#181 乱戦勃発


 まず始めに餌食になったのは、手前側に居た戦士だった。


「え」


 圧倒的なAGIによる初速の踏み込みは、全プレイヤーの中でもレベルの高い【お気楽隊】のメンバーであろうと目で追う事は敵わなかった。そして、振り下ろされたステッキの一撃は、鋼の鎧ですら軽々と粉砕する。

 ギィン、と金属同士がぶつかり合う甲高い不協和音が周囲一帯に響き渡り、そのままその戦士のプレイヤーは地面へと叩き伏せられる。


「ガハッ!?」


 【戦士】のジョブロールはタンクであり、その分ロール補正も入る為DEFやMGR、HPのステータスはDPSジョブのそれとは比較にならないが、それをねじ伏せるかの如く厨二の一撃は痛烈だった。

 たったの一撃で防具は半壊、HPも七割を持っていかれ、その減少量に目を剥く戦士の男。


 すぐにオキュラスが抜刀し、厨二に一撃を加えようと振るうが、その剣は虚しく空を切った。

 バックステップしながら一度引いた厨二は、楽しそうに口元を緩めながら、目を細める。


「……【お気楽隊】ってクラン、このゲームの猛者って聞いてたんだけどナ。……アレ、本当にトップクランなの?」


 とんとんとまるで肩叩き棒のようにステッキで肩を叩きながら、流し目をこちらに向ける厨二。


「……お前のレベルが段違いなだけだ。多分今しがたお前がねじ伏せた戦士だって俺よりもレベルは高いはずだしな……」


「うっそぉ、それは悪い事をしちゃったねぇ……。まあ、仮にもトップクランなら、仕事も辞めてゲームに勤しまないとね?」


「……お前が言うとガチにしか聞こえないから辞めろ」


 くすくすと笑いながら相手に指を差した厨二に、ぼやくように呟く。

 マジで厨二の野郎、一日二十時間ぐらいゲームにログインしてる程の職業ゲーマーだから洒落になってないんだよ。

 その言葉を聞いて、後ろで待機していたプレイヤーが顔を顰める。


「調子に乗るなよ……!」


「調子には乗って無いサ。……それとも、ボクが怖くて恐れ慄いちゃったかな?」


「ほざけ!」


 後方からプレイヤー達が飛び出し、三人掛かりで厨二に襲い掛かる。

 それを見た厨二は、ステッキを握りなおすと、狂気的なまでに口端を吊り上げる。


「あは♪」


 剣戟を躱し、戦斧の攻撃を受け流し、鋭い槍の一撃を弾き返す。

 ステッキを振るいながら、剣士にターゲットを絞って一気に接近戦に持ち掛ける。


「ひっ」


「まず一人目」


 月光に照らされるピエロメイクが眼前まで迫り、さながら死神を思わせる眼光は、剣士のプレイヤーを凍り付かせた。

 凄まじい速度で繰り出されたステッキが身に纏う防具を粉砕しようとするが。


「あら、流石に駄目かぁ」


 と、その時物影から飛んできた鞭が厨二の持つステッキに絡みつき、その動きを止める。

 そのまま力任せに引っ張ろうとするが、抜け出せない事を悟り、一つ舌打ちを鳴らしてステッキをアイテムストレージ内に戻す事で窮地を脱する。

 その隙に、先ほど攻撃を仕掛けた残りの二人が襲い掛かる。


「【螺旋炎斧】!」


「【竜騎一閃】!」


「っと、危ないなぁ。油断も隙も無いねぇ」


 厨二は軽口を叩きながら、最小限の動きで相手のスキルを回避する。

 そしてその手に怪しい光を宿すと、斧を振るったプレイヤーに手をかざす。


「【宵闇のトワイライト・怪盗ファントムシーフ】」


「なっ」


 厨二の手元に相手が持っていた筈の斧が出現し、その斧を両腕で掴み取ると、炎に包まれる。


「【螺旋炎斧】」


 斧が纏う炎が螺旋状に渦巻きながら、再び剣士のプレイヤーを強襲する。

 だが、再び厨二の攻撃は横から入った攻撃によって弾かれ、厨二はピクリと頬を引き攣らせる。


「……あのさぁ、流石のボクもそろそろ横槍がうざったいって言うか」


「……ここは、私に任せろ」


 先ほど厨二の攻撃を弾き飛ばした主が、厨二の前に立ちはだかると周囲のプレイヤー達の動きが止まった。

 巨躯を金属鎧で包み込み、兜から覗かせる厳つい顔立ちは、如何にも強者らしさを演出している。

 その姿を見た厨二は、不機嫌そうな顔を一転、へぇ、と口元を緩める。


「君が相手か、なら不足無いね」


「ふ、貴公にそう言われるとは、思ってもみなかったな」


 厨二が再び斧を持ち上げ、突きつけた先に居る相手──【お気楽隊】副クランマスターである鬼夜叉は、静かに笑った。





「はぁ、流石にこの軍勢相手に消耗した状態で戦うのはきついかな……」


 先陣を切って特攻した厨二を見ながら、ライジンはため息を吐いた。

 厨二のファインプレーにより、俺達は正当防衛の権利を得た為、戦う事に関しては別に文句は無い。

 だが、【二つ名レイド】で消費アイテム含め消耗している状態での交戦は、少しばかり骨が折れる。


