#163 ボッサンという男


「なんか久々に床舐めた気がする……」


 サーデストの宿屋で目を覚ますと、むくりと身体を起こす。

 敵対しなければ串焼き先輩がデスポーンした時点であのスライムは消えていたのだが、余計な手出しをしたせいで敵視がこちらにも向いてしまった。

 まあ、俺達にはレベルダウンなどのカルマ値関連のペナルティは無かったようなので、一安心なのだが……。


「また一から【龍脈の霊峰】に潜らないといけないのか……」


 一つため息を吐くと、ボフッと倒れ込むようにしてベッドに寝っ転がる。

 質素な天井を眺めながら指を動かして、ウインドウを開く。

 取り敢えずモーガンさんに頼まれた分の鉱石は確保することが出来た。丁度いいし、今日はこれぐらいで切り上げるべきか。


主人マスター、他トラベラーからの通信要請が来ています。接続しますか?』


「ん?誰だ?」


 と、シオンに連絡するかどうか悩んでいると、シャドウが突如として出現した。

 続けて、ウインドウに通信要請のポップアップが表示される。ポップアップを見てみると、どうやら向こうから連絡をしてみてくれたみたいだ。

 要請に応じると、シャドウの目からホログラムが表示される。


「シオン?今どこに?」


『……ん。……なんか巻き添えくらったからセカンダリアに居る』


 まあ戦闘職ですらないシオンが敵う筈もないよな。恐らく彼女もリスポーンしたのだろう。


「どうする?また【龍脈の霊峰】に行くか?それとも辞めとく?」


『……歩き回ったから正直疲れた』


「ん。りょーかい。んじゃ今日は解散って事で」


『……面目ない』


「いやいや、それを言うならリスポーンする原因を作った串焼き先輩に言ってくれ。多分俺が言ってもそんな響かんだろうし」


『……勿論にぃにはきつく言っておく』


「お前だけが頼りなんだ。頼んだぞ」


 それを最後に、シャドウが出したホログラムが切れて通話が途切れる。

 さて、どうしたものか。今日は完全に採集気分で居たものだからいざこうしてやることが無くなると他にやることが無くなったし――――。


「ログアウトするかな――って違う。そんな事よりボッサンだよ」


 まさかSBOを始めているなんて思いもしなかったので、あの場所で遭遇したのは非常に驚かされた。


 ベッドから再び身体を起こしてVRデバイス本体に登録されているフレンドリストを検索する。

 すると、想定通り、ボッサンがSBOをプレイしているという文字が羅列してあった。

 それを見て、思わず笑みが浮かんできてしまう。


「SBO始めたなら言ってくれればいいのに……って言っても厨二と一緒にいたって事は教えてたんだもんな。多分サプライズか何かするつもりだったんだろう」


 ボッサンはそういったサプライズなどを好む愉快な人だ。現在最前線と言っても過言では無い【龍脈の霊峰】に居たという事は、恐らく始めてから一日や二日で到達したわけでは無いだろう。


 オンラインのフレンドリストに記載されているという事は、今回のハプニングで発覚してしまった以上、サプライズする事は諦めたらしい。

 現在位置を確認するとどうやらサーデストに居るようなので、コンタクトを取ってみる。


 待ち合わせ場所を指定したメッセージを送ると、すぐに快い返事が返ってきた。

 それを見てベッドから降りて、身支度を整える。


「これで変人分隊も全員集合、か」


 少し感慨深く思いながら、ボッサンと会った当初の事を思い出す。





 ボッサンというプレイヤーの話をしよう。


 俺とボッサンが出会ったのは二年前。厨二と出会ったマッチの時だった。

 一人で【コントロールポイント】を回していると、俺の味方チームとしてボッサンとマッチングした。

 当時はどちらかと言うと自分の能力に固執して単独行動を好んでいた俺に対し、やたらとフレンドリーに絡んできたプレイヤーだった。


「あっはっは!お前さん、すげー射撃精度エイムしてんな!そら単独行動を好むわな!」


「はあ、どうも」


 特に何事も無く一ラウンド終わり、次ラウンドの準備をしているとボッサンが声を掛けてきた。フレンドリーに絡んでくるプレイヤーはこれまで居なかったわけではないが、ボッサンのように直接絡んできた人間は居なかった。

 これまた暑苦しい人だなあ、とぼんやり思いながら次ラウンドに臨むと、が現れた。


「どーも弱者達。僕のキルポに貢献してくれてありがとう♪」


 全身に拘束具のような物を纏う黒装束の男――――卍血の弾丸ブラッドバレッド卍。当時、奴は実績が一切ない無名だったのにも関わらず掲示板の話題でちょくちょく出てきたプレイヤーだった。


 曰く、単騎での敗北を一度も目撃された事の無いプレイヤーだとか。

 曰く、リボルバーでスナイパーと遜色ない距離からヘッドショットしてくるのだとか。

 曰く、チートを使用して高速で迫り来る弾丸を回避しているプレイヤーだとか。


 後者は余りにも戦績が人間離れしていたのが影響してチートの類を疑われていた。だが、それは彼の実力に嫉妬した人間が、悪評を流しただけに過ぎない。

 そもそも、AimsはチートやRMTに関しては非常に厳しく取り締まっていた。当時RMTの代名詞とまで言われていたグレネードランチャーのエキゾチックウェポン、『ギャラルホルン』のRMTが横行した事もあり、当時の運営はかなり厳しかった。規約違反者は即BANを免れなかったのでチートを使用している筈が無かった。


 まさかそんな掲示板上の伝説とマッチングするとは思っていなかった当時の俺は大層燃えに燃えた物だ。

 プロを除くアマの中でも厨二は間違いなく最強格。当時強くなる事に貪欲だった俺はそんなプレイヤーと戦ってみたかった。

 だが――――。


「面白いけド――――その程度?」


 プロにも通用した俺の跳弾砂が当たらない。

 当時俺の限界だった二十回までの跳弾を絡めても、厨二を倒し切る事が出来なかった。

 結局、厨二におちょくられ続け、相手チームにエリアを三ポイント奪取される事でラウンドを落としてしまった。厨二に固執せず、俺がエリアを確保していれば落とさなかったラウンドだった。

 その後、ラウンド後のブレイクタイムでチームメンバーからの批難の声を浴びた。勝てる試合を落としたのだ、当然だろう。

 だが、そんな中ただ一人、心底愉快そうに豪快に笑うプレイヤーが居た。


 ボッサンだ。


 ボッサンは俺の背中をバシバシ叩くと、サムズアップした。


「お前さん。折角面白い射撃が出来んだから、少しは味方にも頼ってみようぜ」


「頼るって……俺一人で十分だ」


 ここまで直接的に絡んでくるプレイヤーは滅多にいない。

 うんざりした顔をボッサンに向け、ため息を吐いた。

 めんどくさいプレイヤーに当たったな、と失礼過ぎる印象をボッサンに持ってしまった。


 俺の言葉に、うんうんと頷いてから指を立てるボッサン。

 

「うんにゃ、俺が何とかしてあいつを追い詰める。だから、お前さんは一人で倒すなんてプライドなんて捨てて、持てる限りの技術であいつを撃ち抜いて見せろ」


「いや、だからあんたは必要ないって」


 話を聞いてなかったのか、とジト目を向けたが、内心驚かされていた。


 命中率が限りなく百パーセントに近いスナイパー、『snow_men』という生ける伝説。そんな存在に憧れていた俺は、自分の身の丈に余る挑戦はしてこなかった。

 だから、実戦でまともに運用できてない跳弾限界射撃という博打をして醜態を晒したくなかったのだ。

 だが、そんな頑ななプライドをへし折ってくれた。


「何発外しても良い。お前さんがあいつを倒すまで何度でもカバーしてやる。だが、最後には必ずぶち抜いてやれ。、なんだろ?」


 ああそうだ。ボッサンは人を焚き付けるのが非常に上手い人間だった。

 今となって思い返すと、ボッサンという人間が放つ魅力に、その一言で呑み込まれてしまった。

 当時のクソ生意気だった俺は、減らず口でこう返したが。


「……上等。次のラウンドだけだ。それで結果が出なかったら味方には頼らねえ」


「おうその意気だ。期待してるぜ、傭兵Aさんよ!」


 俺の嫌味に対しても笑みを崩す事無く、大人の余裕を見せるボッサン。

 その次のラウンドで、最大級の成果を残した。




「傭兵A!!」


 ラウンド終了間近、ボッサンが作り出した最大のチャンス。

 後一人、厨二さえ倒す事が出来ればエリア差関係無しに逆転勝利出来るという場面だった。

 厨二に対してフラッシュバングレネードを直撃させ、奴の視界を封じた。

 だが、それでも奴は見えない視界で弾を避けた。あらかじめどのルートで来るかを予測していたかのように。


 そして、厨二はリボルバーのトリガーを引き、ボッサンの頭を正確に撃ち抜いた。

 ボッサンの姿がポリゴンとなって消え去り、残されたのは俺と厨二の1on1。

 視界が回復し、こちらを煽り立てるように、不敵な笑みを見せる厨二。


「まだ足掻く気かい?無駄な努力、ご苦労様」


「その余裕そうな面、歪ませてやるよ卍血の弾丸ブラッドバレッド卍」


 だが、俺も諦めなかった。すぐさまコッキングして次点の弾を装填、射撃。

 ゼロ・ディタビライザー特有の重低音を鳴らし、弾丸が発射された。


 視界が回復した厨二はその弾も回避――――したかに思えた。だが、当時三十回だった跳弾限界で、見事に厨二の心臓を撃ち抜いて見せた。

 力なく倒れ込む厨二を、俺は踏みつけにして高笑いした。チームメイトから死体蹴りだなんだの言われはしたがそんな事はどうでもよかった。ただただ、勝利の余韻に浸った。

 そんな俺を見て、ボッサンもまた楽しそうに笑っていた。その後彼が無言で突き出した拳に応じて、拳を合わせて健闘を称え合った。


「なあ、どっかで固定組んでなかったら、俺とチームを組まないか。……あんたとなら、日本一だって取れそうだ」


「ふっ、本気で日本一を目指してるのか?……良いだろう、乗った!お前さんとなら、夢じゃないかもな」


 試合後、互いに笑い合いながら、ロビーでそんな会話を交わしたり。

 その直後、厨二から連絡が来て、チームメイトが更に加わったり。

 思えばあの一戦は、傭兵Aというプレイヤーのターニングポイントだったのかもしれない。



 ――――FPSは一人でも勝利に導く事が出来るジャンルのゲームだ。


 だがそれ以上に、信頼できる仲間が居れば、その勝利の選択肢が増えて行く。無限の可能性が広がっていく。


 そんな当たり前だが、大事な事を教えてくれた、師とも言える存在がボッサンだ。





 まあ、そんな経緯もあって、俺はボッサンに対する評価は非常に高い。

 一人のまま才能を腐らせる所だったのを、掬い上げてくれた恩人だからな。


「ボッサンを待たせるのもあれだし、向かいますかね」


 と、その前にポンにも一報入れておくか。


「『ボッサンがSBO参戦したみたいなので来ませんか』っと」


 メッセージを送ると、即座に返信が返ってきた。『すぐ行きます』……か。流石ボッサン、慕われてるねぇ。

 まあ、かくいう俺も少し浮かれてるんだけども。


 緩みそうになる頬をムニムニ揉んで整えてから、俺は宿屋を後にした。


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