#174 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その六 『厨二のとっておき』


 連戦に次ぐ連戦。

 レッサー水龍アクアドラゴンと取り巻きの水晶蜥蜴クリスタルリザードを殲滅し終わってすぐに、水晶回廊のボスモンスターである王水龍キングアクアドラゴンとの戦闘が開始された。

 余りにも無慈悲過ぎる戦闘の連続に、思わず乾いた笑いが漏れてしまう。


(……マズイな。これまでの戦闘で回復含めてアイテム類は軒並み消費しちまってる。この状態でこいつと戦うのは厳しいぞ……)


 王水龍の放った極太レーザーを冷静に回避しながら、思考を巡らせる。


 セカンダリアからサーデストに行く為に通る必要があるエリア、【清流崖の洞窟】のエリアボスである幼水龍が前座として用意されている時点で、こいつの実力は未知数。


 間違いなくこれまで戦闘してきた中で言うとトップクラスの化け物。

 かつて苦戦を強いられたゴブジェネ先輩と同等、もしくはそれを上回るレベルのモンスターだろう。


(粘りまくって勝ち筋を見出したいところだが、それも駄目そうだしな……)


 ちらりと後方を見やると、水位が少しずつ上がっているのが目に入る。

 今この時も絶えず水は放流され続けている為、だらだらと戦闘している間に冠水してしまうのが最悪のパターンだ。

 生憎水中で呼吸できる手段は持ち合わせていない。そうなってしまえばどう足掻こうが詰みだ。


 ……水量から見て、リミットは十五分って所か。くそ、時間が足りないな。


 なら、どうやって立ち回る?

 時間的な制限を考えれば、高火力で攻めるのが大前提。

 ライジンは切り札である【灼天】を使い潰してしまった。なら、このパーティの中で奴に対して有効打となり得るスキルを持つのは……。


「厨二、串焼きさん!!……を全力で援護しろ!!」


 ライジンが感応石越しにそう叫んだ。

 どうやら、ライジンも同じ思考に至ったようだ。

 俺は矢がある限り【彗星の一矢】と【終局ゼロ・の弾丸ディタビライザー】を使用する事が出来るので火力問題は問題ない。

 ポンは先ほどの戦闘でボムを大量に消費したので、一発逆転を狙える強スキル、【花火】を使用する為の条件は整っている。

 という事で、火力ソースを持っている俺とポンを守り、相手にダメージを与えていくのがこの戦闘の肝となるだろう。


(問題は増殖ギミックがまだ作動するかどうか、だな!)


 キングアクアドラゴンが高々と掲げた腕の振り下ろし攻撃を避けながら射撃を開始する。

 真っすぐ飛来した矢は硬い鱗を貫き、そこから赤いポリゴンが発生した。


『グルアァァア!!』


「よし、攻撃は通る!……うおッ!?」


 キングアクアドラゴンがお返しとばかりに飛ばしてきた水弾を、ライジンが斬って消滅させる。

 そのままライジンは俺の前に降り立つと、替えの呼応石を渡してきた。


「そうか、もうそろそろ効果時間切れか。助かる」


「この戦闘はお前達次第だからな。油断するなよ、村人」


「分かってるって。それに、あまり悠長にしてられないしな。……援護、頼むぞ!」


「任せろ!」


 そう言ってライジンは地面を蹴って王水龍に斬りかかる。

 王水龍は急接近してきたライジンを尻尾をしならせて強襲するが、勢いそのままに尻尾を踏み抜いて跳躍する。


「荒っぽく行くぜ!!【クリティカルゾーン】、【加速アクセラレイト】、【エクスブレイド】ォ!!」


 ライジンが立て続けにスキルを発動させ、怒涛の攻勢を始める。

 王水龍も負けじとライジンに襲い掛かるが、その全てをライジンは受け流し、弾き、無効化する。

 初見のモンスター相手に圧倒するその様は思わず口笛を鳴らしたくなる。


(ライジンがヘイトを取ってくれてる間に……)


