#182 それぞれの戦闘


 斧と斧がぶつかり合い、周囲に凄まじい衝撃波を生み出す。

 STRは鬼夜叉の方が若干上という事もあり、競り負けの影響で厨二のHPバーはじわじわと擦り減っていた。


(あまり時間を掛け過ぎると負けるねぇ、これ)


 厨二は薄く目を開くと、鬼夜叉の姿を一瞥する。

 未だ五体満足所か、相手にまともなダメージすら与えられていない。

 そもそも、鬼夜叉のジョブはタンクの中でも火力が優れた【重戦士】。トリッキーな立ち回りを得意とする【怪盗】との真っ向勝負だったら、無論【重戦士】に軍配が上がるので当然なのだが。


「集中が切れているようだな、先ほどの威勢はどうした?──ふんっ!」


 ギィン、と甲高い音が響くと、厨二が持っていた斧が弾き飛ばされ、打ち合った箇所から亀裂が走り、そのまま割れて砕け散る。

 後方でその斧の所持者のプレイヤーが悲痛な声を上げるのを尻目で見ながら、一度距離を置くべくバックステップすると、厨二は不敵に笑った。


「やはりライジンを追い詰めただけあって、君はかなりやるみたいだね」


「ふ、貴公こそ、私と真っ向から打ち合えるなど大した物だ」


 それに対し、鬼夜叉は振り抜いたままの体勢で、にやりと笑みを作る。

 そんな彼を見ながら、厨二は掌をかざす。


「【黒棍こっこんスチル】、顕現せよ」


 厨二の呼びかけに応じ、黒い電撃を放ちながら、ステッキが出現する。

 そのステッキを掴み取り、厨二が構えると、鬼夜叉は甲冑の下の目を鋭くする。


「その武器が貴公の本命か」


「ご明察。君と打ち合うのは少々分が悪いからネ、本気で行かせてもらうよ」


 ぐ、と厨二が深く姿勢を落とすと、まるで猛獣のように鬼夜叉に飛び掛かる。

 鬼夜叉はそんな厨二の動きに反射し、斧を振るってその脳天をかち割ろうとするが。

 厨二の姿は掻き消え、鬼夜叉の後方に出現する。


「【イリュージョン】」


 地面に叩き付けられた斧をすぐさま後方に振るい、厨二の身体を捉えるが、その身体も煙となって霧散する。

 流石の鬼夜叉もそれには目を剥き、振りかぶった体勢のまま硬直する。


「ダブル【イリュージョン】の味はどうだい?」


 と、厨二が再び鬼夜叉の後方に出現すると、ステッキを振るい、鬼夜叉の無防備な胴体に痛烈な一撃を叩き込む。

 ガァン! と音を立てて、ステッキが叩き込まれ、鎧がその衝撃で軋む。


「ぐぅ!?」


 厨二の渾身の一撃は鬼夜叉のHPを二割削るのが精々だった。

 しかし、次の瞬間鬼夜叉の身体に異変が起きる。


「ッ!? なんだ、これは」


 ビキビキと音を立てて鬼夜叉の身に纏う鎧にヒビが入っていき、それに伴って鬼夜叉の体力も急速に減少していく。


「【黒棍スチル】のスキル、【ハードブレイク】。本来【怪盗】のジョブは非力だからねぇ、スキルの力でカバーしてあげないとまともなダメージになり得ないのサ」


「非力……この火力のどこが非力だと言うのだ……!?」


 鬼夜叉の装備していた鎧の耐久度はほぼ全快の状態から一気に三割を切り、それに伴って鬼夜叉のHPも四割も削られていた。

 目を向いたまま硬直した状態の鬼夜叉に、厨二は【黒棍スチル】を振り回しながら。


。……王水龍は流石に硬すぎたからあんまり通らなかったけど、君の鎧ぐらいは軽々と粉砕してくれなきゃ困る」


 厨二の説明に、鬼夜叉は先ほど受けていた戦士のプレイヤーの大ダメージの理屈はこれか、と悟る。

