#186 シオンとポンの1on1



 柔らかなベッドに身を沈めながら、彼女はぽつりと呟く。


「……泣くつもりじゃなかったのに……感情エンジン働きすぎ、あのゲーム……」


 はぁ、と熱い息を漏らしながら、紫音は先ほどの光景を思い出して羞恥に悶える。

 情けない姿を見せてしまった。もっと上手く立ち回るはずだったのに、村人の言葉で心を乱されてしまった結果、感情が昂ってしまい、涙という形になって現れてしまった。

 その事を村人が気にしていないと良いけど、と思いながら、紫音はぼんやりと天井を眺めていると、通知音が響いて身体を揺らす。


「……ポン?」


 ARデバイスを操作して、ホロウインドウを展開。メッセージの送信主を確認すると、送信主はポンだった。


「……大丈夫って言ったのに」


 恐らくあの子は優しいから気遣いのメッセージを飛ばしてくれたのだろう。そう思いながら紫音は視界に表示されたウインドウを操作してメッセージを開いてみると。


「……Aimsの招待通知?」


 思わず首を傾げながら、もう一度確認してみる。

 Aimsのパーティ招待。そしてその内容は、『久しぶりに1on1でもしませんか』と記載されていた。

 何故このタイミングで?と疑問を持ちつつも紫音は自室にあるカプセル型のVR機器に視線を向ける。


「……今はそんな気分じゃないけど……ポンからの誘いだし……」


 心なしか重い身体を起こし、紫電戦士隊のプロメンバーとして貸与されているカプセル型のVR機器の電源スイッチを押してハッチを開く。

 その中に入ると、カプセル内にあるヘッドマウントディスプレイを取り付け、横たわる。

 一つ小さく息を吐いてから。


「……フルダイブシステム・オンライン」


 紫音が呟くと、現実から意識が遠退いていき、電子の世界へと飛び込んでいった。

 




「あ、シオンちゃん。おーい、こっちこっち」


 Aimsにログインすると、やたらといかつい筋骨隆々のオッサンアバターがぶんぶんと手を振る。

 それを見たシオンは、少しだけ目を細めてから、苦笑する。


「……久しぶりにそのアバター見た。……やっぱりギャップが凄い」


「そ、そうかな……? これでも結構このアバター気に入ってるんだけどなぁ……」


 オッサンアバターを身に纏うグレポン丸がシオンの言葉を聞いて、自分の身体を見下ろす。

 どこからどう見ても、現実の可憐な少女の面影など一切ない。本人が気に入っているのであればそれに越したことは無いだろうが。


「……で、1on1。……やるの?」


「うん。ごめんね、急に招待送っちゃって」


「別に良い。……でも、さっきの事があったから、少し気まずいのが本音」


 シオンの正直な物言いに、グレポン丸は苦笑する。

 と言っても、彼女の表情は素面だ。彼女が基本的に感情の起伏が少ない事は知っているので今更疑問には思わないが。

 グレポン丸がウインドウを操作してプライべートマッチを選択すると、シオンに視線を向ける。


「マップはどこが良い? 好きなマップ選んでいいよ」


「……ん、なら【荒廃島リバティ】で」


 荒廃島リバティはその名の通り、現実のリバティ島がモチーフとなっている。

 Aimsの世界観を重視し、大戦に巻き込まれた結果、リバティ島の象徴となっている自由の女神は首のみが残り、その場に放棄されているのが特徴だ。それ以外は殆ど遮蔽物も無く、平坦なマップなので純粋な撃ち合いをする上で人気のマップだ。


