#170 【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】その二 『水晶回廊』


▷【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】2nd Area 【水晶回廊】



 【二つ名レイド】。エンドコンテンツと題された、プレイヤー達が最終的に目指す目標。

 明らかにサービス開始間もない現時点で挑むには俺達のレベルや装備では分不相応である事ぐらい重々承知している。だから、今回の挑戦は当たって砕けろの特攻みたいなもんだ。今回で攻略する事が出来ずとも、このコンテンツの傾向、ギミック自体は把握する事が出来る。

 だが、ここに居るメンバーは今回の挑戦で【双壁】を討伐するつもりで臨んでいる。勿論、俺もそのつもりだ。


「このエリアのギミックは恐らく【増殖】!20秒ごとに鳴り響く高音と共に、生存しているリザードのギミックだ!!」


 ライジンが青く輝きを放ち続ける呼応石に向かって叫ぶと、クリスタルリザードに斬りかかった。

 既に二回の増殖を許してしまった俺達は、今四体のクリスタルリザードと相対している。


(部屋の広さがバカみたいに広いとは思ったが、これが原因か!)


 四方500mという極大の部屋に対してリザードただ一匹だけ配置されているというあまりにもおかしい采配を、最初に疑うべきだった。

 それに気づいてさえいれば、初手の対応を間違える事は無かったかもしれない。


 ここのエリアのギミックは見ての通り単純明快だ。ライジンが言うように、増え続けるクリスタルリザードを討伐する、ただそれだけのギミックなのだろう。


 単純だが、単純であるが故に――――いやらしい。


 その増えた分のクリスタルリザードを含めて、殲滅に許される時間はたったの20秒。

 しかもご親切な事に、明確なタイムリミットまで設定されているのだ。

 その証拠に、足元がみるみる内に水たまりになって広がっていく。


(やはりな、さっきの水がここまで来てやがる!)


 一番最初に居たエリアから流れ込んでくる海水が、俺達が落下してきた穴を通してこの部屋へと少しずつ流れ込んで来ているのだ。

 幸い、かなりの広さがあるので水位が上がっていくのにはまだまだ時間が掛かるだろうが、それでもこのエリアは15分と立たずに冠水してしまうだろう。

 それまでに、はるか遠くに見える階段まで行かなければならない。


 心の内に生まれる焦燥に一つ舌打ちする。

 この部屋のギミックが分からなかったとはいえ、40秒以上も待ちぼうけしてしまったのは痛すぎる。40秒という時間は、俺達自身の首を絞めるのには十分すぎる時間だった。

 なにせ、クリスタルリザードの硬さは折り紙付きだ。それこそ、その死骸から取れた素材ですら、熟練の鍛冶師が加工に一晩掛けるぐらいの硬度なのだから。

 【清流崖の洞窟】、【星海の地下迷宮】のようにリザード種の必勝戦法(?)仲間同士で圧死は望めそうにない。だから、あの硬い装甲をどうにかして貫かなければならない。


(だが――――こっちの進化した相棒も舐めて貰っちゃ困るな!)


 【水龍奏弓ディアライズ・改】。モーガン兄弟と紅鉄さんの手で強化された俺の相棒。

 クリスタルリザードの同胞達の素材を用いて強化したのだ。攻撃が通らない道理が無い。

 矢を弦にあてがうと、静かにクリスタルリザードの弱点に狙いを定め、引き絞る。


 【チャージショット】で溜めた時間は五秒。そのまま、青と白の粒子をまき散らしながら、力の限り引き絞り始める。限界まで引き絞り、砲声と共に解き放つ。


「【彗星の一矢】ァ!!」


 矢が粒子をまき散らしながら、クリスタルリザードに向けて猛追する。ライジンに斬りかかられた事で敵対反応を示したクリスタルリザードの一体を、凄まじい勢いで迫り来る矢が貫き、そのままポリゴンへと姿を転じさせる。

 四体の内のたった一匹、されど現時点でもその力が通用すると示した、最初の一歩。

 それを見た周りの味方達の士気も高揚したらしく、瞳に闘志を燃やした。





「やるねぇ、僕も負けてらんないな。……アディレード、顕現せよ」


 ライジンの号令と共に疾駆していた厨二が、愛刀である【黒刀アディレード】を装備すると、すぐに納刀してウェポンスキルの発動に備える。

 そのまま跳躍し、ライジンに飛び掛かっていた一匹のクリスタルリザードに向けてウェポンスキルを解き放つ。


「《刹那の閃き、一撃にて全てを斬り伏せる》【絶刀・一閃】!!」


 重力のような物に引っ張られ、飛び掛かった体勢で厨二に引き寄せられるという不可思議な挙動をしたクリスタルリザードに、空中で一閃。

 パッと赤い花びらをまき散らし、そのままポリゴンとなって瓦解する。


「次」


 厨二が着地し、次の獲物に視線を走らせると、再び周囲にオン!という高音が響き渡る。

 残り二体のクリスタルリザードが再び四体になっている事に気付き、はっと乾いた笑いを漏らす。


(やっぱり、ダメージ自体は共有するみたいだねぇ。新品のクリスタルリザードを追加されたらたまったもんじゃないもんねぇ)


