読みは見事的中し、シオンとbot達が駆け抜けた数秒後に飛来してきたグレネードランチャーが着弾。
シオンチームのメンバーは一人も欠ける事無く、切り抜ける。
荒廃した大地の上、疾走しながら、シオンは物思いに耽る。
──待ってます、シオンちゃん。
先ほどラウンド終了間際にポンが残した言葉。
かつて足手まといだと評価された彼女だから言えるその言葉は、シオンの心を焚き付けるには十分過ぎた。
「……本当に、お節介……!」
思わず小言を漏らしてしまうぐらいの、彼女の優しさに触れて。
強い言葉とは裏腹に、シオンの口元は弧を描いていた。
「……自分に出来る事、か。……確かに、その通り」
自分が言っていた事はただの我儘だ。ライジンと、皆と一緒に戦いたいと、そう思ったからあの場でああまで取り乱して。
別に、
「……ありがとう、ポン」
そう呟いたと同時に思考を切り替える。
現在の状況の再確認。先程のラウンドでポンサイドのbotは15人落としている。残機は15人。
対してこちらは2人しか落としておらず、28人と人数のアドバンテージ的にはかなり差がある。
だが、その人数差を物ともしないのがグレポン丸というプレイヤーだ。範囲殲滅に向くグレネードランチャーを装備し、そのカテゴリの中でも更に殲滅するのに適した、【ギャラルホルン】という名のエキゾチックウェポンは非常に脅威だ。
人数配分をしくじれば、あっという間に数が減らされてしまう。しかし、堅実に勝ちにいかなければラウンドを取られてしまう。二ラウンド先取した時点で、このゲームモードのルール上、グレポン丸の勝ちになってしまう。
悉く相手の思う壺だ。全く、嫌になる。
だからこそ、勝負に出なければならない。
「ポンは
それは、【荒廃島リバティ】というマップの立地に関係がある。
Cは元自由の女神像が建っていた場所であり、その像を支えていた土台がある。他のエリアに比べて高低差が存在するエリアだ。
グレポン丸のチームは人数不利。その人数不利を解消する為には、射線が通らない高所からの一方的な攻撃しか道はない。
そして、それを裏付ける理由として【荒廃島リバティ】の広さがギリギリ【ギャラルホルン】というグレネードランチャーの射程圏内に収まっている事だ。
立地有利さえ取れてしまえば、後は卓越した空間把握能力から繰り出される正確無比な射撃で、シオンチームを一方的に制圧出来る。それを成し得るだけの技量が、グレポン丸にはある。
Cに到達。開幕ダッシュにより一足先に着いたシオンは、すぐに相手が来るであろう方へと視線を向ける。
「ほら、来た」
にぃ、と肉食獣のような獰猛な笑みを浮かべるシオン。
シオンの視界に映ったのは、残りの味方全員を連れてCを取りに来たグレポン丸の姿だ。
一瞬、グレポン丸の表情が強張るが、すぐに気を持ち直す。
(良いね、精神的にも落ち着いてる。……でも、その表情はいつまで保ってられるかな)
対するシオンは、ささやかな賞賛を心の中でグレポン丸に送ると、bot達を引き連れて襲い掛かる。
その総数、
◇
(ッ、なんで!?)
