#178 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その十 『海遊庭園のギミック』
『庭園マデ足を踏ミ入レタカ』
其は満天の星々が浮かぶ下に、数千年もの間鎮座する絶海の孤島──もとい、双子島。
セレンティシアがある本土とはかなり離れた場所にある双子島の片割れは、静かに状況を告げる。
『コノ程度、越エテ貰ワネバ困ルト言ウモノ』
もう片割れは、愉快そうな口調でそう言う。
それに対し、状況を告げた個体は半ば呆れ口調で嘆息した。
『シカシ、カツテノトラベラートハ比ベ物ニナラナイ程──
今も【二つ名レイド】の状況を観測しながら、そう呟く。
この双子島────個体名【
自身が待ち望んだ標的は遥か格下の存在だったという事を認識した【双壁】は、
『ソレデ足元ヲ掬ワレテ仕舞エバ意味ガナイ。奴ノ事ダ、我々ヲ騙ス為ニ、マタ不可思議ナ力ヲ使ッテイルニ違イナイ』
『……ソレモ、ソウダナ』
片割れの言葉に、もう片割れは納得する。
『ダガ、本当ニコノ程度ノ実力デハ我々ノ前ニ辿リ着ク所カ彼ヲ越エラレナイダロウ。……深海ノ主、
『アア』
それは一片の曇りもない、純粋な信頼の証。
粛清の代行者、【双壁】が信頼するに足る、強大な存在が彼らを待ち受けている。
『……時ハ来タ。愛オシク、ソシテ狂オシイ程ニ殺シタイ君ガ我々ノ前ニ立チハダカルト言ウノナラ、我々モ全力デ相手シヨウ』
『……待ッテイテクレ、
【双壁】の呟きに呼応するように、流星群が星空を彩る。
幾億もの星々が輝くその下で、【双壁】は、最後にぽつりと。
『嗚呼、ソロソロ時間ダ。愛オシイ君ヲ、忘レテシマウ前ニ。……【────】』
◇
人間、何とかなると思ってる時程大抵上手くいかない物だ。
例えば今がそう。幾ら大量のモンスター達が追いかけてくるとは言え、一度遭遇した事のある上、討伐した事もあるのだ。
追いかけられるとしても余裕──と想定していた淡い期待は、すぐに覆される。
「……マジで死ぬッ!?」
本日の天気、数十発単位の水弾時々即死レーザー及び地面をびっしり埋め尽くす程の毒棘。天変地異もビックリ、殺意の塊が群れを成して襲ってくるよ!!
通算数十回目の水のレーザーを回避しながら、空中に床を作成してそこに向かって跳躍。
水レーザーが身体を掠めてHPが一気に持ってかれるのを見て、思わず悲鳴を上げたくなる。
「村人クン、大丈夫かい!?」
「なんとかな!でも今のはマジで死ぬかと思った!!」
走り出したばかりの時は交戦しながら進める物だと思っていた。
だが前言撤回、そんな余裕があったら足を動かせと過去の自分に言ってやりたい。
総勢、百を優に超える地獄の軍勢は、怒りをまき散らしながら自分達の住処を容赦なく蹂躙していく。
「あいつら自分達の住処でもお構いなしにぶっ壊しまくってんな!?」
「元々リザード種はテリトリーに対しての気性が荒いからねぇ!でも、これは余りにも過剰すぎやしないかな!?」
厨二とほぼ同時にシャボン玉に包まれた小島に飛び込むと、怒り狂っていた蜥蜴と龍達は急停止して、皆一様に周囲の警戒を始める。
その様子は、エリアボスのエリアに突入した時の蜥蜴達のあの様子と酷似していた。
「……はぁ、はぁ、なんでこいつら、シャボン玉の中に入ると見失うんだろうな?」
息を切らしながら厨二に問いかけてみると、彼は呼吸を整えながら指を立てる。
「……まあ、あくまで憶測に過ぎないんだけど、さっきの【水晶回廊】も含めてここって変に空間が歪んでるじゃん?四方が500m程もある空間、そしてそこから延々と上へと続く階段。海底にこの空間が存在するにしても限度がある。だから、このコンテンツのギミックの
「おおうくっそ早口。お前はどこぞの考察厨か」
まるでライジンのように厨二が熱弁し出したので思わず引き気味に言うと、彼はにやりと笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「そうだと仮定すると、このシャボン玉の中の空間は外の空間と隔離された
そこまで聞いて、なるほどと納得する。
確かにアクアリザード達の追跡範囲は相当広い。だが、それはあくまでそのエリア内での話。そのエリアである以上、奴らが全滅するか自分達が死なないと彼らは延々と追いかけ回すが、エリアが切り替わった瞬間、まるで何事も無かったかのように自分達の住処へと戻っていく。
【清流崖の洞窟】でも、【星海の地下迷宮】でも、ボスエリアに突入した段階で追跡を終えたように。
「ま、憶測とは言ったけど大半は当たってるんじゃないかな」
と、厨二がしたり顔でこっちを見てくる。なんか腹立つなこいつ。
だがまあ、有益な情報は得る事が出来た。
「しかし、『空間』に関するギミックか……なるほど、そう考えてみれば確かに思い当たる節はある」
ここに来るまでに何度か見た亀裂は全て『空間』を割いて現れた物だ。そしてハーリッドの村人の拉致や、二つ名レイドの突入時にも使われてきたのは空間の亀裂。
【双壁】が『空間』を変動させる力を持つ存在である可能性は、非常に高いだろう。
だが。
(……ただ、まだ何かを見落としているような気がするんだよな……)
根拠もない、ただの第六感だが。
頭のどこかで何かが引っかかっていて、その正体が掴めない。
そんな嫌な予感の正体は、ライジンからの
◇
(……?おかしい、積んでいたはずのAGIのバフが……
串焼き団子と共に逃走を開始して、数秒後の事だった。
ライジンはスタート地点で村人Aの協力によって【疾風回避】の限界まで積み上げたはずのAGIに付与されているはずのバフが切れている事に気付く。
(シャボン玉の外の空間だとバフが乗らないのか……?)
