#177 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その九 『海遊庭園』
戦闘が終了すると、風呂の栓が抜けたかのように水位が下がり始める。
どうやら、次のエリアに行くのに焦る必要は無いらしい。
ここまで連続で一時間弱の戦闘をしてきたのだ、休息を与えてくれるのはありがたい。遠慮なく休ませてもらおう。
「ふぅ……」
疲れが混じった吐息を漏らしながら地面に座り込む。
道中のモンスター達も決して弱いモンスターでは無かった。むしろ、見た事無いモンスターを始めとした構成だったため、苦戦を強いられた。
それに加えて。
「不意打ちとはいえシオンもやられちまったし、厳しいな……」
「……ん。ここから先に進むにしても物資不足」
「そうだよなぁ……。……って、シオンが化けて出たぁ!?」
「……む、失礼。……人を幽霊みたいに言うな」
むっと頬を膨らませながらほんの少しだけ憤るような態度を見せるシオン。
おかしい、確かにあの時王水龍に呑み込まれて死んだはず……。
俺以外のメンバーも困惑していると、シオンが口を開く。
「……どうやら、パーティメンバーがエリアを踏破すると、自動的に蘇生されるみたい。……最初から最後まで死なないでクリアするのは厳しいから、多分運営の温情」
「まあ、確かになぁ……」
まだ今回のメインターゲットである【双壁】にすら辿り着いて居ないのに既に一時間も戦闘していたのだ。エリア踏破毎に蘇生ぐらいしてもらわないとまともに攻略など出来ないだろう。
とはいえ、これだけ消耗させられたのだ。これ以上の攻略進行は厳しいだろう。
「ライジン、どうする?」
「そうだな……取り敢えず……」
と、その時だった。
エリアの中央から凄まじい轟音が響き渡り、そこに空間の裂け目が出現する。
「増援か!?」
「流石に違うだろ、エリア踏破ってシステムログが出たって事は……恐らく次のエリアに行く為の移動手段だろうな」
串焼き先輩が慌てた様子を見せるが、冷静に状況を整理して答える。
とはいえ、増援の可能性がゼロという訳でもないので、武器を抜いて静かに空間の裂け目に近付いていく。
だが、いくら待てども敵が姿を現す事は無かった。
「どうやら村人の考えで当たりみたいだな。……それなら、ここから先についての作戦会議をしよう」
そう言って、空間の裂け目の前で腰を下ろすと、ライジンがウインドウを開く。
「まず、初めに断言しておこう。今回の挑戦で踏破は確実に無理だ。技量とか云々の話じゃない、単純にリソース不足だな。俺は後数回分は回復アイテムを抱えてはいるけど、それが切れたら身一つで戦わなければいけなくなる。……多分、皆も同じだろう?」
「そうだな、俺も後二、三回大技を撃てばMPポーションが尽きる。どう考えても攻略は無理だな」
はぁ、と一つため息を吐く。かなり多めに回復アイテムを積んできたつもりだったのだが、ここまでの消耗は想定外だった。どうやら他のメンバーもそうらしく、同意するように頷いている。
「だから、ここから先は
「了解、俺もそれに賛成だ。攻略は次回に持ち越し、だな」
「ああ」
綱渡りのような状態で攻略を進めてきて、何とか【水晶回廊】を踏破出来たので、進行度をリセットするのは勿体ない気もするが仕方あるまい。
ゆっくり立ち上がり、アイテムストレージから回復用のポーションを取り出しながらそれを飲み干す。
そして準備が整い、替えの呼応石を各自に手渡すと、ライジンがにっと笑みを作る。
「よし、じゃあ次のエリアに行くとするか。【水晶回廊】に突入した時みたいに先手を取られないようにしよう。……行くぞ!」
『おう!』
こうして俺達は次元の裂け目を通って第三エリアへと赴くのであった。
◇
▷【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】3rd Area【海遊庭園】
空間の裂け目を通ると、そこに広がっていたのは幻想的な空間だった。
先ほどの水晶回廊よりも広大な、開けた空間。
水族館にあるトンネル水槽のような構造になっていて、天井には無数の水棲動物達が優雅に泳いでいた。
最奥には巨大なシャボン玉のような薄い膜で覆われた空間があり、スタート地点である自分達が居る場所から、そこに向かって上下左右に湾曲した道が無数に存在する。
道中にはシャボンに包まれた小島が存在し、その内部は庭園のような作りになっている。
どこからか光源が差し込んでいるのか、海底の筈なのにこの空間はとても色鮮やかで明るい。天井から降り注ぐ滝に光が乱反射して虹を作り、煌めている。
