#173 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その五 『幼水龍と水晶蜥蜴と○○』


 最初に違和感を覚えたのはシオンだった。


(──余りにも順調に行き過ぎている)


 ポンによる怒涛の絨毯爆撃で一体撃破、ライジンと村人Aの同時攻撃コンビネーションで一体撃破。

 残りの二体もこれまでの攻防で痛手を負わせているので増えた所で対処自体は楽だ。

 戦績から見れば上々、だがその怖いくらいの順調さに違和感を覚えたシオンは思考を巡らせていた。


(……これ以上数を増やさない為には攻撃を続けなければならないのは分かってる、だけど)


 ジャンルこそ違うが、プロゲーマーとして幾度となく修羅場を潜り抜けてきたシオンの勘が告げていた。


 ────、と。


(……このゲームの運営は『上げて落とす』が好きな運営。……考えられるのは、増援?それとも……)


 レッサー水龍アクアドラゴンの尻尾攻撃をステップして回避すると、シオンは刀を抜刀してスキルを発動させる。


「……【桜花】!」


 刀を振るうと同時に桜のエフェクトが散り、幼水龍の身体を斬り付ける。

 鋭利な刃が鱗を切り裂き、肉体に切り傷を付けるが、その傷は浅い。


(……やっぱり、私の攻撃は基本的に。……レベルが足りていないから?……でも、それにしては違和感が……)


 斬り付けられた幼水龍が怒号を上げると、すかさず追撃の水弾を飛ばしてくるが、厨二が間に割って入り、刀で弾き飛ばす。

 厨二がシオンに対してウインクを飛ばしたので、うげっと舌を出すシオン。


(……っと、こいつ厨二に構っている暇は無い)


 シオンはすぐに視線を戻すと、幼水龍は地面を這って

 マズイ、と思ったシオンは幼水龍の後を追うと、エリア中央に到達した時点で停止した。

 残る三体も、他メンバー達から逃げるように中央に集合する。


「……まさか」


 シオンが最悪の光景を脳裏に思い浮かべ、そのまま幼水龍に斬りかかる。するとほぼ同時に、甲高い不協和音のような声で幼水龍達が鳴き始めた。

 その鳴き声に呼応するように、のそり、のそりとエリア端からクリスタルリザードが顔を覗かせた。


(……嫌な予感が的中した……!!)


 幼水龍を含むリザード種の特性、

 体力が減ると仲間であるリザード種に助けを求め、一気に劣勢を覆すという最悪のギミック。

 かつて村人A達はその習性を逆利用し、同士討ちさせるという展開に持っていったが、残念ながらこの個体達はそうもいかない。


『『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!』』』』


 幼水龍の鳴き声に応じて呼び出されたクリスタルリザード達はシオン達を視界に捉えると凄まじい咆哮を上げる。


 クリスタルリザードという生物は、アクアリザードと違って気性がとても荒い。

 アクアリザードの判断基準が『仲間が攻撃されたか否か』というのに対し、クリスタルリザードの判断基準は『自分の気分を害したか否か』という理不尽極まりない物だ。

 これまでの戦闘音で散々ストレスが蓄積され、その音を出す原因となった存在を視界に捉えた時点で、行動する為の前提条件は満たされている。


 足音をかき鳴らしながら迫る総勢四十体ものクリスタルリザード達を見て、舌打ちを一つ鳴らしたシオンは呼応石を掴み取る。


「……ライジン、指示を!」


「誰か全体ノヘイトWo取ッテ中央に集メろ!!」


 ライジンはそう言うと幼水龍に飛び掛かり、黒炎を噴射する。

 全身を包み込むような業火に身を焼かれ、つんざくような悲鳴を上げる幼水龍。


「私がタゲを取ります!ライジンさん、皆さんを中央に集まるようにコールしてください!!」


「ッ────ポン以外中央に集合シロ!!」


 ポンはすぐさま【爆発推進ニトロ・ブースト】で加速すると、地面に手を触れさせながら円を描くように滑走する。

 その間に他メンバーが中央の幼水龍討伐に動くと同時に、最初にポンが触れた地面が大爆発を起こし、連鎖的に爆発を起きてクリスタルリザードが巻き込まれていく。

 ポンのスキル、【地雷設置】が発動したのである。

 

