#179 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その十一 『大海の覇者』


「……すまない、俺のミスで串焼き団子さんがやられた」


 呼応石から聞こえてきたのは、ライジンの後悔が感じ取れる声だった。

 だが、串焼き先輩が脱落してしまったからとはいえ、攻略を断念するわけにはいかない。


 と、静かに瞑目して聞いていた厨二は、真剣な表情で呼応石に声を掛ける。


「……ライジン、状況を説明してくれるかい」


「ああ。その前に……ここのギミックについて分かった事があるから、先にそっちから伝える。一つ分かったのは、シャボン玉外の空間はトラベラーの肉体にが永続的に付与されている」


「……『加速効果』?」


 何だそれ。さっきも厨二が言っていたように、このコンテンツの主題テーマは『空間』ではなかったのか?

 首を傾げているとライジンは補足するように説明を続ける。


「トラベラー限定で、体内時間が物凄い早さで進行しているって事だと考えてくれ。簡単に説明すると、バフを盛れば効果時間が一瞬で終了する。時間が経つに連れて悪化するデバフなら一瞬で最高点に到達する。ただそれだけのギミックだが────厄介極まりない」


「確かに面倒くさいギミックだネ、それ」


 ライジンの説明を聞いて、厨二が眉を顰めながらそう呟いた。


 確かに本当にそうであるのなら、ここのエリアの難易度は段違いに跳ね上がる。

 大量の水棲生物達の猛攻から逃げ回るだけではなく、状態異常厳禁とまで来た。

 どれだけ敵の攻撃を見切って避けるPSがあろうと、物量で潰されてしまえばPSもクソも無い。


「串焼き団子さんはそのギミックでやられた。俺に飛んできた毒棘をかばった結果、腕を負傷して【毒】の状態異常になってしまったんだ。そして、解毒する間も無く【毒】の進行は加速し……デスポーンした」


「……なるほどな。ちなみに、さっきの口ぶりだとモンスターは時間加速しないんだな?」


「そうだ。あいつらも毒棘が刺さってはいたが、死に至る事は無かった。いくら自分の毒に対する抗体があったとしても、確実に許容範囲以上の毒棘が刺さっていたんだ、モンスター達に影響がないのは確実だろうな」


 俺の問いかけに対し、ライジンはそう断言する。


 トラベラーだけに向けられたギミックか……。ギミックの裏をかいて状態異常をばら撒くオキュラス氏スタイルの戦法もありかと思ったが、出来ないなら仕方あるまい。


 厨二が顎に手を添えながらしばらくの間熟考していたが、やがて口を開く。


「それにしても、『加速』と来たか……。……となると、かい?」


「そう……俺は根本から見誤っていた。【双壁】の力は『空間』に作用する物だけだと錯覚してしまっていた。よくよく考えてみれば、『空間』以外にも、主題テーマとなり得るギミックがさっき攻略した【水晶回廊】もあったんだよ」


「……『空間』以外のギミック……?」


 と、そこまで言われて、ようやく気付く事が出来た。

 ただひたすらに広い空間、そこに出現するモンスター達との連戦。

 【増殖】というインパクトのあるギミックのせいで、その印象が薄れていたもう一つのギミック。



「……『』か」



 そう、『時間』に関するギミックが存在していた。

 【増殖】ギミックはモンスター達が設定された毎に増える仕組みだった。更に、を縛る、水没という要素も存在していた。

 そして、この海遊庭園のギミックである『トラベラーの体内加速』。これだけ材料が揃っていれば、もう間違いようもない。


「正解だ、村人。そもそも、【双壁】は存在するって分かっていたんだ。『時間』を操る個体と、『空間』を操る個体の二体が居る……って事で、間違いないだろうな」


 これまで得てきた情報で、【双壁】は双子島の姿をした守護神であると判明している。

 双子島────つまり、二体の生物で【双壁】という二つ名が冠されているのだ。

 

 その事さえ分かっていれば、もっと早く『時間』に関係しているギミックがある事に気付く事が出来たのかもしれない。


 しかし。


「それが分かった所でどうする?……確かに今は辛うじて生きてはいるが、少しでもガバったら即全滅だ。シャボン玉の外に出りゃあまたすぐ鬼ごっこの再開だし、何も解決にはなってないと思うが……」


