#168 【二つ名レイド】


「よーう村人君。完成したぜ~君の相棒」


「なんだこの死屍累々とした空間は……」


 一晩明け、しっかり休息を取って午後5時にログインした俺は、ログイン早々紅鉄こうてつさんにメッセージで呼び出された。すぐに鈍色の槌に向かうと、そこにはげっそりやせ細った彼女が待っていた。

 店はどうやら開けてないらしく、普段応対しているカウンターにはモーガンホーガン兄弟がぐったりと項垂れている状態で「おーう」と片手だけ上げて返事だけしてくる。


「一晩中カンカンカンカン鳴らしまくったから音ゲーでもしてる気分だったわ……。まだ頭に槌振るう音がこびりついてるわね……。だぁ、二日酔いみたいな気分だよ本当……」


 紅鉄さんは完全にグロッキー状態で床に寝っ転がり、唸り声を上げ続ける。


「大体なんだあの素材。レベル50の【鍛冶師】のあたしでも死ぬほど加工に時間かかったんだけど……。完全に今のレベルで持ってくるレベルの素材じゃねえだろ……。おい村人君、あれどこで取ってきた……?」


「そこは企業秘密なので黙秘権を行使する」


「だよなぁ……まあいいさ、あの素材を他プレイヤーにも持ってこられたらあたしの身体が持たん……あ、でも【鍛冶師】の熟練度上げには滅茶苦茶美味かったからゴチ……」


 そう言って紅鉄さんはサムズアップしたまま崩れ落ちた。

 入れ替わるように、ふらふらした足取りでモーガンが俺の相棒を手に持ってこちらに歩いてくる。


「と、いうわけでこいつがお望みの品だ。俺達の魂の作品、受け取ってくれ」


「おお!」


 モーガンから改良されたディアライズを受け取ると、一番最初に感じたのはズシリとした程良い重量感だった。

 青と白を基調としたデザインはそのままに、本体には水晶蜥蜴の素材が組み込まれ、その耐久性を増している。水晶蜥蜴の素材をふんだんに使われているのであろう、水晶のように透き通ったフォルムは、目が思わず吸い寄せられる程美しい。

 そして弦を指でなぞり、軽く引っ張ってみると、指に吸い付くように手に馴染み、指を離すと軽やかな音色を鳴らす。

 見た目良し、実用性良し。これは満足の良く強化が出来たのではないだろうか。


 早速装備の性能を確認すべく、ウインドウを開いて確認してみる。


――――――――――


「【水龍奏弓ディアライズ・改】耐久度1200/1200

熟練の職人達が一晩掛けて打ち続けた幼水龍の弓に、水晶蜥蜴の素材を組み込んだ水晶混じりの弓。放たれる矢に硬い装甲を切り裂く強力な水エネルギー、そして傷口から浸食する結晶化を付与する。幼水龍の逆鱗やアダマンタイトを用いた事によって強力な魔力集束が可能となっており、魔力を収束させて放つ矢は幼水龍の奥義を凌駕する。

【通常攻撃に水エネルギー付与】【通常攻撃に『結晶化』付与】【彗星の一矢】

STR+120 必要STR60 VIT40


――――――――――


「これは……」


「どうだ、満足いく出来だろう?……間違いなく、俺の最高傑作だぜ」


「……それもしかして武器が完成する度に言ってる?」


「いやちげぇよ!……お前さんが持ってくる素材が余りにも上質なもんだからよ、つい気合が入っちまうってもんだ」


 冗談めかして言ってみたが、単純に強化前のステータス上昇値から見ると、実に二倍の数値を誇っている。強化出来ても1.5倍ぐらい火力が伸びれば嬉しいな、ぐらいに思っていたものだから正直期待以上の代物だ。

 【水冥龍リヴェリア・セレンティシア】には遠く及ばなかった相棒が、強力になって帰ってきた。加えて、大会を通して俺のジョブレベルはカンストし、上級職への転職も行った。

 ……あの、【粛清の代行者】にも、手が届くかもしれない。

 ディアライズ・改を握り、口元を緩める。


「ああ、満足だ。ありがとう。皆」


 そう言うと、まるで死に際だった彼らの表情が一気に明るくなる。

 照れ隠しのように人差し指で鼻の下をさするモーガンホーガン兄弟。


「あ、そうだ」


 紅鉄さんが思い出したかのようにむくりと起き上がると、近寄ってきて肩を組むと口を開いた。


「……村人君さ、一晩中打ってるうちにこいつに愛着が湧いちまったから一つだけアドバイス」


「ん?」


「武器ってのは、その使い手にとっての生命線。相棒なんだよ。だから、どんなに諦めたくなる状況でも、無理だと分かっている状況でも、その手だけは絶対に離すな。……使い手が望めば、武器もきっと


