#180 一時撤退


 冥王龍リヴァイア・ネプチューンに遭遇して僅か数秒で全滅。

 コンテンツ内でパーティメンバーが全滅した場合、そのエリアの最初の地点から再スタートになるようで、俺達は【海遊庭園】のスタート地点にリスポーンしていた。


「……一度、撤退しよう」


 圧倒的すぎる戦力差を見て、ライジンが開口一番そう切り出した。

 その言葉を聞いて、しばらく瞑目してから口を開く。


「賛成だ、アレは流石に規格外過ぎる。今の俺達の戦力でどうこう出来る相手じゃない」


 そう言ってから、俺は深く嘆息した。

 正直、ここまでが余りにも順調すぎたのだ。水晶回廊での死闘も、上手く連携が噛み合ったおかげで、次もう一度同じ事をやれと言われたら再現出来る気はしない。

 厨二は暫く奥のリヴァイアが居る空間を眺めてから、その空間にぴっと親指を向けた。


「ボクも死んでから観客スペクテイターモードで戦闘の様子眺めてたんだけどサ。アレリヴァイア、ボクでも無理そうなの?」


 ライジンはそんな厨二を一瞥すると、緩く頭を振った。


「……正直、厨二でも無理だと思う」


「まあそりゃそうだよねー。曲がりなりにもこれはエンドコンテンツ。簡単に攻略させる訳には行かないって訳かぁ。ま、これぐらいの難易度があって当然だよねぇ」


 おどけたようなポーズを取り、苦笑する厨二。

 てっきりプライドの高い彼の事だから少しは怒るかと思ったのだが、そんな事は無いようだ。

 と、厨二は眉を顰めると、最奥のエリアを鋭く睨みつけた。


「ま、でもやられっぱなしは癪だよねぇ。……もし、撤退するにしてもそれは一度だけだ。次は、絶対にあいつの下へと辿り着いて見せるし、そのままこのレイドをクリアしてみせる」


 その双眸に、確かな闘志を漲らせながら、彼は宣言する。

 決してその理不尽さに折れた訳ではない。これは勝つ為に必要な撤退だ。

 自分を鼓舞するような、そんな決意を胸に。

 他のメンバーも同じ気持ちらしく、深く頷いた。

 

「そうと決まれば一旦コンテンツ退出からの、作戦の練り直しだ。ある程度準備してきたのにも関わらず、このザマだからな。……甘く見ていた訳じゃないんだが、想像以上だった、と言わざるを得ないかな。取り敢えずはこのエリアの全員突破、そしてボスエリアでの戦闘を想定して、あのボスに対してどう立ち向かうか……」


 ライジンが厳しい表情で呟いたの見て、ふとある事を思い出す。


「……あのさ、ライジン。あのボスなんだが、もしかしたら特殊勝利条件系のボスなのかもしれないと思ったんだけど」


 ボスエリアにあったとある物。それを見た瞬間、リヴァイアが出現し、戦闘が開始された。

 あの一方的すぎる蹂躙は、最早戦闘とは言えないかもしれないが、それは置いといて。

 ライジンは興味が惹かれたように、こちらに視線を向ける。


「と、言うと?」


「ボスエリアに、あからさまに怪しい物があった。物、っつーか火なんだけどな。……周りは岩石とかで構成されていて火種になるようなもんが無いのにも関わらず、あそこにぽつんと火だけあるのはおかしいだろ」


 指を立てながら、自分が見たものについて説明すると、ライジンが顎に手を添えて熟考し始める。


「……不自然な火、か。……どこかで、聞いたことがあるような……」


「そこら辺も含めて、作戦の練り直しだねぇ。このエリアの、シオンちゃんが思いついた突破方法も成功したみたいだし?」

 

「……ん。……そこら辺の詳しい説明も、後でする。……不要な特攻は装備の消耗に繋がるし、今は撤退で良いかと」


 厨二がシオンに視線を向けると、相変わらずの無表情で頷いた。

 だが、その表情を見て微かにだが気付く。表面には出ない、長い付き合いだからこそ分かる、感情の機微。


(シオン、あいつ……何か隠してる? ……いや、多分悪い事ではないとは思うんだが……)