グレポン丸は内心焦っていた。
開幕の読み間違い。いや、読んだ上でそれを読まれた。
前回戦った日本大会の場面では、それが刺さっていたから、今回も通用すると思ってしまった。
更に、他エリアを無視した全戦力のCへの投入。もし自分とbot達がAやBに向かっていたら、後は時間切れまで耐えきるだけでグレポン丸の勝ちだった。
だというのに、シオンが疑う事無くその選択をした事に、戦慄する。
プロとしての圧倒的な実践経験。そして、そこから培われた、第六感。
あそこまでの読みの精度と、一歩間違えれば破滅する作戦を実行するだけの度胸は持ち合わせていない。
FPSプレイヤーとして格の差を見せつけられているようで、グレポン丸は奥歯を強く噛み締めた。
(でも、それでも)
自分の戦術が読まれていたとしても。
諦めて良い理由にはならない。読まれているのなら、それを更にねじ伏せるまで。
そうでなければ、彼らの横に立つ資格なんてない。
「……ふぅ」
そう考えたら、一気に思考がクリアになった。
いつもはここで、取り乱してしまうのが自分の悪い癖だった。
『ポンは想定外の事態に弱すぎる』
以前、日向渚に言われた事を思い出す。想定外の事態が起きた時点で、その場の思考が止まってしまう。だから、そこを突かれて一気に劣勢になってしまう。
彼ならばどうしていただろうか。予想外の事態が起きても、彼は常に──。
「
精神を落ち着かせてから、グレポン丸は現在の状況を冷静に整理する。
ここから、如何に人数を減らすことが出来るかどうかでこの1on1の勝敗が決すると言っても過言では無い。
先頭を走るシオンと、シオンの後ろを走る28人のbot達。統率が取れているのか、互いが互いをカバー出来るような陣形だ。
だが、思考接続する事で完璧に統率が取れているのはその中でも数人だけ。
bot全員を完全に制御するのは不可能。確実に自分のプレイに支障が出るからだ。
ならば、その制御できていないbotぐらいは、容易く狩れよう。
目を凝らせ。思考接続している個体と、そうでない個体の違いは明確だ。
機械的に動くか、そうでないか。
「
グレポン丸がそう呟くと、【ギャラルホルン】が吠える。
そして立て続けに小気味良い音を鳴らしながら、弾が射出されていく。
グレネードランチャーが着弾し、シオンチームのbot達が爆炎に呑まれた。
そして着弾箇所から発生した追尾小弾が他のbotに襲い掛かり、それを浴びた個体も消滅していく。
キルログが勢いよく流れていき、ポンは口端を吊り上げる。
「取り敢えず12体! ……もっと減らさないと!」
グレポン丸がそう呟いた次の瞬間、視界が閃光で塗りつぶされた。
シオンが放ったスタングレネードを直視して、世界が真っ白になってしまう。
「しまっ」
目が見えない。音が聞こえない。
方向感覚すら喪失し、体勢を崩したグレポン丸を見逃さず、シオンはその巨体を地面へと叩き伏せた。
「ぐッ!?」
数秒経って、視界が徐々に回復していく。音が聞こえるようになっていく。
bot同士の撃ち合いによる、
瞬く間の攻防。先ほどまでの銃撃音が嘘のように鳴り止み、静寂が包む。
頭へと突きつけられた銃口が、グレポン丸に今の状況を再確認させる。
「……
シオンがそう言い放ち、ポンは乾いた笑いを漏らす。
シオンチーム、残りのbot数、13。グレポン丸チーム、残りのbot数、0。
馬乗りになったままのシオンが、冷ややかな瞳でグレポン丸を見下ろす。
「……万が一このラウンドを落としてしまった時の為に人数を減らす案までは良かった。思考接続したbotと、そうでないbot。それを瞬時に見抜いて、私のチームの数を減らしたのは流石だった」
淡々と、グレポン丸の行動を分析するシオン。
「だけど、選択肢が少ない。……一つの事に対して集中し過ぎ。同時に多くのタスクをこなさなければ、プロには通用しない」
ぐっ、と言葉を詰まらせるグレポン丸。
その通りだったから、何も言い返せない。botの数を減らす事に集中する余り、自分の事を疎かにし過ぎた。その結果、スタングレネードをモロに浴びてしまい、そこを起点に一気に制圧された。
シオン本人にもっと注意していれば、避ける事の出来た展開だ。
「これ以上続けても、絶対に勝てない。……降参する?」
グレポン丸チームのbotは全滅。対するシオンチームのbotはまだ13人も残っている。
人数次第で勝敗が決するこのゲームモードで、この人数差は絶望的だ。
静かに見下ろすシオンだったが、グレポン丸は笑いながら答える。
「
だが、それでも。グレポン丸の闘志は一切揺るがない。