 比較的軽装備が多いDPSジョブよりも、タンクなどの耐久力が高く鉄壁の防御を持つプレイヤーに対してのメタスキル。

 非常に厄介なスキルだ、と鬼夜叉は吐き捨てると。


「なら、このような鎧は不要。……正面からねじ伏せる!」


 鬼夜叉はウインドウを操作して鎧をアイテムストレージに仕舞い、インナーだけの状態になると、再び厨二に斧を振るう。

 その攻撃をステップでかわすと、鬼夜叉の身体に殴りつけるように攻撃を叩き込む。


「ぐぅッ!?」


「残念だけど、僕は君のようなプレイヤーが一番やりやすい。一撃が大きい部類の武器は僕にとってカモだからね」


 真正面から馬鹿正直に打ち合おうとしない限り、常人離れした身のこなしが可能な厨二は鬼夜叉の攻撃を全て見切って回避が出来る。

 そう自負している彼は、鬼夜叉の反撃も物ともせず、ステッキを叩き込み続ける。


「お、おい……鬼夜叉さんがボコボコにされてるぜ……」


「あいつ、ガチで強すぎるだろ……!?鬼夜叉さんの攻撃、目で追えないレベルで速いのに……!? と、取り敢えず援護しないと!」


 取り巻きのプレイヤー達もその一方的なまでの戦闘に、戦々恐々としながらも援護に入るべく動き出そうとしていた。

 厨二が舌打ちを鳴らし、その取り巻き達の攻撃に備えると、青白い雷が横を通り抜けた。


「ガァッ──!?」


 バチィ、と電撃が迸り、次々と取り巻きのプレイヤー達の身体の一部が消し飛ばされる。

 瞬きする間の出来事に混乱する中、その雷の正体であるライジンは吠える。


「周りの奴らは任せろ、厨二は鬼夜叉を完封してくれ!」


「分かった。だけど、ボクが終わらせてから遊ぶ用の獲物は残しといてね!」


「回復アイテムに余裕が無いからそれは無理だからな!」


 ライジンの言葉にちぇ、と口を尖らせるが、厨二が視線を戻すと鬼夜叉の姿が無い事に気付く。


「──どこに行った?」


「幾ら一方的だったとは言え、隙を晒し過ぎだぞ」


 声の聞こえてきた方向にすぐさま【黒棍スチル】を振るうと、鬼夜叉の力任せの一撃に弾き飛ばされる。

 と、その一撃を食らって【二つ名レイド】で消耗していた【黒棍スチル】にヒビが入り、これ以上の使用は危険だと察する。

 厨二が忌々し気に視線を向けると、全回復している様子の鬼夜叉が佇んでいた。


「【獅子奮迅】。……ここからが本番だぞ気狂いピエロ」


「あは♪ いいねえ、そうこなくっちゃ。……せいぜい楽しませてくれよ、筋肉ダルマ!」


 厨二は【黒刀アディレード】を取り出して装備すると、鬼夜叉に向かって駆け出した。





「村人君、どう動きましょうか」


 オキュラスが戦闘開始と同時に発動した【毒龍ヒュドラ】。

 こちらの動きを牽制するように飛ばしてきた毒の首をポンが【水龍爆撃掌】で消し飛ばしてすぐに後方へと飛び、隣に立った。


「ポン、ボムの残弾数はどれぐらいある?」


「申し訳ないんですが、もう底を突きそうなので期待しないでください」


 ポンが申し訳なさそうに眉を下げたのを見て、頭を振ってから笑いかける。


「そうか、了解。なら、一撃で仕留める」


 矢筒から一本矢を取り出し、ゆっくりと装填する。

 俺の言葉が聞こえたらしいオキュラスは、若干不服そうに眉をひそめた。


「へぇ、この状態の僕を一撃で仕留める? 自信過剰も大概にした方が良いんじゃないかな」


「こちとら一撃に全てを賭けるスナイパーなんでね。あんまちまちま削り合うような戦闘は好みじゃないんだ」