 なんといえば良いだろうか。自分の利益を隠そうとしているよりかは、この場に居る事の申し訳なさと言うか、そんな感情。

 シオンにどうしたのか聞こうとして、そこでライジンが手を鳴らす。


「よし、取り敢えずコンテンツから退出しよう。皆、長時間の戦闘お疲れ様。今日はボッサンも居ないだろうし、明日にでもまた作戦会議をし直そう」


 そう言って、ライジンがウインドウを出現させると、コンテンツ退出ボタンをタップする。

 パーティリーダーであるライジンの選択により、こちらにもウインドウが出現し、退出同意の確認が表示された。

 迷うことなく退出をタップすると、身体が粒子となって掻き消えていく。

 そんな最中、たまたま視線を向けていた先に居た、一人悲し気に目を伏せていたシオンの様子が、どうしようもなく気になってしまった。





 コンテンツを退出すると、【二つ名レイド】が開始された海岸へと出現した。

 一時間ばかりの戦闘だと言うのに、もう随分と長い間戦闘していたように感じて、どっと疲れが押し寄せてくる。


「なんか緊張感が解けたら無性に疲れを感じるな……」


 そう呟いたのは疲れた表情を隠そうともしない串焼き先輩だ。

 それに対して、俺は思わず苦笑してから。


「まあ普段やってるFPSと違ってMMORPGは弾幕ゲーって言っても過言じゃないからな。戦闘する相手の母数がどうしても多すぎるし、仕方ないさ」


「だな……。でも取り敢えず明日の作戦会議に参加する為にもAimsの練習しとかないとだしなぁ……。流石に紫電戦士隊パープルウォーリアーの面子が黙ってないだろうし」


 昨日の埋め合わせ分も拘束されるんだろうな、と憂鬱そうに串焼き先輩が呟く。

 そもそも、プロゲーマーとして多忙の身である彼がここに居る事自体希少なのだ。

 数少ない自由時間を割いてこのゲームをプレイしている事はそれなりにこのゲームを気に入っているからなのだろうが、それで疲労を溜めてしまっては元も子もない。


「まあ、串焼き先輩は無理しない程度にな。シオンもだけど」


「……別に、そこまで疲れてないから大丈夫」


「ま、こちとら数十時間単位でゲームやる事もあるからこの程度の疲れ、とうに慣れちまったよ。その分充実してるし、お前が気にする必要はねぇ」


 へっと、生意気そうな笑みを見せる串焼き先輩に、表情を和らげる。

 と、その時だった。


「さて、そろそろ反省会は終了で良いかな?」


 海岸の反対側、深い森が広がる方から、声が聞こえてくる。

 すかさず【鷹の目】を発動。臨戦態勢を整えると、森の奥から人影が出てくる。


「夜分遅くに失礼するよ。……まずは【二つ名レイド】、発見おめでとう。一切のヒントが与えられてない状態で良く見つけた物だ、と同じゲーマーとして尊敬に値するよ」


 ぱちぱちと拍手を鳴らしながら出てきた人物を見て、目を細める。

 【お気楽隊】のクランマスター、オキュラスだ。


(……やっぱり、バレてるよな)


 この事態を想定していなかった訳ではない。むしろ、こうなるだろうと推測できていた。

 空間を引き裂く、凄まじい轟音。あれだけの音が鳴っていれば、たまたま近くに居た周囲のプレイヤーは異常に気付く。

 そこから情報が露呈するのは、目に見えていた。


 ライジンがオキュラスを一瞥すると、舌打ちを一つ鳴らす。


「……オキュラスか。どこにでも現れるな」


「はは、気になった物がある所ならどこへでも行くさ。さて、察しの良い君達の事だから、言いたい事はもう分かるよね?」


 森の中から、オキュラスの後に続くように、沢山のプレイヤー達が足音を鳴らしながら姿を現す。

 【お気楽隊】の象徴である羊飼いの牧歌的なエンブレムが現れたプレイヤー達の武器や防具に刻まれており、その他にも、別のクランだと分かる様々なエンブレムが散見される。

 恐らく【お気楽隊】の他にも、様々なクランが徒党を組んでここにやってきたのだろう。

 オキュラスは仰々しく両手を開くと、その口端を醜く歪める。


「君達が見つけた【二つ名レイド】、僕達に情報を譲ってもらおうか?」


「……対価は勿論あるんだよな?」

 