 矢筒から矢を取り出し、ゆっくりとディアライズに装填する。

 激しく動き回る王水龍に狙いを定めるのは容易ではない。だが、ライジンが誘導してくれているのである程度射撃地点を予測する事は可能だ。

 【爆速射撃ニトロ・シュート】と【チャージショット】を発動させた後、【彗星の一矢】を発動させる。

 と、その時だった。


「────ッ!?」


 王水龍は攻撃を続けているライジンではなく、に対して顔を向ける。

 そのまま口を大きく開くと、そこにエネルギーが収束しているのが見えた。


(マズイッ!?)


 【彗星の一矢】のデメリットである、発動硬直。射撃する際には必ず一定時間の硬直が発生してしまう為、その隙に奴に攻撃されてしまっては一溜まりもない。


「俺を、忘れて貰っちゃあ困るなァ!!」


 王水龍のレーザーが放たれようとした瞬間に、王水龍のを正確に撃ち抜いたのは串焼き先輩だった。

 甲高い悲鳴を上げて王水龍は仰け反ると、目を血走らせて串焼き先輩を睨みつける。

 ヘイトの更新が行われ、ライジンから串焼き先輩へとターゲットが向けられた。


「よくもうちの大事な大事な妹を食い殺してくれたな!!とはいえ俺だけじゃ何もできないから主役の準備が整うまでは全力で時間稼ぎさせてもらうぜ!!」


 そう言って串焼き先輩は華麗な身のこなしで王水龍の攻撃を回避しながら攻撃し始める。

 かつてヴァルキュリアの攻撃を初見で回避した実力は伊達じゃない。

 頼もしい串焼き先輩のカバーにふっと笑みをこぼすと、俺はたっぷり溜めた【彗星の一矢】を放った。速度を上げながら飛んで行った矢は王水龍の鱗を貫いて深々と突き刺さる。


『グルォォォォォォォォォォォォオオオオ!!?』


 王水龍は目を見開き、【彗星の一矢】によって食らったダメージに悲鳴を上げた。

 一気に大ダメージを与えた事によりヘイトは再び更新され、今度は俺に対してターゲットが向けられる。


 距離を取っていた俺を目掛けて襲い掛かってくる王水龍。

 ライジンと串焼き先輩が必死に攻撃を加えるが、上書きされたヘイトが更新される事は無い。


 今回は【バックショット】を使用していなかったので【彗星の一矢】の発動硬直を受けていた俺は、成すすべなく蹂躙される……その一歩手前で。

 横方向から加速して飛来してきたポンによって抱えられて、上空へと退避した。


「助かった、ポン!」


 俺が一瞬前まで居た場所は王水龍によって地面ごと噛み砕かれていた。

 密着するぐらい近くに居るというのに声が届かないというのは何とももどかしい。

 だが感謝されたのが分かったのか、ポンはにこりと笑うと。


「私も【花火】を打つまでヘイトを向けられないように皆さんをサポートする事しか出来ないので!!それと村人君、お届け物です!」


「?」


 ポンが何か言いながら手渡してきたのは

 先ほどライジンから替えの物を貰ったので、本来ならいらない筈だが……。


「聞こえるかナ?」


 と、呼応石から聞こえてきた声に思わず目を瞬かせる。


「────厨二?」


「ご名答。聞こえてるって事はちゃんと渡せたみたいだね、良かった。さて、これからの作戦を伝えるヨ」


 と、視線を下に居る厨二へと向ける。

 彼はこれまでポンを援護していたので戦闘に参加することは無く、後方で戦況を観察していたようだった。


「……このゲームの仕様上、ボスモンスターには優秀なAIが搭載されているから、こちらの動きを見て、体感して、学習する。だから、理論上初見の攻撃が最も通りやすい。……まあ、相手の危険察知能力が非常に優れている場合は対処されかねないけどネ」


