#176 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その八 『水晶回廊踏破』


(あっぶねぇ……あと数秒で完全に詰む所だった……!!)


 串焼き団子は、咄嗟の判断が上手くいった事に安堵する。

 ライジンのカバーですかさず【バックショット】を放ち、強力なノックバック効果で落下の衝撃を緩和させる事に成功した後、すぐに王水龍に追撃を加えようとした。だが、その時彼の視界に入り込んできたのは、ポンと村人Aの後方の地面が不自然に動くさまだった。


 ともすれば気付く事など出来ないレベルの変化。だが、彼はFPSというジャンルにおいてのプロフェッショナルだ。ほんの些細な変化に気付く事が出来なければ命取りになる競技シーンを何度も経験してきた彼が気付かない筈が無かった。


 その変化に気付いた瞬間、串焼き団子は殆ど反射で矢を射っていた。

 【終局の弾丸】を使用した事でHPが減っていた村人Aは、もし追撃を加えられたりでもしたら即アウトだ。

 案の定、地面の水の形が変形し、音もなく棘が飛び出した。

 村人Aに向かって飛び出した水の棘は何とか消し飛ばす事に成功した。だが、ポンに向かって飛び出してきた棘は軌道を僅かに逸らす事しか出来ず、腹部に風穴を空けられてしまった。


(取り敢えず最悪の展開こそ回避したが……)


 最悪の展開は村人Aを失い、ポンも戦闘不能になってしまう事。

 火力を出せる両名の脱落は、長時間の戦闘を制限されている以上、詰みを意味する。


「ライジン、足元にも注意を向けろ!全方位から攻撃が飛んでくると思えとあいつらにも伝えろ!」


 串焼き団子が呼応石にそう叫んでから、すぐにポンの下へと駆け寄る。

 なけなしの回復ポーションを全て取り出し、致命傷を負ったポンに振りかけた。

 そして懐から感応石と呼応石を取り出しそれを打ち付けてポンの傍に落とす。


「グレポン丸、まだ戦えるか!?」


「……あ、串焼き団子さん……助かり、ます。……まだ、戦えます」


「カバーが遅れた俺の責任だ。……毒、か?」


「ごめんなさい、あの攻撃に【水毒】効果があったみたいで……今も、HPが減り続けています。解毒用のポーションは道中の【ポイズンジェリー】に全て使ってしまったので……デスポーンするのも、時間の問題かと」


 悔しそうに歯噛みするポン。それに対し、串焼き団子は静かに瞑目した後、口を開く。


「……了解。なら、そこから動かなくていい。時間、どれだけあれば足りる?」


「え?」


「【花火】の詠唱に掛かる時間だ」


「えっと、十五秒もあれば十分です!」


「そうか。なら、あの二匹を俺達で何とかして一つに纏める。チャンスが来たと思ったら、そこで遠慮なくぶちかませ。……それまで、俺達は死んでもお前を死守してやる」


「……はい!」


 と、串焼き団子がポンの前に立つと、王水龍は水で生成した剣を彼らに向ける。

 すぅ、と一つ息を吐くと串焼き団子は口元に薄っすらと笑みを浮かべた。


「美味しい役回りは全部譲るとしますかね。さぁて、プロとして腕の見せ所だ。あいつの攻撃、全部撃ち落としてやるよ」





 王水龍が覚醒すると、怒りの咆哮を上げながら周囲に漂わせていた水の剣を飛ばしてきた。

 高速で飛来してきたそれを避けようとするが、足元の位置を固定される。


(くッ!?)


