#185 不穏
「こりゃまた派手にやったなぁ……短期間にここまでボロボロにして来られるとは思ってもみなかったぜ……」
「返す言葉も無い……」
場所は変わってサーデスト、鈍色の槌。
【二つ名レイド】で耐久度が減らされた装備群を修繕してもらうべく、モーガンの下へとやってきたのだが、木箱に入れた俺の装備を見たモーガンが苦笑する。
「……つーか、数時間前まで新品だった奴だよなコレ? 俺の勘違いか?」
「いや、合ってる」
「あっはっはっは! ……お前さんマジで何と戦ってきたの?」
モーガンは若干顔を引き攣らせながら笑っていたが、途端に真顔になる。
まあ、別に嘘吐く意味も無いし、正直に言っても良いか。
「全長百メートル超えの馬鹿でかいドラゴンとかその他諸々」
「うーん、御伽噺かな?」
残念ながらリアルなんだなあ、これが。いやこの世界ゲームなんだけどさ。
まあ、そのドラゴンには5秒ぐらいで瞬殺させられたわけだから戦闘と言っていいのかは分からんけども。
モーガンは呆れ顔のまま防具に手を触れ、それを持ち上げてまじまじと観察してから。
「……別にウチで修繕を頼むのは良いんだが……。……お前さんはその、俺の腕の問題とかだとは思わないのか?」
「いや、そこは気にしてないよ。だって、明らかにこの装備で挑むような相手じゃない奴らとばっかり戦ってきたからな」
どうやらモーガンは自分の腕が悪いから防具がここまでボロボロになってしまったと思っているらしい。実際は相手にしているモンスター達が強すぎるからこうなっているのであって、決してモーガンの腕が悪い訳ではない。……本当になんで今の装備でエンドコンテンツに挑んでいるのやら。
「そこまでの化け物と戦うなら俺の師匠に装備を作ってもらうと良いんだが……生憎【クリエイト】に続く道は今どこも封鎖されちまってるしな……」
テーブルに肘を突きながらぼやくモーガン。
ちょっと待て、今なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてきた気がする。
「……【クリエイト】って?」
「ん? ああ、行ったことがねえのかお前さんは。鍛冶と炭鉱の街、【クリエイト】。一端の鍛冶師なら誰もが憧れそこに店を持つ事を目標にする、まあ物作りの総本山みてえなとこだよ。昔、俺もそこで鍛冶屋やってる師匠に弟子入りして下積みしてたんだよ」
「ほーん……」
名前の語感的に八番目の街と言った所か。今サーデストで三番目だから……大分遠いな。
一体いつになったらそこまで行けるようになるのやら。
……それはそうと、もう一つ気になることが。
「封鎖されてるってどういうことだ?」
「知らねえのか? 一月前ぐらいにこの街から行ける他の主要都市に繋がる道が軒並みでっけえ壁で塞がれちまったんだよ。そのせいで向こうに居る知り合いともまともに連絡が取れなくてな……」
一月前って言うと、サービス開始前ぐらいからか。その壁の正体が【龍王】って判明している以上、その壁が取っ払われるのは二日後という事は確定している。
絶対【龍王】はトラベラーに関係してる存在だしなぁ……伝えるべきか否か。
「……テレポートとかで移動出来ないのか?」
「いやいや、アレってそんな便利な魔法じゃねえんだわ。そもそも、あの魔法は地脈のマナを経由して移動する魔法なんだ。どうやらあの壁のせいで地脈に眠るマナが吸われちまっててな。向こうの都市までのパスが通ってねえんだよ」
なるほど、テレポートって便利なイメージがあったけど、そういうデメリットもあるわけか。……プレイヤーにもそのデメリットがあるのかは知らないけど。
と、その時メッセージを知らせる通知音が鳴った。
「……ん?」
ウインドウを開き、メッセージを確認するとメッセージの送り主はシオンだった。
メールの題名は相談、本文はクランハウスに来て、か……。……なんか、嫌な予感がするな。
俺がウインドウを眺めていると、モーガンが首を傾げて。
「どうした?」
「ちょっと急用が出来たのでこの装備預けるから修繕しておいてくれ。明日の朝に修理が終わってるとありがたい」
「この量を徹夜でやれと!? まあ良いけどよ……」
頭をぼりぼり掻いてから装備の入った木箱を持ち上げるモーガン。
そんな彼を尻目で見ながら、俺は足早に鈍色の槌を後にした。
◇
サーデスト、
玄関の扉を開け、リビングまで歩いていくと、そこには既にポン、ライジン、串焼き先輩が待機していた。
「揃ったな」
「厨二は?」
「あいつはAimsに行ったっきり戻って来やしねえ。多分、鬼夜叉との戦いが消化不良だったからだろうな」
ああ、何となく分かってしまうのが悲しい……。俺も似たような覚えがあるから尚更……。
と、懐かしい記憶に浸りながら、ソファに座っていたシオンに視線を向ける。
「来たぞ、シオン。急にメッセージなんて飛ばして、一体どうしたんだ?」
俺が首を傾げながら問いかけると、ソファに腰かけていたシオンが顔を上げる。
「……ん。ありがとう、来てくれて」