 ポンの思惑通り、爆発に巻き込まれたクリスタルリザード達のヘイトはポンへと固定された。


「在庫が、厳しいですがッ」


 加速したまま流れるようにMPポーションを割りながら地面に手を触れ続け、渦巻き状にボムを設置するポン。

 爆風を潜り抜けた個体がすぐさま次の地雷を踏み抜き、爆発を起こす。


「ナイスポンッ!!後でボムは割リ勘スルKaラたぁんと使エ!!」


「……それなら、張り切っちゃいますっ!!」


 弾むような声音でポンが言うと、これまで以上の速度でボムを設置し続ける。

 やがて中央に到達しそうになると、クリスタルリザード達の追従を引き剥がすようにポンは一気に高度を上げた。


「大量在庫処分、ですっ!!」


 洗練されたウインドウ捌きでボムを一気に取り出すと、アイテムストレージから出されたボムが大量に具現化される。

 その全てに余すことなく【爆弾魔ボマー】、【油脂焼夷爆弾ナパームボム】、【集束爆弾クラスターボム】を付与すると。


「皆さん、離れてッ!!」


 ポンの意図を察した他メンバーは戦線を離脱し、エリア端に向かうように駆け出す。

 空中から赤く煌めくボムが投下されると同時に増殖ギミックが発動し、再び二体となったレッサーアクアドラゴンと、四十体のクリスタルリザード達はその数を倍加させる。

 だが、逃げる暇など一切与える事無く、中央に集合させられたモンスター達は連鎖的に発生した大爆発に呑み込まれた。


 エリア中央で、轟音と灼熱が吹き荒れる。

 地面に飛び込むように爆発から逃れた村人A達は、立て続けに起きる爆発と、着弾箇所を起点に急速に燃え上がる火炎の範囲を見てから、すぐさま残党の殲滅に動き出す。


 ポンによる高火力範囲殲滅のお陰もあり、一気に総数は減っていた。

 炎上の状態異常によりスリップダメージが発生し、爆発のダメージが少なかった個体も軒並み床を転げ回り、無防備になった所を容赦なく攻撃を加える。

 

 一方的すぎる蹂躙劇。次の増殖ギミックが発動する頃には、一匹残らず殲滅が完了した。





 フィールド上の炎上が落ち着き、中央に集合すると、ポンが笑顔を浮かべる。


「お疲れ様でした!」


「お疲れ様。今回はポンがMVPだな。まさかこんなにスムーズに殲滅が完了するとは」


「皆さんが予めレッサーアクアドラゴンにダメージを与えて下さっていたお陰ですね。そもそもの体力自体も低めに設定されていたみたいですし、殲滅は比較的楽でした!……まあ、後先考えずにボムを使ってしまったのでボムの在庫はほとんどすっからかんになってしまいましたが……」


「でもポンの機転のおかげで全滅せずに済んだ。助かったよ」


 【灼天・鬼神】状態が解除されたライジンがにこりと笑顔を浮かべると、照れくさそうにえへへとはにかむポン。


「ただ、仕方ないとは言え、【灼天】をここで切らされてしまったのは痛い。……皆もアイテムの残量は大丈夫か?」


「俺も少し矢の在庫が厳しいな。シオンが適宜倒したモンスターから矢を作ってくれたおかげで何とかなっている感じだ」


「……それぐらいしか、やれることが無いから」


「まあまあ、適材適所って奴だよシオン。とにかく、水位が上がってくる前にこのエリアから離脱をしないと何だが……」


 と、ライジンが呟いて、周囲を見回すが。


「……?」


 串焼き団子がライジンの代わりに代弁すると、それに対して頷く一行。


「……モンスターは掃討したよな?……なら、なんで?」


「何かこのフロアにギミックがあるのかもしれない。それを早く探さないと……」


 ライジンが考えこむように顎に手を添える。他のメンバー達も、周囲を散策し始める。

 そんな中、シオンだけは警戒を解いていなかった。


(……いくらポンの範囲殲滅が優秀だからって、ここまで簡単に踏破出来る物なの……?違う、もしかして、これって。……?)


 と、その時だった。


 耳障りな轟音が周囲に響き渡る。

 つい先刻聞いたばかりの、あまりに不吉過ぎる音。


 上空から聞こえたその音に釣られて一行が頭上を見上げると、轟音を響かせながら出現したのは、


「なっ!?」


 その裂け目から、が露わになり、空間を抉るように掴み取る。


 その奥から浮かび上がるシルエットは幼水龍のそれを遥かに上回るサイズの巨躯。見ただけで竦み上がってしまうような双眸がこちらの姿を捉えると。


『ゴォォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 ビリビリと大気が振動する程凄まじい咆哮をあげると、咆哮の余波を浴びてスリップダメージと【硬直スタン】が発生する。

 身体が硬直してしまった隙を、突然出現したモンスターは逃さなかった。


 ────真っ先に狙われたのは、不運にもシオンだった。


「……あ」


「ッ、シオン!!」


 ライジンが叫ぶと同時に、空間の割れ目から現れた龍は飛び出すように動き出す。大きく口が開かれ、鋭利な牙がシオンを丸ごと呑み込み、噛み千切った。

 身体の大半が消失した身体はポリゴンとなって砕け散り、そのままそのモンスターは地面に降り立つ。


『グルルルルルルルルル……』


 全長20mを超える巨躯がその全貌を表す。幼水龍が蛇のようなフォルムの東洋の龍であるのに対し、このモンスターは正に西洋の龍。幼水龍よりも深みのある青い鱗には歴戦の個体である事を示すかのように傷が至る所に散見される。大きく開かれた翼は鋭利な棘が生えそろっており、非常に禍々しい。

 真紅に染まる瞳をライジン達に向け、大きく息を吸い込みながら口元にエネルギーを収束させると。


『ゴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!』


 極太の青色のレーザーが、フィールドを蹂躙しながら放たれた。



≪ボスモンスター【】との戦闘を開始します≫



 ────水晶回廊冠水まで、残り十五分。



 

 

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