勝つ確率が1パーセントでもあるのなら、まだ続けるという強い意思を込めた表情。
シオンは面食らったような顔になるが、すぐに「……いいね」と呟く。
「それでこそ。……貴女はもう、プロに必要な精神を持ち合わせているよ、ポン」
シオンはそれだけ言うと、トリガーを引き絞った。
◇
「流石に勝てなかったかぁ」
「……ん。でも、あそこからもう5人減らした。……流石の腕前」
第三ラウンドは、すぐに勝敗が決した。グレネードランチャーの弱点でもある総弾数の少なさが仇となり、botを捨て駒として用いた事で【ギャラルホルン】の残弾数が枯渇した。
後はただ、シオンが詰めるだけ。それだけであっけなく幕を閉じた。
Aims名物の味の薄いコーヒーを飲みながらシオンは笑う。
「ありがとう、ポン。いい気分転換になった」
「え? ああ、急に付き合わせちゃってごめんね。でもやっぱりシオンちゃん強いなあ、不意打ち以外は全く通用しなかったよ」
「それでも私から一ラウンド取れたのは、ポンの実力。……奇策でも何でも、勝ちは勝ち。そういう積み重ねが、選択肢を増やす事に繋がる」
シオンがグレポン丸を褒めると、顔を赤らめながら照れる。
そんな彼女を尻目に、シオンはコーヒーカップを置くと、そっと目を伏せた。
「……ポンがこの1on1を通して伝えたかった事、伝わった。……今、私に出来る事を全力でやる。……そう考えたら、
「……うん」
「でも、それは
シオンは拳を握ると、ゆっくりと立ち上がった。
「……今回は、私は蚊帳の外かもしれない。……だけど、絶対に諦めない。一ゲーマーとして、負け続きでは居られない。いつか絶対、私はライジンの、皆の隣に立つから」
そこで一旦言葉を区切ると、シオンはグレポン丸に指を突き付けた。
「だから、
「──うん!」
シオンが柔らかく笑いながらそう言うと、グレポン丸は満面の笑みを浮かべる。
そのままログアウトしようと、ウインドウを開いた所で、ふと何かを思い出したかのように、シオンの動きが止まる。
「……ねえ、ポン」
「……? どうしたの、シオンちゃん」
「……昨日、Aimsの運営から公式発表された話。……冬に、今年二回目のAims日本大会開催が決定されたのは知ってる?」
その言葉を聞いて、ポンは目を瞬かせる。
シオンはそんなグレポン丸の表情を見て、くすりと笑った。
「優勝すれば、来年の春に開催されるAims世界大会の切符が手に入る。……この前の日本大会は、変人分隊は引退するつもりだったから、世界大会を
シオンはグレポン丸の顔を真っすぐと見つめると、挑発的な笑みを浮かべる。
「……ポンは、もう諦めたくないって、Aimsに復帰したんでしょ?……なら、また大会に参加して。
力強く宣言されたその言葉に、グレポン丸は大きく見開いた。
世界大会。……自分都合で引退すると言ってしまったからこそ、変人分隊のメンバーに諦めさせた物。
変人分隊にとって、一人でも欠けてしまえばそれは変人分隊ではない。そういう理由で断った。
だけど、グレポン丸が復帰すると決めて、それを他のメンバーが認めてくれた以上、もう縛られる事は無い。
あの人達と一緒に、世界へと挑戦する権利がある。
「……!」
それを自覚した瞬間、ゾクゾクと得体の知れない高揚感を感じた。
あの人達がどこまで世界に通用するか見てみたい。
そして、そんな彼らの横に、自分が立っていたい。
グレポン丸が吊り上がった笑みを隠すように手を当てているのを見て、シオンは嬉しそうに頬を緩めた。
「……本当に、ポンは強くなったよ。……その強欲さがあれば、変人分隊の足手まといなんて二度と言われない。……冬の大会、楽しみにしてるから」
認められた。プロに。しかも、最前線で活躍するトッププロに。
変人分隊としてでは無く、
友人だから贔屓している訳では無く、本当に、脅威として自分を見てくれている。
その事実が、グレポン丸にとって堪らなく嬉しかった。
「……とっても楽しかった。またやろう、ポン」
「っ! うん、勿論!」
差し出された手を、グレポン丸が力強く握り返す。
シオンの目にはもう、迷いは一切無かった。
────
【おまけ】
「……それと、だけど」
「……?」
「今年の秋に開催される世界大会。大会参加に当たって関係者に配布された招待用のペア観戦チケットを傭兵に渡してあるから」
「……え」
「……もし、ポンにその気があるのなら、傭兵にその話題を出すと良い。……二人っきりで、温泉旅行でも楽しんで来て」
「ええええええええ!?」
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