「なんの相談だ? ……もしかして、【二つ名レイド】の事か?」
「ん。……それについての、相談」
もやっと、何となくだが言いようもない不安感を覚える。
【二つ名レイド】のコンテンツ退出の際に見せた、僅かに表情を曇らせていた事を思い出す。
串焼き先輩も、苦い表情でシオンの事を心配そうに見ていた。
当の本人は、顔色一つ変えず、口を動かす。
「みんなは、【双壁】の【二つ名レイド】の定員数って確認した?」
「いや……」
定員数なんて存在したのか。いや、確かにあのコンテンツで定員が存在しないのなら、数こそが正義になってくる。仮にもエンドコンテンツと題されている【二つ名レイド】を、人数の暴力で終わらせるなど、運営は望んでいないだろう。
とはいっても、定員数なんてどこに書いてあっただろうか。俺が覚えている限りはそんな表記、どこにも……。
「──あ」
いや、あった。コンテンツ退出時の確認ウインドウ。【双壁】の【二つ名レイド】の正式コンテンツ名、【星海の主、未だ双壁に傷を負ず】と記載されたレイド名の下に、経過時間と、コンテンツに挑戦している人数の数が。
そして、そこに記載されていた数字は──。
「──確か、
「……ん。他のレイドはどうだか分からないけど、あのレイドは六人が定員のコンテンツなの」
シオンが目を閉じながらそう言った。
ちょっと待て、そうなると一つの問題が浮き上がってくる。
「……今回、私達の挑戦人数は六人。……つまり、今回挑戦してなかったボッサンを入れると、私達の数は
たまたま今日はボッサンが用事で居なかったものの、本来なら一人あぶれてしまう筈だったのだ。
言われてみれば、確かにそうだ。呼応石のギミック、あれは最大五個までの感応石が接続できるという事は、元々
七人という中途半端な数でコンテンツに挑めば、意思疎通が取れずに戦線が滅茶苦茶になることが目に見えている。
それを踏まえて、シオンは言葉を続ける。
「……今回の【二つ名レイド】挑戦の問題点は既に浮き彫りになってる。……
「それは……」
その通りだ。ヘイト管理がままならず、高火力を出す人間がヘイトを無理矢理奪い合い、何とか戦闘を継続させ続けていた。本来、ヘイトの維持管理はタンクの役目だ。それが居ないだけで、戦闘は非常に困難になる。
少しでも他の人間の負担を減らす為にも、タンクの存在は必須になってくる。
「だから、現状タンクとして一番レベルが高い、ボッサンはパーティに入れなければならない。……そうなると、今回参加した人間から一人パーティから抜けなければならない」
「……」
パーティからの離脱。それはつまり、SBOというゲームの一大コンテンツ、【二つ名レイド】の攻略する権利を失うという事。勿論、【二つ名クエスト】を進めて、他のプレイヤーと組んで挑む事は可能だろうが、それでも
言うなれば妥協枠。コンテンツの攻略だけを望んだ、その場限りの関係。
MMOで言えばそういった形の方が多いだろうが、今回は話が別だ。
固定パーティを一度解散するという事なのだから。
しかもその要因が、コンテンツに挑戦するにあたり、不要になるメンバーを抜かす、という考えられる中でも最悪な解散理由で。
誰だって、それは嫌だろう。ソロプレイを好むプレイヤーならともかく、ここに居るメンバーは身内と協力して高難易度コンテンツを攻略する事で達成感を得る事を是としたメンバー達だ。
ただエンドコンテンツで手に入るであろう強い装備が欲しいからと攻略に傾倒している訳では無いのだ。
そんな、俺達の思惑を汲み取ってか、ゆっくりと息を吐いたシオンは。
「……だから、私が抜ける事にした」
自嘲にも似た笑みを浮かべながら、ぽつりと呟いたシオン。
「シオン……」
「……考えればすぐに分かる事。私以外は明確な役割がある。……足手まといが抜けるのは当然」
シオンは淡々と、自分を客観的に評価する。
足手まとい。その言葉が、重くのしかかる。
彼女とて、何もしていなかったわけではない。モンスターの素材をそのまま矢にするという機転が無ければ、串焼き先輩はまともな打点すら得る事が出来ずにリタイアしていた。
そして、状況を逐一観察し、他の人間が立ち回りやすいようにも動いていた。
だが、厳しく言ってしまえば
レベルを無理矢理上げてきただけの付け焼刃のDPSジョブでは、相手にまともに攻撃が通らなかった。自身のスキルに対しての理解も浅く、ダメージソースになり得なかった。
だから、彼女はサポートに徹していた。本来、火力として貢献しなければならないDPSジョブであるのにも関わらず。
彼女は元々生産職なのだ。仕方ないと言えば仕方ないが。
「足手まといだなんて、そんな……」
ポンはシオンの言葉を聞いて唖然としながら言葉を漏らす。
きっと、彼女は優しいだろうからそんなことは無いと思っているのだろう。だが、現実は非情だ。
客観的に見れば、彼女は誰よりも仕事をしていなかったと言えてしまう。
そうなるぐらいなら、ボッサンを入れて戦闘を安定化させた方がずっと良い。