「でも、気付く事が出来たって事は対策のしようがあるって事だよ村人。バフは盛れないだけでスキルを使用する事自体は可能、とかな。本来なら、もっとスマートな攻略法があるんだろうけどそれは次回に繰り越そう。今回は


 ライジンの言葉を反芻しながら考えてみる。

 スキルの使用が可能という事は、それを用いた突破方法が可能という事。

 そして現在残るメンバーと照らし合わせてみて、ある事に気付く。


「スキルの使用は可能……そうか、じゃなけりゃあ良いって事だな?」


「流石村人。理解が早くて助かるよ」


 そう、ここのギミックの肝は『トラベラーの肉体の時間が永続的に加速されている』という事だ。例えばライジンの【灼天】のようなスキルとはとことん相性が悪いギミックだろう。スキルを使用したが最後、ドットダメージで一瞬で灰になるからな。


 なら、無理矢理このギミックを突破する手段とは何だろうか?


 答えは簡単、『バフが関係しない加速で突っ切れば良い』、だ。


「となると、ポンと合流する必要があるな」


「ああ」


 ここのギミックの仕様上、ポンの持つ加速スキルとはかなり相性が良い。

 ポンの【爆発推進ニトロブースト】はバフを積んで加速するのではなく、爆発の衝撃で加速しているだけに過ぎないからだ。

 それを利用する事で、戦闘の手間を省きながら最奥までの道を最短距離で詰める事が可能だ。


「そういう事ならお任せを!」


 その時、シャボン玉の中に入り込んできた影が一つ。

 噂をすればなんとやら。爆発の勢いで加速しながら突っ込んできたその正体はポンだった。


「ポン!?」


「話は聞いてたので大筋は理解しました。私の出番ですね!」


 笑顔を浮かべながらえっへんと胸を張るポン。


「お、おう……そうなんだけど、シオンは?」


 確かポンはスタート時点でシオンと共に行動していた筈だ。ここにポンが居るという事はつまり、今シオンは一人で行動しているという事だ。移動手段が少ない彼女を一人にするのはリスクが高すぎる。


「今、シオンちゃんにはをしてもらってます。ここのギミックの最適解とも言える突破方法をシオンちゃんが思いついたので、その検証をしてる最中です」


「……最適解!?」


 よくこの短時間で考え付いたものだ。流石、紫電戦士隊の冷静沈着な策略家と言うべきか。


 俺だけでなく、厨二やライジンまでも息を呑む音が聞こえてくる。


「説明は一回全滅してからにしましょう。取り敢えず物は試しです。私のスキルでどこまで行けるかやってみましょうか!」


「分かった。……でも、俺とライジン、厨二含めて四人で飛行するのは厳しくないか?」


 恐らく運搬方法は1st TRV WARでもやった腰にロープ巻いて吹っ飛ぶ奴なんだろうけど……。重量的に加速が十分乗らない気もするんだよな……。

 どうするか考えていると、厨二がふっと笑みを浮かべた。


「なら、殿しんがりはボクに任せると良い。君達は先の景色を見ておいで。……どうせ仲良く床を舐めるぐらいなら、少しでも次の挑戦の時の為に備えた方が良いんじゃないかな」


 そう言うと、厨二は一人シャボン玉の外へと向かって歩き始める


「でも良いのか厨二。流石のお前でもあの軍勢相手は無理だろ」


「まあねー。もって二十秒って所かな?でもね……とびきり優秀な人間というのは、自分より劣った存在を守る為に居るのサ。だから、遠慮なく守られると良い」


「……今日はそういう設定?」


「そういう事にしておいてネ!」


 珍しく顔を赤らめた厨二に苦笑いを浮かべると、ポンの方を向く。


「よし、じゃあ頼んだぞポン」


「準備完了です、村人君。……この縄に掴まって!」


 ポンの腰に巻かれたロープを受け取ると、自分の腰に巻き付けてきつく固定する。


 ポンは姿勢を低くし、両手を背後に構えると、赤い光が手元に収束した。


「やるからには容赦無しの全力で行きますよ!泣き言は聞きませんからね!【爆発推進ニトロ・ブースト】ォ!」


「うおおおおおおおおっ!?」


 ポンが吠えるようにスキルを発動させると、凄まじい爆発が起きて地面をあっという間に置き去りにする。

 シャボン玉の膜を突き破り、ライジンの下へと急加速しながら空中を飛行する。


「あばばばばっばばば!?」


 待て待て待て!加速力がエグイ!!1st TRV WARからステータスが伸びたからか知らないが、加速力が更に伸びてる!!前回はぶら下がりながら射撃も出来たけど流石にこの速度で射撃は無理ィ!!

