#167 運営サイドの目論見


「不知火さん、これ見てください。ライジンが使う【灼天】に関するナーフのお問い合わせの数。早く修正しないとって冴木さんがこの世の終わりのような表情でぼやいてましたよ」


「清水君っスか。だから、さっきも冴木さん本人に言ったはずっス。【灼天】はナーフするつもりはないって」


 PCの前で眼鏡を掛けた男――不知火はリクライニングチェアに身体を預ける。

 呆れたようにため息を吐いて、資料を持ってきた清水と呼ばれた男は言葉を続ける。


「正直、私の視点から見ても【灼天】はあまりにもOPオーバーパワー過ぎます。修正しないとゲームバランスが崩壊しますよ」


「本気で言ってんスか?【灼天】のスキル発動条件は簡単そうに見えるっスけど、実際アレを運用しようと考えると相当なゲームセンスが居るっス。毎秒自分に入るDotを見ないといけないというHP管理の大変さ、手足が何本も追加で生えたような挙動、制限こそあるっスけど、少しずつ理性が飛びそうになるほどの鬼神化。それらを代償にあれだけの性能を発揮しているんスから、文句の付けようが無いっス。現に、【灼天】はその力だけで他を圧倒出来るスキルではないっスからね。気になるんなら、GM垢で試運転してみるといいっスよ、マジで訳分かんなくて楽しいっス」


「はあ、一応私もテストするつもりではいましたが……」


「全く、冴木さんは調整って話になると本当に口煩いから困ったもんスよ、本当に」


 ため息を吐いた不知火は、デスクに置いてあるコーヒーを口へと運ぶ。


「という事は、【灼天】をナーフするつもりは無いと?」


「そういう事っス。それに、冴木さん自身分かってる部分はあると思うっスよ。調って事ぐらい。だけどあの人は問い合わせとかそういうのに弱いっスからね、うっかり弱音が漏れてしまったんスよ。知らんけど」


「それは……最近完成した、あの監視プログラムですか?」


「そうっス。あれがある限りは安泰っスね~。いや~時代はAI化っスよ本当。当分は調整業務が無くなると思うと気が楽っスね!」


 そう言って不知火はけらけら笑う。清水はそんな不知火を見て思わず苦笑してしまうが、内心は同じ考えを持っていた。

 自動調整監視プログラム、通称『M』プログラム。SBO開発当初から開発を急いでいた、AI技術の結晶だ。ゲーム内に配置したとあるNPCが世界の隅々まで監視し、バランス調整を随時行ってくれるプログラムだ。『スキルを作成する段階』から調整が入るようになったおかげで最近の不知火達の残業時間は各段に少なくなっていた。


「まあ、全部AI化は出来ないっスからある程度は仕事しないといけないっスけどね」


 デスクに置いてあるクッキーをつまみながら、「お、このクッキー美味いっすね」と呟く不知火。

 全部AIに任せてしまえば自分の仕事が無くなってしまう。それを可能にするだけの技術こそあれど、その結果自分の食い扶持を無くしてしまうのだけはしないようにしていた。


「特許取ってその金で遊べば良いじゃないですか。不知火さん、それだけの才能があるでしょう」


「いやいや、そんな事したら人生イージーモードになっちまうっス。オイラはオイラでがあるんスよ。それを特等席で眺める為に居るのが今のポジションなんス」


 傍から聞けばとんでもない事を言ってのける彼に少し引き気味になる清水だったが。


「野望?」


 清水が首を傾げると、不知火は「ふっふっふ、よくぞ聞いてくれたっス」と腕組みしながら言う。


「オイラはこの業界に入ってからずっと求めてるものがあるんスよ」


 不知火はそのまま目の前のPCを操作すると、とある画面を出す。


「VR全盛の今の時代、普通のスポーツと同等、いやそれ以上に世界は『ゲーム』という分野ジャンルに目を向けているっス」


 そこに映し出されたのは数多くのゲームのプレイ画面。ただのゲームのプレイ画面と言うよりも、E-sportsを中心とした、様々なゲームの大会の映像だった。

 清水自身もゲームをする人間なので、いくつかの映像は見た事があるものだった。


「だけど、今現在の日本を見てほしいっス。世界に名を残す人間があまりにも少ないんス」


 そう言って不知火がクリックすると、数多くのゲーム画面が閉じ、数十に昇るウインドウが消え、三つ、四つ程度の映像しか残らなくなってしまう。

 その映像は、日本人が世界大会で実績を上げた大会の映像だった。


「オイラが欲してやまないのは『』の存在。日本を牽引し、その力を世界に知らしめる絶対強者。そのプレーに世界が熱狂する、ゲーマーの存在っス」


 少し興奮気味に不知火はバン、とモニターを叩いた。すぐに「あっやべぇっス。冴木さんに怒られるっス」と落ち着く為に深呼吸する。


「だけど、生半可な実力じゃあ猛者が蔓延る世界には太刀打ちできない。ならどうすればいい?……『ヒーロー』をんじゃあないかってね」


 不知火が腕を組みながらそう言い放つと、清水はその迫力に圧倒されて思わず生唾を飲み込んだ。


「オイラが一個人の有力なプレイヤー達に目を掛けてる理由はそれっス。ファンと言っても大差ないっスね」


「って事は不知火さんが大会中に色んなプレイヤーを見てたのは、そういう理由があっての物だったんですね」


「そういう事っス」


 と、ここまで真剣な表情だった不知火は、笑みをこぼす。

 Aimsの開発チームに居た頃から目を掛けていた傭兵Aを始めとした、プロに近い、もしくはプロチームの面々。そして他のゲームから移住してきた有力ゲーマーの数々。その全てをリストアップし、彼自身の野望の為に観察していた。