「シオン、串焼き団子さんはテレポートでサーデスト辺りに飛んでください。多分この中で二人が一番リソース厳しそうなんで」


「なあライジン、俺も帰っていい?」


「駄目だ村人、お前は主戦力側の人間だ」


 串焼き先輩達に便乗してサーデストに帰還しようとするが、すぐさまライジンがジト目を向ける。

 ちぇ、と一つ呟いてから、矢を矢筒から引き抜いた。


「……俺達も出来れば加勢したい所だがな……まあ、足手纏いになるよかマシだ。……帰るぞ、シオン」


「…………ん」


 若干物憂げな表情のシオンが頷くと、ウインドウを操作して串焼き先輩と共にテレポートする。

 それを見届けてから、視線を交戦している厨二と鬼夜叉の方へと向けて、違和感に気付く。


「……ん?……オキュラス氏は、どこに」


さ」


 と、死角から声が聞こえてきて、咄嗟に回避しようとするがいつの間にか付与されていた【毒】のせいで回避が遅れ、頬をナイフが掠めた。

 ぴっと赤い切り傷が頬に出来たかと思うと、身体が僅かに痺れ始める。

 ギリ、と歯を食いしばりながらHPバーの横にちらつくアイコンの正体を口に出す。


「……【麻痺】……ッ!」


「僕のプレイスタイルは基本的に相手を制圧してハメ殺す。……そればかり鍛え上げてたから毒を用いた暗殺は得意でね、悪いけど君がこの場で一番厄介だから先に始末させてもらうよ」


 麻痺毒が塗りたくられたナイフを持ち直し、身体に突き立てようとした所で、オキュラスの身体が突然爆発を起こして吹き飛んだ。

 砂浜を二転三転してすぐに起き上がると、口に入った砂をぺっと吐き出して表情を険しくする。


「……また、君か」


「厨二さんまでは行かずとも、私も貴方達のやり方は非常に気に食わない。……それと、貴方には大会でたっぷりと可愛がってもらった礼があります。さぁ、とことんやりましょうか」

 

 瞳に闘志を宿し、黒煙が上がる拳を握り締めたポンが、オキュラスを睨みつける。

 オキュラスはその表情を見て楽しそうに笑うと、スキルを発動させる。


「【毒龍ヒュドラ】!」


 いつの間にか周囲に巡らされた毒霧がオキュラスに収束したかと思うと、ボコボコと液体のような音を立てながらスライム状の身体が膨れ上がり、七つ首の巨龍へと姿を転じさせる。


「これでもトップクランと呼ばれてるだけあってゲーマーとしてのプライドがそれなりにあってね。……これまで勝ち越している君達を一度でも壊滅させないと気が済まないのさ」


「ただの八つ当たりじゃねーか!」


「っはは!そうとも言うかな!まあ、付き合ってくれよ、厄災君!ポンさん!」


 だからその件については俺は故意でやった訳じゃねーっつーの!

 だがまあ、タダでやられる気は無い。ディアライズを掴み取り、矢をゆっくりと装填して、引き絞ると。

 雷鳴が轟き、地面目掛けて落雷が迸った。

 地面に着弾すると凄まじい衝撃と共に爆風が発生し、吹き飛ばされそうになりながらなんとか踏みとどまる。


「俺を忘れてんじゃねーよ、オキュラス」


 仄かに青白く帯電しながら、雷の跡地から姿を現したのはライジンだった。

 オキュラスは不敵に笑うと。


「リベンジマッチをしたいのは山々なんだけど、今回は連れの相手をしてくれないか?……君を倒したい奴らを連れてきたから、少しは楽しめると思うけど?」


「その前に、お前の首を──」


 仕留める、と言おうとした所でライジン目掛けてブーメランが飛来する。

 それを双剣で打ち払おうとした所で、物理的に不規則な軌道を描いてライジンの攻撃を躱し、鈍い音を立ててライジンの腹部に突き刺さった。

 流石に攻撃を受けるのは想定外だったのか、ライジンは僅かに目を剥く。


「……これもスキルか、厄介だな」


 ブーメランを引き抜き、地面に突き刺そうとするが、そのブーメランは一人でに戻り、後方に控えていたプレイヤーの下へと戻る。

 一連の様子を見ていたオキュラスは、にこやかな笑みを携えた。


「さっき君の仲間は雑兵と言ってたけど、他のゲームでは名の知れた猛者たちを集めている。……流石のライジンと言えど、この数相手に太刀打ち出来るかな?」


「──はっ、面白え。上等だ」


 ライジンは獰猛な笑みを浮かべると、双剣に電気を纏わせる。


「村人、ポン。オキュラスは頼んだ。……他の敵は、俺に任せろ」


「あいよ、キャプテン。……地獄の果てまでお供してやるよ」


 こちとら【二つ名レイド】を断念したせいで不完全燃焼だったんだ。

 PKだろうが何だろうがどうでもいい。俺達のストレスの捌け口になってもらおうじゃねーの。

 

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