 あっレーザーが頬を掠めたあっぶねぇ!あいつらエイム良すぎやしないか?俺と一緒に世界狙おうぜ!(現実逃避)


 すぐにライジンの居るシャボン玉のエリアまで辿り着くと、手を前に突き出して噴射する事で勢いを殺した。

 そして地面に降り立つと、既にスタンバイしていたライジンがロープを手繰り寄せる。


「……村人、お前大丈夫か?」


「……へ、平気……」


 半ばグロッキー状態でサムズアップする。おかしい、なんでポンはこの速度で飛行しても平気なんだ……?

 それよりも問題なのは今のが【爆発推進ニトロ・ブースト】だという事。これより上があるってマジィ……?


「……囮、成功。……今なら多分突破可能」


 と、ちょうどいいタイミングでライジンの感応石からシオンの声が聞こえてくる。


「了解だ、シオン。助かったよ」


「……ん。……でも、ちょっとドジしたから一足先に失礼……がくっ」


 シオンはわざとらしい擬音を呟くと、感応石からの反応が無くなった。パーティメンバーの表示を見てみると、既にHPバーが黒く染まっていた。恐らく囮の最中に毒棘を貰ってしまったのだろう。

 シオンが居たであろう方に視線を向けてみると、そこは夥しい数の蜥蜴達で埋め尽くされていた。うっ、さっきの強制飛行も相まって吐き気が……。


「シオンちゃんが作ってくれたチャンスを逃さない為にもすぐに出発しましょう!」


「ポン。俺、ここに残っても良いかな……?」


「駄目です♡」


「あざと可愛いな畜生!!」


 満面の笑みを浮かべて拒否したポンに吐き捨てるように言うと、半泣きになりながら空中で飛行している間にズレたロープを再度固定する。

 彼女が再び後方へと手を伸ばすと、ジェット機のような甲高い音が鳴り響き始める。


「行きますよ!【限界リミット・拡張出力エクステンド】ォォ!!」


「「うわああああああああああ!?」」


 その瞬間、俺達は音を超えた。





 キィィィィィン!とおよそ人から出る音ではない甲高い音をかき鳴らしながら空を滑空する。

 先ほどと違い、移動速度が段違いなので敵の攻撃が当たる事は無いが……乗り心地?は最悪だ。


「お二人とも、後十秒程で目的地へと辿り着きます!」


「「……(必死に身体に叩き付けられる風圧に耐える顔)」」


「あっ、えっと……もう少しだけ耐えてください……」


 俺もライジンもポンの言葉に返答する余裕なんて無かった。ただただその時が終わるのを必死にこらえてる状態なのを察したポンは口元を引き結ぶ。


 と、その時だった。ポンが何かに気付いて顔色を変えると、腰に下げていた短刀を抜刀する。


「っ、お二人とも、ごめんなさいっ!」


 ポンの言葉とほぼ同時に最奥が煌めくと、凄まじい速度で何かが放たれた。


 音速レベルで飛行している俺達に当たるわけが無いと思った攻撃。だが、その攻撃は俺達にとって致命的なまでの被害をもたらした。


「ッ、ポンッ……!」


 最奥から放たれた謎の攻撃は、正確にポンを射抜き一撃で絶命させた。

 ポンが死に際にロープを断ち切った事で俺とライジンはその速度を維持したまま空中へと放り出される。


「うおおおおおおおおおおっ!?」


 脳裏に浮かぶ鮮明な死のイメージ。この速度で突っ込めば床か壁の染みになる事間違いなし。

 いつぞやにやった【バックショット】での衝撃緩和も、絶対に間に合わない程のスピードだ。


 最奥のエリアのシャボン玉の膜が急速に迫り来る。一瞬で突き抜けて地面に衝突するかと思いきや、膜がトランポリンのようにぐぃーっと伸びる事で速度が徐々に落ちていった。

 数十メートル伸びた所で完全に勢いが殺され、跳ね返される事無く、ポムン!と軽快な音を鳴らして身体を包んでいたシャボン玉の膜が離れていく。


