#172 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その四 『嗚呼、愛すべきクソ蜥蜴』
【レッサーアクアドラゴン】。通称、幼水龍。
主に清流崖の洞窟に生息する、アクアリザードが特異な進化を遂げたモンスターだ。
同族に対する仲間意識が強固という性質を持っているアクアリザードの中でも、『同族を喰らう』という特殊な性質を持った個体が、群れの頂点に君臨した事で進化を遂げるモンスターだ。
その特殊な生い立ち故に、現存している個体数は少ない。それこそ、エリアボスという希少な存在に採用されるぐらいには。
だが、今目の前に居る
かつて【バックショット】のノックバック効果で吹き飛ぶことで、上空から矢を持って突貫し、体力全損と引き換えに痛み分けしたあのモンスターなのだ。
散々苦労してようやく倒すことが出来たあのモンスターが、
水飛沫が東西南北の四方向から上がったかと思うと、壁面へと飛びつく幼水龍達。
そのまま幼水龍達はこちらの様子を伺うように舌を伸ばして牽制する。
「はは……!相変わらず俺らは蜥蜴シリーズにつくづく縁があるなぁ……!!」
目の前に広がるクソったれな光景に頬を引きつらせながらぼやく。
俺達が行く先々にリザード関連のMobがいるので、ここまで来ると何かの嫌がらせなんかじゃないかと感じてくる。
だが、今そんな余計な事を考えている暇は無い。
「これまでの階層と同じなら、あいつらをすぐに処理しないと数が増えて大変な事になるぞ!ポテンシャルは清流崖の洞窟で遭遇したボスと同等だと考えろ、倒し切れない場合は最後に集中砲火で倒せ!」
ライジンの声を聞いて、気を引き締める。
レッサーアクアドラゴンはエリアボス級の手強いモンスターだ。ボスという性質上、体力が残り一割を切ると発狂モードに突入し、背中から巨大な翼が生えて空中戦も可能になる。その上、【彗星の一矢】級のレーザーをバンバン放ってくるようになるのでそうなってしまう前に討伐したい。
しかもこのコンテンツのギミックとも非常に相性が悪く、発狂モードに突入して増殖でもされたらいよいよ手が付けられなくなってしまう。そうなってしまえば詰みだ。
「ライジン、どいつから仕留める!?」
「正直明確にターゲットは絞る必要があるかどうかは現状判断しかねる!逆に聞くが、村人!あいつら四匹を増殖する前に倒せるか!」
「ぜってぇー無理!」
「つまりそういう事だ!極力ダメージを与えていない個体を残さないように柔軟に立ち回れ、以上!」
ライジンのアバウト過ぎる指示に思わず苦笑いするが、それが一番正しいのだから困ったものだ。
これまでの階層は、フロアに突入した時点でカウントスタート。その後、20秒ごとに増殖の合図である高音が響き渡り、敵モンスターの数を増やしていた。
しかし、このフロアに突入してから20秒が経過した時点で高音が鳴り響く気配はない。エリアボス級のモンスターが配置されているのだから、増殖ギミックが無いのかもしれない。
と、言いたい所なのだが。
(だけど悪趣味極まっているこの運営の事だ。例外は存在しないんだろうな)
20秒で増殖しなかっただけで、40秒、もしくは一分。増殖するタイミングが分からない以上、増える可能性はいくらでもある。
……迷ってる暇があったら、手を、頭を動かせ!
(効率良く、ダメージを与えられるルートを見つけ出せ!)
こちらの出方を伺うように四方に散開しているレッサーアクアドラゴン。
この部屋は広いだけあって、各々の距離はかなり離れている。
跳弾ルートの計算を始めると同時に、ポンが【
◇
「先手必勝……です!」
ポンは一気にボムをばら撒き、四方に居る
閃光と共に爆音が周囲に響き渡り、幼水龍達は金切り声のような悲鳴を上げた。
「流石の硬さ……!!ですが、私達はあれから成長したんです……!!あの時のようには行きませんよ!」
ポンがそのまま東側に飛んで行き、拳に真っ赤なオーラを収束させる
「【爆裂アッパー】!!!」
飛来してきたポンを噛み千切ろうとしたレッサーアクアドラゴンの顎を正確に撃ち抜き、数度に渡って爆発を起こす。そのままの勢いでポンは上空に飛び出して急旋回すると、今度は足に赤い光を収束させた。
「【
跳ね上がった顔面に叩き付けられる強力な蹴り。脳天を直撃し、レッサーアクアドラゴンは大きく悲鳴を上げながら水面へと落下していった。
「……逃がすかッ!!」
壁面から剥がれ落ちたレッサーアクアドラゴンを、ポンは逃がさない。
再び【
「【集束爆弾(クラスターボム)】【油脂焼夷爆弾(ナパームボム)】!!」
ボムが輝き、ポンのスキルによって効果が追加される。
野生の本能で危険を察知したのか、レッサーアクアドラゴンは水面へと落下しながらもポンへと顔を向けると、口元に水弾を生成し始める。
「――ッ!」
「任せろ、ポン!」