と、そこまで考え及んで、俺は拳を握り締める。
効率厨。……自分の考えがどこまでも合理的なのが、嫌になる。
あくまで、今の考えは、感情を抜きにした場合の話だ。俺とて、シオンを省いて攻略する事は正直望ましくない。
それで攻略出来たと言っても、省かれた人間からしたら気持ちの良い物では無いだろうから。
「……仮に七人でコンテンツに突入できたとして、そのあぶれた一人分を含めて指揮を執るのは誰?ボッサンは指揮官としては優秀かもしれないけど、タスクが増えるだけ無駄が生じる。エンドコンテンツがその程度の妥協で攻略できる程、甘くないと思う」
シオンはまくし立てるように言葉を紡ぐ。
彼女も、俺と似て合理的に物事を見る。足手まといになるのなら、それが自分であろうと切り捨てる。それが、
そこまで目を瞑って聞いていたライジンが、片目を開ける。
「だけどさ……それでいいのか、シオン?」
「……足手まといになって、他のメンバーに迷惑掛けるよりは……百倍マシ」
シオンはそう言って、あくまで無表情のまま顔を背けた。
自分は気にしていないから、他のメンバーで攻略してほしい。そういう思惑が感じる事が出来る、素っ気ない態度だ。
「……」
だけど、その手は何だよ。
知ってるんだよ、お前が感情を悟られないようにひた隠しにしている時は、大体顔以外に現れているんだ。その自分の爪を食い込ませて、微かに手が震えているのは俺の見間違いだって言うのかよ。
胸の奥底で燻る感情が、思わず口を衝いて出てくる。
「悔しくは無いのかよ」
その言葉を聞いて、僅かにシオンの眉がピクリと動く。
シオンは、若干言葉に迷うような様子を見せながら。
「……悔しいも何も、分かり切っている事を議論するのは時間の無駄。……気にしないで良い」
「自分に嘘を付くのは止めろよ。……お前が、思った事を言ってくれ。悔しいなら悔しいと、言葉にしてくれよ」
俺の言葉に、シオンは目を見開いて、わなわなと肩を震わせ始めると、初めてそこで顔を歪めた。
「……そりゃあ、悔しいに決まってる……!!」
唇を噛み締め、手を極限まで握り締めて彼女はポツリと漏らす。
「私だって、折角このゲームを始めたんだ。ライジンや、皆と一緒に攻略したい……!!けど、私の個人的な感情で迷惑を掛けるのは一番嫌……!!」
「シオンちゃん……」
シオンの目尻に涙が浮かび、それが頬を伝って滴り落ちていく。
いつも冷静な彼女らしくない、取り乱した表情。それを、自分がさせてしまった事に少し後悔する。
「サポート役に徹すれば、RPGに疎い私でも貢献できると思ったからこのゲームを始めた……! 【二つ名レイド】に挑む際は、一緒に戦おうって言ってくれたから、私も必死にレベリングした……! けれど、結果はこうだった、私は結局、役立たずのままだった……」
彼女の怒りの矛先は、彼女自身に向いている。無力な自分へのどうしようもないやるせなさ。
つい最近、同じ表情を浮かべた人を、俺は知っている。
「私がもっと強くなるまで待ってもらってたら、他の人が最初に攻略する。私は、このゲームでの一番もライジンに取ってもらいたい。……だから、これ以上迷惑は掛けられない。……ボッサンを入れて、【二つ名レイド】を攻略して。……それが、私からの相談」
シオンは俯き、そのまま頭を下げる。
彼女の気持ちはよく分かった。だからこそ、この言葉を言うべきだろう。
「
本当は一緒に攻略したい。けれど、その我儘を言うだけの実力が伴っていない。
それなら、この言葉が一番正解だ。他者が介入してくれば、それで諦めが付くから。
俺がシオンの立場だったとしても、この言葉を望むだろう。
シオンは顔を上げて、まだ目に涙を浮かべながら、必死に笑顔を作る。
「……ありがとう、傭兵」
「シオンちゃん、私は……」
「ポン、大丈夫だから。……でも、少しだけ一人にして」
シオンはそう言うと、ウインドウを開いてログアウトする。
光の粒子となって消えていったシオンを見ていたライジンが、ぽつりと。
「……これが、MMOの嫌なとこなんだよな。……不和の原因となり得る要素。……コンテンツ攻略のworld1stを目指すなら、不要な物を切り捨てなければその栄光を勝ち取る事は出来ない。……安易に、シオンを誘うべきじゃなかった」
ドン、と壁を殴りつけて苦い顔をするライジン。
だが、彼が悪い訳ではない。コンテンツの人数制限さえ存在しなければ、このような事態に発展する事は無かったのだから。
と、静かに目を伏せていたポンが、ゆっくりと立ち上がって。
「……私、一旦落ちますね」
「ポン……」
「シオンちゃんの気持ちは、私が一番分かります。……だから、ちょっとだけお話してきます」
確かに、この場における彼女以上の適任者は居ないだろう。
静かに頷いて、彼女がログアウトするのを見送ってから、深く息を吐きだした。
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