 確かにその通りだ。【フェリオ樹海】のエリアボスであるマンイーターも、【清流崖の洞窟】のエリアボスであるレッサーアクアドラゴンも、俺達の攻撃に対して学習し、対応して見せた。


 厨二はそう言うと、装備していた刀をアイテムストレージに仕舞った。


「だから、さっきは村人クンがスキルを発動させた時点で王水龍の危険察知能力が働いて、村人クンに攻撃を加えようとした。……串焼き君のカバーで事なきを得たけど、次に【彗星の一矢】を放とうとする時は最大限警戒されていてもおかしくない。からネ」


 と、厨二は一旦話を区切る。


「ならば、村人クンやポンにヘイトを向けさせないようにきちんとヘイト管理するにはどうすれば良いか。……答えは単純、村人クンやポン以上にボクを


 時折飛んでくる攻撃を器用に回避しながら、厨二は言葉を続ける。


「……お生憎様、ボクは戦況をかき乱すスキルはそこそこ持っているけど、火力が出せるスキルを持っていなくてねぇ。基本的に火力を出すときはウェポンスキル頼りなのサ。……だけど、を最近作ったから、パーティメンバーが居る場合においては話は別だ」


 と、そこまで聞いて一つの可能性に思い至る。

 厨二がキングダークスチールスライムとの戦闘で使っていた新スキルを。

 あの時、厨二はキングダークスチールスライムの硬い外皮というを模倣していた。

 もし、その模倣をのなら?


「……ってな訳で、多分村人クン辺りは想像付いてるだろうけど、そのスキルを発動させるに足る条件は整ってるんだよねぇ。想定外に消耗させられたからこそ切れる切り札もある、って事サ。さて、村人クン、ポン。頼んだよ。ボクはこれからになる。最大限に気を引いたタイミングで総攻撃を仕掛けてくれ」


 ふぅ、とひとしきり言い終えた厨二は一つ溜息を吐くと、パン、と手を合わせる。


「≪不変不動の性質よ 鏡像と成りて 我が身に宿らん≫」


「【性質模倣ラーニング】!」


 厨二がスキルを発動させると、ライジンの身体が光に包まれる。

 ライジンを包んだ光が離れ、厨二の下へと移動すると今度は厨二の身体が淡く光った。


「さぁ、開宴だ」


 厨二はにぃっと口角を吊り上げると高々と宣言する。



「≪≫……【】!!!」



 


 【性質模倣ラーニング】というスキルを発動させた厨二の身体が急速に燃え上がる。

 見間違えようもない、あれはライジンの切り札である【灼天】だ。

 それを、厨二は自分の物としてスキルを発動させた。

 攻撃を加えていたライジンと串焼き先輩も、厨二の姿を見て驚いたような表情を見せる。


「ああ、そうそう。さっきはボクが君達のサポートに回るって言ったけどネ」


 驚いた表情を見た厨二は嬉しそうに頷くと、獰猛な笑みを見せる。


「精々主役の座を、奪われないようにね」


 そして厨二を纏う炎は次第に黒く変化していき、身体の構造が禍々しく変質し始める。


「【灼天・鬼神】!!」


 そうか、厨二が武器を仕舞った理由はこれか。

 【灼天・鬼神】さえ発動してしまえば、フィジカル面が大幅に強化される。

 つまり、刀を持つよりも生身で戦った方が火力が出るという訳だ。


 厨二の様子を眺めていた王水龍も、危険だと判断したのかすぐに水弾を飛ばし始める。


「あa、こイつは想像以上にキッツイネェ……!!」


 厨二は苦悶の表情を浮かべながらも、飛んできた水弾を拳で弾き飛ばす。

 そのまま厨二を噛み千切ろうと大きく口を開けながら飛び掛かってくるが、それを回避して顔面を思い切り蹴り飛ばした。


GIAギア上げテ行クヨ、クソドラゴン!!」


 ────厨二のスキルを機に、戦闘は更に激化する。

 

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