#171 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その三 『回廊の先に待つ者』


 周囲に高音が響き渡り、再び数が増えるクリスタルリザード。

 ライジンは双剣を持ち直すと、地面を踏みしめて疾走する。


「【氷結刃・乱舞】!!」


 ライジンが青く輝く双剣を振るうと、その双剣を起点に氷が咲き乱れる。

 氷で刺々しく彩られた双剣で斬り付けられたクリスタルリザードは瞬く間に全身が凍結し、物言わぬ氷塊へと変わった。


 【氷双刃アジロ・マジロ】。

 名前のチャーミングさとは裏腹に、斬り付けられた傷口から即時凍結する程の氷属性特化の凶悪性能を誇る。

 【龍脈の霊峰】エリアボス、【アイスマジロ】と命名された氷を纏うアルマジロの素材を用いて製造されたその武器は、ライジンの扱う武器の中でも一、二を争うレベルの性能だ。

 1st TRV WARではあまり目立つ事無く、村人A相手に意表を突くような事しか出来なかったが、敵Mobとの戦闘――――特に雑魚敵との戦闘において無類の強さを誇る。


「シッ!」


 双剣の柄で氷を打ち付けると、破砕音を鳴らしながら氷塊が崩れ去る。

 全身がバラバラになったクリスタルリザードはポリゴンとなって消え去っていった。

 