 まあ、勿論プレイヤー一人一人のプライバシーがあるので、ほどほどに、という程度だが。


「この日本にも様々な分野で活躍しているプレイヤー達がいるっス。だけど、その分野だけで鍛え上げられる実力はそれ止まりっス」


 そう言って、不知火は残されたウインドウに顎を向ける。

 世界二位、世界三位、世界四位、世界七位。

 これは近年成し遂げた、様々なジャンルのゲームの大会結果なのだが、どれも好成績ではあるもののナンバーワンに君臨している者は無い。


「だからオイラは考えたんスよ。自分の『得意』を十二分に発揮して、ライバル達と競い、高め合える世界を」


 不知火は指を合わせると、眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせる。

 不知火が望んだ世界。世界に結果を残すプレイヤーを作り上げる為の、理想郷。


「そうして出来上がったのがオイラ達が運営しているこのゲーム――SBO。skill技術を building高めると題した、あの世界を」


 skill bulid online。その自由な発想力で己に立ちはだかる道を切り開き、自分の得意を伸ばすゲーム。

 不知火が求める、『ヒーロー』の誕生の為に築き上げた舞台。


「監視プログラムは完成した。後はあの世界に居座る【調停者】が調整するか否かを決めるからこっちが頭を悩ませるのは終了っス」


 不知火は清水の持ってきた資料をぺしぺし叩きながら、言葉を続ける。


「再三繰り返すように言うっスけど、こういった理由もあってこっちからナーフをするつもりはないんスよね。極端なナーフをしてしまえば、そのプレイヤーの持ち味が殺される。そうしたらオイラが長年苦労してようやく築き上げたあの世界を作った意味が無いっス」


 そこまで言ってから、清水の視線を感じて「まあ、発売当初は流石にバランス調整はさせてもらったっスけど」と苦笑いでぼやく不知火。


「それに、あの世界は生半可なスキルやPSで攻略できないっスからね」


 そう言った不知火の背後のモニターに映る、十体のとあるモンスター達。

 不知火は腕を広げて、少年のような笑顔を浮かべながら語る。


「超強力なスキルを使用して、超絶技巧のPSを駆使して尚、圧倒的な力でねじ伏せられる。そんな商業MMORPGのギリッッッッギリの瀬戸際を攻めるような、血沸き肉躍る戦いがオイラは見たいんスよ!」


 一歩間違えればクソゲー判定確定の綱渡り的な発言。

 清水は思わずおいおい、と苦言を漏らしたくなるが、不知火のここまでの語りを聞いて、野暮な事を言う程冷たい人間でも無かった。


「だから、【二つ名レイド】は極端な話、世界で一つでもクリアできるパーティがあれば良い。それ相応の難易度に調整しているつもりっス」


 もし、本当に不知火が言うように、このコンテンツをクリアできる人間がいるとするのならば。

 開発者として、一ゲーマーとして、と思う。そのプレイヤーが魅せる実力を、その連携を、その執念を。


「どれだけの時間が掛かろうと、どれだけの苦情が出ようと、オイラは【二つ名レイド】の難易度を変えるつもりは無いし、ひたすら静観を続けるつもりっス」


 普段おちゃらけた態度ばかり取っている不知火が告げる、確固たる決意。


「【二つ名レイド】はオイラから挑戦者ゲーマーに贈る、言わば『試練』っス」


 乗り越えて見せろと。自分の野望の為に用意した試練に、抗って見せろと。

 とでも言いたいように。

 彼の表情からは、語らずともそう伺えた。


「オイラが夢見る『ヒーロー』は、それぐらいしないと生まれない」


 最後にそう言い残して、不知火は黙り込む。

 すると、同時に休憩の終了を告げる職場のチャイムが鳴った。


「……なーんて、ガラにも無く熱く語っちまったっスね。休憩も終わりっスよ。ほら、清水君も持ち場に戻った戻った」


「冴木さんにはなんて言いましょう?」


「うるさい調整すんなって言っとくと良いっス」


「私一応部下なのでそれは流石に言えませんよ……」


 ぶつぶつ言いながら、清水が離れていく。

 不知火は最後にコップに残ったコーヒーを喉に流し込むと、モニターを眺めながら呟いた。



「さて、最初に【二つ名レイド】を攻略するのは誰っスかね。楽しみっス」



 彼がモニターに向けている視線は、さながら『ヒーロー』を待ち望む、幼い少年のような眼差しだった。

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