 リセットされてしまったと嘆く事無く、あくまで冷静に状況を分析する。

 厨二は渡されていた感応石を口元に近付けると。


「ライジン君。……母数を減らすのも大事だけど、均等にダメージを与える事も視野に入れた方が良いんじゃないかなぁ?」


「……なるほど。こいつらを一撃で倒せるスキルを持っている奴は確実に仕留めろ!それ以外の奴は少しでも残りの奴にダメージを与えろ!」


 厨二の意図をすぐに理解したライジンは、即座に的確な指示を飛ばす。

 それを聞いた厨二は笑みを形作ると、視線を村人Aに送る。


(さぁて、彼は気付いてくれるかねぇ?)


 その視線に気付いた村人Aは、弓を構え始める。

 そして力の限り引き絞り、そのまま【彗星の一矢】を発動させる。


 その様子を見ていたポンがギョッとするのを見て、くすりと微笑を一つ。


(正解だよ、相棒)


 次の瞬間、動かないままの厨二に向かってクリスタルリザードが喉笛を噛み千切らんと飛びついた。

 そのクリスタルリザードを【彗星の一矢】で貫くと、そのままの勢いで厨二に襲来する。


「【能力強奪スキル・スナッチ】」


 シュポッと音を立てて、厨二の掌に【彗星の一矢】が吸い込まれる。

 クリスタルリザードを貫いた影響で勢いが減少したとはいえ、余りの勢いにおっとっと、と厨二が呟くのも束の間。すぐに別のクリスタルリザードに向かって手を振りかざすと、【彗星の一矢】を解き放つ。

 そのままストックされた【彗星の一矢】が直撃した個体はポリゴンとなって消えていく。


(一石二鳥だねぇ、まあ、彼からしたら複雑だろうけども)


 幾ら効率的とは言え自分の必殺技を他人に使われるのは気分が良い物ではないと思う。

 多分、自分もされたら引き攣った笑みを浮かべてしまうに違いない。


(――――まあ、そんな感情持つ暇なんて無いか)


 視線の先に居る村人Aは、既に狙いを定めて矢を引き絞っている。

 厨二はすぐに体勢を立て直し、彼と同じ様に次の獲物を求めて疾走する。





(……私のSTRじゃ、大して役には立たない)


 シオンは初撃をクリスタルリザードに浴びせた感触で、全てを悟る。

 シオンが戦闘職を選ぶ際に取得したジョブは【侍】。厨二と同じ様に刀(厨二の場合は適正武器でも無いのに装備している物好きだが)を振るう彼女は、刀を鞘に納めた。


(……所詮急造品のステータス。……なら、私に出来る事をやるだけ)


 シオンが視線を動かして、地面に転がっている目当ての物を見つける。

 それを拾い上げると、とある人物を求めて視線を彷徨わせる。


(……多分、にぃの事だから瞬間的に火力を出せるスキルを持ってない。だから、

 

 シオンの想定通り、串焼き団子はクリスタルリザードに与えられる明確なダメージソースが確保できず、苦戦していた。

 そんな彼を見ながら、先ほど拾い上げた物をストレージから取り出した金床に乗せる。


「【武器錬成】」


 金床に乗せられたそれ――――クリスタルリザードの身に纏っていた水晶が槌に叩かれると、その素材はへとその姿を早変わりさせる。


「にぃ、これを」


 シオンが出来立てほやほやの水晶矢を串焼き団子に向けて投擲する。

 この特殊な環境が故に串焼き団子に言葉は届いて居なかったが、妹からの贈り物の気配を感じ取ったシスコンは視線を送らずとも反応して見せた。


「サンキュー、マイシスター。愛してるぜ」


 本人が聞けば「うぇ」と苦言を漏らしそうな言葉を串焼き団子が呟くと、すぐさまその矢を用いてクリスタルリザードに射撃する。


「【チャージショット】!!」


 すると、その水晶で出来た矢は見事クリスタルリザードを貫通し、ぐったりと項垂れて絶命する。


 その矢を回収しようと串焼き団子が着弾地点に足を向けるが、その矢はすぐに崩れ落ちてしまった。


「Noooooooooooooooooooooooooo!!!!」


 この世の終わりかとでも言うぐらいの勢いで串焼き団子が頭を抱えて地面に崩れ落ちる。

 その様子を遠くから見ていたシオンは兄の残念ぶりに深くため息を吐いた。



 因みに、感応石を通して、ライジンの鼓膜は破壊寸前だった。

 





────


【おまけ】


ライジン(あの人静かにしてくれねぇかな……)

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