 すかさず【集中コンセントレーション】を発動、世界がゆっくりと感じるような研ぎ澄まされた集中力をスキルの効果で得ると。


「行くぜ、オキュラス氏。……パワーアップした俺の一撃、耐えきれるかな?」


 矢を引き絞り、発動させるスキルは【彗星の一矢】。

 青と白の粒子が大気中に渦巻き、矢にその粒子が収束して光を彩っていく。


「はは、そのスキルか! だが、そのスキル程度なら余裕で対処できるさ! 【形状変化・固形】、【堅牢毒壁】!」


 オキュラスの【毒龍ヒュドラ】の形が巨大な盾の形に変形し、液体状の毒が高密度な毒の塊へと変貌する。

 オキュラスは恐らく、俺の【彗星の一矢】の発動硬直を狙ってすぐさま反撃に転じるつもりなのだろう。


 だが。


「【弱点看破】」


 俺が上級ジョブに転職した事で得たスキル、【弱点看破】を発動し、毒の盾のウィークポイントを発見する。

 盾の中心からほんの少しだけ横にズレた場所。そこが毒の盾の弱点。


「【一射必滅】」


 そして、続けざまにもう一つのスキルを発動。鎖のようなエフェクトが出現し、俺とディアライズにとある制約が施される。

 その代わり、ディアライズが纏う光は輝きを増し、甲高い音を鳴らし始める。

 それを見たオキュラスは顔を引き攣らせるが。


「……その程度!防ぎきって見せる!」


 オキュラスが吠えると、毒の盾の後ろに幾層もの盾を展開させて、その守りを堅牢な物とする。

 その間に、たっぷり十秒もの【チャージショット】でのチャージを行う。限界まで矢を引き絞り、それを解き放つ。


「【彗星の一矢】ァァア!!」


 矢が俺の下から離れると、毒の盾と激突する。

 一瞬、拮抗したようにも見えたが、正確に弱点を突いた矢は毒の盾を軽々と破壊し、また次の盾へとぶつかっていく。

 飴細工が割れるような音を響かせながら、盾を次々と破壊していき、その毒の塊の中心に居るオキュラスの下へと猛進していく。

 オキュラスはMPポーションを使って毒の盾を更に展開する事で耐え凌いでいたが。


「……流石に、強いな」


 オキュラスは額に脂汗を垂らすと、【毒龍ヒュドラ】を解除する。

 制御を失った毒の塊は地面へと零れ落ち、海岸を毒の沼へと変えていく。


「……降参か? オキュラス氏」


「流石だと言わざるを得ないな、そこまでの火力があるとは思わなかったよ。もう、僕には打つ手なしだ」


 お手上げ、と言った様子で両手を挙げたオキュラス。

 一応警戒は解かないまま、矢筒に手を添える。


「なら、さっさとそこのプレイヤー達を連れて引き上げ……」


「ま、【毒龍ヒュドラ】がって話だけどね」


 ニィ、と口端を吊り上げ、オキュラスが指を鳴らすと【毒龍ヒュドラ】の効果で大量に飛び散った毒が収束していく。

 その毒は圧縮され、超高密度な薄い膜へと変わると、オキュラスを包み込んだ。


「【毒龍ヒュドラ】は一日一回しか使えないから、その分毒の量は凄まじくてさ。だから、その毒を上手く活用しようって思ってね、こんなスキルを作ってみたんだ」


 オキュラスを包んだ超高密度な毒が防具の形に変形していき、それとは別に収束した毒が一つの長剣を作り出すと、それを掴み取った。


「【猛毒ポイズン堅鎧・アーマメント】。さて、第二ラウンドと行こうか。お二人さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る