下方に視線を向けると、奥へ向かって激流が流れており、落ちてしまえば一溜まりも無いだろう。
女性陣は目を輝かせながらその光景に見入っていた。
「セレンティシアもそうでしたけど、やっぱりこのアップデートで追加されたエリアは美しい景色が多いですね!」
「……ん。ここが戦闘エリアじゃなかったらもう少し見学したい所」
「確かに幻想的で綺麗なのは否定しねぇが、嫌な予感しかしねぇのは何でだろうな……」
串焼き先輩が苦言を漏らしたのでそれに同意する。
確かに美しい光景で度重なる戦闘で荒んでいた心が穏やかになるような気もするが、それ以上に最奥の空間から自分たちに向けて放たれている殺気のせいで雰囲気が台無しだ。
この殺気の密度はあの地下迷宮で遭遇したリヴェリア級だ。はっきり言って洒落にならない。
ポン達もそれに気付いては居るのか、あはは……と苦笑する。
「あそこに【双壁】が居るんでしょうか……?」
「多分そう……と言いたい所だけどどうだろうな。まあ、行ってみない事には分からないな」
ライジンは身体をほぐしながら視線を最奥の空間に向ける。
このスタート地点から最奥に向かって伸びる何本もの複雑な道。これが
顎に手を添えて考えてから、ライジンの方へ顔を向ける。
「ライジン、ここでバフ積んどく?」
「え?……ああ、そうしてもらえると助かるよ。多分、このエリアはさっきのエリアよりも
ライジンは俺と同じ考えに至ったのか、身体をほぐしながら準備運動していた。
俺はコンバットナイフを抜き取り、ライジンに当てないように攻撃を開始する。
ポンが遠巻きにその様子を眺めていると、困惑した様子でこちらに問いかけてくる。
「えっと……村人君、何を?」
「【疾風回避】のスキル効果でAGIバフ積んでるんだよ。念のため、な」
「ポンも準備しておけ。シオンはポンと離れないように行動した方が良いぞ。薄々気付いてるとは思うが、こっから先待ってるのは楽しい楽しい
俺の言葉で全てを察したのか、ポンがひくりと頬を引きつらせる。
俺も正直勘違いであってほしいんだよなーって思ってるから許してくれ。
「ま、憶測だけで物事を判断するのもあれだし……」
一応、検証だけしておこうか。
俺はゆっくりと前に出ると、スタート地点に貼られた薄い膜……シャボン玉の外側へと、指の先端だけ出してみる。
すると。
「ッ、こいつは、想像以上だな……!!」
四方八方から飛び交う、殺意の視線にすぐに手を引っ込める。
間違いない。このシャボン玉のような膜の役割は、敵からの視線を遮る言わばステルス迷彩のような物だ。
ここをスタートしたが最後、あの最奥にある空間まで、湾曲した道を伝って走らないといけないわけだ。
「ライジン、ビンゴだ。……万全の準備を整えて出発しよう」
「ああ。引き続き頼むよ」
そうしてライジンのバフを積み終わり、粗方の準備を整えた所で。
「さて、じゃあ出発しよう。各自違うルートで通る……と言いたい所だけど、二人一組で行動しよう。機動力が無いシオンはポンと一緒に行動してくれ。串焼き団子さんは俺と。厨二は村人と、だな」
「……ん」
「分かりました!」
「了解だよぉ」
「ライジンとか……まぁ、良いけどよ」
「さっき村人が試した通り、この空間はモンスター達の巣窟だ。……ここを出たが最後、あの最奥の空間までモンスター達を引き連れて逃走する事になる。準備は良いか?」
ライジンの問いかけに対し、ゆっくりと頷く。
どうせ撤退するにしても、行ける所まで行ってしまった方が次の攻略の際に楽になるからな。
ライジンは頷くと、双剣を抜刀する。
「じゃあ、出発するぞ!」
『おう!!』
ライジンが駆け出したのと他メンバー達も同時に走り出す。
そしてシャボン玉の膜から飛び出した瞬間。
『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』
空気が振動し、視界の光景がブレて見えるほどの大咆哮。
上下左右から放たれる、殺気の籠った視線が肌を突き刺す。
そして一斉に顔を覗かせたのは【アクアリザード】、【クリスタルリザード】、【レッサーアクアドラゴン】、そして……【キングアクアドラゴン】。
モンスター達が大合唱を奏で始めると、こちらへ向かって行進を始めた。
まさに地獄の様相。これまで遭遇してきた蜥蜴シリーズの集大成が、牙を剥く。
────3rd Area。水龍達の楽園、【海遊庭園】。
────攻略開始。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます