#166 武器の強化と上級職


「【ダマスク鉱石】10個、【オクラット鉱石】15個。確かに受け取ったぜ」


 場所は鈍色の槌。要求された素材を渡すと、モーガンさんは鉱石類を奥の工房まで運んでいく。

 どうやら今は弟のホーガンさんが作業をしているらしく、接客をしているのはモーガンさんだ。


「しっかし仕事が早いな。いっそのこと炭鉱夫にでもなったらどうだ?」


「俺のスタンスに合わないので遠慮しておきます」


「だろうな。お前さんは戦闘の方が好きな雰囲気だもんな」


 えっ、何その雰囲気って。まあ確かに対人とかの方が好きだけどさ。


「それで、【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】の方はどれぐらい加工出来ました?」


「あれなぁ……毎日必死に研磨してみてるが、あまり進捗はしてないな。6割ぐらいって所か。あんな加工し辛い素材久々に遭遇したよ。まあ、それでこそやりがいがあるってもんだ」


 今、【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】はモーガンさんに預けてある。

 と言うのも、大会でお披露目したアレはあくまで急突貫の未完成品だったので、この際きちんと加工して完成品にしてもらいたかったのだ。

 まあ未完成品でも十分強いのだが、この際完成まで持っていきたい。


「そういや俺の最高傑作はどうなった?見せてみろ。メンテしてやる」


「最高傑作?……ああ、ディアライズの事か。ちょっと待ってください」


 今は一応街中なので武器を背に担いでいない状態だ。担ぐことも勿論可能だが、重量的な意味でも担いでいない方が移動が楽なので、戦闘フィールド以外は背負わないようにしている。

 ウインドウを操作してディアライズを具現化させると、モーガンさんに手渡す。


「お前さんどこから出したんだ……?まあいい、少し借りるぞ」


 モーガンさんは隅々までディアライズを見回し、所々手で軽く叩いて確認する。

 一通り確認し終えると、ディアライズを慎重にテーブルに置いた。


「一応まだ原型を留めているが、防具と同じくこれも全体的にかなり疲労しちまってんな。当面は大丈夫だとは思うが、少し耐久の面で不安な所がある。こいつもついでに修繕しておくか?」


「そうですね、そうしてもらえると助かるんですが……。……ところで、一度完成した武器って強化出来るんですか?」


「ん?まあ、出来ない事は無いが……まさか、この性能でもまだ不満があるのか?」


「いえ、十分強いんですけど、今後もっと強い敵と戦うってなった時にこいつだと少し物足りなく感じてしまって」


 そう言ってディアライズに触れる。

 確かに、1st TRV WARではこいつのおかげで救われた部分が多すぎる。当初は【彗星の一矢】を産廃扱いしていたが、今となっては頼れるメインウェポンだ。

 だが、予選時に遭遇した【水冥龍リヴェリア・セレンティシア】。あの巨大な龍には【彗星の一矢】を蚊でも叩き落すかのように処理されてしまった。

 そんな滅茶苦茶な強さを誇るボス級モンスターですらこのゲームのメイン目標、粛清の代行者に及ばないというのだ。この性能で満足しているわけにはいかない。

 

 モーガンさんはしばらく俺の事を見つめていると、やがて一つため息を吐いた。


「分かったよ。ただし、元が元だからそれなりに値が張る素材を要求させてもらうぞ。そうだな、あの【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】に使った水晶蜥蜴の素材、後は【ディライト鉱石】辺りも欲しいな。耐久性がぐっと伸びるし、矢に込められる力も増すから純粋な矢の威力も伸びるはずだ。ただ、難点を上げるとするなら少し重量が増えそうなんだが……」


「そこはまあ、何とかして見せます。後は素材なんですが……」


 先ほど取ってきた鉱石資源をどさりと乗せる。口をあんぐり開けていたモーガンさんは、やがて一つの鉱石を手に取った。


「おいおいマジか、【アダマンタイト】じゃねえか!こいつがあるだけでも相当上等なもんが作れるぞ。お前さん、こいつも取ってきたのか?」


「ええ、一応取れたのは一つだけですけどね。後はこれと――」


「おっ、お客さんがいるじゃん。いらっしゃいませー、何用で?」


 水晶蜥蜴の素材を並べていると、奥の工房から額に浮かんだ汗をタオルで拭っている赤髪の女性が顔を出す。

 その女性はディアライズ、アダマンタイト、そして水晶蜥蜴の素材を順に見てから、俺の近くに詰め寄ってくる。


「アダマンタイトッ!?ちょっと、これ素材に使って武器強化するなんてあんた太っ腹ね!今マケボの相場1Mよ!?あたしなら絶対マケボ流すわね。後悔しても知らないわよ!?後何このモンスターの素材!?もしかして最近親方が加工しているナイフに使っている素材かしら?なんにせよ、素材余ってたら売ってくれないかしら?高く買うわよ」


「えっと、少し落ち着いて」


 興奮気味に詰め寄った赤髪の女性――――オキュラス氏の幼馴染である紅鉄さんは、たははと申し訳なさそうに笑う。そういえば、シオンがここで一緒に修行してるって言ってたな。


「いやー面目ない。あたし、こういう素材とか見ると興奮しちゃうんだよね。確かあんたは――――そう、村人B!」


「村人Aです、なんでそこで二人目を選んだ」


 どや顔でこちらを指差す紅鉄さんは、あれぇ?と首を傾げる。

 だがすぐに気を取り直して、腰に手を突きながら豪快に笑った。


「まあ、細かい事は気にすんな!そんでここに何をしに?あ、武器強化ってさっき言ってたか」


「言ってないけど合ってます」


「おい紅鉄、お前が来るとややこしくなるから工房へ戻れ。こいつは俺の客だ」


「なんだよ親方のケチー。あ、シオンの受注分、あたしが終わらせといたから。だからさ、この村人君の武器強化、あたしが請け負っていいかい?」


「話を聞け話を。俺の客だっつってんだろうが」


「でもさー、一応武器打ってやるって約束してたんだよねー。ね、村人君?」


 そう言って紅鉄さんがこちらに視線を向ける。確かに予選終了後、金と素材さえ用意すれば打ってくれるとは言っていたが……。


「確かに約束はしていましたけども」


「ほれ見ろ親方。ここは素直にあたしに任せておきなさいって。あたしだってもうあんたに認められるぐらいの腕にはなったでしょ?」


「だああああ!だから俺の客だから俺が打つって言ってんだろうが!俺の最高傑作を他人の手で改良を加えさせるなんて許さんからな!!」


 まあそんな事だろうとは思ったけども。確かに最高傑作と豪語しておいて、他人の手でそれより更に改良されたら自分の作品とは言えないかもしれない。合作という表現が正しいのだろうか。それでも鍛冶師としてのプライドが許さないのだろう。


「はいはい、分かりましたよ。じゃあ、他の客の分もあたしがやるからさ、仕事が一通り終わったら手伝っても良いかな?ほら、親方主導で作れば文句はないだろ?」


「それならまあ……。お前さんさえ良ければだが」


「別に俺はどちらでも構いませんよ」


「そう、それ」


 と、急に不機嫌そうな顔になった紅鉄さんが俺の事を指差す。


「なーんか敬語調が気に食わないのよね。あたしらは一応初対面じゃないんだ、そんなガチガチにかしこまられちゃうとやりにくいのよねー」


 紅鉄さんは手に持っていた小さなハンマーで肩を叩きながらぼやく。

 それを聞いて、思わず苦笑してから咳払いする。


「……悪かったよ、これで良いか?」


「うんうん、その方があたしも気軽に絡みやすいってもんだ。よろしくなー」


 そう言って彼女は俺に肩を組んでくる。この人は普段からこんな感じでフランクなのだろうか。そりゃあ女性免疫弱そうなオキュラス氏がたじたじするわけだ。


「そうだよなー、俺もそこそこ付き合いがあるのにいつまで経っても敬語で接してくるから距離を感じるんだよな。お前さん、こいつ程気軽にまではいかないが、もっと肩の力を抜いた方が気が楽だぜ?」


「そう言う事なら、まあ」


 確かに俺もずっと敬語で話し続けるのは疲れる。性に合ってないからな。

 語気を崩すと、モーガンさん……モーガンもにやりと笑う。


「じゃあ、こいつは預かるぜ。ちなみにいつまでとか指定はあるか?少し料金はかさ増しさせてもらうが、その分優先して作るぜ」


「明日の夜までって出来るかな?明日、やりたいことがあってさ」


「明日の夜か……出来ない事は無いが、【水晶蜥蜴の短剣クリスタル・ダガー】と並行してやるから完成するかどうか」


「女々しい事言うなよな親方~。あたしらは仕事を請け負ったらきっちりその期限までに終わらせりゃ良いんだよ。ほらほら、ホーガンの旦那も待ってるし工房行こうぜ~。今日は店閉めな!」


 そう言って紅鉄さんは鼻歌を歌いながら素材を抱えて奥の工房へと運んでいく。


「あっおい!勝手に仕切んな馬鹿弟子!!……すまんな、という訳だから今日はもう店じまいする。なんか紅鉄の奴はトラベラー同士で連絡する手段があるって言ってたから、あいつに任せる気だがそれで良いか?」


「ああ、それで良いよ。じゃあ、料金は完成したらで良いかな?見積りだけ頼む」


「そうだな……。既存武器の強化だからそこまで搾り取るつもりは無いが、防具合わせてざっくり80万マニーぐらい用意しておいてくれ。あくまで多く見積もっての金額だから多少前後するとは思うが」


「分かった」


 申し訳なさそうに頭を掻くモーガンだったが、別に80万マニーはそこまでの痛手じゃない。なんならすぐ即金で出せるレベルだが、向こうが好意で安くしてくれるならそれに越したことは無い。

 

「じゃあ、他にも寄るところがあるんで、ここら辺で失礼するよ」


「おう、毎度。また完成したら連絡するからよろしくな」


 軽く手をひらひらしながら店を出ると、今度はギルドへと足を向けた。





「なあ、親方」


「なんだよ」


「この武器、親方の言う『魂宿る武器』には後どれぐらいの使い込みが必要なんだ?」


「うーん……そうだな。俺も実物は拝んだこたぁねぇし、遠く離れた街に居る師匠にしか聞いた事はねぇが、恐らくまだまだ足りてないな。第一、まだこいつは打って間もないんだぞ」


「ふーん、でも、つい先日打ったばかりにしては相当疲労してるみたいだけどな、こいつ」


「まぁな。何せ死んでも死なねぇお前らの事だ、どうせ潜ってる修羅場の数が常人のそれと段違いなんだろうし、その影響だろ」


「なる程ねぇ。……でも、トラベラーを含め、この世界の住人は性能面や耐久度システムの仕様で見てとっかえひっかえ武器を交換してるから中々その境地に辿り着けないわけだ。それに気付いての既存の武器強化、なのかねぇ」


「なんか言ったか?」


「いーや、なんでも。親方の打った武器は愛されてるようで何よりだってね」


「まあな。この俺が打った武器だぜ。そう簡単に捨てられてたまるか」


「はいはい」





『上級職への転職、ですか?』


「ああ、一応ギルドで手続きすれば良いってのは知ってるんだが、なんか知ってないか?シャドウ」


『それで合っていますよ。こちらから申請すれば向こうがあなたの転職条件に沿った上級職を紹介してくれます。少しばかり転職費用が掛かりますが、現在の所持金を見る限り気にする事は無いでしょう』


「そうか、助かるぜシャドウ。やっぱり持つべきは相棒だな!」


『……都合のいい時だけ褒めるなんて、貴方という人は……でも相棒と呼ばれて喜んでしまうのは私が単純だからなのでしょうか……』


 そう言ってシャドウは目の下に『///』と照れている感情を表現させながら、そわそわした様子で周囲を漂う。

 最近はあまりシャドウに頼る場面が少なかったからな。こうして一人で行動してる分には凄く頼れる相棒には変わりない。……普段から交流しておかないと、いざって場面で裏切られでもしたら困るからな。


「っと、着いた。で、どこに行けば良いんだ?」


『中央のカウンターでジョブ関係の受付をしているようです。そちらに行かれてみてはいかがでしょうか』


「了解」


 ギルドの入り口の扉を開けると、中はかなり賑わっていた。ゴールデンタイムは過ぎ、そろそろ夜更けも近い。というのにこの賑わいっぷりなのだから、このゲームが人気が出ている証なのだろう。

 宴会をしているプレイヤー集団の隣を歩いて中央カウンターへと向かう。


「夜遅くにこんばんは。こちらは中央カウンター、ジョブ受付です。ジョブチェンジをご希望でしょうか?」


「はい。上級職にジョブチェンジしたいのですが」


「昇級ですね、おめでとうございます。確認致しますのでこちらの水晶に触れてください」


 そう言ってギルド職員さんが懐から占いとかでよく見る水晶を取り出す。それに触れてみると、淡い輝きを放って文字が浮かび上がる。

 よく見てみると、その文字はステータスだった。

 それを眺めた職員さんが、何やらメモを取り始める。


「あなたのステータス、実績を確認致しました。こちらの上級職にジョブチェンジする事が可能です。ご覧ください」

 

 そう言って、メモを手渡してくるので、受け取って眺める。


 一つ目、【吟遊詩人】。

 漁村ハーリッドの話の時に出てきたジョブだな。どうやら詳細を見る感じ、演奏でのバッファーとしての一面もありながら弓で火力を出すことが出来るジョブらしい。確かに味方にバフを撒けるのは非常に強そうなジョブではあるとは思うが、演奏出来る自信が無い。


 二つ目、【暗殺者アサシン】。

 おいおい、これまた物騒なジョブが出てきたな。多分【格上殺しジャイアントキリング】やら【処刑人エクスキューショナー】辺りを持っているから出てきたジョブなのだろうか。どうやら色んな武器種が適性にあるみたいだが、どちらかと言うと軽量装備が得意なようだ。一撃死狙いのスキルや、毒を始めとしたデバフを撒く事が可能なようだ。無難に強そうなジョブだな。


 三つ目、【熟練狩人(弓使い)】。

 これが狩人の正当進化っぽいジョブだな。既存のスキルベースを元に、その性能を強化したような内容のスキルを多く抱えているのだとか。今までの立ち回りを大きく崩さないというのなら、これを選ぶのが安牌だろうか。ううむ、悩みどころだ。


 そして四つ目が……。


「……決めた、これにする」


 四つ目のジョブの名前を見た瞬間、一番しっくりきた。

 具体的な詳細なんてどうでもいい。これが一番俺にから。


 こうして無事ジョブチェンジを終えた俺は、明日に備えて早めに就寝する事にしたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る