 彼女はどこか遠くを見据えながら、そう呟く。

 精神論的な話だろうか。いやでも、確かに使い手が信用しなければ、武器も最高のパフォーマンスを発揮できないかもしれない。ありがたく胸に刻んでおこう。


 そう言うと、紅鉄さんはぱっと腕を離し、ひらひら手を振りながら工房へとゆったりとした足取りで戻っていく。


「んじゃあ、あたしからは以上。後は親方に料金だけ払いなさいよー。あたしの給料にもなるんだからね!」

 

 それを聞いて、思わず苦笑する。

 どこまでも自由気ままな人だ。だが、話してて余計な気遣いが要らない分、話しやすい人ではある。


「後は【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】と防具だな。一応、性能面で見ればどれも耐久度が強化されたが、明確に変わったのはそのディアライズだけだ。だからあれぐらいの完成度は期待すんなよ」


「分かってる。でも、十分すぎるぐらいの完成度だよ」


 そう言って装備を受け取って、全身装備を取り換える。

 着心地は変わらず、だが確実に頑丈になっているのは分かる。


「昨日は80万マニーって言ってたけどなぁ……。想定以上に工程が大変だったから、90万マニーに変えてもらいたいんだが……」


「はい、お金。じゃあ、ありがとう。またメンテしたくなったら寄るから頼むよ」


 金額を言われてすぐにマニーを取り出すと、目をひん剥いてすぐに中身を確認した。

 きちんと指定の金額を支払われているのを確認したモーガンは、苦笑いを浮かべた。


「やっぱお前さんって変わってるよな、こんな大金、即金で出せるわけないんだよ普通。……もう少し、ふんだくるべきだったか?」


「では失礼しまーす!」


 なんか不穏な言葉が聞こえてきたのですぐにその場を後にする。


 さて、粛清の代行者に挑むだけの準備は出来た。

 後は、その時が来るのに備えよう。





 所々に家屋の残骸が散らばる夜の海岸の波打ち際に、ぽつんと一人の少女が立っていた。

 海岸をサクサク音を鳴らしながら歩いていくと、音に気付いたのかこちらへと少女は振り返り、満面の笑みを浮かべる。


「まだみんなは来ていないみたいだな」


「村人君でしたか。貴方が一番乗りですよ」


 一人、海岸で立っていたのはポンだった。

 彼女はこちらへと歩いてくると、俺が装備を新調した事に気付いたのか、物珍しそうに俺の装備を上から下まで眺める。


「凄い、準備万端ですね」


「ああ、もしかしたら今日戦う事になるかもしれないしな。備えあれば憂いなしだ」


「確かにその通りです。期待してますね」


 そう言って彼女はくすくすと笑う。彼女の装備を見てみるが、特に変わった所は無い。


「ああ、私の装備ですか?……一日付きっ切りでミーシャさんに【船出の唄】の練習を付き合ってもらっていたので、改良する余地が無かったというか……。それに、一応モーガンさんの所に寄ってみたんですが店が閉まってまして……」