「広くないマップの方が1on1をやる上でもやりやすい……。合理的判断……」


「分かったよ。あ、でも一応ルールは【コントロールポイント】ね」


「……? 【コントロールポイント】はNPCありのゲームモードだけど……?」


「まあ、1on1と言っても私の武器がだからね。……少し、が欲しいなって」


 そう言ってグレポン丸は自分の背に担ぐグレネードランチャー、【ギャラルホルン】に目を向ける。

 それを聞いたシオンはなるほど、と頷く。


「確かに私の得意武器はSMGサブマシンガン……。インファイトを得意とする私に1on1を挑むとなると近寄られた時点でゲームオーバー……。……ポン、グレポン以外の武器はからっきし駄目だもんね……」


「そ、それは言わない約束だよシオンちゃんっ!」


 顔を赤くしながら頬を膨らませるグレポン丸。現実の彼女がやれば可愛かっただろうが、今は強面の男がその仕草をしているので、傍目から見たら大変シュールな絵面になっていた。


「ん。でも挑まれたからには負けない。……本気でねじ伏せる」


「それでこそだよ、シオンちゃん」


 にっと笑ったグレポン丸が拳を突き出すと、それに応じるシオン。

 その姿が粒子状へと変化していき、戦場へと転移する。





 【コントロールポイント】はAimsの初期から存在する、人気を博する要因となったゲームモードだ。

 従来のFPSではプレイヤーVSプレイヤーが主流だが、このゲームモードでは、その枠組みを超えた、自由に指示を下す事が出来るbotが存在する。高度なAIによって実現可能となった、予め命令を与える事で完璧な連携を取れる味方の存在は、味方にストレスを抱えやすいFPSジャンルにとって革命的だった。

 FPSプレイヤーの口癖でもある、『自分がもう一人居たら勝てたのに』という願望をbotによって実現したのである。


 グレポン丸がリスポーン地点に降り立つと、真っすぐに相手のリスポーン地点の方に視線を向ける。


(今の私の実力で、シオンちゃんに勝てるとは思えない)


 相手は国内トップのプロプレイヤー。実戦経験も勿論向こうの方が数段上。


(だけど、私は変わるって決めたんだ。……負けるつもりは無いよ、シオンちゃん)


 しかし、その目に一切の揺らぎはない。自分が伝えたい事を伝えるには、彼女を負かせる

AアルファCチャーリーに10人ずつ、私と一緒にBブラボーに向かう十人には直接思考接続。……下手に人数を増やすよりかは、均等に振った方が良いよね」


 コントロールポイントのルールは、先行で三ポイントのエリアを奪取するか、相手チームのプレイヤーを全滅させる事でラウンド勝利だ。その後のラウンドでは他ラウンドで死亡したbotは復活しない為、慎重に割り振らないといけない。

 だが、敢えての全戦力投入。確実に勝ちに行く為には、それしかない。


 予めマップ毎のNPCの基礎配置を決めている為、その場所に行くように設定し、グレポン丸は【ギャラルホルン】を構える。


「さあ、行きますよシオンちゃん。久しぶりに本場のグレポン使いの実力、見せつけてあげます」


 ラウンド開始の合図と共に、グレポン丸が担ぐ【ギャラルホルン】が咆哮する。





(絶対、ポンならラウンド開始と共に『花火』をしてくるはず)


 シオンはラウンド開始の合図と共に、三人のbotを連れて疾走する。

 小柄な身体が抱える武器はSMGサブマシンガン。【レーヴァテイン】と呼ばれるエキゾチックサブマシンガンだ。デフォルトの弾丸が焼夷弾に変わるという、非常に強力な能力を持っている。