レッサーアクアドラゴンから放たれる水弾を、的確に射抜いたのは串焼き団子。
不規則にポンに向かって放たれたそれを、一つ残らず正確な射撃で撃ち落とす。
「助かります、串焼き団子さん!」
声が届いていない事は分かっているが、串焼き団子に対して感謝すると、ポンはボムを放り投げる。すると、先ほどのスキルの効果で空中で花開き、幾つもの小弾が出現する。
一つも余す事なく幼水龍に直撃させると、幼水龍はひと際大きい悲鳴を上げた。
ビリビリと大気が震えるほどの幼水龍の悲鳴。次の瞬間、グシャァ、と肉を割くようなグロテスクな音を立ててその背中から翼が生え始める。
「やっぱり、体力自体は少ない……!!ただ、このまま放置してると……!」
バサリと大きく翼を広げ、落下中だった幼水龍は、ターゲットをポンに固定する。
口元に急速にエネルギーを溜め始め、ポンへと照準を向ける。
「ポンッ!」
慌てて串焼き団子が幼水龍に向けて矢を放つが、幼水龍のターゲットはポンから逸れない。
ポンが慌てて射線から逃れようとするが、ポンの動きを追従するように首を動かし続ける。
と、その時、後方から突然放たれた威圧感に、ポンの背筋が震えあがる。
「任せロ!」
黒炎を纏いながら、凄まじい勢いで幼水龍へと飛び込む影が一つ。
棘が生えそろった腕で幼水龍の鼻先を殴りつけ、無理矢理閉口させる。
すると、口の中で凝縮されたエネルギーが弾け、大爆発を起こした。
「――――ライジンさん!」
「フシュルルルル……アア、こんナとこデ切りタクナカッタんだガナ……」
【灼天・鬼神】の影響で苦し気に息を漏らすライジン。
ポリゴンとなって消える前に幼水龍を踏みつけて大跳躍すると、再び足場へと戻る。
「残リ、三体……ィ!!」
ライジンはそのまま着地と同時に地面を踏みしめると、次の獲物へと向けて跳躍する。
(瞑想で溜めた太陽マナの残高は後2分ってとこか、早めに決着を付けないと……!)
ライジンのスキル、【灼天】の発動可能な条件は二つ。『継続的に太陽の下に居続ける事で太陽マナを供給する』か、『事前に貯めておいた太陽マナを消費する』のどちらかで発動が出来る。
今回のようにダンジョン内などの太陽が存在しない空間の場合、【瞑想・空間力】というスキルで一回分の【灼天】のチャージが可能になっているので、そちらで代用している。
だが、一度使ってしまえば、再び地上に出てマナを補充しないといけない為、コストパフォーマンスは非常に悪い。
しかも、【灼天】の中でも一番【炎上ボルテージ】という特殊状態を消費してしまう、【灼天・鬼神】の使用だったので、ライジンの内心はかなり焦っていた。
「Yo、クソ蜥蜴ェ……!!逆鱗、モラウゼェェEEEEEEEEE!!!!!」
幼水龍の喉元にしがみついたライジンは、【灼天・鬼神】で強化されたSTRで逆鱗を鷲掴むと、力任せに引っ張った。逆鱗に触れられた事で幼水龍がのたうち回るが、ライジンは離さない。
『グギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
数秒後、ベキゴシャと音を立てて逆鱗を引きちぎると、幼水龍は凄まじい悲鳴を上げた。
「良イ声でNaクじゃねぇカァ!!!」
ライジンが口元を吊り上げると、双剣を突き立てる。そこから炎を一気に流し込むと、更に悲鳴を上げ続ける幼水龍。
ライジンは足場へと顔を向けると、声を上げる。
「村人ォ!!おあつらE向きナ獲物だゼェ!!!」
「知ってらぁ!!」
ライジンのコールに対し、村人Aが弓矢を構えると【彗星の一矢】を発動させる。
ギリギリと矢を引き絞り、暴れまわる幼水龍に狙いを定めて矢を放つ。
「ライジン!!S方向30度、床作れ!!」
「ッ!?」
射撃と同時に村人Aが叫ぶ。ライジンは考えるよりも早くすぐさま【空中床作成】で指定された位置に足場を作ると、幼水龍を貫いた矢が作成した床を跳弾する。
ライジンが襲い掛かっていた個体を助けようと向かっていたもう一体の幼水龍がその射線に入り、容赦なく貫いた。
『ギャオオオオオオオオ!?』
「ヤルNaァ!!」
「そいつはどーも!!」
一撃で全損までとは行かない物の、大打撃を喰らった幼水龍はその場から動けなくなる。
次の瞬間、増殖ギミックの起動音である高音が周囲に鳴り響き、幼水龍の数が倍化した。
(この階層はジャスト一分か!)
先ほど逆鱗を毟り取った個体は村人Aの【彗星の一矢】が決定打となり、ポリゴンとなったため、幼水龍の数は二体から倍加し、再び四体となる。
だが、そのうち二体は村人Aの彗星の一矢の直撃を受けていて、もう二体もシオンと厨二の両名でダメージを与えている為、最初に比べれば遥かに優勢だ。
――――だが。
【水晶回廊】、第十階層。この階層の本当の恐ろしさは、ここからである。
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