「はぁ……はぁ……な、なんで、助かった……!?」


 地面に叩き付けられるとばかり思っていた俺は、盛大に息と脈拍を乱しながら呟いた。


 先ほどポンと共に飛行した時はシャボン玉の膜がこれほど層が厚い事は無かった。

 ライジンも俺と同様にシャボン玉の膜によって減速に成功したらしく、茫然とした様子で地面に転がっていた。


 最奥に到達して直ぐに戦闘が始まると思っていたが、そうでもないらしい。

 立ち上がって何か無いか探していると、エリアの中央に薄っすらと輝く炎があった。


 その炎をじっと眺めていると、地を揺らすような低い声が響き渡る。


『何故助かった、か。先ほど我が放った戯れの一撃に対し、生存してみせた褒美だ。フフ、ここまで来るだけあって取るに足らん雑魚ではないようだな』


 ズズズ、と地面が振動しながら何かが移動している音がする。

 視線を巡らせると、周囲を取り囲むように青紫色の物体が高速で移動している事に気付いた。



≪レイドボス【冥王龍リヴァイア・ネプチューン】と遭遇エンカウントしました≫


 

『……ここに人間が訪れるのは数千年ぶりか』


 しばらくして地鳴りが止むと、【海遊庭園】に入った時に感じた背筋が凍るような威圧感が向けられた。

 顔を上げる事すら叶わない程の、根源から来る『恐怖』の感情が身体を支配していく。

 初めてゴブリンジェネラルと遭遇した時や、リヴェリア・セレンティシアと遭遇した時と同じ、遥か格上と遭遇した時の絶望感をひしひしと感じる。


 キング水龍アクアドラゴンも、水冥龍リヴェリアも大概な大きさだったが、こいつは最早別格だ。

 何とか威圧感に抗いながら顔を上げると、引き攣った笑みが漏れてしまう。


 目測、全長100m越えの規格外の化け物。フォルムとしてはレッサーアクアドラゴンの方が近い、蛇型の龍だ。全身が青紫色の光沢を放っており、深々と額に刻まれた傷跡の下に煌めく瞳は、真紅に彩られている。

 視界に収まらないサイズの胴体で巨大な岩にとぐろを巻き、蛇のように鋭い眼光を放ちながら、こちらを品定めするように向けられていた。


『ほう、この姿を見てもまだ余裕を保ってられる者を見るのは初めてだ……』


 口角を吊り上げて上機嫌な様子を見せる冥王龍。


 どうやら俺の引き攣った笑みはヘラヘラしてるとカウントされたらしい。


 いつ戦闘が始まっても良いようにすぐに弓を構え、牽制しながら冥王龍を睨みつける。

 

『ほう、戦う意欲はあるようだな。なに、私も退屈していたものでね。……海の王となってからは対等に戦える存在が居ない物で、隠居していたのだが……久しぶりに滾るじゃないか』


 品定めするように向けられていた瞳が、急速に戦意を漲らせるように感じた。

 スキルを発動させて射撃の準備を整えると同時に、奴も動き出す。


『精々足掻いて見せろ、人間』


「ライジン!」


「ぐっ!?」


 ズガンッッッ!!


 冥王龍が腕を振るうと、ライジンが双剣を構えて受け止めようとするが、ハエの如く叩き潰され、そのままポリゴンへと還元された。

 続けて奴が息を吐きだすと、立つのも困難になる程の暴風が吹き荒れる。


「……ッ!」


 全身を叩き付けるような風の爆弾を浴びて、俺が放った矢は見当違いの方向へと飛んで行ってしまう。

 反撃なんてとてもじゃないが出来るレベルじゃない。


 吹き飛ばされないように地面に手を付きながら睨みつけていると、冥王龍は心底つまらなそうに深々とため息を吐いた。


『……五秒か。期待外れだ、出直せ』


 冥王龍の大口から放たれた赤い光を最後に見て、俺はその場から蒸発した。

 

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