「ラスト、一体!」


 ライジンが視線を向けたクリスタルリザードは、既に一人の少女の手によって、顎をかちあげられていた。


「【爆裂アッパー】ァァァア!!」


 ズドドドドン!と派手な爆発音を響かせ、クリスタルリザードは宙を舞う。

 ポンやその他メンバーによる地道なダメージと、強烈な爆破ダメージによる致命傷が決定打となり、そのままクリスタルリザードは粉微塵になった。

 その数秒後、再び高音が鳴り響く。周囲を見回しても、敵がポップしている様子は無い。


「次のフロアに向かうぞ!!」


 ライジンが叫ぶと、残りのメンバーはすぐに装備を納刀し、遥か遠くに見える階段に向けて駆け出した。



 水晶回廊、。踏破時間、1:18。





 上の階層へと向かう階段を一段飛ばして駆け上がっていく。

 こうしている間にも、刻一刻と第一層には水が浸水し、容赦なく後を追ってくる。

 階段を昇っている間に、感応石がパキリと音を立ててひび割れていくと、そのまま崩れ去った。


「このタイミングで割れたのはラッキーだったな」


 ライジンがすぐにアイテムストレージから予備の感応石を取り出し、呼応石に打ち付ける。

 赤い輝きが見えてすぐに後方に居るメンバーへと放り投げる。

 それを村人Aがキャッチすると、苦笑しながら。


「っとと、あぶねえなライジン。落っことしたらどうすんだ」


「悪い悪い。だけど、あんまり悠長に喋ってる暇は無いしな。それに、今の部屋だけで終わりな訳が無いだろうし」


 ライジンはそう言うと頭上を見上げる。

 現在、彼らが走っている階段は螺旋階段状に延々と伸びている。

 螺旋階段が囲む中央には大きな滝が流れており、それも水位上昇に一役買っているようだった。


「……水晶とか透明度の高い水とか、幻想的で綺麗なんですけど、そう言うのも相まってか不気味な空間ですね。……あの亀裂、どこに繋がってるんでしょうか……」


 ポンがそこかしこに点在している次元の亀裂を眺めてそう呟く。

 それを聞いたライジンは、にやりと笑みを浮かべた。


「ああ、多分だがあれは呑み込まれたら終わりだろうな。それこそ、どこに繋がってるのか分からんし。村人、試しに飛び込んでみろよ」


「ぜっっってぇ嫌だね!!!なんで俺があんな目に見えた地雷に飛び込まなくちゃならないんだよ!?そういうのは串焼き先輩の役目だろ!!ほらあの人デコイ上手いし!」


「聞こえてはいないけど何か村人が不穏な事を言った気がする」


「気にしなくて大丈夫ですよ串焼き団子さん」


 ライジンはため息を吐きながらそう言うと、串焼き団子は怪訝そうな顔をする。

 まあ、後で聞けばいいかと串焼き団子は一人ごちると、隣で並走していたポンが「あっ!」と声をあげて、上方へと人差し指を向けた。


「見て下さい、次の階層です!」


「……恐らく次の階層も戦闘が予想される!各員、次のフロアに突入した瞬間に攻撃開始!」


「了解!!」


 ライジンのコールに、頷く一行。

 そのまま走る速度を上げて、第二層に突入する。





 第二層で待ち受けていたのは水晶を全身に纏い、超音波を駆使して飛行、攻撃を行う蝙蝠、【クリスタルバット】だった。

 そして、司令塔である【クリスタルバット・コマンダー】も後方に配置されていた。

 二層に突入してすぐ、『増殖』の合図である高音が周囲に鳴り響く。

 

 クリスタルバットの姿を見た村人Aは、すぐに感応石を掴み取って口元に持ってくる。


「ライジン、あの水晶の形が三角の奴が指令塔だ!そいつを倒さない限りはまともに攻撃が当たないと思った方が良い!」


「了解、水晶の形が三角の奴を優先して処理しろ!」


「「「「了解!!!!」」」」


 言うが早いか、ポンがそのまま【爆発推進ニトロ・ブースト】で急加速し、地面スレスレを滑走。素早く【クリスタルバット・コマンダー】と肉薄し、そのまま拳を突き出す。


「【水龍爆撃掌】!!」


 ドパァン!!と派手な破裂音のような音を鳴らして放たれる拳は、【クリスタルバット・コマンダー】の翼に命中。

 ぐらりと大きく体勢を崩すが、地面に落ちる様子は無い。


「まだ、足りませんか……!!なら!」


 ポンはすぐにぐるっと体勢を変え、【爆発推進ニトロ・ブースト】で加速した勢いのまま音速の蹴りを繰り出す。


「【爆発蹴撃ニトロ・ストライカー】!!」


 凄まじい勢いで繰り出された蹴りが直撃したクリスタルバット・コマンダーはそのまま地面に墜落。墜落後、数回爆発を起こして、ようやくポリゴンへと変換される。


 クリスタルバット・コマンダーを失った事で、一瞬だけクリスタルバットの動きが硬直する。

 その一瞬の隙を、串焼き団子と村人Aは逃さなかった。


「「【チャージショット】!」」


 二者から放たれる、たっぷり五秒間乗せた射撃は、クリスタルバット・コマンダーの身体を貫き、大きく体勢を崩す。

 仕返しとばかりに超音波を飛ばしてくるが、それをステップして回避。

 入れ替わるようにライジンが疾走し、双剣を紅く輝かせる。


「【エクス・ブレイド】!」


 派手な赤いエフェクトと斬撃音を響かせながら、クリスタルバット・コマンダーを両断。

 二体同時討伐を成功させ、司令塔を失って困惑しているクリスタルバットを、厨二が一閃。

 そのままクリスタルバットは地に落ち、ポリゴンとなる。


 ライジンが周囲を見回した後、敵Mobの姿が無い事を確認してすぐに階層の出口に指を差す。


「次の階層に向かうぞ!」


 そのまま駆け出した一行だったが、一人厨二は何か違和感を覚えて足を止める。


(おや?スキルを使ってないのに敵を一撃で仕留められた……?確かに急所に当てはしたけど、こんなに脆い物なのかな……?)

 

 刀に視線を向けながら、訝し気な表情を浮かべる厨二はぽつりとまあいっかと呟き、走り出した。



 水晶回廊、第二階層。踏破時間、0:19。





 第三層、【ハイクリスタルリザード】。【彗星の一矢】こそ通りはしたが、クリスタルリザードの上位種は伊達じゃない。クリスタルリザード由来の硬さが更に強化され、何度も増殖を許してしまい、非常に苦戦を強いられた。踏破時間、6:26。


 第四層、【ディープブルー・クラブ】。深い青色の蟹型のモンスター。防御面こそこれまでの層のモンスターよりは柔らかかったが、初期配置が10匹である事と、非常に高い攻撃性から苦戦を強いられた。最後はポンの『ボム』で一掃。踏破時間、5:35。


 第五層、【ポイズン・ジェリー】。毒々しい色をしたクラゲのモンスター。フロアに突入すると同時に【毒】の状態異常をばら撒き、回避することが出来ず、回復に時間を割かれてしまった。耐久面では非常に脆く、厨二と村人A、ライジンが活躍。踏破時間、3:23。