ライジンは走りながら思考を巡らせる。
スタート地点ではバフを積むことは出来たが、外に出てすぐにバフが切れてしまった。
【疾風回避】のバフが切れる要因として考えられるのは、【疾風回避】のスキルの使用上、相手の攻撃を被弾する事。もしくは、時間切れのみ。
だが、ライジンは走り始めて一ドットたりともダメージを負ってはいないし、時間切れするほど走り続けていた訳でもない。
一体何故──と、思考の海に没入していたライジンの背後から毒の棘が飛来する。
「っぶねぇ!」
ライジンに覆いかぶさるように串焼き団子が飛び込むと、間一髪の所で救出する事に成功する。
ライジン達に刺さる事の無かった毒棘は、前方から来ていた蜥蜴達に突き刺さり、悲鳴を上げて転げ回る。
「なにボケっとしてんだ!死ぬとこだったぞ!?」
「あ、ああ。……助かりました、串焼きさん」
串焼き団子が立ち上がってすぐ手を差し出し、ライジンも身体を起こす。
その時、ライジンは、先ほどの飛来してきた棘で付いたであろう串焼き団子の腕に出来た切り傷に気が付いた。
「その傷は……」
「さっきの攻撃で出来た傷だ、掠めただけだから大したこたねぇよ!それよりも……」
串焼き団子は視線を前に向けて再度走り出そうとした所で、
「かっ……!?」
じわり、と串焼き団子の身体に毒が浸透したかと思えば、その毒は急速に進行していく。あっという間に全身を蝕み、串焼き団子の
解毒ポーションなど使う暇も許さない、瞬き程の時間での出来事。抗う事も叶わないまま、串焼き団子はその身体をポリゴンへと転じさせる。
「串焼きさん!?」
ライジンの呼びかけは虚しく響き、それに返答する存在は既に居ない。拳を握り締め、先ほど起きた状況を整理しながら再び逃走を開始する。
(今の、現象……。串焼きさんが浴びた毒の質としてはそれ程高い物でもなかった。オキュラスの【
迫る水のレーザーを器用に回避しながら、ライジンは【
地面を抉るように駆け出すと、【疾風回避】と同様に【
(また、消えた。……バフの抹消、デバフの強化……?ここのギミックは、そんな単純な物なのか……?)
ライジンも、銀翼と同様にこのコンテンツのテーマが『空間』に関係がある物であると想像が付いていた。だが、明らかにこのギミックは『空間』とはかけ離れた謎の現象。
この海遊庭園という空間がライジンが先程想像したギミックであると仮定するのであれば、先程棘を回避する事で、他の個体にその毒棘が大量に突き刺さっていたのにも関わらず、蜥蜴達が毒で死んでいない理由に矛盾が発生する。
(────いや、待てよ)
そこまでライジンは考えて、ある一つの可能性に思い至る。
確かに、その考えならこれまでの出来事の辻褄が合う。
(――――違う、これは……!そうだ、俺は
余りにも
(
――――そう、ライジンの考えは正しい。
バフが消失したのではない。トラベラーの肉体に付与されたバフが、急速に進行して
デバフが強化されたのではない。トラベラーの肉体を蝕んだ毒が、急速に進行して
シンプルだが、その分悪質極まりない。
このギミックに気付いた時点で、『ただ逃げるだけ』と思い込んでいた難易度が、『バフ抜きで時間進行で影響が及ぶ攻撃を全て避けながら逃げる』と、段違いなまでに高い難易度へと跳ね上がってしまったのである。
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