「それは……悪い事したな」


 申し訳なく思いながら頭を掻く。店が閉まっていたのは俺の装備の改良に時間を取らせてしまっていたからだ。

 ポンはそれを察したのか、すぐに手を振った。


「いやいや、もっと早くやってれば良かったなって思っただけで、村人君が悪いわけじゃないですから!気にしないでください!」


「そうか?それなら良いんだが……」


 それを最後に、俺とポンは口を閉ざす。

 その場で腰を落とすと、彼女も自然と隣に腰を落とし、足を伸ばしてリラックスした体勢になる。


「今日は、夜空がとても澄んでいて星が良く見えますね」


「ああ、リアルとは大違いだ」


「ふふふ、全くです。でも、私の実家の方はこんな風に凄く星が綺麗に見えるんですよ?それこそ、この景色に負けないくらい」


「そうなのか。……いつか、見てみたいもんだな」


 そう言うと、彼女はびくりと肩を震わせてそれきり黙り込んでしまう。

 耳心地の良いさざ波の音と、かなり遠くから聞こえる祭りの音だけがその場を支配している。


 ……あれ、俺何か変な事言ったかしら……。


 しばらく黙り込んでいた彼女は、やがて口を開いた。


「そう、ですね。……いつか、招待しますよ。……私も一緒に、見てみたいですから」


「おう、楽しみにしてる」


 良かった、気を悪くしたわけではないらしい。

 静かに星を見上げ、幾億もの星が煌めく夜空に、思わず感嘆の吐息を漏らしていると。



「……あのー、お二人さん。雰囲気が良いところ大変申し訳ないですが時間が時間ですので……」



「「ッ!?」」


 突然、後ろから聞こえてきた声にビクッとして思わず振り返ると、そこに立っていたのはライジンだった。

 その後ろから、遅れて歩いてきた厨二、シオン、串焼き先輩の三名の姿も視界に入る。


「……いつからそこに?」


「いやまあ声が掛け辛かったから少し前から居たには居たけど……」


「いっそのこと殺してください……!」


「急に卑屈!?」


 顔を真っ赤にして俯くポンに、驚くライジン。

 少し恥ずかしい気持ちにはなったが、誤魔化すようにライジンに尋ねる。


「そうか、もう時間か。シオンのレベリングの方は?」


「死ぬ気で回して今レベル35。一応、足を引っ張らないだけのステータスにはなったと思うぜ」


「そいつは上々。シオンもプロゲーマーだしな。レベル以上の立ち回りぐらい出来んだろ。いざとなった時はライジンと串焼き先輩が死んでも守れ」


「死ななくても守り切って見せるっての。MMORPG廃人舐めんな」


 軽口を叩き合って笑い合うと、ライジンの手を取って立ち上がる。


「よし、後はポンの準備が出来次第だな。……頼むぜ」


 そう言うと、顔が赤らんだままの彼女は、ぱんぱんと頬を叩いて表情を引き締める。


「さて!……皆さん、準備は良いですか?……演奏を始めましょう」





「演奏を始めるその前に決意表明みたいな物をさせていただきますね。【船出の唄】は元々、旅の吟遊詩人から村へと継承された、漁獲祭の豊作祈願を兼ねた、大事な催しの一つです」


 ポンが静かに話し始める。


「ミーシャさんから【船出の唄】の練習の最中、色々な話を聞きました。この村の歴史、守護神と呼ばれる存在の事。……歴代の巫女の事」


 歴代の巫女。漁村ハーリッドで姿を消した者達。


「ハーリッドで姿を消した人達は、皆一様に、漁獲祭の奏者を務める巫女でした。そして、その巫女の歴史を遡っていく内に、あの壁画へと辿り着きました」


 あの壁画とは、恐らく厨二とライジンが撮影していたあの洞窟の壁画の事だろう。

 そこに大事な情報がやっぱりあったのか。……爆破された影響でもう跡形もないけどな。


「そこに描かれていたのは、。一番最初に、吟遊詩人から受け継いだ【船出の唄】を演奏した、その奏者の名は」


 一拍置いて、彼女はその名前を口にする。



 ……やはり、そうだったのか。

 これまでの話の裏が取れる人物が、その少女しか居ないからな。


「今日、この場で演奏する事に何も意味は無いのかもしれません。……けれど、私はあの洞窟で会ったあの女の子の、悲しそうな顔が忘れられないのです」


 1st TRV WAR予選で出会った、ティーゼ・セレンティシアを名乗る思念体。

 『星降りの贈笛』と呼ばれる法螺貝に宿った少女。


「だから、私は【双壁】に会いたい。会って、助けてあげたい」


 ポンはそう言って、遥か遠くに見える、双子島を見据える。


「あの女の子の願いを、叶えてあげたい」


 その瞳に映るのは確固たる決意。【双壁】を救うために、【双壁】を打ち倒さんとするその信念がその瞳に灯っていた。


「だから、私はあの女の子の願いを叶えるために、【双壁】に会うために、ここに来ました」


 胸に手を当てながら、彼女がそう言うと、こちらへと笑みを向ける。


「村人君、笛を」


 彼女が手を差し出してきたので、ウインドウを操作して【星降りの贈笛】を具現化する。

 ズン、と音を立てて出現したそれは、人間の半分ぐらいのサイズの巨大な水色の法螺貝だ。

 それをポンは掴み取り、「よいしょ」と呟いて持ち上げる。


「かなり重そうだが大丈夫か?」


「あはは、大丈夫ですよ。【音楽家】のジョブを取ったからか、楽器系の装備は、重量がかなり緩和されるみたいです。では、始めますね」


 彼女はゆっくりと海岸を歩くと、双子島を正面に見据えて法螺貝に口を当てる。


 満天の星空の下、波打ち際で演奏する少女が一人。非常に絵になる構図だ。


 彼女は目を閉じたまま演奏を始める。かつて動画で見た事がある法螺貝の演奏よりも、澄んでいて透き通る音色が周囲に響く。


 序盤は漁獲祭に参加する勇敢な若者達を歓迎するように力強く、気分が高揚するような音色だった。中盤に入ると船旅に出る若者達を盛大に送り出すかのようにその力強さが更に増し、身体が今にも動き出しそうな熱を持ち始める。そして終盤に差し掛かると、その熱が抑えられ、短い別れを告げるような切ない音色で静かに締めくくられた。