 水晶回廊のギミックである水位上昇。時間制限を設ける為のギミックかと思えば、最初からこれが目的のギミックだったのか。

 水を自在に操る能力、か。確かに、王水龍の能力とこの環境は最高に相性が良い。尤も、俺達にとっては最悪のギミックには変わりないのだが。


 体勢を崩しそうになった俺に向けて放たれた水の剣を、厨二は初めて見る漆黒のステッキを振り回して消し飛ばす。


「村人クン、地面に留まる時間を減らせ!……四方八方、360度から攻撃が飛んでくるってライジンがさっき言ってただろう!?」


「そうだったな!悪い、助かった!」


 厨二に感謝を述べると、足元に絡みついた水を振り払い、【空中床作成】を使用して地面から離れる。

 厨二は空中に生成した床の上でしゃがみ込むと戦場を眺める。


「やれやれ、このボクがを持つハメになるなんてね。……まだお披露目は後のつもりだったんだけどナ……」


 厨二が嘆息すると、ステッキを回転させながら跳躍した。

 すかさず王水龍は空中で無防備になった彼を水のレーザーで強襲する。

 だが、厨二の姿がレーザーに触れた瞬間に掻き消え、王水龍の目の前に出現した。


「【幻影魔術イリュージョン】!こっちだよぉ、お間抜けさん!」


 王水龍の頭部に叩き付けるようにしてステッキを振るう。

 覚醒後に生え揃った漆黒の棘とステッキが接触し、ガキンッ!と金属音を鳴らすと火花を散らした。

 厨二はその様子を見て一つ舌打ちを鳴らすと。


「【無色透明トランスペアレント】!!」


 追撃が来る前に厨二がスキルを発動させると、その姿が背景に溶け込むように消えていく。

 そして空中に展開された床を伝って後方まで下がってくる。


「厄介だね、防御力がさっきまでと段違いだ。……【鬼神】が残ってればあるいは、と言った所だったんだけど」


 全く、と厨二が一人ごちると、言葉を続ける。


「多分、物理的な攻撃はとことん相性が悪そうだね。村人クンの【彗星の一矢】でもバフで盛らないと通らないかもしれない」


「……だろうな。牽制射撃を放ってみたが、全部弾かれちまった。……どうする、厨二?」


「二匹まとめて消し飛ばす程の圧倒的な火力が必要だ。ポンをカバーしよう」


「了解!」


 王水龍二匹同時に跳弾を絡めて倒し切るという手段も出来なくはないが、それをするのは余りにもリスクが高すぎる。

 それなら、ポンのカバーをして【花火】を打たせる方が勝率は高い。


 と、こちらの動きを読んだのか、王水龍は一気に空中へと躍り出ると、咆哮を上げながら数十にも上る水の剣を一気に生成してポンへと向けた。

 あの物量は、到底カバーしきれるものじゃない。しかも、俺がここから矢を放ったところで間に合わないだろう。


「村人ォ!串焼き団子さんに矢を渡せ!!」


 と、感応石からもう一体の王水龍を一人で相手しているライジンの声が聞こえてくる。声が聞こえてきてすぐにアイテムストレージから百本の矢が詰まった矢筒を取り出すと、それを串焼き先輩の足元目掛けて放り投げる。