 ライジンが静かにそう問いかけると、オキュラスはああ、と声を漏らす。


「対価なんて、僕達の間には必要ないだろう?」


「……強き者こそが正義、それが【お気楽隊】のルールだもんな」


 そう、【お気楽隊】とはそもそも、PVPのクランだ。

 ただひたすらに強者を追い求め、そして強者になる為の手段も選ばない。

 例えそれが、PKという強引な手段であろうとも。


「さて、要求は一つ。大人しく情報を引き渡せばこの場は穏便に済ませよう。幾らトッププレイヤーの集団である君達だろうと、この軍勢を前に、タダでは済まないだろうからね」


 性格の悪い笑みを浮かべながら、オキュラスは淡々と告げる。

 ライジンは周りを見回してから、肩を竦めると。


「情報を渡すつもりは無い。そもそも、【二つ名レイド】は村人とポンが見つけた物だ。俺に、それを語る資格は無いさ」


「……へぇ、村人君と、ポンさんが。……やはり、君達をウチに引き抜いておくべきだったか」


「ッ」


 まるで身体に絡みつくような鋭い視線がこちらに向けられる。

 思わずびくりと肩を震わせたポンを遮るように、手を前にかざすと。


「生憎、疲れた所に奇襲を仕掛けるようなPKクランには入りたかないさ。……ま、それが一番手っ取り早いし、勝率も高いのは分かるけどさ。流石にこすいっつーか」


「てめっ……」


「落ち着け」


 【お気楽隊】のクランメンバーであろう一人の男がこちらの挑発に乗り、思わず身を乗り出したのを、オキュラスが先ほどの俺と同じように手を前に出して制する。

 まさに一触即発の空気。どちらかが動いたら、そのまま戦闘が始まってしまいそうな、そんな緊張感が漂う中で。

 後ろでその様子を楽しそうに眺めていた厨二が、隣まで歩いてくる。


「で、いつになったら戦闘が始まるのかナ? あんまり時間を無駄にしたくないんだけど」


 厨二はニコニコと屈託のない笑顔のまま、周囲に聞こえるような声量で、煽る様に続ける。


「それとも、徒党を組んででしか立ち向かえないような軟弱者は、本当は戦う勇気も無いのかナ?」


「ッ、てめぇ!」


 と、森の中から弓矢が飛来し、あろうことか厨二はそれを身体で受けた。

 月光が照らす長くしなやかな仮想の肉体に、赤いポリゴンが幻想的に散る。

 厨二の他プレイヤーから頭一つ抜けた耐久力では、一割にも満たないダメージであったが、確実にダメージとして入った。

 そして、交戦状態を示す赤いサークルが足元に出現するのを確認してから、厨二は再び笑顔で言葉を続ける。


「……実はね、意外とボクってさ、思い通りに事が運ばないと苛立ちやすいんだよね」


 厨二の唐突な独白に、周囲のプレイヤー達も、俺達ですらも困惑する。

 厨二は笑顔を消すと、氷刃のような鋭利な眼光を周囲のプレイヤーに向けた。


「【二つ名レイド】を断念させられた。……それが、ボクにとってどれだけ屈辱であるかどうかなんて、君達は知る由もないよネ。しかも、そんなイライラしてる時に面倒くさい事を持ち掛けてきた。……だからさ、君達の存在はんだよね」


 ――鬱憤晴らしには、サ。


 言外にそう言った厨二は、オキュラス達の居る下へと歩きながらウインドウを操作すると、黒いステッキが手中に収められる。


 そして、その時ようやく気付いた。

 何故、先ほど厨二がわざと弓矢を受けたのか。


 それは、このゲームにおけるPKの仕様が関係してくる。

 このゲームでは、プレイヤーを攻撃した場合、相手は正当防衛の権利を得る。

 簡単に言えば、相手側がPK側をキルした場合にも、カルマ値の上昇は一切無い。

 つまり、どのような経緯であれ、攻撃を仕掛けた方が不利になるシステムなのだ。


 そのシステムを彼は逆手に取った。厨二は、言葉で煽る事で先に相手に手を出させた。

 そして結果として厨二を含め、そのパーティメンバーである俺達は、相手をキルするに足る正当な権利を得たのだ。

 

 厨二はステッキを力強く握り締めると、絶対零度の声音で宣言する。


「生きて帰れると思うなよ、雑兵ども。……全員、血祭りにあげてやる」


 乱戦が、幕を開ける。

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