 演奏が終わると、俺達は自然と拍手を鳴らしていた。

 

 「ふぅ」と法螺貝から口を離したポンが、照れくさそうに笑みを浮かべる。


「あはは、法螺貝なんて昨日練習するまで演奏した機会なんて無かったので、上手に演奏できたか分からないですね。大丈夫でしたでしょうか?」


「いや、十分すぎるくらい綺麗な演奏だったよ」


「そうですか。それなら良かったで……」


 は突如として起こった。


 音も無く、空気が震え出し始める。

 緩やかに振動は強くなっていき、やがて地鳴りの音が周囲一帯を包み込むと、近くの森に棲んでいる鳥たちが一斉に羽ばたいていった。

 あまりにも不穏な雰囲気がこの場を支配する。


「これは、何が起こっているのかな?」


「【双壁】の仕業か?……なにが来るか分からない。気を付けろよ」


 厨二とライジンはすかさず武器に手を添え、攻撃に備える。


 俺も弓を構えながら周囲を見回してみるが、特に何かが介入しているようには思えない。


 いや、違う。ここから遥か先に見える、双子島。

 すかさず発動した【鷹の眼】がを捉えた。


 海面の遥か下に、が赤く煌めき、が振りかざされたのだ。



「え」


「ポン!?」



 聞いた事も無い轟音を立てて空間に巨大な亀裂が生じる。

 抗う術も無く、ポンは空間の亀裂に呑み込まれるとそのまま姿を消した。

 慌ててその手を取ろうと手を伸ばすが、空振りしてしまう。


「くそ、油断した!演奏している巫女を狙うってぐらい、予測できたのに!!」


「……落ち着いて傭兵。……見て、亀裂は残ってる。……まるで、こちらが来るのを待ってるよう」


 シオンに肩を掴まれ、すぐに飛び込もうとしていた足を止める。

 確かに、この前ナーラさんに聞いた話だと、亀裂に呑み込まれたのは一瞬の事で、介入する余地が無かったらしい。

 だが、現にこうして亀裂は静かに残っている。さながら、餌を待つ獣のように。


「舐めプか、良い度胸じゃねえか。おいキチ砂。煽り倒されてやがるぞ、俺達」


「誘ってやがるのか?……良いぜ、待ってろよ【双壁】。お前を倒すのは俺達だ」



 そう言って、俺達は怪しく蠢く亀裂へと足を踏み入れた。





《システム通知:この通知は運営にしか通知されません》



 プレイヤー『村人A』、プレイヤー『ポン』が所有している、二つ名クエスト【双壁は星を眺め旅人を待つ】の進行状況が更新されます。



 進行度『【双壁】の討伐』へと進行状況が更新されました。



 【双壁は星を眺め旅人を待つ】の進行状況が更新された事により、コンテンツ突入条件を満たしました。



 『ポン』『村人A』『ライジン』『串焼き団子』『シオン』『銀翼』のコンテンツ突入を承認します。



 コンテンツ突入に伴い、特殊レベルシンクを開始します。



 参加プレイヤー解析中……。



 解析が完了しました。



 パーティ内での最高レベルのプレイヤー、【銀翼】のレベルを基準に難易度を変更します。



 コンテンツ内の特殊レベルシンクが完了しました。





 二つ名レイド【海岸の主、未だ双壁に傷を負ず】を開始します。





 ――――――また会えたね、トラベラー。




────



【補足】

【二つ名レイド】専用特殊レベルシンク


二つ名レイドに挑む際に適用される難易度可変システム。

コンテンツ内のギミックの内容、敵の総HPなどを、『コンテンツ突入時のパーティの最高レベルのプレイヤー、及びパーティ内全員の所持品内に含まれる装備可能な装備』を基準に簡易的に設定する。

これはあくまで強力な装備を整えたからと言って、極端な難易度の変更が生じないように、不知火が設定したシステムである。

そしてその難易度は『その装備で出せる理論的な最高値』に最も近い難易度であり、『理論上可能』なレベルのクリア難易度である。生半可な覚悟で臨んだものが易々と突破できるものではない。


それは運営から課される『試練』であり、それを乗り越えたプレイヤーに与えられるのは強大な力と名誉である。

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