 串焼き団子がその矢筒に手を触れると、彼のアイテムストレージに入ったのか粒子となって解けていった。

 その後、水の剣を見据えながらゆっくりと矢を構える。


「……まさか、あの物量を一人でしのぎ切るつもりか!?」


 規則性もありはしない、完全ランダムに射出されるであろう水の剣。

 俺でも全部はカバーしきれない。恐らく、五割でも消し飛ばせれば御の字ぐらいだ。


「舐めるなよ、【高速射撃ラピッドファイア】ァ!」


 串焼き先輩がスキルを発動させると、彼の持つ弓が赤く包まれる。

 そして、無常にも放たれ始める大量の水の剣。串焼き先輩は真剣な表情を崩さず、矢を自動装填しながら乱射し始めた。


「……すげぇ」


 思わず見惚れてしまう程の射撃精度に笑みがこぼれる。水の剣が放たれる度に、正確にその位置にドラッグショットして見せる彼の技量ははっきり言って神業だ。

 普段、余り目立たない彼だが、俺よりも長く、ずっと多くのFPSというジャンルを渡り歩いてきた生粋のFPSプレイヤーだ。

 彼の極限まで磨かれたエイム力に厨二も思わず「やるねぇ」と呟く。


 ほんの15秒程の攻防。水の剣は全て串焼き先輩が放った射撃と相殺された。王水龍もそうなるとは思ってもみなかったのか、たじろぐような態度を見せる。

 その隙を突いて、俺は【彗星の一矢】を発動させる為の準備を整え始める。


『ゴォアアアアアアアアアアアアアアアア!!』


 王水龍が吠えると、地面から大量の水を掬い上げる。掬い上げられた水の塊が変形し始める。


「「させねぇよ(ぉ)!!」」


 だが、厨二と串焼き先輩が即座にカバーに入り、剣が完全に生成される前に消し飛ばした。

 それを見て「ナイス!」と叫びながら、たっぷり数秒チャージした後、スキルを発動させる。


「【彗星の一矢】ァ!!」


 空中に生成された床の上で踏ん張りながら、矢を思いっきり引き絞る。

 青と白の粒子を纏い始め、矢が光に包まれていく。


「ぶっ飛べ!!」


 【彗星の一矢】が放たれ、水の剣を大量に生成した事により疲弊しきった王水龍の鱗や棘を穿ちながら突き刺さった。


『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!?」


 貫通こそしなかったものの、漆黒の棘を破壊する程の衝撃に、王水龍は空中で大きく体勢を崩し、そのまま地面へと目掛けて落下していく。

 と、ちょうど地上で一人で交戦していたライジンが、タイミングを合わせるように【疾風迅雷】を発動させて、王水龍の落下位置に来るように位置を調整する。


 次の瞬間、二体の王水龍が衝突し、ひと際大きい金属音が響き渡ると甲高い悲鳴を上げた。


 発狂モードに突入した事で頑丈に強化された肉体がかえって仇となり、衝突の衝撃で棘が何本も粉砕されていく。

 その絶好の機会を逃すはずもなく、顔を歪めながらも立ち上がっていたポンは既に詠唱を終えて、手を正面に構えていた。


「【花火】ッ────!!!」


 ポンから放たれる、凄まじい火炎と、爆発エネルギーが凝縮された球体。

 一面の水面を蒸発させる勢いの火炎が王水龍を呑み込み、絶叫した所に、追い打ちの球体が王水龍の身体に触れる。


 次の瞬間、轟音と共に、鮮烈な紅蓮の花びらが狂い咲いた。 


 連鎖的に爆発を起こしながら、王水龍の身体に容赦無く叩き付ける爆風と爆炎。

 周辺一帯の水を熱で蒸発させながら、最後に大爆発を起こす。


 その余りにも強烈な爆発は、満身創痍の彼らが耐えられるはずも無く────悲鳴の一つも漏らす暇も与えずに消し飛ばして見せた。


 直後、鳴り響く増殖ギミックを告げる高音。だが、今度こそ増殖ギミックは発動せず、あるのは静寂のみ。


 爆発により上空へと吹き飛んだ水が雨のように降り注ぎながら、静かに戦闘は終了した。



≪2nd Area、【水晶回廊】踏破。クリアタイム:1時間12分30秒≫



 【二つ名レイド】、最初の戦闘。【水晶回廊】踏破を告げるシステムログが出たのを見て、俺達は安堵のため息を漏らすのだった。

 



────

【補足】


【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】2nd Area【水晶回廊】


1st Areaである【星海の底】から流れてくる水から逃げながら、各部屋に用意された敵と戦闘していくエリア。四方500m程もある広い戦闘エリアで連続戦闘を行わなければならず、1~9層は20秒毎、10層突入時は1分毎、王水龍が出現してからは5分毎に【増殖】ギミックが発動し、ダメージなどの状況を維持しながら敵モンスターの数が倍加する。このギミックは【双壁】の力が由来している。

【双壁】が持つ力により、空間が歪に歪められており、部屋や次の層へと続く空間が広大に見えるが実の所そこまで大きく無かったりする。

一層毎に15分がタイムリミットであり、次の層に突入するごとに時間切れタイマーがリセットされるので、どれだけ早く他の層を攻略しようともプレイヤー側に有利に働く訳ではない。

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