 第六層、【トッカンマグロ】。ふざけた名前とは裏腹に、スピード特化かつ、ヒット&アウェイを常に繰り返す性質の悪いモンスターだった。ただ、どれだけスピードが早かろうと、FPSで鍛え上げられた動体視力と偏差射撃の前に成すすべもなく撃破された。踏破時間、0:18。


 第七層、【クリスタル・アーチン】。全身が水晶に覆われた巨大なウニ型モンスター。棘を射出し、その次の瞬間に棘が生え変わるいやらしいモンスターだった。村人Aが上位職になった事で会得したスキル、【弱点看破】によりクリスタル・アーチンの弱点を見出し、集中砲火により殲滅。踏破時間、0:38。


 第八層、【ブラッド・シーサーペント】。全身が真っ赤な色の巨大なウミヘビ型モンスター。フロア突入と同時に襲い掛かり、シオン、串焼き団子があわやデス寸前まで追い詰められたが、厨二の機転により難を脱した。踏破時間、5:20。


 第九層、【デッドリーシャーク】。どす黒い体色のサメ型モンスター。ここまでの階層で非常に消耗した一向にとって一番辛い超攻撃特化モンスターだった。ライジンがここで獅子奮迅の活躍をし、【灼天】を解放する事で最後には三体同時に仕留めた。踏破時間、8:21。





「まだ、あるのか……」


 ライジンが最後の【デッドリーシャーク】を仕留めると、息を切らしながら次の階層へと続く階段に視線を向ける。

 フロア水没までにかかる時間は、これまでの階層を早い時間で踏破してきたため、猶予はまだまだある。

 だが、フロアとフロアを繋ぐ滝の存在もある為、当初想定していた一層=15分の時間制限より早い時間で冠水する恐れがある。

 そう考えたライジンだったが、疲労が溜まっていたので次の階層へは歩き向かっていく。


「流石に、アイテムが足りねぇ……。高難易度コンテンツを舐め過ぎてた。矢のストックもほぼ尽き掛けてるぞ。シオンが居なきゃ、お荷物になるところだったしな」


 ライジンの後ろで串焼き団子が悔しそうにそう呟く。それを聞いていたライジンも静かに頷いた。


「このまま【双壁】と接触しても間違いなく勝てないな。気力は持つけど、攻撃手段が有限な俺と串焼き先輩は厳しいぞ……」


「確かにな。だがこの【水晶回廊】はまだ続いている。リトライするにしても、行けるところまでは行かないと」


「そうだな」


「それに、次で十層目だ。……恐らく、節目である以上何かしら用意されている可能性が高い。……皆、気を引き締めていくぞ!」


 気休め程度の休憩もそこそこに、一行は走り出す。

 【水晶回廊】第十層に待ち受ける、の存在を、彼らはまだ知らない。





「ここが、第十層……」


 フロアに突入してすぐの攻撃に備えたが、特に攻撃が来る事は無かった。

 やたらと広い空間である事はこれまでの階層と同様、一面透明度の高い水晶で出来た造りだったが、どこか異様な空気感がある部屋だった。

 フロアの入り口から、円形の舞台に向かって伸びる一本道。

 その円形の舞台を囲むように周囲には滝があり、上方を見上げても、天井が見えなかった。


「どこかで、見た覚えが……」


 このフロアを眺めていたポンがぽつりとそう呟く。


「……待てよ、この地形ってもしかして……」


 串焼き団子が顔を引きつらせながら弓に手を添えた。そして、円形の舞台に向かって走り出す。


 次の瞬間。


『『『『ギャオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!』』』』


 大気を震わせるほどの巨大な咆哮が周囲に響き渡る。

 ビリビリと音を立て、その咆哮を浴びた一行は硬直状態になってしまう。


「この、声……!!まさか!」


 ポンが顔をしかめながら円形の舞台のその……へと顔を向けると、ゆらりと漆黒の影が出現する。




「【】!?」




 水晶回廊、最終層。

 【清流崖の洞窟】で散々辛酸を舐めさせられた悪夢の相手が、大量に押し寄せる。

 




────

【補足】

踏破時間はそのフロアの敵を全滅させた時間になります。

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