 シオンが最初に向かったポイントはCチャーリー。恐らく、ポンはBを攻めてくると読んでいるだろうから、先に少しでも相手のbotを減らすことが先決だと判断したのだ。

 ラウンド開始して間もなく、上空が煌めく。


「……! 読まれてる!」


 だが、シオンは更に速度を上げて前進。爆発範囲ギリギリを避けるように走るが、【ギャラルホルン】の能力で追尾小弾が発生したのを見て舌打ちを一つ鳴らす。

 最初の爆撃で一緒に行動させていたbotの一人が死亡。そしてもう一人がシオンをかばうように小弾に当たると、その身体がポリゴンとなって消滅した。


「やってくれる……! だけど、被害は最小限。Cチャーリーから徹底的に潰す!」


 シオンが戦場を疾走し、Cチャーリーにいち早く到達すると、相手側の通路を見張る。

 すると、少し遅れてポンが従えるbotが走ってくるのが視界に入った。


「目測十、殲滅する!」


 シオンが遮蔽物から飛び出すと、【レーヴァテイン】を撃発。

 完璧なリコイル制御で射出された弾丸は、寸分違わずbot達の頭部を撃ち抜き、そのままポリゴンとなって消滅する。


「次」


 戦場を疾走する紫色のパープル小さな悪魔デビル。瞬く間にbotを三人ダウンさせたシオンは、【レーヴァテイン】をタクティカルリロードし、すぐさま次の標的に照準を向ける。

 【レーヴァテイン】を持つことが出来る重量ギリギリにSTRを設定している代わりにAGIにステータスを割いているシオンの動きは途轍もなく早い。

 迫り来る弾丸を悉く避けながら、正確なエイムで一人一人ダウンさせていく。


「……ん、余裕」


 交戦時間、十秒。シオンがふっと一つ息を漏らすと、Cチャーリーに足を向けると、アナウンスが鳴り響く。


≪ポイントA、ポイントBが陥落しました≫


「……ん、他の兵はリス地に待機させてるから仕方ない。……人数トレード的にはこっちが有利」


 第一ラウンドで失ったbotの数は二人。向こうは十人の損失。

 この人数差は、次以降のラウンドに大きく響くだろう。


「……後は私が居るCチャーリーを落としに来るだけ。だけど、このラウンドに敗北しようが人数有利は揺るがない。……来い、ポン」


 シオンが目を細め、Cチャーリーへと繋がるポイントを睨みつけるロックする

 次の瞬間、視界に入ったのは一つの擲弾。シオンは表情を険しくすると、それを空中で撃ち抜く。


 バシュウ!


 打ち抜かれた擲弾が炸裂し、白煙スモークが周囲一帯を包み込んだ。


「…………ッ!?」


 ──やられた。

 ポンの性格上、この場面で撃ってくるのは通常の弾だと思い込んでいた。

 【ギャラルホルン】の能力で炸裂した擲弾から更に追加で白煙をまき散らすスモークグレネードが射出され、白煙を更に濃くしていく。


(……落ち着け、この状況はポンにとって不利な筈。……何を企んでいる?)


 インファイトが不可能なグレネードランチャーを持つポンが、わざわざ視界を制限するというリスクを負う理由が分からない。

 と、次の瞬間シオンが隠れていた遮蔽物に弾丸が殺到する。シオンはすぐさまその場を離脱してすぐ、足音が耳に聞こえてくる。


(……ッ! 私を倒すのが目的じゃなくて、ポイントの制圧が目的! 確実なラウンド勝利を取りに来ている!)


 グレポン丸のチームはbotを総動員させて既にAアルファBブラボーの二ヵ所を陥落させている。後はこのポイント……Cチャーリーを制圧すれば、ラウンド勝利だ。

 わざわざbotを総動員させてこのポイントを取りに来たのは、人数差によるポイント制圧が目的だったのだと悟る。

 シオンがすぐさまミニマップに視線を向けると、EMPグレネードが使われたのか、ミニマップは砂嵐となって明滅している。

 ギリ、と奥歯を噛み締めると、シオンはグレポン丸が居るであろう方へと走る。


「インファイトならッ……! 後れを取らないッ!」


 ポイント制圧する前に、敵プレイヤーであるポンを仕留めてしまえば、シオンの勝ちだ。

 シオンは白煙を割いてトリガーを引き絞ると【レーヴァテイン】が軽快な音を鳴らして弾を吐き出す。

 音が聞こえてきた方へ銃身を向け、立て続けに撃発。マガジンが残り一発になった瞬間にタクティカルリロード。そうして五人ほどbotを消滅させた所で、【ギャラルホルン】を持つ黒い影が目に入る。


「……ッ! 取った!」


 シオンは勝利を確信し、超近距離まで詰め寄ると、その身体にSMGサブマシンガンの弾を叩き込む。確かな手応えに、口の端を微かに上げた所で。



 ゴリ、とシオンの背中に銃口が押し当てられた。



「……は?」


 次の瞬間、ドパァン!と音を立てて身体が弾け飛ぶ。

 銃口が押し当てられた瞬間に身体をずらそうとしたものの、致命傷を負ってしまった。

 HPは瞬く間に減少し、もう間もなく、ポリゴンとなって消滅してしまうだろう。


「……確かに、私はグレネードランチャー以外の武器はへたっぴかもしれません。……なら、確実に当たる距離にまで……詰めてしまえば良い」


 白煙が晴れていき、そこに対戦相手であるグレポン丸が姿を現す。

 グレポン丸がその手に抱えていたのは…………デフォルトスキンの黒いSGショットガン

 それを見た瞬間、シオンは大きく目を見開く。


「……bot……!?」


「正解です。きっと、シオンちゃんならそっちに食いつくだろうと思ったから」


 基本、試合中に武器を入れ替える事は不可能だ。

 だが、一応その穴を突く手段は確かに存在する。それは、『botがデフォルトで持つ低品質な武器と入れ替える』というメリットの薄い手段だ。

 身動き一つ取れないシオンを見下ろすように、グレポン丸が目の前に立つと。


「シオンちゃん。私はもう、って決めたんだ」


 足手まとい。先ほど、SBOの世界で自分が言った言葉。

 シオンが酷く困惑している様子を見ながら、グレポン丸は言葉を続ける。


「だから、私は成長する。もう二度と、誰かに足手まといだなんて言われないように。もう二度と、皆に置いて行かれないように」


 ぞくりとシオンの背中に悪寒が走る。

 グレポン丸の確固たる決意が込められた目を見て、シオンは彼女が伝えたい言葉を理解する。


「だから、立ち止まっている暇なんてない。私は私が出来る事を、全力でやる。一度、挫折したぐらいでなんだ。諦めなければ、今までよりももっと強くなれるから、私は走り続ける」


 かつて彼女の心を潰した周囲の声アンチによる挫折。それを乗り越えた彼女は、新しい戦い方を身に付けていた。【花火】だけに頼らない、新しい戦略で、シオンを翻弄した。


「こんなものではないでしょう、貴女は。……私を倒して、貴女の強さを証明してください。私はこんな所で折れる人ではないと、また歩き出してください」


 ゾクゾクと泡立つ感覚が、シオンの全身を包み込む。


 正直な所、グレポン丸という人物を侮っていた。彼女の戦闘スタイルとは相性が良いから。

 インファイトに持ち込めば、絶対に勝てるプレイヤーだと思っていたから。


 だが、それをすぐに覆された。


 グレポン丸が得意とする中距離以降のレンジを捨て、シオンの得意な超近距離でねじ伏せられた。

 励ますどころか、シオンのプライドをへし折りかねないその荒々しいまでの説得に。


 シオンはひどく、を感じた。


 彼女が、自分自身の手で証明して見せたから。

 変人分隊のお荷物と罵られた彼女が、乗り越えたその先の姿を見せつけたから。



 ──ああ、これだから。



「第一ラウンドは私の勝ちです。……待ってるよ、シオンちゃん」


 そう言ってグレポン丸はグレネードのピンを抜き去り、身を翻しながらそれをシオンの傍に転がす。

 SGショットガンのダメージでもう既に瀕死だというのに、これではオーバーキルだ。

 だが、シオンはその行為を不快に思う事は無く、目を閉じる代わりに口元を緩める。




 ──これだから、ゲームは止められない。

 


 

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